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シドが明かす失恋の乗り越え方、ジ・インターネットの今後、フジロックへの想い

Rolling Stone Japan / 2022年7月1日 17時30分

シド

あなたは、これまでシド(Syd)に対してどのようなイメージを抱いていただろうか。ジ・インターネットから発される多彩な音楽の演出を担っている中核メンバー? ソロデビュー作『Fin』(2017年)でモダンR&Bの旗手として一躍最前線に躍り出た、エッジィかつ冷静な歌唱が印象的なシンガー?

先日リリースされたソロでの2ndアルバム『Broken Hearts Club』は、それらを半分引き継ぎつつも半分裏切ってくるという、表現者としての思い切った前進が感じられる作品となった。ある種客観的に指揮されていた前作のカッティングエッジな作風から一歩進み、今作では振れ幅激しい感情の揺れが披露され、叙情的なエレキギターが鳴り、今にも踊り出しそうな曲もあるし泣きそうになる曲もある。

そのアルバムタイトルから想像される通り、シドは実際に体験した失恋をテーマに何とか今作を作り上げた。とは言え、全編が暗く哀しいトーンで包まれているわけではない。全体としてはむしろポジティブで、吹っ切れた末のオーガニックな魅力にあふれている。バラエティ豊かな共演陣やプロデューサー陣の力も大きいのだろう、他者との関係性を通してこれまで以上に自らをさらけ出すことになったシドの新たなステージが始まったと言って良い。

今作のテーマがテーマだけに、プライベートも含めた突っ込んだ話を訊くことになったが、本人は笑顔でフランクに語ってくれた。日常を生きるその息づかいが聞こえてくるような、シドの魅力的なヴァイブスをぜひ感じてほしい。



―失恋をテーマにした今作ですが、良い意味で裏切られました。吹っ切れた明るさを感じます。ある意味ポジティブとも言えるこのトーンは、一体どうやって沸いてきたのでしょうか。

シド:アルバムを作りはじめた時はまだ彼女と付き合っていたんだけど、その後別れてしまって。でもそれまでに作っていた曲をただ捨ててしまうのは嫌だったし、彼女との恋愛についてのハッピーな曲を残しておきたいと思った。そこで考えたのが、恋愛のスタートからそれが終わるまで、1つのストーリーを作ってみたらどうかと。いいことも悪いことも網羅してね。バッドエンドだっただけで、悪いことよりもいいことの方が多い恋だったし、本当に素晴らしく美しい関係だった。

―このアルバムが、1つの恋愛の始まりから終わりまでの軌跡になっているということですね! 制作期間はどのくらいだったのでしょうか。身に起こった出来事を受け止め、解釈していくまで時間がかかったのではないかと。

シド:癒えるために、半年くらいオフを取ったかな。別れた当初は、「こんなアルバム聴いてらんない」と思った。聴いたら泣いてしまうし。その後乗り越えられたと思ったらまた曲作りに戻って、何がいけなかったのかを洞察しながら制作に向かった。

―初期に作った曲、終盤に作った曲はどのあたりでしょうか?

シド:「Could You Break A Heart」(「CYBAH」)や「Tie The Knot」は最後の方だったかな。遠距離恋愛から始まったことや、(彼女のいる)ニューヨークに飛んでいったことなどを書きたくて。一方で、「Fast Car」はまだ付き合っていた頃に書いた曲。初めてあの曲のインストゥルメンタルを聴いたときのことを覚えている。彼女とバケーションでバリ島にいて、ヴィラのバスルームで2人でくつろいで聴きながら「YES!」と思った。これはぜひ歌詞をつけないと!って。「Right Track」もまだ付き合っていた頃に書いた曲。あれは彼女のアパートで書いた。それから……「No Way」や「Control」もその頃。でも、「Goodbye My Love」は泣いてばかりいた頃の曲かな。レコーディングしたのは7カ月くらい後で、新しい彼女もできてちょっとは乗り越えられたような気がして。一度も泣かずに歌いきれれば吹っ切れたってことになるから、ほとんどテストみたいな感じのレコーディングだった。ようやく泣かずに歌えた時、(指をパチンと鳴らして)「よし!どうやら吹っ切れたっぽい!」と思った(笑)。

―それは良かったです!(笑) 恋愛中に書かれた曲もアルバムに入っているからこそ、普通の失恋アルバムではない興味深いヴァイブスがあるのかもしれません。ところで、失恋の際に音楽は聴いてらっしゃいましたか?

