『セックス・ピストルズ』ダニー・ボイル監督のドラマシリーズを事実検証
Rolling Stone Japan / 2022年7月15日 17時40分
左からシドニー・チャンドラー(クリッシー・ハインド役)、タルラ・ライリー(ヴィヴィアン・ウエストウッド役)、トーマス・ブロディ=サングスター(マルコム・マクラーレン役)、トビー・ウォレス(スティーヴ・ジョーンズ役) Photo by Miya Mizuno © 2022 FX Productions. All rights reserved.
セックス・ピストルズの物語を描くドラマシリーズ『セックス・ピストルズ』が、7月13日(水)よりDisney+で独占配信スタート。本作はモトリー・クルー、クイーン、エルトン・ジョンをテーマにした最近の伝記ドラマよりも、史実に忠実に描かれている。しかし、それでも事実と異なる点もあるようだ。
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セックス・ピストルズの物語をドラマ化する初めての試みは、バンドが崩壊してからわずか2年後の1980年に公開された映画『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』(ジュリアン・テンプル監督)だった。マネージャーのマルコム・マクラーレンの視点で描かれたコミカルな同作品の内容はカートゥーン的で、実際に部分的にアニメが使われている。
『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』は、セックス・ピストルズをあらゆる角度から描いた回顧録シリーズの皮切りとなる作品だった。ゲイリー・オールドマンとクロエ・ウェッブの映画『シド・アンド・ナンシー』、ジュリアン・テンプル監督が『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』とは全く異なるアプローチでバンド自身にストーリーを語らせたドキュメンタリー『The Filth and the Fury』、そしてオリジナル・ベーシストだったグレン・マトロック、ギタリストのスティーヴ・ジョーンズ、フロントマンのジョン・ライドンが出版したそれぞれの自叙伝(ドラマーのポール・クックが自叙伝を出版すれば、回顧録シリーズは完結する)が、ピストルズの回顧録シリーズに連なる(客観的な視点を求めるなら、ジョン・サヴェージによる1991年の著書『イングランズ・ドリーミング』をお勧めしたい。)。
ダニー・ボイル監督による全6話の新シリーズ『セックス・ピストルズ』は、70年代半ばのロンドンにオープンした刺激的な衣料品店のオーナーが、社会からはみ出した10代のグループを、マンネリ化したロックシーンへ解き放つところから物語が始まる。その後、若者たちはすったもんだしながらも後世に残る傑作アルバムをリリースした。ところがバンドは、初の米国ツアーを開始してからわずか2週間後、見事に崩壊する。
本シリーズは、ギターのスティーヴ・ジョーンズによる自伝『ロンリー・ボーイ』を原作とし、彼を中心に展開する。しかしグレン・マトロックとポール・クック、そしてシド・ヴィシャスの遺族もさまざまな形で協力している。一方でジョン・ライドンは、予期せぬ行動ではなかったが、協力しないどころか元バンド仲間を法に訴えて、プロジェクトを止めようとすらした。「バンドの存在自体を破壊しかねない。極端にネガティブなプロジェクトになるのではないかと危惧している」とジョンは述べた。「本人に断りもなく俺の私生活やエピソードを取り上げるなど、どういうつもりだ。世界中へプロジェクトを予告する前に、俺にはまともな連絡もなかった。誠実さのかけらもない対応に、あきれて言葉もない。」
