テデスキ・トラックス・バンドが語る4部作の裏側、村上春樹の助言、夫婦とメンバーの絆
Rolling Stone Japan / 2022年8月26日 17時30分
当代一の名スライド・ギタリスト、デレク・トラックスと歌手/ギタリストのスーザン・テデスキ夫妻が率いるテデスキ・トラックス・バンド(Tedeschi Trucks Band、以下TTB)。ホーン・セクションも含む12人編成の大所帯で、ブルーズとサザン・ソウルの影響濃いロックをジャズの即興性もたっぷりに演奏する圧倒的なパフォーマンスで知られるだけに、コロナ禍でライブ活動停止を余儀なくされた2年間はとても困難な時期だったはず。だが、彼らはその時間を利用して、野心的なプロジェクトに取り組み、アルバム4枚、全24曲にして、ひとつの作品となる大作のニュー・アルバム『アイ・アム・ザ・ムーン』を完成させた。
去る6月中旬に、スーザン・テデスキにZoomでインタヴューし、その新作について話を聞いた。
6月から8月にかけて順次発売された「I. クレッセント」「II. アセンション」「III ザ・フォール」「IV . フェアウェル」のアルバム4枚から成る『アイ・アム・ザ・ムーン』は、12世紀のペルシア人の詩人、ニザーミー・ギャンジャヴィーが詠んだ物語詩「ライラとマジュヌーン」にインスピレーションを受けたプロジェクトだ。そう、その詩はエリック・クラプトン/デレク&ザ・ドミノズの1970年の歴史的名盤『いとしのレイラ』のインスピレーションともなった悲恋物語である。TTBはその『いとしのレイラ』を全曲再演した2019年録音のライブ・アルバム『レイラ・リヴィジテッド』を昨年発表している。
『アイ・アム・ザ・ムーン』は、その物語詩のミュージカル化のようなものではなく、『レイラ』が愛する女性への報われぬ愛を激白するばかりで、歌い手の視点しかないのに対し、対象のライラをはじめ、その悲恋物語に登場する人びとそれぞれの異なった視点で曲を書いてみようというコンセプトで作られた。メンバーが競ってソングライティングに励んだ結果、アルバム4枚分もの曲が生まれたのである。
スーザン・テデスキ(Photo by David McClister)
4部作と村上春樹の助言
―デレク&ザ・ドミノズのアルバム『いとしのレイラ』と同い歳なんですって?
スーザン:私はそのアルバムが発売されたのと同じ日に生まれたの。1970年11月9日にね (笑)。
―そして、デレクという名前の男と結婚した!
スーザン:そう、私の夫はデレク&ザ・ドミノズにちなんで名前をつけられたの。
―あなたはあのアルバムを千回以上は聴いてきたでしょうし、TTBのコンサートでも、その収録曲を頻繁に歌っています。これまで、あのアルバムに、同じ女性であるレイラ側からの視点がないという事実に気づかなかったのですか?
スーザン:[歌手でソングライターのメンバー]マイク(・マディソン)が言い出すまで気づかなかった。正直言ってそのことを考えたことはなかった。私はミュージシャンとして、常にその曲を自分らしく解釈する。男性の視点で書かれた曲でも、自分の視点で歌う。だから、そう考えたことがなかったのね。その事実を指摘されて初めて、ああ、その通りだわ、と思った。そして、彼女の視点だけにとどまらず、彼らの関係に影響される回りのみんな、両親、友だち、仲間の視点も借りてみるというコンセプトを興味深いと思ったの。
―マイクの提案をあなたとデレクは受けて立ったわけですが、コロナ禍で通常の活動ができない特殊な状況だったからこそ、それまでとは異なったことに挑戦しようと、特別な題材を探していたのでしょうか?
