映画『エルヴィス』オースティン・バトラーとバズ・ラーマン監督が語る制作秘話
Rolling Stone Japan / 2022年7月17日 19時0分
7月1日から日本でも劇場公開されたエルヴィス・プレスリーの伝記映画『エルヴィス』。同作でプレスリー役を演じたオースティン・バトラーとバズ・ラーマン監督が、音楽史に名を刻んだアイコンの物語を映画化するまでの道のりをローリングストーンUK版に語ってくれた。
米国出身の俳優のオースティン・バトラーは、バズ・ラーマン監督作『エルヴィス』の”キング・オブ・ロックンロール”役に抜擢されたことを知ると、近代アメリカ文化に最も大きな影響を与えたエルヴィス・プレスリーという人間を掘り下げることを決意した。プレスリーの人間性とは何か? バトラーは、その答えを探そうとした。数カ月かけて数えきれないほどの文献やドキュメンタリーを漁ったバトラーは、プレスリーと自分の間に深い悲しみをめぐる共通点があることを知る。
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「エルヴィスの人間性を知るための鍵を探していたら、まさにその時、エルヴィスが23歳の時に母親が他界したことを知ったんだ」とバトラーは本誌に語る。「僕も、23歳で母を亡くした。彼と同い年で母親を失ったことを知って、僕はかつてないほどの親近感を覚えたね。母の死は、僕にとって人生最大の悲しみだったし、きっとエルヴィスもそうだったと思う。それを知って、人間としてのエルヴィスの姿に触れることができたよ。エルヴィスがひとりぽつんと部屋にいる時の気持ちが良く理解できたし、母親の死を経験すると、心のなかにぽっかり空いた穴の存在を絶えず感じるんだ」
母親の死という共通の体験は、バトラーにとって大きな助けとなった。これがあったからこそ、バトラーは映画史に残る名演を実現することができたのかもしれない。ありとあらゆる方面からプレスリーの特徴を見事につかんだバトラーの演技は、アカデミー賞に値するだけでなく、彼がオースティン・バトラーであることを観客に忘れさせるくらいリアルなものになった。
バトラーは、アメリカ社会を揺り動かした青い瞳の青年を一見簡単そうに演じている。そんなバトラーの名演がさらに冴え渡るのは、プレスリーが自らの弱さや死へとつながる個人的な葛藤を見せる時だ。
だが、同作の本当のハイライトは、プレスリーの魅力を余すところなくとらえたラスベガスの常設公演のシーンだ。圧倒的にリアルなバトラーの演技は、目の前に本物のプレスリーが立っているかのような錯覚をもたらす。煌びやかな演出で知られるラーマン監督による過剰なまでに華やかなラスベガスの雰囲気もよく合っている。
プレスリー役を射止めるというバトラーの長い旅のはじまりは、ラーマン監督に送ったオーディション用の1本のテープだった。そのテープには、バトラーによる「アンチェインド・メロディ」のカバーが収められていた。
「バズ(・ラーマン)にテープを送ったんだ。このテープは、僕が追求したいと思ったエルヴィスという役へのアプローチの礎になったね。パロディめいたことやハロウィンの仮装のようなモノマネはしたくなかったし、エルヴィスという人間の本当の姿を見つけたかったんだ」とバトラーは話す。
その後、バトラーは5カ月間にわたってラーマン監督と二人三脚で創作プロセスに取りかかった。最終的なキャスティングが決まるずっと前から、ふたりはバトラーがプレスリーを演じるにあたっての大きな可能性を探求していたのだ。
「オースティン(・バトラー)は、エルヴィスとの間にスピリチュアルな絆を感じていたんだ」とラーマン監督は解説する。「2年間、オースティンはエルヴィスとして生活していて、新型コロナのせいで撮影が中断しても、エルヴィスであり続けた。オースティンは、エルヴィスのような脆さも持っていると思う。若い頃に母親を失った人は、いつもその穴を埋めようとしていて、私がこんなことを言うのは、オースティンのことが大好きだからだよ。彼は、誰よりも繊細なんだ」