シド:失恋のときは特定の1曲を聴いていた。フランク・オーシャンの「Dear April」という曲。いつもは悲しい曲は聴かないんだけど、当時はそれがすごく刺さって。フランク・オーシャンはあの曲の中で、何かしら痛みの感触というのを捉えていた気がする。自分も、潜在意識の中では取り入れようとしていたかもしれない。少なくとも「Goodbye My Love」には影響を与えたと思う。私は普段そんなに悲しい曲は作らないけど、あの曲は多分今までで一番自分を深く掘り下げることができたかな。




―「Goodbye My Love」は痛みをさらけ出した歌唱がとても印象的ですね。

シド:レコーディングするのに時間がかかった。いつもだったら自分でレコーディングをするんだけど、あの時はスタジオに行って人に声を録ってもらって。ブースに入るとものすごく神経質で、脆弱な状態になった。今となって思うのは、もしかしたら自分は意図的にそうしたんじゃないかっていう気もする。自分をわざと弱い立場に置くことによってあの雰囲気を出したいと潜在的に思っていたんじゃないかと。というのも、その前に自分で録った声を聴いてみて「これはこれでクールだけど、もっとできるはず」と思ったから。で、最後の最後でスタジオに行って「録って」と頼んだ。「信頼するから録って!」みたいな。

―弱い自分になることに専念した、ということですね。

シド:ああいう風に「弱くなった」のは初めて。安全地帯から飛び出したかったんだろうなと。

―見事な「弱り方」でした。

シド:ありがとう。



―先ほど「CYBAH」の話が出ましたが、あなたは”Could You Break A Heart”と読みましたね。私は”Cyber”と同じ発音で読んでいて、MVがSF的な着想になっていることとも関連があると思っていました。

シド:そうそう、みんなそう読むね(笑)。基本的にはただの頭字語(複数の単語を並べたときにその1文字目だけを集めて単語にすること)で。”Could You Break A Heart”の略になっている。自分で思いついた、ある意味哲学的な質問なんだけどね。アルバムを完成させるために全体をまとめる曲があと何曲か必要だった時に、自分自身と世の中に対して質問を投げかけるようなイメージで書いた。関係性を乗り越えて先に進む必要があるって気づいたときに”相手の心を折る”には、自分自身が強くないといけない気がして。それで、アルバムの初めにその疑問を提示して、聴いた人がちょっと心を使って考えるようにしたいと思った。

―そういう背景があったんですね。

シド:MVのコンセプトは、ふと思いついた着想から来ている。私が独りぼっちにならないために、自分のパートナーを自分で組み立てるという設定。私があのMVで言いたいことは、たとえその相手を自分で一から組み立てたとしても、自分と一緒にいてもらえるよう他人を強制することはできないということ。みんな人生のおもむくままに、去る必要があるときは去っていくものだから。いつもそばにいてくれるとは限らない。ビデオの中で私は自分のガールフレンドを自分で組み立ててパートナーにするんだけど、ロボットのくせに私を置いていなくなってしまうっていう。

―なるほど、手作りのガールフレンドだったわけですね。”Could You Break A Heart”を頭字語にすると「サイバー」と読めるという事実を知って、そこから派生したようなアイデアなのでしょうか?

