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SMエンターテインメントの敏腕プロデューサー、KENZIEが明かすK-POPサウンドの秘密

Rolling Stone Japan / 2022年7月26日 22時10分

KENZIE(Courtesy of SM Entertainment)

KENZIEは<SMサウンド>というひとつの音楽ジャンルの形成に貢献した韓国出身のプロデューサー。メディアのインタビューに応じるのは約20年ぶりという彼女がローリングストーン誌に自身の音楽制作プロセス、K-POP業界の変化と未来などについて語った。

【動画を見る】KENZIEが手がけたNCT 127「Favorite (Vampire)」のMV

最初に耳を打つのは、透明感あふれる口笛のメロディ。甘美でセクシーなそのメロディは、緩急をつけながら「もっと近くにおいで」と言わんばかりにリスナーを誘惑する。と、グローバルグループ・NCT 127の「Favorite (Vampire)」は、ひねりの効いたトラップのグルーヴの真っただ中へとダイブし、ラッパーたちは痛みを伴う危険な恋の快楽を語る。メロディアスなオープニングとは対照的なこのパートのねらいは、曲の目玉であるコーラスを予感させること。すると次の瞬間、耳に残るリフレインが堰を切ったようにコーラスで戻ってくる。それはパワフルなアンセムとなってメンバーの甘い歌声が織りなすきらびやかなハーモニーを包み込む。

テンポの急激な変化や多様なジャンルのミックス、独創性あふれるインタールード、それらすべてを支配する歌唱——予測不能なプロダクションが目白押しの「Favorite (Vampire)」は、いろんな意味で韓国の大手芸能事務所・SMエンターテインメント(以下、SM)のトレードマーク的作品と言えるかもしれない。だが、それ以上にこの曲には、ある人の”指紋”が残されている。その人は、”SMサウンド”という独自のK-POPサウンドとテクスチャーを事実上その誕生から導いてきた。その人の名は、KENZIE。SM所属のプロデューサーおよびソングライターである彼女は、20年以上にわたって現在の私たちが知るところのK-POPサウンドを形づくってきた人物だ。



2000年代のはじめにSMに入所して以来、KENZIEは数多くの楽曲を手がけてきた。数百にもおよぶレパートリーのうち、少なくとも30曲は韓国の音楽チャートのトップ10入りを果たしている。”K-POPの女王”と称されるBoAから新人ガールズグループ・aespa(エスパ)にいたるまで、KENZIEはSM所属のほぼすべてのアーティストの楽曲制作やプロデュースを行なっているのだ(ここ最近はSM以外のアーティストも手がけ、活躍の場を広げている)。少女時代の「Into the New World」、EXOの「Monster」、Red Velvetの「Red Flavor」、NCT 127の「Limitless」など、KENZIEが手がけた楽曲は枚挙にいとまがない。大韓航空で旅をしたことがある人はご存知かもしれないが、機内安全ビデオのバックで流れているオリジナル曲もなんと彼女の作品だ。









KENZIEの音楽が巷にあふれている一方、その正体はどちらかというと謎に包まれている。メディアには滅多に姿を見せず、母校である米国マサチューセッツ州ボストンのバークリー音楽大学(1999年卒)のオンラインジャーナルに掲載されたインタビューを除いて、自身のキャリアについて一切語っていないからだ。だが、実物の彼女はクールで慎み深い。KENZIEは、シンプルでグラフィカルなTシャツにスクエア型の縁なしメガネというスタイリングで本誌のインタビューに応じた。ここ数年はミステリアスな存在とされてきたが、だからと言ってよそよそしい態度を取るようなことはしない。はにかみながらも温かみを感じさせるオーラを放ちながら、KENZIEは自身の発言に笑ったり質問の答えを探したりした。


