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ジョニー・デップ裁判、ドメスティックバイオレンス(DV)被害者たちのリアルな声 米

Rolling Stone Japan / 2022年6月5日 20時0分

2022年6月1日、米フェアファックス郡裁判所を後にするアンバー・ハード。この数週間、ジョニー・デップが名誉毀損で彼女を訴えていた裁判に全米はくぎづけだった(Photo by Getty Images)

この数週間、アメリカ人のメーガンさん(仮名)はジョニー・デップ対アンバー・ハードの裁判を重苦しい気持ちで見つめていた。数年前、彼女は当時の夫と苦々しい別れを経験した。離婚前には何年も身体的・精神的虐待を受け、何度も警察に通報した。ハード同様、メーガンさんも「万が一彼に殺された時の証拠として」元夫が癇癪(かんしゃく)を起こしたり暴力や自傷行為で脅したりする様子を記録した。ハード同様、彼女も元夫を告発すると、弁護士から手紙が来て名誉毀損で訴えると言われた。ハード同様、彼女の元夫の弁護士も精神疾患のひとつである双極性人格障害を持ち出して、彼女の信用を落とそうとした。

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メーガンさんも始めのうちはデップ対ハードの裁判をできる限り避けていた。PTSDで過去の記憶がよみがえってくるからだ。だが裁判を通して、ハードの髪型から服装、涙ながらの証言にいたるまでがミームの格好の標的となる一方、証言台でのデップの傲慢な言動からは、こびへつらうようなTikTok動画や暗号資産での支援活動、Etsyのグッズ販売が山のように生まれた。「おかしいですよ、協力的だと思っていた友人も、アンバー・ハードを嫌悪するミームを投稿したんです」と彼女は言う。ハードが虐待容疑でデップを告発した後、「全世界の恥さらし」にしてやるというデップの発言を聞いて、メーガンさんは限界に達した。彼女も元夫から同じように脅されたのだ。

「今回の裁判が公の場で繰り広げられるのを一番恐れていました」と彼女は言う。「(元夫が)正しかったことを痛感しました。その気になれば、彼は私を修復不可能なほど破滅させ、屈辱を受けさせることができるんだと」

バージニア州フェアファックスで陪審がハードに名誉毀損で有罪を言い渡すと、こうした感情は悪化するばかりだった。ハードは2018年、あからさまにデップを名指しこそしなかったが、家庭内暴力の被害者の代弁者としてワシントンポスト紙に寄稿記事を掲載した。ケガの写真、デップが怒りを爆発させる動画、虐待の主張を裏付ける証言にもかかわらず、デップには1000万ドルの損害賠償金と500万ドルの懲罰的賠償金が認められた。ハードも反訴したうちの1件で勝訴し、200万ドルの損害賠償金を勝ち取った。

だが実際、大々的に報道された裁判は、数週間前から世論という裁きの場ですでに決着がついていた。ここ数週間の動向を見てもわかる通り、ソーシャルメディアではみな圧倒的に『パイレーツ・オブ・カリビアン』の主演俳優の肩をもち、数百万人の一般市民はもちろん、ファッションブランドやセレブリティまでもが、デップに対する容疑をでっち上げたとハードを激しく非難した。その結果、#AmberTurd(ゲス女アンバー)や#JusticeForJohnnyDepp(ジョニー・デップに正義を)といったハッシュタグが全世界でトレンドになった。

「基本的に、これは#MeTooの終焉です」と言うのは、精神科医で犯罪心理学の博士号をもつジェシカ・タイラー博士だ。女性蔑視や虐待に関する著書を2冊出版している博士はローリングストーン誌にこう語った。「ムーブメント全体の死を意味します」

評決が下ると、性的暴行の被害者(匿名)はきっぱり失望を表明したものの、驚いてはいなかった。「予想外だったとは思いません。でも最悪です」という被害者は虐待の加害者を告発した後、名誉毀損で訴えられた。訴えは取り下げられたものの、裁判でハードが汚名を着せられるのを見て過去の記憶がよみがえってきたという。本人いわく心に傷を残す経験で、自殺を考えたこともあったそうだ。

