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八神純子、11分17秒の楽曲からエロティックな曲まで最新アルバムを紐解く

Rolling Stone Japan / 2022年9月12日 16時0分

八神純子

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。

2022年7月の特集は「八神純子」。1978年にデビューして80年代前半、シティポップ、シティミュージック・ムーブメントの立役者の1人である彼女が、2022年6月24日、全米「女性ソングライターの殿堂」で日本人初の殿堂入りを果たした。パート4では2021年にリリースした最新アルバム『TERRA ~ here we will stay』を紐解き、それまでの活動の歴史辿る。

関連記事:八神純子、”私とアメリカ”をテーマに名曲の軌跡を辿る

田家秀樹:こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人・田家秀樹です。今流れているのは八神純子さん「黄昏のBAY CITY」。1983年発売のシングル、アルバムは同じ年に出た7枚目のアルバム『FULL MOON』に入っておりました。アメリカの音楽ファンの間でも評判になっているシティポップ。今月の前テーマはこの曲です。



今月2022年7月は「緊急特集 八神純子」。4週目は2021年9月に出た最新作のアルバム『TERRA ~ here we will stay』のご紹介です。実はこの番組でアルバムが出たときに特集できたらなと思ったんです。他の人たちといろいろ重なって、タイミングがずれちゃったなと思っていたときにこの表彰があって、よし! という緊急特集でもあります。

八神:そうだったんだ、メールしてよかった。「田家さん! こんな賞いただきました!」って(笑)。田家さんは音楽業界の中で1番古いお付き合い、ご縁ですね。



田家:最新作の『TERRA ~ here we will stay』が発売になったときに、プレスリリースに「今までの音楽人生はこのアルバムを作るためにあった」という純子さんの一文がありました。あの文章に込めたものから伺いましょうか?

八神:あの一言は『TERRA ~ here we will stay』の中の「TERRA ~ here we will stay」という曲を主に言っていたんですけども、あのタイトルは私が考えたわけではなく、作詞をしたKAZUKIさんがお考えになったもので。組曲にしたいというのがあって、どういうテーマにしようかというときに「TERRA」が私の前に出されたんです。その瞬間にサビが出てきたんですね。作品を書く上でひらめきがどんどん繋がっていくことって1番大事なことだと思うんですけども。

田家:先週もありましたね。ひらめきを形にするんだと。

八神:今までの積み重ねでそういうことができる自分になってきたのかなという意味で、こういう曲を書きたかったんですよ。

田家:後ほどフルサイズでお聴きいただきますけどね。

八神:ほんとですか! だってラジオ番組はかけてくれないの。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」ってあるでしょ。ラジオ番組にかけてもらえないだろとレコード会社から反対されていたんですけど、フレディ・マーキュリーが「いや、俺は作るんだ」って言って。同じ気持ちで、「私はこれを作るんだ!」って。

田家:ははははは! 11分17秒(笑)。

八神:「ラジオ番組で流してくれなくてもいいから!」と思って作ったんですけどね。でも、サビを書いたときにこういう曲書きたかったって思ったんですよ。

田家:それが「今までの音楽人生はこのアルバムを作るためにあった」という一文になった。20枚目のオリジナルアルバムなのですが『TERRA ~ here we will stay』から1曲目です。



負けないわ / 八神純子

八神:アメリカに親友がいて、悩み事を打ち明け合って「今こんなんだけど、クリスマスまでには笑っているよね」というのが合言葉になっているんです。彼女と会うとすごく元気になる。この曲がみなさんにとって、聴くと元気になる曲だったらいいなと思ったんです。なので、「クリスマスまでには私たちきっと笑っているね」という歌詞を最後英語で入れておいたんですけども。

田家:これはコロナになってからお書きになったんですか?

八神:そうです。アルバムの中でも最後の方に書いた曲です。

田家:でも1曲目にしている。

八神:すごくキャッチーですし、仕事前、出かけるときに聴くというメールもたくさんいただいていて、うれしいです。ずっと〈負けないわ〉って歌っているんですけど、んーって唇を結んで我慢している自分たちがいると思うので。コロナだけに限らず、我慢をすると、息を呼吸もしないで我慢するじゃないですか。それを解放してくださいという意味で、ん~負けないわ~♪という(笑)。

田家:溜まっていたものを吐き出そうという歌でもあります。復帰後1枚目が『Here I am』、2枚目が『There you are』で3枚目が『TERRA ~ here we will stay』。weになりましたね。