スーザン:自分たちがソングライターとして、アーティストとして活動的でいられるように努めていただけだと思う。異なった何かをしようとどれほど意識していたかはわからない。ごく自然にそうなったというだけね。このプロジェクトに曲を書き始めると、現実世界で起きていることに符号するところがあるとわかった。例えば、ある時点でライラは塔に連れて行かれて監禁され、マジュヌーンに会えなくなる。彼女は隔離されてしまうの。そして私たちはコロナ禍で自宅に隔離されていた(笑)。
そして本当に興味深いと思ったのは、このプロジェクトは単にひとつの見方だけじゃなく、もっと世界観を提示するようなもので、世界の新たな見方を訴えている。だから、ソングライティングも見直すことになった。お互いに耳を傾け、異なったアイデアも受け入れられるように心を常に開き、曲がもっとオーガニックに生まれるように取り組んだの。
でも、過去の作品とどのくらい異なるものになったかを知ったのは、どれほどたくさんの曲ができたかを理解し、そこにどれだけ素晴らしい曲があるかを知ってからね。そして、それらをただまとめるだけでなく、物語を語りたかった。ライラと彼女の視点という元々のコンセプトがあったけど、同時に、それよりももっと大きなものになっていた。恋におちて、素晴らしいことがおきて、それが引き裂かれ、絶望的にもなり……と激しい感情の動きを経験する物語は、何人ものソングライターのいるバンドにふさわしいと思えた。同じ題材でも異なったところからやってきた人たちがそれぞれに描くわけだから。
「IV . フェアウェル」のリード・トラック「ソウル・スウィート・ソング」
―これまでにも、ソングライティングに際して、詩とか小説とかにインスピレーションを求めることはありました?
スーザン:インスピレーションにはいろんな種類がある。自分自身の体験のこともあれば、読んだ本が影響を与えるかもしれない。私がよくインスピレーションを受けるのは、世の中で起きている出来事だけどね。実は、父が村上春樹の友人だという友だちと話をしたら、どうにかして村上さんが私たちのプロジェクトの話を聞きつけた。あの物語に異なった見方で取り組んでいると知って、メッセージを送ってくれたの。死後の主人公たちからという見方はどうだろう。墓に語りかけるとか、ライラとマジュヌーンが天上界にいるとか。とてもおもしろいと思ったし、それがまた私の想像力をかきたて、たくさんの異なるアイデアをくれた。彼は素晴らしい作家よね。
―へえ、びっくりする話ですね。村上春樹は若い頃に米国の現代文学に大きな影響を受けて、独特の日本語の文体を作っていった。他の文化から学んで、自分の文化に適合させていったという点では、あなたたちの音楽とも共通していると言えますね。
スーザン:ええ、私たちがやっていることもまさにそう。自分たちのいる箱の外側に出て、考えてみるってことね。自分たちの規範からあえてはみ出してみる。そして何か新しいやり方で語ってみるのね。
女性としての視点、家族としての物語
―今回アルバムに貢献した5人の主要なソングライターのなかで唯一の女性です。元々がライラの視点はどうなのかという発想で始まったプロジェクトで、女性の視点を持ち込む役割をひとりで担うのは大変じゃなかったですか?
スーザン:ええ、最初はそう感じたわ。そうしたら、どうにかしてゲイブ(・ディクソン)が「アイ・アム・ザ・ムーン」を書いてきた。「あなたは女性なの? どうして女性のことをそんなによくわかっているの?」(笑)と思わせるほどの曲だった。あなたの言う通り、ライターの大半は男性だから、彼らにはライラの視点を完全に理解するのはむずかしかったかもしれない。でも、出来上がった作品は、彼女が共感できるであろうもので、彼女が経験した感情が表現され、彼女がその会話の一部となり、物語の証人となっていると思う」
―このバンドを始めた10年前との大きな違いのひとつは、あなたとデレクはもうすぐ大人になって巣立つお子さんを育ててきました。「ライラとマジュヌーン」は家族の物語でもあり、あなたたちには親の視点もある。
スーザン:まったくもってその通りね。私の書いた「ラ・ディ・ダ」は恋人についての曲として聞けるけど、子供たちについてとも聞ける。或る日、彼らが成長して出ていくことに気づく。自分のもとから去っていく。さよならを言わなくちゃならない。それは「ライラとマンジューン」物語の重要な部分で、とても似たところがある。彼らはものすごく愛し合っているけど、会えなくなって、これはうまくいかない、お互いを手放さなくてはいけないと悟る。それぞれの人生を生きていけるようにね。大事なものをあまりに強く握りしめていると、自分が前に進めなくなってしまう。それを手放さないといけないときがある。それはとてもほろ苦い思いだけどね。
だから、このアルバムにはたくさんの異なる視点がある。これらの曲の素晴らしいところはそこなの。とてもシンプルな曲もあるし。例えば「ヒア・マイ・ディア」ね。
―曲名はマーヴィン・ゲイのアルバムのタイトルからでしょ?
