カルヴィン・ハリスがついに帰還、『Funk Wav Bounces』がもたらした衝撃とは?
Rolling Stone Japan / 2022年8月8日 17時30分
カルヴィン・ハリス(Calvin Harris)が2017年にリリースした話題作の続編『Funk Wav Bounces Vol.2』が8月5日に配信リリースされた(豪華特典付きの国内盤CDは9月7日リリース)。現代最高峰のDJ/プロデューサーは、このシリーズを通じて音楽シーンをどのように塗り替え、そしてどこへ向かおうとしているのか? ライターのノイ村に解説してもらった。
「ポストEDMの時代」の萌芽
かつて、EDMというムーブメントがあった。2000年代後半から2010年代前半にかけて米国を起点に広まった、大規模なフェスティバルのステージを熱狂させるようなド派手なプログレッシブ・ハウスやトランス、あるいはダブステップといったダンス・ミュージックは、やがてメインストリームをも飲み込むほどの勢いとなり、その影響を受けたポップ・ソングがチャートを席巻するようになっていった。それは日本国内においても同様であり、様々なダンス・ミュージック主体のフェスティバルが人気を博し、J-POPのサウンドに対しても大きな影響を与えるほどだった。
しかし、あらゆるムーブメントは、やがてその終焉を求められるようになる。当時、何度もクラブやフェスティバルに足を運び、ありったけの光と音を浴びながらEDMの熱狂を楽しんでいた筆者がこのようなことを書くのは気が引けるところもあるのだが、2010年代中頃の時点でEDMの勢いは完全にピークを迎えており、多くの人々が「ポストEDMの時代」を求めるようになっていった。元々、極めて商業的な方向に振り切っていたムーブメントであったこともあり、EDMそのものを快く思わない人々も決して少なくはなかったということも、その動きを加速させる追い風となっていただろう。例えば、2013年にダフト・パンクがリリースした『Random Access Memories』は単純に音楽的に絶賛されるだけではなく、当時のEDMに対するアンチテーゼとしても強い支持を集めた作品だった。だが、ムーブメントに待ったをかけるには、2013年というタイミングはやや早すぎたのかもしれない。
その点、2017年にカルヴィン・ハリスがリリースした『Funk Wav Bounces Vol. 1』は当時の音楽シーンに計り知れないほどの衝撃を与えた作品だった。これまで「Summer」(2014年)やリアーナとの「We Found Love」(2011年)といった楽曲によってEDMムーブメントの代表的な存在として認知されていたカルヴィンが、アリアナ・グランデやケラーニといったR&Bアーティストや、ヤング・サグやフューチャーなどのラッパーを招集して、それまでの方向性とは真逆とも思えるファンク/ディスコを基軸としたアルバムを仕上げ、その高いクオリティによって称賛を浴びたのだから。特にリード・シングルとして発表された「Slide」は、南国の楽園を思い起こさせるような程良い快楽性とアナログな質感に満ちたファンク・トラックに乗せて、フランク・オーシャンのメランコリックでありながら聴き手の心を鋭く刺すような美しい歌声と、音の隙間を絶妙に縫うような風通しの良いミーゴスのフロウが見事に絡み合った至高の一品だった。
そもそも、ニュー・ウェーブ色全開の「Acceptable in the 80s」(2007年)で最初のブレイクを果たしたカルヴィン・ハリスにとって、『Funk Wav Bounces Vol. 1』の作風は決して意外なものではなく、むしろルーツを見つめ直す原点回帰のような作品であった。だが、それでも「カルヴィン・ハリス=EDM」のイメージは非常に強く、そのような人物がフランク・オーシャンのような現代を代表するアーティストを集め、70~80年代のポップ・ミュージックにリスペクトを込めた、クラシックでありながらも新鮮さを感じさせる作品を創り上げたという事実は、当時の音楽シーンにとって衝撃以外の何物でもなかった。当時、カルヴィン・ハリスやEDMシーン全体に対して批判的なスタンスを取っていた批評家ですら、掌を返したかのように同作(特に「Slide」)を絶賛したのである(Pitchforkは同作の2枚目のシングルである「Heatstroke」のレビューのタイトルに「カルヴィン・ハリスが二度もやってのけるとは思わなかった」と寄せている)。EDMを好む人々も、好まない人々も、誰もがカルヴィン・ハリスによって「ポストEDMの時代」の萌芽を感じ取ったのだ。