八神:私1人だけじゃなくて、スタッフ、バンド、ファンのみなさんと一緒に駆け抜けてきた10年、思い切りほぼ立ち止まらず走り抜けてきたのでweなんです。

田家:タイトルにTERRAという言葉があって、さっき純子さんがおっしゃいましたけどもその言葉があったから生まれてきた曲。11分17秒。初めて聴いたとき、渡米前にお書きになった「Mr.ブルー ~私の地球~」の現在編みたいな気がしたんですよ。

八神:私たちの意識の中にも、「Mr.ブルー ~私の地球~」を今書いたらどうなんだろうということもたしかにありました。20代の頃にNHK番組「パノラマ 太陽系」のテーマになって、歌っていた頃、地球は永遠の星であると思っていたんですけれども、科学者の方たちはこういう将来を見据えて既に何かスタートしていたのかもしれない。それから30~40年経ってみたら、TERRAという地球はいろいろな問題を抱えて、あとどれくらいこの状況を保つことができるんだろう、Uターンしないととんでもないことになると、今叫ばれていますよね。みんなで手を繋いで乗り越えていかなければいけない問題ばかり。地球は1つ。そういうときなので、『TERRA ~ here we will stay』というタイトルにしてアルバムを作ってみたんですね。カバーも、ジャケットも北海道帯広のハルニレの木前で撮って。私が顔を出していない写真は初めてなんです。この地球上で人間が謙虚な気持ちで存在させてもらっていることを忘れないでいたい気持ちで、私はシルエットで立ちました。

田家:組曲です。「TERRA ~ here we will stay」。



TERRA ~ here we will stay / 八神純子

田家:出来上がったときはどう思われたんですか?

八神:これで出来上がりでいいのかなと思ったんです。書いているときに2番の歌詞で〈木々が倒れ 草は燃えて 命追われ 川は枯れる〉というパートがあるんですけど、オーストラリアで山火事があったでしょ。コアラが湖畔で手足が焼けただれて座っている姿を見たときに、このシーンを入れたいなと思ったんですね。これからの地球を歌っていこうと思ったら、本当に終わっちゃっていいのかな? と思ったのがこれをレコーディングし終えたときの気持ちです。

田家:この続きがまだある。こういう組曲的な書き方は今までしてこなかったですよね?

八神:『Mr.メトロポリス』、『FULL MOON』で、らしきことはしましたけど、ここまでいってみようというのはなくて。作り終わったときにレコーディングエンジニアから「この曲の新しいところだけを使って、ボーナストラックをもう1曲つくってよ。そしたら絶対アルバムとして決まるよ」って言われて、その晩に作ったのが最後に入っている「Cafe au lait入れて」だったんです。

田家:アルバム最後の軽さが出口になっていますもんね。アルバムの中で純子さんが選ばれたもう1曲が、「TERRA ~ here we will stay」の後に入っている「終わりを決めるのは私 ~Eclipse~」なのですが、ちょっとエロティックなラブソングですよね。

八神:そうですね。私はこのアレンジを試したくて。途中でリズムが変わるパートを入れたくてしょうがなかったんです。それに合う歌詞はかなりスパイスがないとダメだなと思ったので、結構ギリギリのところをいっています。

田家:Eclipseは日食とか月食という意味でしょ?

八神:そうです。月と太陽が重なるということで、ちょっとエロティックに描いてみようと思ったんですね。

田家:地球の後に、太陽と月のラブソングがある。アルバムの5曲目「終わりを決めるのは私 ~Eclipse~」。



終わりを決めるのは私 ~Eclipse~ / 八神純子

田家:肉感的だけど都会的でメランコリック(笑)。

八神:さすが音楽評論家ですね(笑)。

田家:トランペットとサックスは向こうの方なんですね。これいいですね~。

八神:彼らが私の「ヤガマツリ」をいつもやってくれるメンバーなんですけれどもね。

田家:先週おかけした「濡れたテラス」をさらにアップグレードしたみたいな感じですね。このタイトルにいろいろな意味があるんだろうなと思ったりするのですが。

八神:まず月と太陽。普通は太陽が男性、月が女性でというのがよくあるパターンなんですけれども、国によっては逆になったりするんです。この曲では自分が太陽で、愛する人が月になっていて。女性は男性の後をついていくとか、日本での慣習じゃなくて。私が線路を敷きたい気持ちがあるのかな(笑)。

田家:女性が主導権を握っている恋愛みたいな(笑)。

八神:そうそう、だから終わりを決めるのは私! という。自分の人生自分で決めたい気持ちは、ここにも大いに出ているのかもしれないんですね。

田家:自分のキャリアの終わり的なニュアンスはあるんですか?