BoAの初ヒット曲「My Name」を手がける

韓国生まれのKENZIE(本名キム・ヨンジュン)は、音楽に囲まれた環境で育った。母親は音大の声楽科出身だ。KENZIEが幼い頃から、家族は彼女の音楽の才能に気づいていた。「自分のなかに強固な音楽のDNAがあることを感じていました」と、彼女は韓国語で話す。「曲を聞けば、すぐにそれをピアノで弾くことができました」。そう言うと、照れくさそうに笑った。「自分のことをこういうふうに話すのは、なんだか恥ずかしいですね。でも、私は簡単に楽器を弾くことができました。楽器の弾き方を”正式に学んだ”とも言えないかもしれません。(中略)そのせいで、自分はみんなと少し違うと感じていました」。その数年後、KENZIEは名門・バークリー音楽大学で学ぶため、親元を離れて渡米した。当時は、音楽業界で働きたいという漠然とした期待を抱いていたが、自分が向いているかどうかはわからずにいた。1990年代前半と言えば、韓国でK-POPが芽生えはじめた時期だ。Seo Taiji & Boys(ソテジワアイドゥル)やH.O.T.といったグループがアーティストとしてようやく世間に認知されはじめていた。「K-POPというよりは、何らかの音楽をプロデュースしたいと思っていました。その結果、自然とK-POPへと導かれていったのだと思います」とKENZIEは話す。「確かに、私はクラシック音楽の影響の大きい環境で育ちました。ピアノなどの楽器も弾いていました。でも、当時聴いていたポップスやエレクトロニックミュージックこそが次世代の音楽の未来を担うものだと感じていました。だからこそ、ポップミュージック全般に強く惹かれたのかもしれません」

母国では、SMが世に送り出すアーティストたちが次々と成功を収めていた。それを知ったKENZIEは、SMにいくつかデモ音源を送った。それから間もなくして、彼女はSMの創設者であるイ・スマン氏と契約を結び、当時はまだ明確なアイデンティティを確立できずにいたK-POP業界でのキャリアをスタートさせた。

その後の10年間、KENZIEはほぼひとりで所属アーティストの楽曲を制作した。2004年にリリースされたBoAの記念すべき初ヒット曲「My Name」はそのひとつだ。



「当時の韓国には、ソングライティングキャンプ(訳注:プロデューサーやそのジャンルの第一人者などをひとつの場所に集めて、ジャンルの垣根を超えて創作活動を行う場)のようなものはまだなくて、プロデューサーやソングライターはトラックからフレーズづくりにいたるまで、すべてをひとりでこなさないといけませんでした。そのため、私たちはいつもゼロからスタートして曲をつくっていたのです」と彼女は話す。「どのレコード会社もデモ音源を集めていました。決まったプロジェクトがあれば、レコード会社は韓国じゅうのプロデューサーに概要書を送付し、デモ音源を受け取っていたのです。当時のプロデューサーは、ゼロから曲をつくって、レコード会社に送っていました」。デモ音源のサウンドは、海の向こうの米国の若者が聴いていたものとさほど変わらなかった。「2000年代前半は、ブリトニー・スピアーズといったアーティストやマックス・マーティンなどのプロデューサーがポップミュージックのサウンドにおいて圧倒的な影響力を持っていました。韓国のプロデューサー全員がこうした音楽を目指していたわけではありませんが、何らかの影響を与えたことは確かです。当時は、世界的なトレンドだったと言えるかもしれません」

デスティニーズ・チャイルドやブリトニー・スピアーズを思わせるポップスとR&BのエネルギッシュなミックスであるBoAの「My Name」には、2000年代前半を象徴するテクスチャーが健在だ。だが、KENZIEの名が初めてクレジットに刻まれたこの曲では、クラシック音楽という彼女のバックグラウンドを想起させるストリングスやギターがドラマチックに重ねられている。その後、徐々にKENZIEの影響力はより顕著なものになっていった。「広い意味では、私の曲に欠かすことができない大切な要素はメロディだと思います」と彼女は言う。「私にとってメロディは、曲の推進力のようなものです」。この頃にリリースされた楽曲——東方神起 & SUPER JUNIORのNo.1ヒット「Show Me Your Love」や少女時代の「Oh!」を含む——は、どれも主にR&Bバラードとバブルガム・ポップの中間に位置し、パワフルなボーカルのハーモニーが中核を担っている。