シド:いや、単にタイトルを短くしたかっただけで、「サイバー」と読めるなんて思ってもみなかった(笑)。

―そうなんですね! MVのコンセプトにぴったり合ったという意味で、嬉しい偶然ですね。

シド:確かに。サイバーなビデオで、とてもクールに仕上がったと思う。他にも、サイバー的な要素はできるだけ少しずつ散りばめるようにした。「Fast Car」でも私の運転するトラックが最後に空を飛ぶでしょう? あれは、私のトラックのアバター・バージョンみたいなもの。アルバムのアートワークには、何とかパンデミックを生き延びた私のアバターが登場する。(ロックダウンなどで)ビデオの撮影が難しかった時、自分のアバターを作ることにした。もしものときのためにね!

ジ・インターネットの今後、フジロックへの想い

―サウンド面ではいかがでしょうか。トラップを軸にしたトレンドのサウンドが詰まった前作『Fin』と比べ、今作はあなた自身のオーガニックな魅力が感じられて、これもまた素敵です。今回何かコンセプトがありましたか?

シド: プロジェクトを始めるときに、自分がどんなものを作りたいかはっきりしていることってなくて。大抵は、トラックを聴いて「これがどこにしっくりはまるかは分からないけど、どうしても曲にしたい」なんて思うところから始まる。インストゥルメンタルを聴いたときに感じる気持ちをベースに広げていく感じ。

―アルバムを作るというのは常にオーガニックなプロセスでありながらも、音的にはたまたま今回オーガニックな面が前面に出てきたような感じでしょうか。

シド:そう、その通り。そういう風に作るようになったのは(ジ・インターネットの)『Ego Death』の前くらいかな。

―前作は、ジ・インターネットとの違いを明確に打ち出したとおっしゃっていました。今作はいかがでしょうか。前作よりも、バンドでのあなたの魅力が反映されているように感じます。

シド:「BMHWDY」(「break my heart why dont you」と発音)はスティーヴ・レイシーが作った曲だからジ・インターネットみたいなフィーリングがあるけれど、全体としては今作でも無意識のうちに差別化しようと思っていたかもしれない。私のソロ作品というのは、自分が他のプロデューサーと組むチャンスでもある。ジ・インターネットはメンバーがプロデューサーだから、外の人を連れてくる必要がないでしょう。だから、ソロ作品はコラボのチャンス。一緒にやりたい人は本当にたくさんいる。

―例えば「Fast Car」のサウンドメイキングや、終盤に挿入されるギターソロには新鮮さを感じて驚きました。この曲は、トロイ・テイラー、B.A.M.、レイモンド・ショーンデイル・ヒントンがクレジットされていますね。制作にあたり、プロデューサーとはどのようなコミュニケーションをされたのでしょうか。

シド:それがね、一切会話がなかったの! すごくクレイジーな話だけど(笑)。トロイ・テイラーがインストゥルメンタルを送ってくれたんだけど、そこに既にギターソロが入っていて。

―そうだったんですね。あのギターソロは美しいですよね。

シド:そう! 最初の時点で既にあんな感じだったね。特に会話らしい会話をするでもなく、それに合わせて曲を書きはじめて。元々のコーラスは今とは違ったもので、いいなとは思ったけどちょっと押しが足りないような気がして、何人かに手伝ってもらい変えていった。通常私はあまりプロデューサーに物申すタイプじゃなくて、ビートをもらったら「よし、これ以上は何も求めない」って感じなんだけど、今回はもらったものをパーフェクトに仕上げたいという気持ちが強くて。プロデューサーの人たちが、インストゥルメンタルの扱いについて私を信頼して任せてくれた部分があったのもラッキーだった。



―あなたは前作の「Know」でアリーヤを彷彿とさせるタッチの曲を作られています。今作も、「Control」で同様のフィールを感じました。あなたにとってアリーヤはどのような存在でしょうか。今回「Control」の制作過程では、プロデューサーのロドニー・ジャーキンスとどのようなやりとりをされましたか?