スーザン:ああ、そうなんだけど、あっちはHEREで、どうぞ、これを差し上げます。こっちはHEARなのよ。聴いて、これがあなたのメロディーよという感じ。だから、これは私とデレクにとっては、マーヴィン・ゲイの裏面みたいなもの。あちらが離婚のレコードなら、こっちは別れるのではなく、なんとかうまくいくようにやってみよう、ほら、これがあなたにあげたい美しいメロディー、僕らのメロディーなんだと。マーヴィン・ゲイの曲とは異なる、肯定的な曲なの。
そして、4枚のアルバムにすごく異なった種類の曲がある。そこがとても気に入っている。音楽的にも様々な影響がある。ゴスペル、ブルーズから、ストレートなポップまでね。様々な種類のロックンロールなの。すごく楽しいレコードでもあるわ。
―第3章収録の、あなたが書いたブルーズの「イエス・ウィ・ウィル」がいいですね。マッスル・ショールズ録音のステイプル・シンガーズのレコードみたいなサウンドに、B・B・キングが加わったみたいで。
スーザン:まさにその通り。曲を書いたときに、それを考えていた。デレクにB・B・キングみたいなギターを弾いてもらおうとね(笑)。みんなが共感できる曲だと思うし、このプロジェクトに取り組んだ姿勢が結実したような曲でもある。私たちがどれほど一緒に働く必要があるかについてだから。私たちが直面するあらゆる障害を乗り越えるためにね。アメリカだけ、日本だけ、欧州だけの問題じゃない。全世界が共有している様々な問題を解決するために、みんなで協力して対処しなければならない。そういった状況への「私たちはそれができるわ」と前向きに肯定する宣言なの。困難かもしれないけど、私たちは一緒にやらないといけない!とね。
―マイクの「ホエア・アー・マイ・フレンズ?」や「エマリーン」は2019年に亡くなったキーボード奏者のコフィ・バーブリッジを思って書き始めた曲のようですが、コフィ以外にも、デレク・トラックス・バンドのドラマーだったヨンリコ・スコット、数年前にはオールマン・ブラザーズ・バンドの(デレクの叔父)ブッチ・トラックスとグレッグ・オールマン、そして、あなたたちの師匠格のコーネル・ブルース・ハンプトンなど、近年、TTBは家族の一員とも言っていい本当に大事な友人たちを続けて失いました。ただ、大事な人を失うと、それまで以上にその存在を身近に感じるということもありますよね。今回のプロジェクトでも、亡くなった友人たちの存在を改めて感じませんでしたか?
スーザン:ええ。彼らは間違いなく今も私たちに影響を与え続けている。その存在をいつも感じているし、そこからインスピレーションを受けている。そして私たちは音楽を通して、彼らに敬意を表わそうとしているわ。今も私たちの一部なの。私たちミュージシャンはみんな、ある時点から自分自身のサウンドを作り出すわけだけど、実のところそれは自分が愛して耳を傾けてきたミュージシャンたちの音楽の蓄積なのね。彼らから学んだことを自分の一部にしていく。それは若い頃に大好きだったアーティストと同じようにね。レイ・チャールズ、マヘリア・ジャクソン、アリーサ・フランクリン、エタ・ジェイムズ、それに、ジョニー・ギター・ワトソン、彼らはみんな私の一部だわ。そして、一緒に演奏した人、一緒に生活した人、彼らは本当に自分の一部で、家族の一員よ。自分にとってとても意味のある存在だわ。私たちみんなが多くのことを一緒に経験した。みんなが彼らを大好きだったし、私たちは常にお互いを支え合っていたんだから。
テデスキ・トラックス・バンド(Photo by David McClister)
―そのコフィの大きな穴を埋めたゲイブ・ディクソンはキーボード奏者であるだけでなく、かつて自分の名前を冠したバンドで活動し、ソロ・アルバムもあるシンガー・ソングライターですね。ナッシュヴィル在住でロック、ポップ、カントリーとジャンルを超えて、共作も含むソングライティングの経験が豊富で、新作でその実力を大いに発揮しています。
スーザン:ゲイブは生まれも育ちもナッシュヴィルで、ソングライティングの経験が豊富ね。とても人柄がよくって、一緒に曲を書くときもとてもやりやすい。とても引き出しが多く、いろんなものを持ち出してくる。間違いなくアイデアを思いつくのを助けてくれるし、誰かがアイデアを聴かせると、彼はそこから美しい傑作を作り上げる。彼はこのバンドにとって、素晴らしい強みになっている。
彼はコフィと同じように幅広い音楽に通じた万能なミュージシャンなの。ソウルフルで、たくさんの異なるスタイルを高い水準で演奏できる。そのうえに彼はバンドのフロントを張れる人でもある。素晴らしい歌手だし、エンタテイナーなの。それは彼のもうひとつの重要な要素ね。彼の存在はこのバンドにとって神からの恩恵ね。何であれ彼が持ち込むものは、このバンドをさらに親密にしてくれる。彼は今の私たちの持っているものを思い起こさせてくれるから。失ったものを忘れはしないけど、新たにどれほど得たかを気づかせてくれる。私たちはもっと多くの友人を得たのだから。
―なんて才能豊かなメンバーが揃っているのかといつも驚かされます。コンサートを見れば、名プレイヤー揃いとわかりますが、新作はこのバンドに優れたソングライターもたくさんいると教えてくれますね。
スーザン:私はこのレコードを本当に誇りに思っているし、このバンドがこの困難で不確実な時期でも創造的であり続けていることを誇りに思っている。お互いを信じて、この前向きなプロジェクトを進め、とても暗い時期からも素晴らしい音楽を作り出した。このひどいウィルスのせいで、全世界で何百万という人びとを失った。私にできることは、暗闇のなかに明かりを見つけようと努力することだけだった。それがこのプロジェクトだったわけね。
「デレクは私のインスピレーション」
―この新作でもデレクの素晴らしいギター演奏がたっぷり聴けますが、彼からもっと良い演奏を引き出すために、夫婦ならではの彼にかける秘密の言葉とかはあるんですか?
