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アメリカにだって建前はある。マリファナ販売店で超理論に遭遇

Rolling Stone Japan / 2022年10月21日 22時10分

ロウワーイーストサイドのGranny Za's Dispensaryにて。「家庭がある人にはグミが人気だね。誰だって子供のいる前でモクモク煙焚きたくないだろ」。そりゃそうだ。

中年ミュージシャンのアメリカ放浪記、今回はニュースでも耳にするようになった大麻合法化にまつわるお話です。ニューヨークはいまそのプロセスの真っ最中。その状況は日本社会でよく出会う脱法行為に似ているそうで……。

※この記事は2022年9月24日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.20』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。

7月から8月にかけてちょうど50日間、日本に滞在していました。いろいろあったものの滞在中に「ああこれぞ日本らしさだな」と思ったのは、物見遊山に出かけた飛田新地とパチンコ店でした。どちらも友人に「いまのうちに見ておいたほうがいい」と言われてノコノコ見に行ったんですけど。

説明の必要もないと思いますが飛田新地は現存する最大級の遊郭で、「ウェイトレスさんが個室に料理を運んできたら、たまたま客と恋に落ちて、たまたまセックスが発生してしまった」から売春ではないんですよ、という建て付けで、真っ昼間から公然と売春が行われています。そんな超理論で押し通せるあたりがジャパンよね。

かたやパチンコは台の面積の大半が液晶画面になっており、人々は大型の「へえボタン」みたいのを連打していて、つまり釘とかパチンコ球とかって存在は完全に形骸化しているんだけど、「出た玉を謎の景品に交換したら、たまたま黄色い看板の古物商が近所にあって、たまたま謎の景品を買い取ってくれた」ので賭博ではないんですよ、という建て付けを堅持するだけのために、パチンコ球という存在が維持されているのでした。

根っからの臆病症のためどちらも見学だけにとどめておきましたが、こういったアクロバティックでヌルっとした理路はとても日本ぽいし、もっと言えばアジア的なのではないのかな、と胸にしまってアメリカに帰ってきたところ、自宅から目と鼻の先のところにマリファナの販売店がオープンしていました。

いまNYは娯楽用大麻の合法化に向けたプロセスのまっただ中にあります。2017年、キングス郡(ブルックリンのこと)のゴンザレス検事が娯楽目的であっても大麻の所持や使用では起訴しないと宣言、いわゆる非犯罪化というやつです。次いで2019年にはマンハッタンでも2オンスまでの所持では逮捕も起訴もしないという方針が決定されました。

非犯罪化されたといっても違法は違法、たとえば1オンス所持なら100ドルの違反切符を切られるはずなのですが、実際に取り締まられることはほとんどなくなりました。なぜかというと大麻所持による逮捕というものが長い間、警官が気に入らない黒人をなんとなくしょっぴく際の口実として用いられてきた経緯があるからです。

2018年の調査でNY市の人口比率は黒人24%、白人は43%。大麻の使用に人種間で有意な差は認められないため、逮捕者の人種構成もこの比率に似てしかるべきです。でも2017年の発表によると、大麻所持で逮捕された者のうち黒人は48%。いっぽう白人は9%しかいませんでした。この人種差別的な運用が問題視されたことが、非犯罪化への大きな推進力になりました。

そしてそして2021年3月にはクオモ知事(当時)の肝入りで、21歳以上なら娯楽用に大麻を栽培・販売・所持できる、いわゆる合法化法案が可決。同年9月には大麻管理局が設置され、販売や栽培に関するライセンスが発行されることになった、んですが、実際のところはこの管理局がまだグダグダで、ライセンスが発行されるのは来年以降と言われています。

となるとこの家の前にできたディスペンサリーは何なのだ? その謎を解明するため、調査班はアマゾンの奥地へと向かった――。そこで出くわしたのが、たぶんこの時期にしか体験できない、欺瞞に満ちたおもしろロジックだったのでここで紹介しておきたいと思います。