ジョン自身がドラマ『セックス・ピストルズ』の製作に口出しできず、ましてや主役でもないことに腹を立てているのだろう。しかし、クイーンやエルトン・ジョン、モトリー・クルーをテーマにした最近の伝記ドラマと比べて、『セックス・ピストルズ』の方がより史実に忠実だという事実を知れば、ジョンも少しは安堵するかもしれない。ただしこの手のプロジェクトによくあるように、真実が多少歪曲されるのは止むを得ないだろう。以下に8つの点に注目して、ファクトチェックをしてみよう。
1. グレン・マトロックの登場が早すぎる。
セックス・ピストルズが結成される数年前、幼馴染だったスティーヴ・ジョーンズとポール・クックはザ・ストランド(後のザ・スワンカーズ)というロックバンドを組んでいた。バンドにはは他に、ウォーリー・ナイチンゲール(Gt)、ジム・マッキン(オルガン)、スティーヴン・ヘイズ(Ba)が在籍した。ベーシストは後にデル・ノーワンズに交代している。ドラマ『セックス・ピストルズ』では、スティーヴがバンド名を「ザ・スワンカーズ」へ改名しようというところから始まる。ドラマではスティーヴン・ヘイズ、ジム・マッキン、デル・ノーワンズの存在は抹殺され、既にグレン・マトロックがメンバーになっている。実際は、スティーヴとポールがマネージャーのマルコム・マクラーレンと知り合うまでは、グレンの出番はない。自分のショップ「SEX」で毎週土曜日に働いていたグレンを、マルコムがバンドへ推薦したのが事実だ。
2. ホークウィンドのコンサート会場で、スティーヴが機材を盗んで逮捕されたという事実はない。
本人の話によると、スティーヴ・ジョーンズは少年時代に盗みを繰り返していたという。最も有名な話は、1973年7月にロンドンのハマースミス・オデオンで行われていたデヴィッド・ボウイによる『ジギー・スターダスト』ツアーのファイナルコンサートの会場から、多くの機材を盗み出した事件だ(同エピソードは、ドラマのオープニングシーンになっている)。しかしシリーズの第1話では、ホークウィンド(レミー・キルミスターがモーターヘッド以前に在籍していたバンド)の機材を盗んだスティーヴが、警察に叩きのめされた挙句に逮捕されたことになっている。実際にスティーヴは1974年夏に逮捕されてアシュフォードの拘置所へ送られたが、本人は理由を覚えていない。「人生に行き詰まると記憶が閉じてしまうという一例だ」と、彼は自伝『ロンリー・ボーイ』に書いている。
マルコムが判事に対して彼は善良な市民だと主張したおかげで、スティーヴは長期の実刑を免れた。ところがドラマの中では、判決が下される寸前にマルコム役が法定へ飛び込んできて、スティーヴは病気の母親の面倒を見ているとか、最愛のディッキーおじさんの死に直面して悲しんでいるとかの嘘を並べ立てている。
3. スティーヴの人生におけるクリッシー・ハインドの存在はかなり誇張されている。
クリッシー・ハインドはザ・プリテンダーズを結成するかなり前の時期にSEXで働き、初期のセックス・ピストルズと多少の関わりがあったのは事実だ。しかしドラマの中の彼女は物語の中心にいて、スティーヴの恋の相手として描かれている。「彼女は先週、映像を見てショックを受けていた」とスティーヴは、ニューヨーク・タイムズ紙に語った。「でも俺はいいストーリーだと思う。期間は別にして、彼女と俺との関係の描き方は面白いと思った。几帳面な人間なら、時系列に沿っていないから嫌うかもしれない。でも俺は気にしないぜ」
几帳面なマニアのために、スティーヴが自伝でどう書いているかを紹介しておく。「クリッシーがショップで働いていた時に、店じまいした後で俺たちは、マルコムとヴィヴィアン(・ウエストウッド)の掲げた店名の”SEX”を実行に移した。(またある時は)パーティーの最中に、バスタブの中でやったこともある」と、彼は書いている。つまり、彼らはSEXを通じて知り合った仲で、たまに関係を持ったかもしれないが、ドラマで描かれているような深く長い関係では全くなかったということだ。ドラマでは何年も働いているように描かれていたが、実際にクリッシーがSEXで働いていた期間は比較的短い。
