眞島秀和が語る、『破戒』が描く差別問題と縁を大事にする生き方
Rolling Stone Japan / 2022年7月8日 12時0分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。島崎藤村の『破戒』が60年ぶりに映画化される。主人公・丑松(間宮祥太郎)が心酔する猪子を演じたのは、映画・ドラマ・舞台で活躍する俳優・眞島秀和。物語に厚みを与える存在感。その背景にあるものを探った。
Coffee & Cigarettes 37 | 眞島秀和
明治の小説家、島崎藤村による不朽の名作『破戒』が60年ぶりに映画化される。
信州小諸城下の被差別部落に生まれた主人公・瀬川丑松は、その生い立ちと身分を隠して生きるよう父から「戒め」を受けて育った。成人し、小学校教員となった丑松は同じく被差別部落に生まれた解放運動家・猪子蓮太郎に感銘を受け、次第にその自由な生き方に感化されるようになっていく。父の「戒め」と、「人間はみな等しく尊厳をもつものだ」という猪子の言葉との狭間で激しく揺れ動く丑松。やがて訪れる忌まわしい「事件」をきっかけに、彼は教職を賭したある決意をすることとなった。
「明治時代の古典文学が原作であり、これまでに何度も映像化された由緒正しい作品ですので、オファーをいただいた時はとても光栄に思いました。『ぜひ参加したい』とすぐに返事をしましたね」
これまで木下恵介や市川崑など名だたる巨匠たちがメガフォンを撮り、映像化してきた『破戒』。令和版の主演を務めるのは、映画『東京リベンジャーズ』やTVドラマ『ファイトソング』などで注目が集まる間宮祥太朗だ。そして、丑松が心酔する猪子蓮太郎役に抜擢されたのは、眞島秀和。1999年の映画『青/chong』(監督:李相日)の主演でデビューを果たし、以降は映画やドラマ、舞台など幅広い分野で活躍。社会現象化したドラマ『おっさんずラブ』など話題作に数多く出演し、人気バイプレイヤーとしての地位を確立してきた人物だ。
映画の中では後半に登場する猪子。登場回数は少ないが、その圧倒的な存在感で物語を推進させていく。理不尽な差別や嫌がらせを受けながらも正々堂々と「出自」を公表した態度は、教育者・大江礒吉がモデルであるという説が有力であり、これまでも滝沢修や三國連太郎といった、日本映画界を代表するスターが演じてきた。
「映画の中で、猪子蓮太郎が瀬川丑松に語るシーンが印象的でした。『差別をするのは、人間が愚かだからではなく弱いからだ』というセリフは胸に刺さりますね。そういう、この作品が持っている本質の部分に直接関わるような言葉を口にするのが猪子というキャラクターでもあったので、彼を演じるハードルはかなり高く、飛び越えるには強い意志と覚悟が必要でした」
そう話す眞島。特に大変だったのは、とある議員の選挙応援のため壇上に上がった猪子が、集まった大衆に向かってスピーチをするシーンだったという。
「それを見た丑松は、それまでの自分の価値観が根底から揺らぐほどの衝撃を受け、新しいアイデンティティを形成しその後の生き方すら変えていく。そのくらい大事なスピーチだったので、精神的にかなり強い気持ちで臨まないと説得力のあるシーンには絶対にならないと思いましたね」
©全国水平社創立 100 周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立 100 周年記念映画製作委員会
今回、映画の中で間宮との共演シーンが多い眞島。これまで大河ドラマなどで一緒になる機会はあったが、「ここまでガッツリと絡んだのは初めて」だという。
「間宮さんが演じた丑松は、猪子の考え方に深く心酔している人物だったので、とにかくものすごい熱量で僕にぶつかってくるわけです。もちろん、演技の上で。その熱に応えるためには、こちらも全力を出さなければ吹っ飛ばされてしまう(笑)。その緊張感は並々ならぬものがありました。とはいえ撮影の合間は一緒に昼食を食べに行って、和気あいあいと過ごすことができましたね。そこのところの切り替えもとても上手な方なので、現場はとてもいい雰囲気でした。主に京都で撮影していたのですが、現場近くにいい喫茶店があって、そこの常連さんとも物凄く馴染んでいたのも印象的でしたね。人を惹きつける力のある人なのだなと思いました」
そう言って、目を細めながらタバコに火をつける。アメリカンスピリットをずっと愛煙している彼にとって、コーヒーもタバコも欠かせない存在だという。