時代の転換点となった『Vol.1』
今思えば、『Funk Wav Bounces Vol. 1』はまさに時代の転換点を象徴するようなアルバムだった。筆者個人として、同作が引き起こした最も印象的な出来事の一つは、間違いなく同作のリリース直後のタイミングで実施されたサマーソニック2017におけるカルヴィン・ハリスのヘッドライナー出演である。そもそも、過密なスケジュールで知られる当時のEDMシーンにおいて、滅多にフェスティバルなどの大規模なステージに登場することのない彼の出演は、それ自体が事件のような出来事だった。だからこそ、当時の観客の多くは彼がこれまでに手掛けてきた様々なEDMの名曲群がプレイされることを期待していたのだが、その一方で、決して少なくない数の人々が『Funk Wav Bounces Vol. 1』主体のセットを渇望していたのである。結果として、カルヴィン・ハリスは(恐らくは多くの観客の期待に応えるために)EDM主体のド派手なセットを披露したのだが、セットを終えてSNSを開いてみると、そこにはこれまでに見たことがないほどの賛否両論の渦が広がっていた。従来どおりのEDMを期待し、そのセットを心から楽しんだ人々と、「その先」を期待したのに、「裏切られた」とすら感じる人々が入り乱れる光景。それはまさに当時のEDMを巡るリスナーの状況を示していたように思える。
【2017年8月19日 MARINE STAGE: CALVIN HARRIS 】
ライブショットはこちら→ https://t.co/6fVlaJqeMw
ライブレポートはこちら→ https://t.co/c4krb2YC8Q pic.twitter.com/ppEXzNt8rY — SUMMER SONIC (@summer_sonic) August 20, 2017
そんな『Funk Wav Bounces Vol.1』だが、突如としてシーンが丸ごと切り替わることが無いように、その影響が現れるのはもう少し先の話となる。また、同作だけが後のシーンに影響をもたらしたというわけでも無い。例えば、『Funk Wav Bounces Vol. 1』に先んじてリリースされた「How Deep Is Your Love (Calvin Harris & Disciples)」(2015年)や「This Is What You Came For feat. Rihanna」(2016年)は当時のディープ・ハウスやフューチャー・ハウスのムーブメントを踏まえつつも、その一切無駄のないソリッドな仕上がりによってメインストリームをも巻き込む絶大な支持を集め、スラップ・ハウスやテック・ハウスといったここ数年のハウス・ミュージックのトレンドにも繋がる重要な楽曲となっている(更にそこからドレイクやビヨンセの新譜まで繋ぐというのは、さすがに贔屓のしすぎだろうか)。
そして、『Funk Wav Bounces Vol.1』の音楽性と、「How Deep Is Your Love」等のハウス・ミュージックの取り組みを融合し、当時、ブレイクの渦中にあったデュア・リパを招いて制作されたのが、2018年にリリースされた「One Kiss」である。派手すぎず、冷たすぎることもない絶妙な温度感のビートの反復と、『Funk Wav Bounces Vol.1』から地続きのレイド・バックしたサウンド、そしてデュア・リパの力強くエレガントな歌声が絡み合うその仕上がりは見事の一言であり、同楽曲は同年の年間全英チャートで首位を記録するほどの驚異的なヒット曲となった。そして、このヒットはデュア・リパを『Future Nostalgia』(2020年)の方向へと導き、2020年以降のポップ・シーンにおける70年代~80年代への回帰の動きの先駆けとなったのである。これは筆者の考え過ぎかもしれないが、2010年代後半のカルヴィン・ハリスの動きが無ければ、2020年以降の音楽シーンの景色はまるで違うものになっていたのではないだろうか。
『Vol.2』によって迎えた「変化」
あれから数年が経った。「One Kiss」の成功を経たカルヴィン・ハリスは、その喧騒をよそに、更に深く自らのルーツを突き進めるという道を選んでいた。2020年に始動させた、自身が多大な影響を受けたという90年代のレイヴやテクノにインスパイアされたLove Regenerator名義による活動はその最たる例だろう。そこにはパブリックイメージとして付き纏うような商業性は欠片もなく、ただただ自らの好きな音楽と向き合う彼の姿があった。その背景の一つとして、パンデミックによって自らのルーツと再び深く向き合うことになったという要因もあるだろう。2020年から2021年にかけて5枚ものEPをリリースしていたことからも、彼がLove Regeneratorとしての活動にいかに注力していたのかを示している。