予期せぬメロディの変化

状況が変わりはじめたのは、2013年頃のことだった。SMのCEOを務めていたクリス・リー氏(当時はプロダクション部門の責任者でもあった)がソングライティングキャンプというコンセプトを欧州から韓国に持ち込んだのだ。KENZIEは韓国出身のプロデューサーのひとりとして初めて参加し、欧米のクリエイターたちと初めてコラボレーションを行った。「当時は、とても新鮮に感じました」とKENZIEは振り返りながら、懐かしそうに目を輝かせた。「ソングライティングキャンプの素晴らしいところは、特定のルールもなければ、メソッドもないことです。それなのに、ある一点の周りをぐるぐる回っているうちに、ひとつのアイデアが結びついて最高の化学反応が生まれることです。まさに”東西の出会い”です。そのおかげで、(当時取り組んでいた楽曲に)違った個性を与えることができました。それを示す一例として、KENZIEはEXOの「Overdose」を挙げた。ドラマチック感満載のこのEDMトラックは、2014年に国内外の音楽チャートの1位に輝いた。



KENZIEは、”東西の出会い”の意味を次のように解説してくれた。例えば、西洋(あるいは米国)のメロディは、曲全体を通して特定のメロディアスなモチーフを繰り返すことでその効果を最大限に活かそうとする。「それに対して、もちろんK-POPのメロディにもリピートという要素はあるのですが、それ以上に予期せぬメロディの変化というものもあります。ほかのジャンルと比べると、K-POPは曲のセクションとセクションの移行をよりドラマチックにする傾向があります。メロディはよりエモーショナルで、どちらかと言うとトラックに使われる(楽器の)レイヤーを最大限に活用するのです」とKENZIEは話す。「そうすることで、こうした変化の断片がひとつの大きな音楽的テーマへとつながっていきます。K-POPのメロディを視覚化するとしたら、私はフラクタル図形のようなものを連想します。個人的には、すべてのコード進行には”特別な音符”というものがひとつあると思っています。それを和音の上に重ねることで思いもよらぬ方法でコード進行を完成させると同時に、私たちが心地よいと感じるフレーズが生まれるのです。私は、納得するまでこの特別な音符を常に探し続けています」

それからというもの、KENZIEは少なくとも1年に1作のNo.1ヒット(あるいはトップ5圏内)というペースで楽曲を世に送り出し、自らのレパートリーを広めている。Red Velvetの「Some Love」(2016年)がジャンル的にはトロピカルハウスである一方、EXO-CBXの「Playdate」(2018年)はディスコ風のトラックだ。レスリー・グレイスをゲストボーカルに迎えたSUPER JUNIORの「Lo Siento」(2018年)は、タンゴ、デンボウ・リディム、ポップなレゲトンを融合した遊び心あふれるトラックである。







KENZIEは、NCT DREAMの2021年のEP『Hello Future』と同名のリードシングルの成功について嬉しそうに回想した。「(パンデミックの影響により)シングル『Hello Future』の構想をめぐって、プロデューサーのMoonshineとエイドリアン・マッキノンと何通もメールでやり取りしたり、ビデオ通話アプリを使って話し合ったりしました。その時は、こんなにシンプルなプロセスに1カ月以上かかるなんて考えてもいませんでした」と彼女は言う。「歌詞の最終決定でさえ、なかなかスムーズに行きませんでした。というのも、A&R担当者と私の間にメインテーマといくつかの言葉の使い方に関して意見が分かれてしまったからです。それでも、私は自分のアイデアに自信を持っていましたから、チームのメンバーを説得しようとしました。最終的な仕上がりには、みんなとても満足しています」