4. クリッシー・ハインドとスティーヴ・ジョーンズが結婚寸前まで行った事実はない。
実際のクリッシーは、英国滞在中に何度もビザの問題に直面し、一時期は故郷のオハイオ州へ帰らざるを得ないこともあった。しかしドラマの中の彼女は、合法的に英国に滞在する目的で、セックス・ピストルズのメンバーと結婚しようとする。そしてスティーヴと結婚することになったが、スティーヴはポーリーンという女性とセックスするために、直前になって逃げ出してしまう。ポーリーンは精神を病んだ女性で、その後バンドの楽曲「Bodies」のモデルとなる。すると、ジョン・ライドンが代わりに結婚相手を名乗り出る。ところが彼もまた、直前で逃亡してしまう。
事実を見ると、最初に彼女が結婚を申し込んだ相手はジョンだった。しかし実際に結婚を承諾したのはシド・ヴィシャスで、彼は2ポンドで受け入れたという(スティーヴは、クリッシーの結婚話に全く関係しなかった)。シドとクリッシーは必要な書類を準備して、本当に結婚寸前まで行った。ところが登記所が長期休業のため閉まっていた。「翌日はシドが、ガラスで誰かの目をくり抜いた容疑で法定へ出ねばならなかったので、登記所へは行けなかった」とクリッシーは、自伝『Reckless: My Life as a Pretender』に書いている。「誰も彼を縛ることはできない。だからシド・ヴィシャスとの結婚は実らなかった」
5. スティーヴ・ジョーンズがグレン・マトロックをクビにした訳ではない。
グレン・マトロックは、1977年初めにセックス・ピストルズを離れている。ビル・グランディが司会を務めるテレビ番組に出演して、全英中にバンドの悪評が知れ渡ってから間もない頃だった。長年バンドの他のメンバーは、グレンはメインストリームの音楽の方を好んだとか、ルックスが本物のパンクロッカーらしくないとか、他のメンバーのようなストリート育ちではない、さらに「God Save The Queen」のメッセージは過激すぎると彼は思っていた、などと彼を脱退させた自分たちの決断を正当化してきた。ドラマでのグレンは、ジョンとの争いが絶えず、マルコムに対しては自分たちへの払いが少なすぎると噛み付いている。ある晩のパブで、マルコムがスティーヴに向かって、グレンをクビにするよう促す。するとスティーヴはグレンをトイレに誘い、クビを宣告する。
グレンの自伝『オレはセックス・ピストルズだった』によると、彼の脱退はそれほど突然でも予想外でもなかった。グレンは、日増しに酷くなるジョンのエゴと横柄な態度に数カ月間も悩まされ続けた。そしてオランダでのツアーが始まる1977年1月頃には、ジョンと同じステージに立つことすら嫌になっていた。「彼はただひたすら自己中心的で傲慢で怒りっぽかった」とグレンは自伝で書いている。「もう耐えられなかった。”こんなのおかしい。いい加減にして欲しい。もうたくさんだ”と思った」
英国へ戻ったグレンは、後にリッチ・キッズとなるバンドメンバーを集め出した。ピストルズがシド・ヴィシャスとリハーサルを始めたという噂を耳にしたが、気にも留めなかった。2月になってマルコムとパブで会った。彼はグレンに、ピストルズに君の居場所はほとんどなさそうだと告げる。グレンも、別に異論はないと答えた。「マルコム、俺はもうピストルズに未練はない。誰か後釜となる奴とリハーサルを始めても、俺は気にしない。もう始めたのは知っている。どうでもいいが、奴らから俺にひとことあってもよかったよな。でももういいよ……自然消滅さ。あとは好きにしてくれ」
6. シド・ヴィシャスは『勝手にしやがれ‼︎』のレコーディングに、ベースで部分的に参加している。
ドラマ『セックス・ピストルズ』では、シド・ヴィシャスが肝炎で入院している間に、バンドはデビューアルバムのレコーディングを全て完了させたことになっている。シドに代わってベースのパートは、スティーヴ・ジョーンズが弾いている。シドは退院後に、もう自分はレコーディングに参加できないのかとスティーヴに尋ねる。「心配するな。俺が代わりに全部やっておいた。上手くいったよ」とスティーヴは答える。