そして、世界中で再びフェスティバルが復活し、外で音楽を楽しむことが出来るようになった2022年、カルヴィン・ハリスは『Vol. 2』という言葉と共に、再びメインストリームへと戻ることを選んだ。『Funk Wav Bounces Vol. 1』以来、約5年ぶりのフルアルバムとなる『Funk Wav Bounces Vol. 2』が8月5日にリリースされたのである。
そのタイトルが示す通り、本作が目指す方向性自体は『Vol.1』と大きくは変わっていない。70年代~80年代のディスコ/ファンクを基軸としつつ、現代を代表するアーティストたちとタッグを組み、新鮮なポップ・ミュージックを仕上げ、うだるような真夏の日々を過ごすリスナーへと届けるのだ。注目のゲスト陣についても、前作にも参加していたファレル・ウィリアムスやスヌープ・ドッグ、オフセット(ミーゴス)に加え、「One Kiss」以来のタッグとなるデュア・リパやホールジーといった現代のメインストリームを代表するアーティストに、シェンシーアに6LACK、クロイ・ベイリー、コイ・リレイといった新鋭まで、見事に2022年ならではのラインナップを揃えている。それはまさに、今の音楽シーンの景色を生み出すきっかけとなった『Funk Wav Bounces』の「帰還」であると言っても良いだろう。
とはいえ、実際に作品を手に取るまでは「『Funk Wav Bounces』のスタイルは前作の時点で完成していたのでは?」と感じていたのも正直なところである。だが、実はカルヴィン・ハリスは『Vol.2』の制作に際して、前作から大きな方針転換を図っていた。それは、一言で言えば「ビートメイキングからソングライティングへの移行」である。
前作は、音楽性こそディスコ/ファンクでありながらも、トラック自体はヒップホップのビートのような、ループを主体とした仕上がりとなっており、あくまでダンス・ミュージックのDJ/プロデューサー的な思想の元に構築されたものだった。だが、今作では、ビートの反復に加えてアレンジメントによって音像を広げていくような楽曲が数多く収録されており、「New To You」「Stay With Me」では自身のキャリア史上初めて、実際のオーケストラが録音に参加しているほどである。その思想は楽器の音色選びにも反映されており、前作以上に多くの生のギターやドラムが使用されているという*。
元々、カルヴィンはコライトが主流のEDMシーンでは珍しく、ほぼ全ての楽曲を自分自身の手で(共演するアーティストがいる場合はそのチームとタッグを組んで)仕上げるという、極めてソングライター気質の強いDJ/プロデューサーである(例えば「Summer」はプロデューサー/作詞・作曲/アレンジ/ボーカル/ミキシングを全て自分自身のみで完結させている)。Love Regeneratorの活動を通して自分自身のルーツを見つめ続けた彼が、プロデューサーではなく、ソングライターとして、かつて築いた自らのスタイルに挑む。そのカルヴィンらしい姿勢にこそ、約5年ぶりに『Vol.2』をやる意味があると言っても良いのではないだろうか。
『Vol.2』におけるフィーチャリングの妙
だからこそ、本作の持つ質感は前作よりも更にリッチで、自由で、色鮮やかなものとなっている。アルバムの冒頭を飾る「New Money」は、イントロこそ「Slide」を彷彿とさせるような美しいピアノの音色でありながら、徐々にブラスなどの様々な音色や異なるピアノのレイヤーが重なっていき、更には淡々と刻んでいく21サヴェージのラップにもディレイをかけてしまうことでサウンドスケープをどこまでも拡大していくという、まさに本作を象徴するような壮大な楽曲だ。
