私立恵比寿中学、10周年ツアーファイナルで見せた「今が最高」の理由
Rolling Stone Japan / 2022年7月14日 21時0分
7月9日、私立恵比寿中学「10th Anniversary Tour 2022~drawer~」がついに渋谷LINE CUBE SHIBUYAにて最終公演を迎えた。本ツアーは9人体制になって初のツアー。しかし順風満帆とはいかなかった。メンバーのコロナ感染のため、初日と2日目の東京公演が延期されることになったり、真山りかが声帯の不調を訴え、数公演を別録りの歌唱で対応したり、不安になる場面もあった。しかし、全員で迎えたツアーファイナルでは9人それぞれが最高のパフォーマンスを見せたのだった。
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個人的な話になるが、自分は本公演をチケットを買って観に行った(ちなみに、座席は1階25列だった)。取材のためではなかったのである。しかし、3時間近くに及んだこの素晴らしいライブの模様を自分の言葉で伝えたいと思い、編集部にかけあってこうして記事が掲載されることになった。
「ebiture」とともにメンバーがステージに登場し、最初に披露したのは「全力☆ランナー」。そして、「シンガロン・シンガソン」と続く。今回のツアーは、<私立恵比寿美術館>に飾られた絵画の額縁内に収められたエビ中のアルバムのジャケットからレコードが現れ、<NOW PLAYING>という表示とともに楽曲が始まるという演出が主に前半戦のメインとなっている。
個人的に9人体制のフルライブを観るのはこれが3回目だが、回を重ねるたびに全体が美しく調和している。一番大きな要因は、新メンバー桜木心菜、小久保柚乃、風見和香の成長である。まず、3人とも歌が上手くなった。3人のなかで最も歌唱力があった風見はより一層のびのびと表現するようになり、桜木と小久保も別人かと思うぐらい技術が身についた。桜木は低音が豊かで、小久保は柔らかくて素朴な歌声が素敵だ。ほかの誰かのような歌を目指すのではなく、あくまでも自分の持ち味を伸ばす姿勢がエビ中らしい。もちろん、伸びしろはまだまだたっぷりあるが、6人の先輩メンバーと堂々と渡り合っている姿は頼もしい。ちなみに、「仮契約のシンデレラ」では最初のセリフパートを新メンバーの3人が受け継いだ。それだけで曲が若返った気がするんだから面白い。
歌だけでなく、ダンスもいい。エビ中の衣装は基本的に布の量が多く、その分ダンスのキレというものが見せづらく、どちらかというとふんわりとした動きに見えがちだ。しかし、「シンガロン・シンガソン」はイントロから9人の揃いっぷりが美しかった。フリが揃うというのはメンバーの数が多ければ多いほど見栄えがいい。エビ中はどちらかというと緻密さよりも個性を大事にしているグループだと思っているが、要所々々でビッと揃う。軽やかな動きが目立つが、だからこそ9人が揃うと一瞬時が止まっているように感じる。これは一体なんだろうか。目だけでも楽しめるパフォーマンス。かつてのわちゃわちゃ感とは異なる楽しさだ。エビ中のライブを観ていてここまでダンスに目を奪われたのは初めてかもしれない。
©スターダストプロモーション
驚きの選曲
最近、自分のなかで存在感が増しているのは小林歌穂。彼女の性格がそのまま出ているような柔らかく優しい歌声は、それだけで楽曲の世界観を拡張する。いつの頃からか、そんな彼女の個性の強さ、つまり優しさが増しているように感じるのだ。この日は特に、柏木ひなたからバトンを受け取って曲を締めた「さよなら秘密基地」や小久保とデュエットした「約束」でそれが顕著だった。彼女の歌声はなんというか、ジブリ的なのである。そんな小林と同系統の声の持ち主が小久保。「ハッピーエンドとそれから」では彼女の魅力がフルに発揮されていた。
悪性リンパ腫が寛解し、昨年8か月ぶりに復帰した安本彩花もすごい。パフォーマンス中の彼女は常に発光しているように見える。ステージに立つ喜び、自らを表現する楽しさを心の底から噛み締めている今の彼女はまさにエビ中の太陽。パフォーマンスの安定感もこれまで以上で、グループを支える柱のひとつとしてこれまで以上に欠かせない存在になっている。
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MCでは、桜木が「ひなちゃんとの春ツアーが最初で最後ということで泣きそうです」と言うと、彼女の顔を覗き込んだ柏木ひなたが「泣いてないな……」と返す。他のメンバーから「あざとーい!」と桜木が責められるなか、「かわいいから許す!」と柏木。こんな軽いやりとりからも9人の関係性がうかがえる。
その後は「シュガーグレーズ」「きゅるん」「トキメキ的週末論」と最新アルバム『私立恵比寿中学』の収録曲が続く。この日はツアーファイナルということで、新作の収録曲をすべて披露したのだが、すでにどの曲もオリジナル音源よりクオリティが高い。公演を重ねてきたことで完成度が上がったということだ。
再びMCを挟んだあとは、6人時代の前作『playlist』から、「Ill be here」「愛のレンタル」を披露。「Ill be here」では柏木がアイドルシーン最強のボーカルで1番をすべてひとりで歌いきり、観客を魅了。「愛のレンタル」はオープニングのサビをアカペラで聴かせるという特別アレンジ。これぞ実力派グループの為せる技。まだ喉が本調子ではない真山だったが、巧みなファルセットと表現力と経験で自身のメイン曲を魅せた。