「私の場合、裁判にならなくて本当に良かったと思っています。勝てるかもしれないと思ったらバカですよ」と彼女は言った。「いつだって勝つのは男ですから」


被害者支援団体も攻撃の対象に

裁判が佳境を迎える中、被害者を支援する団体は口を閉ざし、評決に達するまではあえてどちらの側にも口出ししなかった(#MeToo運動組織は「被害者」全般を支援するやんわりとした声明を発表したが、名指しでハードやデップに同調することはなかった)。だがそれでもデップのファンは止まらなかった。彼らはこうした団体がハードに肩入れしていると非難して、嫌がらせや虐待的なメッセージを送りつけた。

「この仕事をして30年になります。注目の裁判にも何度か関わりました」と言うのは、全米家庭内暴力防止連合のCEOを務めるルース・グレン氏。彼女本人も家庭内暴力の被害者だ。「ですが、こんなのは初めてです」 彼女はデップに対する世間の熱をこう分析する。「セレブとしての経歴が長く、PR戦略を駆使する資金があったからこそ……世論の流れや裁判の方向をコントロールできたのです」

被害者支援団体Safe Horizonの刑事司法部で副部長を務めるモーリーン・カーティス氏は、今回の評決で「またもや被害者の口が封じられ」、メディアで加害者に意見するという「実質的な選択肢が奪われた」と言う。確かに、こうしたことはすでに起きているようだ。タイラー博士の話では、すでに「数百人」の被害者から、メディアに掲載した発言の撤回や加害者に対する訴訟の取り下げを求める連絡があったそうだ。今回の評決で、将来的に名誉毀損裁判が「堰を切ったように出てくるだろう」と彼女は言う。「被害者は裁判を見て、自分の身に起きたことを声高に叫ぶことを思いとどまるでしょう。訴えられて、裁判で汚名を着せられる可能性もあります。真実を言っているにも関わらず、名誉毀損で有罪になるかもしれません」と彼女は言った。「恐ろしい状況です」

マサチューセッツ州で家庭内暴力と離婚専門の弁護士をしていたシーシー・ヴァン・ティン氏によれば、問題を引き起こす可能性があるのはメディアでの発言だけではないそうだ。「頭に入れておいて、慎重になるべきです。FacebookやInstagramで意見したり、友達に愚痴をいっただけだと思っていても、公共で露出したことになります」

取材で話を聞いた被害者の多くは、今回の評決が無意味だと言う。親しい人たちがデップへの支援を口にしているため、自分の経験を打ち明けるのをためらっているとも言った。「今の段階では、結果がどこまで重要かわかりません」と匿名希望の被害者も言う。「女性はうそつきだ、加害者も同じように被害者だ、と思い込んでる人は意見を曲げません。被害者を黙らせて脅した時点で、すでに被害は起きています。ジョニー・デップのPRチームの勝利ですね」


「完璧な被害者」はいない

とりわけ今回の裁判で浮き彫りになったのは、虐待被害者が告発する場合、話を信じてもらうためにはある一定の厳しい基準を満たさなくてはならないという点だ。「同じことがまた繰り広げられるのを見るのは恐ろしかったですね。被害者として認めてもらうには、どれだけ”完璧な”被害者でなくてはならないか、また裁判で争われているわけですから。世間は虐待と戦う女性を見て、それを逆手にとり、どちらの側も同じように非があるという加害者の言い分に利用するんです」と、匿名被害者は言う。