八神:後付けで今後使わせていただこうかな(笑)。でも、それはないです。キャリアの最後は自分にも分からないですし、ただ生涯現役で歌っていくという心意気だけはあります。

田家:終わりはないかもしれないという歌かもしれませんね(笑)。『TERRA ~ here we will stay』は13曲71分、曲がたくさんできてこうなりましたというアルバムですよね。

八神:そうですね。コロナ禍でアルバムを出す時期がどんどんずれていくんですけれども、時間があるならもっと作ってしまおうと思って、何度もアレンジをやり直しています。「終わりを決めるのは私」というのは、全く違ったアレンジが1つあって。いつかそれを使ってまた違った曲を作ってもいいかなと思っています。

田家:さっき終わりについてお訊きしたのは、当時の資料インタビューの中にこれで最後になってもいいと思って作ったアルバムという発言があったような気がしたので。

八神:これ以上のアルバム作れるのかなという気持ちもすごくあるんですね。

田家:たしかに今まで歌ったことないタイプの曲とか、やったことがないアレンジの曲があったり、総集編っぽい感じがありますもんね。

八神:今、ライブでどんどん歌っているんですけど、続けていくと次のアルバムに繋がっていく感覚が徐々に分かってきています。勇気がいることなんですよね。『There you are』のときにもこれを超えられるかなって思ったんですけど、やはり私たちは音楽をやり続けている限り、そのときを全力でやって進化し続けていくんですよね。それを残していくのがレコーディングであり、みんなで一緒に進化し続けましょうって、私だけじゃなくて聴いている方たちと一緒にという意味で進続けていけたらなと思います。



Here We Go! / 八神純子

田家:こういう曲をわりと乱暴にカテゴライズしてしまうと応援歌に入ったりするんですけども、そのへんはどう思われますか?

八神:これは自分への応援歌ですよね。私にはなかったタイプの曲で、こういうふうにシャウトしながら歌えるシンガーになりたいと思っていたんです。以前は歌えなかった。私の声があって、やっとこの歌詞が活きるのでここまで来たかったなと思っていて、やっと到達できたかなと思っている曲です。

田家:聴いている人に対して真っ直ぐに視線がいっている感じがしますもんね。

八神:これは本当にイケイケソングです(笑)。

田家:2週目のときに「私とアメリカ」というテーマで話を伺っていて、アメリカに行き始めたときに自分のオリジナリティとは何なのか?とずっと考えてらしたという話がありましたけど、復帰後のアルバムには対洋楽の感じが全くない感じがしたんですよ。

八神:全くそれを意識してないからでしょうね。曲の中には私のDNAがあって、アメリカに行くことにより日本人としての意識が高まったのだと思います。日本にいるとアメリカっぽいものに憧れたり、英語訛りで歌ってみたり。でも、アメリカにいると全くその逆にいってしまったんですね。そうじゃないとアメリカで認めてもらえない。自分のカルチャーをちゃんと持ってないと、「あなたどこの人? ここはユナイテッドステイツ、みんなそれぞれのホームがあって国があってユナイテッドステイツなのよ」と。

田家:そういう意味では音楽的には向こうの人たちと同じようなものもお持ちなわけでしょ?

八神:アメリカでおもしろいことに気がついたのは、過去のアルバムで書いたメロディが私が出した後にそっくりそのまま使われていたりとか。なので、もともと私はグローバルだったのかもしれないなと思うんです。だったら私は私のままでいこうと思って。

田家:洋楽を意識しなくても、私が作る音楽は洋楽なんだということでしょうからね。そこに自分が思っていることを歌えばいいんだと。次の曲もそんな1曲ではないでしょうか。



一筋の運河 / 八神純子

田家:この中の「種」はいろいろな意味を持ちそうですね。

八神:中村哲先生、日本人の医師がアフガニスタンで運河を作られた。銃弾に倒れ、2019年12月に亡くなったんですけれど、中村哲先生のおかげで65万人の方が今畑を耕し、そこで生活ができている。感動してしまって、歌にしたいなと思って書いたんですけれども。

田家:「種」で言うと、音楽の種。自分の歌がどんなふうに育っていくとか考えたりされるんですか?

