歯を彩る奇抜なジュエリー「グリルズ」最前線 米
Rolling Stone Japan / 2022年8月25日 17時45分
グリルズが主流になった80~90年代、独創性と派手さを極めた極上品をゲットできる場所があった。人々はニューヨーク州クイーンズまで足を運び、グリルズの祖と呼ばれるエディ・プレインのもとを訪ねた。スリナム系移民だった彼は人気急上昇のトレンドに飛びつき、音楽業界のトップジュエラーとなった。80年代後半からグリルズの成長を記録してきた映画監督兼作家のライル・リンドグレン氏は、「エディはいわばキング・オブ・ニューヨークだ」とハック誌に語っている。
【写真を見る 全7点】金ピカの入れ歯ではない、れっきとしたアクセサリー
ラッパーJust-Iceのために作った1セットがアルバム『Kook & Deadly』のアートワークに登場すると、プレイン氏の名前が知れ渡り、たちまち家族経営の店の前にはグリルズを買い求めるラッパーたちが長蛇の列をなした。「急に若者たちは目にしたものを真似しはじめ、ラッパーたちもみな――フレイヴァー・フレイヴやクール・G・ラップやジェイ・Zなど――流行に乗り遅れまいと彼のもとにやって来た」と、リンドグレン氏はハック誌とのインタビューで語った。だがプレイン氏でさえも、現代のグリルズ製作者には舌を巻くことだろう。デジタル時代で作品が市場に出回るようになった今、製作者も世界のあちこちに存在している。
グリルズ復活の理由もそこにある。リル・ナズ・Xやエイサップ・ロッキーが新作ビデオで着用し、ロバート・パティンソンが特注品をつけて雑誌の表紙を飾り、流行りものは決して見逃さないマドンナも、『トゥナイト・ショウ』で自前のグリルズを披露した。
日本のヒップホップシーンの中心地から太陽が降り注ぐロサンゼルスまで、引く手あまたのジュエラーたちを紹介しよう。みな常識を覆し、ひと昔前には想像もつかなかったような作品を作り上げる面々だ。
1. 秋山哲哉
場所:日本、東京
顧客:エイサップ・ロッキー、YZERR、ゆるふわギャング、SWAY、スティーヴ・レイシー
©秋山哲哉
東京都北部の台東区の中心に、今もっとも尊敬を集めるジュエラーの1人、秋山哲哉氏がいる。かれこれ20年近く日本の名だたるアーティストのために腕を振るってきた人物だ。今や著名なジュエラーだが、同氏が音楽業界に欠かせない存在になったのは、2011年にVLONEを立ち上げたデザイナーのエイサップ・バリがInstagramのDMでカスタマイズを依頼したのがきっかけだった。白地に青の陶器製の被せ物は斬新で、花と竜を描いた中国の景徳鎮のようだった。型にはまることなく、グリルズの可能性に挑戦し続けるデザインで、秋山氏のファンは一夜にして世界各地に広がった。2020年の終わりごろに受けた依頼が、秋山氏の作品を世界的に広めることになる。ハーレムが誇るエイサップ・ロッキーの特注グリルズだ。ピンクダイヤモンドとイエローライヤモンドを埋め込み、その隣には樹脂の花。他のどのグリルズとも違う、現代と伝統が融合した作品だ。「花のデザインのサンプルを作って彼に見せたら、とても気に入ってくれた」と言って、秋山氏はこう続けた。「僕にとって、彼は気品とストリート性を兼ね備えたアーティストだ」 まさに世界的巨匠らしい一品だ。
口を閉じることができないスパイク
2. クローヴァ・レイ・スミス
場所:イギリス、ロンドン
顧客:Bree Runway、VTSS
©クローヴァ・レイ・スミス
クローヴァ・レイ・スミスの作品についてひとつ言えるのは、どれもデザインが実験的で型破りだという点だ。ロンドンを拠点に活動するジュエラーは、しばしば彫刻的なアプローチを用い、ユーザーの歯にぴったり合わせて、ぴかぴかに磨き上げた野生のツタのような有機的な形のグリルズを作り上げる。好奇心をかき立てられると同時に魅惑的だ。この業界に入ってまだ数年と日は浅いが(名門セントラル・セント・マーチンズを卒業したばかり)、熟練職人のような匠の技をのぞかせる。新参者と呼ぶなかれ、彼女はガキの使いではない。
3. イアン・デルッカ
場所:カリフォルニア州ロサンゼルス
顧客:J・バルヴィン、BFRND、キム・ジョーンズ
©イアン・デルッカ