バトラーは、プレスリー役を射止めると同時に、有力な主演候補とされていたハリー・スタイルズとの競争にも勝利した。ラーマン監督は、スタイルズ自身の知名度が邪魔になってしまうことを危惧して、スタイルズの起用には踏み切らなかった。
「ハリー(・スタイルズ)と一緒に仕事ができるのであれば、私は何だってするよ。いろんな意味で、ハリーは現代のエルヴィスだからね。でも今回は、ミルクに入れる砂糖のように自然で、1秒たりとも観客の意識を邪魔しない役者が必要だった。エルヴィスという人間の魂や彼との親和性を感じさせてくれる役者でなければいけなかったんだ」とラーマン監督は話す。
バトラーが作品の魂を表現しているのであれば、トム・ハンクスは道徳の欠如を表現していると言えるかもしれない。物語の語り手である、ハンクス扮するマネージャーのトム・パーカー大佐は、悪名高いプレスリーの豪腕マネージャーとして、目的のためには手段を選ばないマキアヴェリズムを体現している。
「パーカー大佐に関するリサーチを行なっているうちに、世間が知らないいくつかのことを知ったよ」とラーマン監督は、特殊メイク満載のハンクスの役どころについて語った。「『グレースランド』(訳注:米テネシー州メンフィスにあるプレスリーの邸宅)の記録保管人が、パーカー大佐が変な声を出したりジョークを飛ばしたりしているテープを見せてくれた。それを見ているうちに、この人にはどこかお祭りめいた奇妙さがあると思ったんだ」
バトラー本人もグレースランドを訪れている。目的は、プレスリーの元妻プリシラに会うためだ。「あの場に立って、プリシラさんの目を見つめるのは、とても非現実的な気分だったね」とバトラーは解説する。「エルヴィスとプリシラは、深く愛し合っていました。それにプリシラは、エルヴィスとの間に生まれた唯一の子どもの母親でもある。本当に、信じられない体験だった。プリシラは僕をぎゅっと抱きしめて、『応援してる』と言ってくれたんだ。その言葉は、心に染みわたって、本当に深い体験だった」
バトラーとは対照的に、ラーマン監督とプリシラ・プレスリーとの関係性は単純明快なものではなかったようだ。ラーマン監督は、「とても不安」とプリシラが公の場で映画について発言した際、一抹の恐怖を感じたことを忘れていない。その時、プリシラはバトラーがプレスリー役にふさわしいか疑問があるとも語っていた。
「ネガティブな感情は持たなかったね。彼女が言うことにも納得できたから」と、ラーマン監督はプリシラの不安に理解を示した。
プリシラが初めて映画を観た時、スケジュールの都合でラーマン監督は飛行機に乗っていた。監督は、深く感動したプリシラの反応を目の当たりにして、上映の場にいた警備員が涙を流したと聞いた時のことを回想した。
「飛行機が着陸して、胃がキリキリと痛んだことを覚えている。でも、プリシラから最高の手紙が届いた。そのおかげで、肩の荷が一気に下りたね」
バトラーにとっても、今回の役は彼の人生を大きく変えるものとなった。映画スターの仲間入りを果たすのにふさわしい名演とアカデミー有力候補の座だけでなく、いまではプレスリーの南部訛りがすっかり定着したようだ(これは本誌の取材中に判明した)。
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「ここから出る時、僕はまったく別の人間になっているだろうと覚悟しているよ」とバトラーは明かす。「責任という重荷を抱えながら、毎日恐怖を経験していたから。僕にとってエルヴィスと彼の家族、ファンはとても大切な存在で、彼らをがっかりさせたくなかったんだ」
「僕は、圧倒的なカリスマ性を持つエルヴィスという人と一緒に2年間を過ごすことができた。いままでの人生で、エルヴィスほど夢中になれた人に出会ったことはないね。以前からエルヴィスの超熱狂的なファンだったというわけではないけど、彼のことを知れば知るほど、彼の良いところや悪いところ、醜いところが好きになった。僕自身の性格も影響を受けたし、彼のおかげで多くのことが変わったよ」
バトラーの人生もまた、プレスリーによって揺り動かされたようだ。
映画『エルヴィス』は、日本でも現在絶賛公開中だ。
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