「New Money」における21サヴェージの起用の仕方からも分かる通り、カルヴィンだからこそ実現することが出来るフィーチャリングの妙は『Vol.2』においても見事に炸裂している。例えば、先行シングルとして発表された「Stay With Me」はジャスティン・ティンバーレイクの軽やかでありながら絶妙な甘さを持った歌声と、ファレル・ウィリアムスの情感に溢れた歌声のコントラストに酔いしれていると、ホールジーのどこか突き放したかのようなスポークン・スタイルにグッと心を掴まれるという、ただ豪華なだけではなく、まるで聴き手を弄ぶかのような憎い仕上がりとなっている。ホールジーの歌声の魅力と言えば、やはり「Without Me」に代表されるようなどこまでも透き通っていくかのような美しい高音域にあると捉えてしまうが、カルヴィン・ハリスはそのハスキーな声の質感に着目し、大胆にもフックとして聴かせることを選ぶのだ。シングルとして公開された時点で絶大な中毒性を誇っていた同楽曲だが、アルバムでは「Stay With Me (Part 2)」に続けることで実質上のエクステンデッド・バージョンとなっており、ストリングスの音色を絡めることで更に贅沢な体験を与えてくれる。
また、人気ポップ・アーティスト/ソングライターのチャーリー・プースと、若手ダンスホール・シーンの筆頭格であるシェンシーアを招いた「Obsessed」も本作屈指の名曲であろう。コーラスで淡く切ない恋心を歌い上げるチャーリーの愛の訴えをシェンシーアが一つのヴァースで幾重にも声色やフロウを切り替えながら容赦なく圧倒し、それでも諦めきれないチャーリーが(今までの彼の楽曲ですら聴いたことがないほどの)エモーショナルで切実な歌声を響かせるも、その返答はリバーブたっぷりに響き渡る「nah(カジュアルな”no”)」の一言。あまりの温度差に笑ってしまいそうになるが、二人の持つキャラクターの魅力が楽曲全体で引き出されており、軽快なピアノの音色も相まって何度聴いても楽しい気分になってしまう。
他の楽曲においても、「Nothing More To Say」で若手ラッパーの筆頭格である6LACKが聴かせる、フランク・オーシャンをも彷彿とさせるほどに儚くも美しい歌声は、間違いなく本作屈指のサプライズだ。筆者個人としては、アナログな質感のシンセサイザーの音色とバスタ・ライムスの熱量たっぷりのラップの相性が抜群な「Ready Or Not」が特にお気に入りなのだが、どの楽曲も、聴けば聴くほどに楽曲に仕掛けられたアレンジの妙や、本作だからこそ引き出されるアーティスト達の新たな魅力を発見して、その度に唸らされる。トラックにおいてはカルヴィン・ハリスのソングライティング・スキルの進化に唸り、フィーチャリングにおいては現代のメインストリームを彩るアーティスト達が見せる新たな一面に驚きを感じる。まさに前作では到達することが出来なかった、カルヴィン・ハリスにしか創り上げることの出来ない、そして約5年の時を経たからこそ味わえる楽しさが『Vol.2』に詰まっているのだ。
前述の通り、『Funk Wav Bounces Vol.1』がリリースされた2017年当時は、そのサウンドはメインストリームにおいても、ダンス・ミュージックのシーンにおいても異端極まりないものであり、だからこそ同作が音楽シーンに与えたインパクトは極めて大きかった。その点で言えば、70年代~80年代に影響を受けたポップ・ミュージックが主流となった後の2022年において、「帰還」のような意味合いを持つ『Vol.2』はこの夏を彩る最高のポップ・ミュージック集であるとはいえ、何か変化を与えるような、インパクトという点では前作に及ばないように感じられるかもしれない。だが、カルヴィン・ハリスが持つ影響力は音楽性だけではなく、「Slide」や「One Kiss」に象徴されるように、アーティストが潜在的に持っていた新たな魅力を引き出すことにもある。そして、そのキャリアを遡ることによって、彼が今のシーンに与えた影響を実感するように、数年後、改めて本作を振り返った時に再び、「ここが起点じゃないか」と気付かされるのかもしれない。カルヴィン・ハリスとはそういう人物なのである。
カルヴィン・ハリス
『Funk Wav Bounces Vol. 2 | ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol. 2』
配信リンク:https://lnk.to/CalvinHarris_FWB2
<輸入盤CD>
2022年8月19日(金)発売予定
<国内盤CD>
2022年9月7日(水)発売予定
Blu-Spec CD2仕様 / ¥2,640(税込)
初回仕様限定特典:ファンク・ウェーヴ・スリーヴケース付き
予約リンク:https://lnk.to/CalvinHarris_FWB2
ファンク・ウェーヴ・スリーヴケースは『Vol.1』と『Vol.2』をセットで保管可能
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