客席がざわついたのは次の曲の壮大なオーケストライントロ。現体制では初披露となる「未確認中学生X」である。新しめの曲が続いてきたなかでこのトンチキ曲の投入は完全に意表を突かれた。歌唱力の高さや楽曲のクオリティの高さに注目が集まりがちな近年のエビ中だが、かつてはトンチキ名曲の宝庫だった。その頃の自分たちを今も捨てていないというアティチュードは、楽曲の内容とは真逆に感動的であった。曲が終わったあとも客席がざわついていたのはそれだけ驚きの選曲だったということ。
高低差でズッコケそうになったのは、「未確認中学生X」に続く曲が「春の嵐」だったから。曲の振り幅よ。「愛のレンタル」と同様、これも真山のメイン曲。喉の調子を考えれば無理をする必要はなかった。でも、彼女は正面からこの曲の歌唱と向き合い、魂を込めた。そんな彼女の姿は<エビ中の心臓>と表現したくなるぐらい堂々としたものだった。
これまでのエビ中の歴史になかった新しい色
本ツアーの見どころのひとつは、メンバーが数人に分かれての歌唱。まずは真山、柏木、中山莉子、風見の4人が「でかどんでん」を披露。パワーのある先輩ボーカリストに引けを取らないパフォーマンスを見せた風見が素晴らしかった。彼女は「未確認中学生X」でも新たにオープニングを任されるなど、徐々に重要なパートを振られている。歌におけるエースとして今後の成長が楽しみ。
前述の小林と小久保による「約束」では、舌足らずで子供っぽい純粋さがきらめく小久保のボーカルが小林の歌声と見事にマッチしていた。安本彩花、星名美怜、桜木がチャラさとギャル度高めでオープンカーに乗りながらパフォーマンスしたのは「結ばれた想い」。この演出は桜木のようなイマドキの女子がいたからこそ実現したと思う。こんなギャル要素(ふざけ気味だったが)は過去のエビ中にはなかった。こうしてグループは変化していく。
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本ツアーのセットリストで一番自由度が高い、というか一番ふざけているのは「夏だぜジョニー」。メンバーそれぞれが夏らしい格好をして現れるのだが、柏木の様子が常におかしい。先日のTOKYO DOME CITY HALL公演では東京ドームが近いということでヤクルトスワローズのユニホームを着ていた。ほかの公演は観ていないが、おそらくこのファイナルが一番ひどかっただろう。なんと宇宙人にさらわれそうな人間の着ぐるみで登場したのだ。これにはメンバーも驚きながら大爆笑。エビ中らしさが存分に発揮されていて、笑いつつもグッときた。ストイックだった6人時代のエビ中も大好きなのだが、あの頃にここまで突き抜けたおふざけはできなかっただろう。それができるのが今のエビ中で、これもまた素直に大好きだと言えるし、そう言えるのがうれしい。
真山、小林、桜木、小久保が客席1階の通路で歌うというサプライズ演出があった「宇宙は砂時計」に続く、「ナガレボシ」も素晴らしかった。振付はなく、歌に集中したパフォーマンスでグッと観客を惹きつける。『私立恵比寿中学』の楽曲は表現が難しいものが多いのだけど、加入から1年と少ししか経っていないメンバーが3人いる状態でここまで仕上げてきたのは凄まじい。もちろん、新メンバーは様々な点でポテンシャルがあるからこそオーディションを勝ち抜いたわけだけど、だからといって難易度の高いエビ中楽曲と百戦錬磨の先輩メンバーに追いつくというのは並の努力では足りない。
終盤は「イエローライト」「靴紐とファンファーレ」「ポップコーントーン」と新旧の名曲が披露されたが、今のエビ中を象徴するのは9人体制スタートの曲「イヤフォン・ライオット」だと改めて実感した。ポップでフレッシュでポジティブ。これまでのエビ中の歴史になかった新しい色で歩いていくんだと再認識できた。
「COLOR」で本編は終了し、本ツアー初となるアンコールが始まる。アンコール1曲目は新曲「青春ゾンビィィズ」。TAKUYAが作詞作曲を務める名曲で、振付もキャッチー。今後もたくさん披露されることを祈る。そして、アンコールラストはなんと「手をつなごう」。この2013年リリースのシングル曲も9人体制では初披露。長年愛される名曲ですべての歌唱を終えたのだった。
すべての演目を終えたメンバーは名残惜しそうに最後のトーク。今年12月での転校(脱退)をすでに発表している柏木が必死に涙をこらえる場面は、見ているこちらもグッときた。そして最後、本ツアーをずっと支えてきたセットに感謝をするという流れになり、9人揃ってセットに向かって頭を下げ、再び顔を上げると、視線の先にある額縁スクリーンに<ツアー完走おめでとう!全国のファミリー&スタッフ一同>の文字が。予想外のサプライズに皆が驚き、風見は涙を流した。その光景は、2013年に行われた「エビ中 夏のファミリー遠足 略してファミえん in 河口湖」の最後、さいたまスーパーアリーナ公演が発表されたときと重なった。形は変われど彼女たちはずっと私立恵比寿中学で、どの時代も愛すべきグループで、今が最高だと思わせてくれる。ただ、これまでと違うことがあるとするなら、今は国内屈指のパフォーマンス力を誇るアイドルだと胸を張って言えること。メジャーデビュー10周年ツアーを通じて、9人は常に変化し続けながらも根っこは決してブレない私立恵比寿中学の姿を我々に優しく朗らかに届けてくれたのだった。
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【関連記事】私立恵比寿中学が語る、デビュー10周年「エビ中」ならではの多様性の広がり
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