仮にあなたがディスペンサリーを訪れたとしましょう。年齢確認を済ませると、いろんな品種の乾燥大麻を筆頭に、リキッドやワックス、あとエディブルと呼ばれるチョコやクッキーやグミがカウンターに並んでいます。値段を聞くと「黄色いシールのは1/8オンスで35ドル、赤いシールのは60ドルだよ」と明快な答えが返ってきます(乾燥大麻は1/8オンス=3.5g単位で値付けされていることが多い)。しかし娯楽用途での営業販売はまだ認められていません。その値段は何なんだ。

するとスタッフが「何でも相談して。君にぴったりの品種を選んであげる」と言ってきます。これが符牒というやつです。「んーサイケデリックはほどほどでいいからよく寝付けるやつがいいな」とかなんとか言うと「ならインディカのこれがベストだね。もし巻くのがめんどうならプリロールもあるよ」なんてリコメンドが返ってくる。

「じゃあそれで。1/8(an eighth)ください」と言うとスタッフは「じゃあ彼のところに行って名前を呼ばれるまで待ってて」と言いながら、店内の別の一角にあるカウンターを指さします。そこでしばし待っていると名前を呼ばれ、「今日のカウンセリング料は35ドルです」とカウンターのあんちゃん。カウンセリング料? 訝しがりながら金額を支払うと「サンキュー。ところでこれはカウンセラーからのギフトです」とさっき指定したマリファナが手渡されるのでした。

ほーん、そういう建て付けね。勝手に日本人の得意技だと思い込んでいたヌルっとアクロバティックな超理論は、すっかり合法になる来年まで、言ってみればサナギの時間だけはしばし、ここアメリカでも通用するみたいです。

さて(ほぼ)合法化してみてどうよ、と聞かれると、ふたついいところがあったかな、と思っています。ひとつには、トレーサビリティが上がったことでワイン化が進んでいるのは、いいんじゃないかなと眺めています。いにしえのブラックマーケット時代を知る人に言わせると、昔はただ透明のパケに入った、何て品種かも誰が栽培したのかもよくわからないブツを売人から手渡されるだけで、ストレイン(品種名)なんて何の信頼性もなかったし再現性もなかった、と。

そんな闇鍋状態を変えたのが2010年に創業したLeaflyというスタートアップで、それまで各自が勝手に言ってるだけだった品種名を統一規格として整頓し、酩酊感や吸い味などについて定型フォーマットで採点していきました。たとえばウェディングクラッシャーという品種は集中が高まり多幸感と高揚感が少々、ヴァニラを中心にブドウと野イチゴのフレイバー、といった具合。またそのウェディングクラッシャーという品種はウェディングケーキとパープルパンチを掛け合わせたもの、といった作出情報も図鑑的にまとめ上げました。

Leaflyが業界標準になると消費者も販売者も生産者も皆このサイトを参照するようになり、ようやくストレインを吸い比べたり、違うファームで生産されれた同じ品種を吸い比べて生産者の格付けを行ったり、お気に入りを見つけて買い足したりできるようになりました。もうこうなってくると人々は、ピノがどうだガメイがどうだ、ドメーヌがどうしたシャトーがどうしたという、お馴染みの解像度遊びに興じることになります。

もうひとつには、たとえば日本でドラッグの話をする人からはどうしても一種のイキリみたいなものが垣間見えてしんどいことがあるけれど、合法化してしまえばそんなサグみは霧散します。サラリーマンでも主婦でも普通に買うものになってしまえばもうイキりようもないので、ただの酩酊アイテムとしてニュートラルに選べるようになってきたのはいいのかな、と。現場からは以上です。


唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」 
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
Vol.9「腰パンとレイドバックと奴隷船」
Vol.10「コロナで炙り出された実力差から全力で現実逃避してみたら、「銃・病原菌・鉄」を追体験した話」
Vol.11「なんでもないような光景が、156年前に終わったはずの奴隷制度を想起させたと思う。」
Vol.12「実際のところ日本のカルチャーがどれだけ世界的に流通してるのかっつうとだな」

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