音楽業界とファッション業界のもっとも華やかな中心にいるのがイアン・デルッカだ。彼が手がけた2万ドル相当のairpodは、ディオールのデザイナーのキム・ジョーンズにも愛用された。悪名高きバレンシアガの作曲家BFRNDの首元や、J・バルヴィンの白い歯を飾ったのもデルッカの作品だ。ハーパースバザー誌の撮影現場でバルヴィンと出会った後、「すぐに意気投合した」と彼は述べている。「作りたいと思っていたグリルズのスケッチを何枚か彼に見せた。それがきっかけだった」 ニコロデオンのアニメ番組『スポンジ・ボブ』の20周年に寄せて製作したグリルズは、印刷技術を駆使して14金のベースにグラフィックを施した極めてユニークな作品だ。グリルズの未来は「オート・ジュエリー」になるとデルッカは予想する。「高級ジュエリーの視覚表現は広がっている。グリルズがそうした流れのひとつになるのは避けられない」
4. ファニータ・カレ
場所:メキシコ、メキシコシティ
顧客:Yung Beef、La Zowi、ヤンリーン、ドージャ・キャット
©ファニータ・カレ
ファニータ・カレの作品は度肝を抜くことが目的ではない。ブリュッセルやマルセイユで過ごした後、現在はメキシコシティを拠点とするカレは、仰々しく、これでもかというほど奇抜な作品を作る。「グリルズの想像力の世界にはたくさんの自由が広がっていると思う」とカレは言う。彼女の作品を見れば、クリエイティビティに限界がないのは明らかだ。上の歯を包み込む炎、口を閉じることができないスパイク、あごに流れ出る液状の金属、内側からしか読めないメッセージ。他のデザイナーとは一線を画している。「いまやグリルズはジュエリーであると同時に、ビジョンを内包した芸術作品でもある」とは本人談。
父子ともにグリルズ職人
5. Alligator Jesus
場所:カリフォルニア州ロサンゼルス
顧客:バッド・バニー、リル・ナズ・X、ロバート・パティンソン、オジー・オズボーン、ビリー・ジョー・アームストロング
©Alligator Jesus
始めは大学時代のサイドプロジェクトだった。だがAlligator Jesusことデヴィッド・タマルゴのビジネスはあっという間に世界的センセーションを巻き起こし、いまやセレブ級のファンが軒並みオリジナル作品を求めにやってくる。リル・ナズ・Xやバッド・バニーなどのアーティストが、InstagramやTwitterで総計5400万人のフォロワーに向けて得意げにひけらかすのも頷ける。インセイン・クラン・ポッシー――タマルゴ自身も熱烈なファン「ジャガロ」だった――のグッズ販売やWEBサイト製作に明け暮れた若いころの影響に、映画やアートの情熱を融合して製作したグリルズは、2000年初期の華美なデザインと職人的な手法が溶けあう、いままで見たこともない作品だ。
6. ギャビー&イーラン・ピナソフ
場所:ニューヨーク州ニューヨーク
顧客:タイラー・ザ・クリエイター、デュア・リパ、ウータン、リル・ウージー・ヴェート
©ギャビー&イーラン
ニューヨークの由緒あるダイアモンド地区に居を構える父と息子の2人組。無限のクリエイティビティを発揮して、デュア・リパやタイラー・ザ・クリエイターなどのミュージシャンの口元を彩っている。息子のイーランがローリングストーン誌に語ったところによると、1990年に渡米した父のギャビー・ピナソフ氏は「イスラエルで培った歯科技師の経験を活かして」すぐに開業したそうだ。数十年にわたる作品に脈々と流れる鮮やかな色使いのせいだろうか、それとも独特な形状や図案のせいだろうか、2人の手にかかれば必ず心奪われる作品が生まれる。何はともあれ、ピナソフ親子は先駆者の域を超越した。「この数十年で著名な顧客が大勢増えた。おかげで大規模な実験をさせてもらえている。たいてい予算も一般的な顧客より多いから、最高の素材を使って今まで見たことのないようなクレイジーなアイデアを提案できるんだ」とイーランは説明する。しずく型のサファイアを埋めた被せ物であれ、レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作を模したフルセットであれ、この2人のグリルズ職人は伝説的存在だ。
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