「三軒茶屋の茶沢通りにあった『コーヒーハウス・シャノアール』が大好きだったんですよ。喫煙もできるし広々としていて落ち着いて長居ができるので、もうかれこれ20年近くそこで台本読みをしていたんです。ところが、最近コロナ禍の影響なのか閉店してしまって。とてもショックを受けていますね。仕方ないから最近は自分の家で、コーヒーをドリップして飲みながら吸っています」
映画に話を戻そう。冒頭で述べたとおり『破戒』は日本に江戸時代からある部落差別をモチーフとして描かれた物語である。人の心に宿る「差別」の感情について眞島はどのように考えているのだろうか。
「難しい問題ですよね。『破戒』は明治後期が舞台の小説ですが、あれから100年以上経った今も差別は厳然としてある。ここで描かれている部落差別はもちろんですが、それだけでなくいろんな差別意識が実は以前よりも細分化されているような気がしていて。今はネットなど便利なものが身近にありますが、だからこそ自分とは違う意見を持つもの、自分とは違うバックグラウンドや容姿を持つものに対してのバッシングが先鋭化してきているように思うんです」
「匿名」という笠を着て、見えないところから相手を攻撃するぶん、いくらでも残虐になれる。眞島が指摘するように、「大勢で寄ってたかって」という行為もネット空間では際限なく行われている。映画の中で猪子蓮太郎が言う、「もし今の差別がなくなっても、また別の差別が生まれる」という言葉が心に深く突き刺さる。
「まさにそうですね。今は携帯一つで他人の命を殺めることすら容易にできてしまいますから。あのセリフは今のこの時代に対するメッセージに違いないですし、僕らはそこにどう向き合っていけばいいのか。簡単には答えを出すことのできない難しい問題だと思っています」
誰しも多かれ少なかれ「差別意識」を内包し、それをコントロールしながら生きている。映画の中で丑松が、教育の大切さについて訴えるシーンが印象に残る。感情や意識をコントロールするために、何より必要なのは「知ること」であり、そのために教育が果たす役割は計り知れない。
--{映画業界の今}-
「私たちがどのように行動すれば、より良い世の中になっていくのか。その正解は誰にも分からないし、自分の頭で考えるほかないのですが、だからこそその基盤となる『教育』はとても大切だということを、この映画は思い知らせてくれます。映画を見て感じたことを持ち帰っていただき、家族や友人たちと話し合うきっかけになったらとてもうれしいです」
ところで、この映画はコロナ禍で撮影が行われている。映画業界は今、どのような状況なのだろうか。
「今年に入り、少しずつ映画館にも劇場にも人が戻りつつあるのかなと思いますね。とにかく私たちは、『エンターテインメントを絶やさない』というテーマのもと、万全の感染予防対策をしながら前に進んでいくしかないのかなと思っています。撮影の仕方も、この2年くらいでだいぶ慣れてきましたね。リハーサルも含め、本番直前までマスク着用することなどコロナ禍以前にはなかったことですが、それによるストレスも減ってきているように思います。作品の届け方も、最近は配信が充実するなどニューノーマルに合わせてシフトしてきていますよね。映画は映画館で観るのがベストだと個人的には思いますが、選択肢が増えること自体は良いことなのかなと思っています」
俳優としてデビューしてからすでに20年以上も第一線で活躍し続けてきた眞島。20代、30代と駆け抜け、40代も半ばになった今、挑戦してみたいことは何か最後に聞いてみた。
「『こんなことがやってみたい』とか、そういうビジョンを昔から持たない性格なんですよ(笑)。逆に、『あれはやりたくない』みたいなこだわりも特にないですし。今までもそうであったように、これからもずっと、いろんな縁があって必要とされた場所で、いただいた役を自分なりに楽しみながらしっかりと演じていくだけです」
眞島秀和
1976年生まれ。高校卒業後に映画『青/chong』(2000年/監督:李相日)の主演でデビュー。映画・ドラマ・舞台など幅広い分野で活躍し、社会現象化した『おっさんずラブ』(18年)など話題作に出演し、人気バイプレイヤーとしての地位を確立している。また、自身のルーツを辿りながら、大好きな故郷 米沢の魅力を伝える一冊『眞島秀和 PHOTO BOOK Home』も発売中。
『破戒』
7月8日(金)より、丸の内TOEIほか全国ロードショー
配給:東映ビデオ
©全国水平社創立 100 周年記念映画製作委員会
ロケ地協力:NELSONS BAR Alta Mar
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