シド:アリーヤのことは大ファン! 比較されるなんて嬉しい(照笑)。すごく光栄なこと。ロドニーと組むのは私の「死ぬまでにやりたいことリスト」に入っていた。私にとってオールタイム・フェイバリット・プロデューサーの1人。制作時は彼の自宅のスタジオに行った。「まあ座って」と言われて座ったら、彼はいきなり会話もせずにビートを作り出してね(笑)。しかも作るのがものすごく早くて、私はただ座っていただけなのに1時間で4種類くらいのビートができていた。「Control」のビートを聴いた時は、頭が急に速く回り出したような感じだった。彼もそれに気づいたみたいで、「こういうのが好きなんだね?」と言うから、「そう、まさにこういうのが欲しい」って。

―彼との仕事自体、夢のようだったのではないでしょうか。恐らくあなたが聴いて育ってきたアーティストをみんな手がけてきたような人でしょうし。

シド:ほんと、全員。実は最近彼から連絡があって……もっと一緒に作りたいと言ってもらえた。もしかしたら一大プロジェクトになるかもしれない。本当に楽しみ! ツアーが終わったら彼のところに行って制作に取り掛かろうと思う。



―今作はジ・インターネットに対してどのような影響や効果を与えそうでしょうか?

シド:何か影響や効果を与えるというよりは、次のジ・インターネットのアルバムがなるべくものになるための余地を与えることになるんじゃないかな。そのためにメンバーがそれぞれソロ活動の機会を大切にしているというのもあるし。パーソナルなアイデアは、グループ活動に必ずしも必要って訳じゃない。もちろんそれぞれの個人的な体験から生まれる曲はあるけど、自分のわだかまりは自分で処理する方がいいしね。スティーヴが今度出すアルバムも、彼にとってそういうアルバムになるみたい。言いたいことを他の人に遠慮することなく言えるアルバムということで。そういう場があることってどんなアーティストにとっても大切だと思う。

―ちなみに、制作はもう何か始まっているんですか?

シド:私はツアー中だし、スティーヴも自分のアルバムを出す準備をしているから、今はまだそんなに予定が入ってなくて。マットと私はバケーションを取るつもりだし。私とマットがバケーションを取るということは、少なくとも何かに向けて会話をすることはある、ということ。次のプロジェクトを立ち上げようとワクワクしているのは間違いない。マットは錨(いかり)で、私は船のてっぺんにある安定板みたいなものだから、彼が錨を上げる時は教えてくれるはず。そうするまではじっと停泊しながら機が熟すのを待って、その間自分のことをやっている。

―この夏は、フジロックでの来日が決まっています。2016年にジ・インターネットとして出演されていますが、当時感じたフジロックに対する印象は?

シド:美しいところだった。丘陵がすごくきれいで……私たちが行ったときはちょっと曇っていたけど、暖かかった。久しぶりに行くのが楽しみ。あれから私も歳を重ねて自己認識ができるようになってきて、以前経験したことでもまったく新鮮に感じられるはず。今回のツアー・クルーも素晴らしいし、メンバーの中には海外が初めての人もいるから、彼らの目を通じてものを見ることもできるしね。日本は大好きだし、新しい思い出を作りたい。今回は初めてのソロでの日本ということもあって、歴史的な瞬間になる。

―他のアーティストを観ることができるのも楽しみですね。

シド:そうそう、友だちも何人か行くみたい。(「Missing Out」のMV作りに携わった)Girls Dont CryのVerdyも来るはずで、久しく会っていないから楽しみ。

―ステージを楽しみにしています。最後に、日本のファンにメッセージを。

シド:とにかく「ありがとう」って言いたい。ついてきてくれてありがとう、長年応援してくれてありがとう!



シド
『Broken Hearts Club』
発売中
視聴・購入:https://Sydsmji.lnk.to/BrokenHeartsClubRS

FUJI ROCK FESTIVAL 22
2022年7月29日(金)、30日(土)、31日(日) 新潟・苗場スキー場
※シドは29日(金)出演
詳細:https://www.fujirockfestival.com/

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