ハードは完璧な被害者とは程遠い――裁判では少なくとも1度デップを殴ったことを認めたし、音源の中でもデップをなじり、小バカにしていた。だがNCADCのグレン氏によれば、元夫婦のセラピストが証言したように、夫婦間の出来事を「相互虐待」とみなす考え方は明らかに間違いで、家庭内暴力での力関係に関する専門家の意見を無視しているという。「そんなもの(相互虐待)はありません。主要加害者と主要被害者がいるだけです」と同氏は言う。「ありえるとすれば、被害者が自分の身を守るためにやるべきことをやっただけです……でも臨床医がそれを”相互虐待”と位置付けるのは非常に危険です」。今回の裁判がTV中継やライブストリーミングで数十万人の目にさらされ、毎日娯楽として消費されていたことで、評決後も引き続き被害が出るだろうと同氏は言う。「裁判所は何週間も前に止めさせられたのに」

他の家庭内暴力の専門家は、被害者の信用を落とす伝統的な手法――被害者に精神疾患の診断を下すなど――が全世界の前で繰り広げられるのを、恐怖の面もちで見つめていた。デップ側の証人として証言した臨床医で犯罪心理学者のシャノン・キャリー博士は、ハードを一度も診察したことがないにも関わらず、双極性人格障害と自己愛人格障害の診断を下した。だがこうした症状を身体的虐待と結びつけるのは正しくない。「イギリスやカナダの女性からもよく聞く話です。どの弁護士も同じ戦術を使ってきます――彼らは被害者をヒステリックで、金の亡者で、悪意に満ち、復讐に燃え、感情的にも不安定で、人格障害を抱えているとみなします」とタイラー博士は言う。「女性の信用を落とすやり方です」。デップ裁判の評決で、こうした戦術は法廷でますます定番化するだろうと同氏は言う。

今回の裁判で被害者は闇に迷い込み、虐待の痛々しい記憶だけでなく、その後の顛末も追体験する羽目になった――とりわけ加害者が逃げおおせた時の記憶を。グレン氏にとっては、デップが法廷の外で集まった女性ファンにファンサービスする映像が引き金だった。「投げキッスをしたり、車を停めて手を振ったり――裁判沙汰にしなければならないほど名誉を傷つけられたなら、それ相応の厳粛さと真摯な態度で行動するべきでしょう」と言い、デップの言動は「胸がムカムカする」と表現した。


#MeTooの終焉

いたるところに加害者が存在し、世界中の被害者に発言の機会を与えた#MeToo運動の後では、著名な男性を性的・身体的暴力で告発した女性があれほど屈辱を受け、悪者扱いされることは考えられないように思える。ハードへの嫌悪感が#MeToo運動の反発につながった可能性を指摘する声もある。男性の権利擁護活動家(MRA)が率いる運動が、長らくくすぶっていた末に、最近になってファンの支持を得てデップ擁護派を形成したという意見もある。だがカーティス氏はもっと単純な話だと考えている。「これはMeToo運動に対する反発じゃないか? かつては被害者の声を聞いてもらえたではないか? そうですね、たしかに反発もあったと思います」と彼女は言う。「ですが今に始まったことではありません。MeToo運動以前からあったことです。これまでずっと目にしてきたでしょう」

裁判や報道によって引き起こされた被害に対して社会が折り合いをつけるころには、時すでに遅しかもしれない。いつかハードも、悪者扱いされた女性セレブに与えられる罪滅ぼしの時期を迎えるかもしれない。だがハードの評決により、数万人とはいかなくとも、数千人の女性が長い間口をつぐむことになるだろう。被害者は今回の評決が示唆する事実と向き合わなくてはならない。権力のある男性に歯向かった女性は、信じてもらえないだけでなく、厳しく罰せられることもあるのだと。

「うんざりです。まさに声を上げようとしていた被害者の口封じです」 評決が言い渡された直後、メーガンさんはこう言った。「叫びたい気分です。吐き気がします。裁判所の壁のレンガをひとつひとつ打ち砕いてやりたい。この国の司法制度では正義は果たされないんですから。大げさに聞こえるかもしれません。ですが(ハードが)社会に対する怒りを文字にした時、デップはそれを個人攻撃と受け止めたんです」

【関連記事】ジョニデ裁判 米専門家「米世論ではデップの勝訴がほぼ決まっていた」

from Rolling Stone US

By EJ DICKSON
KATO

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