当時シドは、実際に肝炎で寝込んでいることが多かった。また、ベースプレーヤーとしての技量も極端に低かった。ただし、レコーディングの完了前にシドは退院し、ウェセックス・サウンド・スタジオで「Bodies」のリハーサルに参加した。彼のプレーは本当にボロボロだったため、プロデューサーのクリス・トーマスがシドのベースの音量をミックス時に大幅に下げ、スティーヴによるベースパートを重ねた。従って理論的には、シドはレコーディングに参加したことになる(デビューアルバムのベースパートについては、ジョンが最初の自伝で”グレンを一時的に雇って弾かせた”などと書いたため、後にさまざまな説が出た。確かにグレンの復帰が検討されたものの、実現はしなかった。グレンが脱退前にベースを弾いてレコーディングが完了していたのは、楽曲「Anarchy In The UK」の1曲だけだった)。
7. ナンシー・スパンゲンとシド・ヴィシャスとの出会い方が少々異なる。
ドラマ『セックス・ピストルズ』の第5話で、1977年4月3日にナンシー・スパンゲンが、ロンドンの映画館スクリーン・オン・ザ・グリーンで行われたセックス・ピストルズのコンサートへ出かける。ナンシーはシド・ヴィシャスに一目惚れして、自分からバックステージの男子トイレへ押しかけた。そして、翌年にニューヨークのチェルシーホテルの一室で亡くなるまでの激動の関係が始まる。シドはナンシー殺人容疑で逮捕されるが、ホテルの部屋で何が起きたのかは知る由もない。
しかし実際に二人を引き合わせたのは、ジョン・ライドンだ。時期も1977年3月で、シドが初めてセックス・ピストルズのメンバーとしてステージに立った日だった。「悲惨な結末を迎えるだろうと思っていたが、まさかあんなことになろうとは」とジョンは2冊目の自伝『ジョン・ライドン新自伝 怒りはエナジー』で書いている。「俺は、シドがナンシーと一夜を共にした朝に、”うるせえババァは失せろ!”と言って追い出すと思っていた。ところがシドは、彼女のラリってボロボロなところが気に入ってしまった」
8. ナンシー・スパンゲンに薬を飲ませて米国行きの飛行機に乗せたのは、スティーヴ・ジョーンズ、クリッシー・ハインド、ポール・クックではなかった。
セックス・ピストルズの世界にナンシー・スパンゲンが加わったことで、大きな混乱が生じた。マルコム・マクラーレンは秘書のソフィー・リッチモンドと画策して、ナンシーをヒースロー空港まで連れて行き、米国行きの飛行機へ押し込もうとした。「ヒースローまでたどり着けなかった」とソフィーは、ジョン・サヴェージの著書『イングランズ・ドリーミング』の中で語っている。「ナンシーは、薬抜きで飛行機に乗るのをひどく怖がっていた。私とナンシーは道端で口論になった」
その後ソフィーは、マルコムと、ピストルズのローディーだったジョン・”ブギー”・ティベリに電話で助けを求めた。「ナンシーはマルコムとブギーの姿を見ると、走って逃げ出した」と、別のローディーのスティーヴ・”ローデント”・コノリーが『イングランズ・ドリーミング』の中で証言している。「3人は彼女を追いかけて捕まえた。俺は20mほど離れた場所にいたが、4人の怒鳴り合う声がよく聞こえた」という。計画は失敗に終わり、ナンシーはそのまま英国に居座ることとなった。
ドラマ『セックス・ピストルズ』では、スティーヴ、クリッシー、ポール・クックの3人がマルコムの指示でナンシーに薬を与え、飛行機に乗せている。ドラマの中では計画が成功し、ナンシーは一時期英国を離れることになる。しかしテムズ川の船上コンサートでセックス・ピストルズが「God Save The Queen」を演奏している時に、ナンシーが再び姿を表し、シドと涙の再開を果たす。とてもドラマチックな展開だが、史実とはかけ離れている。
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