スーザン:(笑)ただ優しく接するだけね。正直な話、彼には生まれつきの凄い才能がある。彼は曲を聴いて、その瞬間にその一部となる方法を本当に持っている。そして自分自身を表現する。それはとても感情豊かで、ほとんど人間の歌声のようだわ。まるで歌っているようで、そのイントネーションは完璧ね。ジャズ、ブルーズ、ゴスペル、ソウル・ミュージックなど、その引き出しは多いし、ギター演奏で物語を語ることができる。どんなスタイルの音楽か、誰と一緒に演奏するのかも関係ない。どんな瞬間にでも素晴らしい演奏を聞かせる。とても味わい深く、すべての音に神経が行き届いているの。彼は音楽をとても大事にしていて、これ見よがしだったり、派手なことをやったりなんてまったくない。誰よりも美しい音楽を作り出すだけなの。
デレク・トラックス
―そんなデレクと長い年月を一緒に過ごしてきました。
スーザン:いつだってデレクは私のインスピレーションよ。その演奏、ソングライティングに刺激を受ける。多くの場合、彼が何を考えているか、彼がどこからそれを生み出したか、そこに到達するために私はそれをどう解釈すべきか、それらを理解しようと努力することになる。そして、彼といると、もっとシンプルに、もっとピュアに歌うことになる。抑え気味になるの。「少なくして多くを語る」というアプローチになるのよ。
―第2章「II . アセンション」は1曲を除いて全曲をあなたが歌っていますが、その章に何らかの特別な意味があるんでしょうか?
スーザン:4枚のアルバム全てが大好きだわ。私がリードを歌っているかどうか、ギターを弾いているかどうかは関係ない。このバンド全体がどのように演奏しているかが重要なの。このプロジェクトはこのバンドの持つ力を示している。どれだけの音楽的幅広さがあるかをね。第2章でそんなに歌っていたかしら。あら、そうね、1曲以外を全部歌っているわね。でも、ゲイブとのデュエットもある。
このプロジェクトはこのバンドの様々な面をすべて見せてくれる。バック・ヴォーカルがどのように貢献しているか、ホーン・セクションがどのようにサウンドを作り上げているか。そういったところも聴いてもらいたい。彼らが作り出すクールなサウンドをね。「グラヴィティ」のように私がまったく参加していない曲だってあるけど、素晴らしいわ。私が歌おうとしていたんだけど、ゲイブが歌う方が良かったから、彼に譲った。彼女についての歌なので、男性が歌う方が意味を成すでしょ。
4枚それぞれがアルバムとしてまとまっていると思う。そして全部を通して聴くと、また最高よ。これまでにやってきたものとは、まったく異なるプロジェクトだったけど、大好きだわ。それは私たちのバンドをのぞきこめる「窓」みたいなものでもあるの。
『アイ・アム・ザ・ムーン: I. クレッセント』
発売中
再生・購入:https://lnk.to/TTB_IAmTheMoon_IPR
『アイ・アム・ザ・ムーン:II. アセンション』
発売中
再生・購入:https://lnk.to/TTB_IAmTheMoon_IIPR
『アイ・アム・ザ・ムーン:III. ザ・フォール』
発売中
再生・購入:https://lnk.to/TTB_AmTheMoon_IIIPR
『アイ・アム・ザ・ムーン:IV. フェアウェル』
2022年8月26日リリース
再生・購入:https://lnk.to/TTB_IAmTheMoon_IVPR
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