痛みを通して共感が生まれる「エモラップ」、人気の理由 米
Rolling Stone Japan / 2022年8月20日 10時0分
左からYung Lean、ジュース・ワールド、リル・ウージー・ヴァート(Joseph Okpako/Getty Images; Scott Dudelson/Getty Images; Natasha Moustache/Getty Images)
2017年、リル・ウージー・ヴァートの「XO Tour Life3」が米ビルボード・シングルチャート7位にランクインした。薬物依存症と自殺というテーマを取り上げたこの曲は、若年層に支持された。ウージーはノリのいいコミカルなスイングにのせてこう歌う。”どうにでもなれ/友達はみな死んだ”。情感に訴えるこの歌詞は、ヒップホップのターニングポイントの一つになった。2010年代にSoundCloudから火が付いたサブジャンル、エモラップが主流になったことを意味していた。
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こうした流れの源流は若いラッパーたちだった。彼らはエモロックによく見られる抒情的・耽美的テーマをヒップホップの作風と融合し、繊細な楽曲をインターネットにアップロードしていた。ウージーは先ごろ中性的なジェンダー「they/them」であることを発表したが、現在はHot Topicの広告を彷彿とさせるスパイクヘアでキメている。ウージーやYung Leanやトリッピー・レッドといったラッパーたちの躍進とともに、死生観が曲のテーマとして定着している。
2018年以来、エモラップはSpotifyでもっとも成長著しいジャンルとなった。TikTokでも人気を確立すると、Z世代の後押しもあり、さらに勢いを増している。「間違いなく若者のジャンルです。ファン層も若いところで10~11歳ぐらいだと思います。ちょうどこのぐらいの年頃になると、子どもたちもiPhoneを手に入れたり、学校でラップスターの話を耳にしますから」と言うのは、ロサンゼルスを拠点にミュージック・ビデオや映画を制作するジャスティン・ステイプル監督だ。
ステイプル監督は次回作のドキュメンタリー『American Rapstar』で、SoundCloud発信のラップ現象と、ここ数年台頭してきた若いラッパーたちを掘り下げている。だが監督が言うには、エモラップの起源はさらに昔に遡る。このジャンルが音楽配信プラットフォームを中心に広がる以前から、エミネムやキッド・カディ、Odd Futureといったアーティストによるより繊細なラップが、新たな方向性をヒップホップ・ファンに提示していた。
広まった理由はインターネットの音楽ストリーミングにあるというのがステイプル監督の考えだ。ストリーミングは音楽を共有物としてではなく、個人で消費しがちだ。ストリーミングは悲しい音楽を静かな環境で、他人に評価されることを恐れることなく、1人で聴く場を提供する。「従来、ラップはどちらかというとパーティ音楽であり、ストリートの声を届けるメディアであり、ストリートから生まれたポエトリーでした。でも最近は、社会がどこへ向かっていくのかという不安や孤立感があります。サブジャンルやサブカルチャーも、その多くがインターネットへ移行し、クラブではあまり見られなくなりました」とステイプル監督は説明する。「音楽DJのいるクラブ環境ではなく、自室で、1人きりで消費できるようになった。おそらくそのために、パーティアンセムよりも悲し気な方向に向かっているんでしょう」
エモラップの闇、オピオイド使用の神格化
2019年にガーディアン紙とのインタビューに応じたジュース・ワールドは、エモラップで表現される苦悶がどこから来るのか、という質問にこう答えた。「誰もが痛みを抱えている。憂い、依存、心痛。これらはすべて人間の特性だ」。 2019年の研究によれば、Z世代やミレニアル世代は一般的に、前の世代よりもずっと不安を感じているという。「アメリカ社会の将来に対する絶望や先行き不透明感、とくにパンデミックでは孤立や孤独も広がっています。そうした多くのことから、かつてない全く新しい形でエモラップや悲哀が出てきたのです」とステイプル監督。
だがファンや批評家は、エモラップの影響について全く異なる見方をしている。
リル・ピープやジュース・ワールドといった有名ラッパーがドラッグの過剰摂取で死亡したのを受け、エモラップには薬物使用の背景があると批判する声もある。中には、エモラップが破滅的な習慣や自殺願望を煽っていると考える人もいる。ニューヨーク州警察と麻薬取締局(DEA)が2018年に合同捜査を行った際も、エモラップの歌詞がフェンタニールやザナックスを「美化」し、オピオイド中毒の蔓延に直接影響を及ぼしているとの非難が持ち上がった。「今回の捜査では、エモラップの闇やオピオイド使用の神格化に踏み込んだ」と、DEAのジェームズ・J・ハント主任特別捜査官も発言している。
エモラップと10代の薬物使用増加との関係性については議論の余地がある。だがファンが口を揃えて言うのは、痛みを通じて人々に共感を生むエモラップの力だ。たとえそれが、楽曲の流れている間だけだとしても。
「今の若者は不安の度合いや鬱病、ソーシャルメディアへの依存が急増している世界で育っています」とステイプル監督は言う。「それと同時に、オピオイド中毒の蔓延、銃暴力の多発、学校内で処方薬が出回っているなどの問題もあります。こうした問題が絡み合うなかで、いっぺんに答えを出したのがいわばエモラップなのです」
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