課題と野望

時代とともに進化し、変わり続けなければいけないのは、何も音楽だけではない。それは、音楽制作のプロセスにも言えることだ。実際、KENZIEはソングライティングキャンプが導入された頃のワクワク感が薄れはじめていることを認める。「今日では、すべての大手レコード会社が同じシステムを取り入れて、いろんな国からプロデューサーを招聘してはソングライティングキャンプを行っています。そのせいで新鮮味が失われつつあると思います」と、言葉を慎重に選びながらKENZIEは話す。「プロデューサーとして、これは最大の課題でもあります」。だが、彼女は過去に固執するタイプではない。彼女自身、常に前を見続けることをモットーにしているのだ。

「新しい曲の構成やメロディ、新しいコラボレーション方法や音楽づくりの方法を追求することで、こうした状況を乗り越えようとしています。メロディに関して言えば——私は、メロディにすごくこだわるんです——すべてのメロディはもう世に出てしまい、新しいメロディなんて存在しないとよく言われていますが——」と、いたずらっぽい笑みを浮かべながら続ける。「それでも私は、新しいメロディを探し続けています。過去のメロディとは違うメロディを、音楽業界に革命をもたらすようなメロディを探しているんです」

KENZIEがSMに入所した頃と現在のK-POP業界は、確かに別物だ。だが、こうした変化は、どちらかと言えば聴き方の変化によるものだと彼女は指摘する。「リスナーは、単なる音楽としてではなく、多彩な側面を備えたコンテンツとしてK-POPを聴いています。これが近年の進化や変化だと思います」と彼女は話す。「具体的には、私は曲をつくったり、曲をリリースしたりするのを楽しんでいます。歌詞はどちらかと言うと比喩的で、本当の意味が隠されていることが多いのですが、今日のファンは歌詞の本当の意味を予想して、YouTubeなどにコメントをたくさん寄せてくれます。これはとても興味深いことですし、すごく嬉しいですね。K-POPコンテンツでファンのみなさんが楽しんでくれているのです」

たいていの人は、受動的に音楽を消費している。新しい流行が生まれるとそれに飛びつき、自分が共感できる音楽に自然と吸い寄せられていく。だがKENZIEには、そんな贅沢は許されない。彼女は、まだ存在しないサウンドを追い求め、新しい方向性を取り入れながら仕事に取り組まなければならない。そうすることで、リスナーの心を動かしたいと願っている。それは決して簡単なことではないが、KENZIEは確信に満ちている。「個人的には、あまり流行についてあれこれ考えないようにしています。その代わり、自分らしさを保ちながら、内面からオリジナルな何かを引き出そうとしています」と彼女は言う。「現在のプランや世間でどんな音楽が流行っているかはわかりません。私は、アーティストひとりひとりのスタイルや個性、性格をベースに仕事をするので、こうした要素には気を配るようにしています。作業中は、とにかく集中しています。呼吸に似ていますね。息をしている時は、何を吸い込んでいるかなんて考えませんよね?」

この先、どんな未来が待ち受けているかはわからない。だが、こうした環境でKENZIEは最大の力を発揮する。周囲の期待に縛られず、自らのペースで自由に動くことができるのだ。「頭のなかはアイデアでいっぱいです。でも、時間が足りません」とKENZIEは冗談っぽく言う。「韓国のエンターテインメント業界がグローバルレベルでの盛り上がりを見せるいま、もしチャンスがあれば、K-POPコンテンツクリエイターとして海外のプロジェクトにもっと参加したいです。とりわけ、世界中で公開される映画やドラマのサントラづくりには興味があります」。それでもKENZIEが抱く野望はいたってシンプルで、音楽チャートや予想された未来とは無縁だ。「もし、私の音楽が誰かにいろんな感情を想起させ、その人の人生のサウンドトラックになったとしたら、これ以上幸せでありがたいことはありません」

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from Rolling Stone US





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