八神:先程から言っていたひらめきからスタートしていて、その種はどこにあるんだろうと思ったときに人との出会いに音楽の種があるのかなと思います。この10年、それまでの人生と比べ物にならないくらいの出会いがあったんですね。なので、私の人生遅咲きなんだけれども音楽人生はスタートしたばかり。

田家:遅咲きと思われます?

八神:はい、そうです。私の人生はデビューした頃からスタートしていなくて、この10年でやっとスタートしたんだなという気がしています。

田家:2011年に復帰して、先週もおっしゃっていた、ここで生まれ変わったということから始まっている。そうやって始まったときにアメリカでの生活が全部栄養になっていた。で、80年代の曲が40年経ってブームになったり、まさかの殿堂入りが飛び込んできたり。これは報われていると思っていいんじゃないでしょうか。

八神:そうですね。一生懸命やっていくことには意味があるんだなと、振り返ってみるとこの10年妥協しないでやってきたことが素晴らしいことなんだなと思いますね。

田家:特集の最後の曲、アルバム12曲目。純子さんがこれで終わりたいということで選ばれた曲ですが「誓い」お聴きいただきます。



誓い / 八神純子

田家:この曲はどんなときにお書きになったんですか?

八神:私の今の姿勢、コンサートが終わるとき最後に自分の気持ちを伝えられる曲があればと思って書きました。一生懸命やっていてもへこむときあるんですよ。私はもう引退した方がいいんだって本気で思うときがあって、そういうときに聴いてくださったファンの方がメッセージを送ってくださる。今アンケートをやっているんですけど、その日の感想が分かるんですよね。こんなふうに感じてくれたのかと思うと、また次に進めて。あなたがいるから私が歌えて、私が歌うのはあなたがいるからなんだ。聴いてくれる人がいるからなんだと、コンサートの最後に伝えたいなと思ってできた曲です。

田家:この特集の1週目は、思いがけないコロナで1人でやることになりましたが、あの後大阪の新歌舞伎座のコンサートが予定されていて、それが延期になったんですよね?

八神:まだ日にちが決定していないんです。必ずこれはリベンジしたいと思います。みなさん本当にごめんなさい!

田家:今日最後の誓い、新歌舞伎座は必ずやります。

八神:はい、私の誓いです。

田家:いい1ヶ月をありがとうございました。

八神:本当にありがとうございました。



田家:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」日本人として初めて全米女性ソングライターの殿堂入りをした八神純子さんの軌跡を辿る4週間。今週は最終週パート4。2021年9月に出た最新アルバム『TERRA ~ here we will stay』のご紹介でした。流れているのはこの番組の後テーマ竹内まりやさんの「静かな伝説」です。



男性、女性問わずに若い頃に成功したアーティストのキャリアの重ね方、キャリア曲線みたいなものには大体特徴があります。かなり若いときに1番高いところにいって、そこから余力みたいなものを活かしながらソフトランディングしていく活動のサイクルが多いと思うんですね。彼女はそういう例に全く当てはまらない、珍しい稀有な女性でしょうね。日本での成功、それを1回断ち切って渡米して。向こうでもいろいろなことが当然あったわけで、その都度覚悟を決めながら生きてきた。震災の後は自分の音楽に対する今までの考え方を全部捨てて1から新しい自分になって、日本と向き合ってきた。それが彼女の音楽を変えてきている。

今月の裏テーマに「対洋楽」がありました。80年代に洋楽的な音楽を作ろうとした人が本場に行ったときにどう変わるか。自分の中に既に洋楽はあった。それを向こうで確認することができて、日本に帰ってきてもっと自由になれているのが彼女のキャリアの1番稀有な例じゃないでしょうか。そういうキャリアの中で思ってもいなかったアメリカでの表彰があった。僕の中ではちょっと複雑な気分もあったりもしました。アメリカから表彰されちゃったよ。日本の音楽ファンはどう受け止めればいいんだろうということがありながら、あらためて彼女のキャリアに光が当たって、いろいろな語られ方をして再評価されることを願いながら1ヶ月を終わろうと思っています。


左から、田家秀樹、八神純子


<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp

「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
https://cocolo.jp/service/homepage/index/1210

OFFICIAL WEBSITE : https://cocolo.jp/
OFFICIAL Twitter :@fmcocolo765
OFFICIAL Facebook : @FMCOCOLO
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