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ビョークが語る「きのこアルバム」の真意、アイスランドのジェンダー平等と環境問題

Rolling Stone Japan / 2022年10月4日 17時30分

ビョーク(Photo by Viðar Logi)

2023年3月に来日公演も決定しているアイスランドの国民的シンガー、ビョーク(Björk)の最新作『Fossora』が9月30日に発表された。通算10作目となるニューアルバムの発売を前に、ローリングストーン誌は母国にいるビョークにインタビューを実施。ビョークは『Fossora』のコンセプトやデビュー当時のこと、さらには最大の関心事である環境問題や、小国アイスランドが世界の模範的な存在となるまでの道のりについて、事実と自身の見解を交えながら話してくれた。

【画像を見る】ビョークの最新モード(全8点:記事未掲載カットあり)

いざビョークにインタビューをするとなっても、いったい何を質問すればいいのだろう? ビョークというアーティストは独創力あふれる”灯台”のような存在で、いままで多くのアーティストが彼女の光に導かれてきた。目眩くサウンドが織りなすディスコグラフィーをたどりながら、その神秘的な声が持つ響きと思考のプロセスについて本人の口から語ってもらうのはどうだろう? アイスランドの首都レイキャビクのパンクシーンから出発し、アバンギャルドなサウンドとビジュアルを代表する世界的なアーティストへと成長するまでの道のりを語ってもらうのも悪くない。これほどまでに革新的で実験的な音楽を作りながらも音楽シーンのメインストリームで成功をつかむことができた理由も知りたいし、ミシェル・ゴンドリー監督が手がけた「Human Behavior」や「Army of Me」、「Bachelorette」といった珠玉のMVの撮影の舞台裏についてもぜひ訊いてみたいところだ。

映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)の撮影現場でのエピソードや、劇中で魅せた迫真の演技の秘密に迫るのもいいかもしれない——同作の監督を務めたラース・フォン・トリアーは、後日セクハラで訴えられたのだが。ニューヨーク近代美術館をはじめ、世界各地の美術館で行われた展覧会について、ビョーク本人に語ってもらうのもいいだろう。

両親から受け継いだ社会と環境に対するアウェアネスや、彼女が支持するさまざまな独立運動についてじっくり語ってもらうこともできる。ビョークに訊きたいことは山ほどある。でも、とにかくいまは時間が足りない。なぜなら、5年ぶりに彼女のニューアルバムが発表されるのだから。

とはいっても、ビョークほどのアーティストとのインタビューがニューアルバムの話だけで終わるはずがない。彼女は、エンターテイナーとしての役割をろくに果たすことができない、そこらの有名人とは一味も二味も違う。ビョークは豊かな歴史を持つアーティストだ。アーティストとしての唯一無二のレガシーがあるからこそ、彼女はエッジやニュアンスに富んだ存在感を確立することができた。それは、奥深くも多様性に満ちた彼女の作品を映し出すものでもある。

ローリングストーン誌は、8月の終わりにビョークのインタビューを行った。ここでは、その内容をお届けする。


ローリングストーン誌(スペイン版)デジタルカバー
Photo by Viðar Logi


─ニューアルバム『Fossora』からは、ご自身の音楽や家族のルーツといったものが垣間見られるそうですね。

ビョーク:パンデミックを機にアイスランドに帰国したのですが、とても楽しい時間を過ごすことができました。近所のカフェやプールに歩いて行ったり、家族や友人に会ったり、地元のミュージシャンたちと一緒に仕事をしたりと、この3年間は本当に楽しかったです。

─アイスランドでは、パンデミック中もそこまで厳格な外出禁止措置が取られなかったと聞いています。

ビョーク:そうなんです。アイスランドのコロナ対策はそこまで厳しくありませんでした。



─ニューアルバム『Fossora』のコンセプトはきのこ(mushrooms)だとおっしゃっていましたが、その点について詳しく教えてください。

ビョーク:きのこというコンセプトは、私なりにニューアルバムの音の世界を説明するための方法なんです。たとえば、視覚要素を使うことで音の世界をより効果的に伝えられることってありますよね? 視覚要素が近道の役割を果たしてくれるんです。言葉だけでサウンドを表現するのは、多くの人にとって大変なことのように思えます。

前作『Utopia』(2017年)では、雲の中に浮かぶ島をイメージしながらアルバム制作に取り組みました。SF小説のようなプロセスですね。それも『Utopia』ではフルートの音をたくさん使ったからです。ベース音もビートもほとんど使用しませんでした。まるで宙に浮いているようなサウンドです。『Utopia』のことを「雲の中の街」と表現したのも、こうした浮遊感を思い描いていたから。雲という視覚要素がアルバムのサウンドを的確に表現する役割を果たしてくれました。それに対して、最新作の『Fossora』はどちらかというと地に足がついたイメージです。バスクラリネットの六重奏に加えて、地上で起きているいろんなことを音で表現しました。このアルバムのサウンドは、菌類を想起させます。だから、「きのこアルバム」と呼ぶことにしたんです。でも、理由はこれだけではありません。このアルバムのレコーディングには5年かかりました。ひとつひとつのきのこが違っているように、似た曲はふたつとして存在しません。だからこそ、きのこという表現がふさわしいと思ったんです。それに加えて、『Utopia』に象徴される雲の時代のあとの”着陸”のようなアルバムでもあります(笑)。アイスランドでの日々は、私にとって地上への回帰でもあったのです。ひとつの場所で長い時間を過ごすと、地中の奥深くまで根を張ることができます。そのおかげで、しっかりと自分の足で立つことができるのです。

ですから「きのこアルバム」は、地に足のついた感覚をしっかり持てたというか、穏やかさを感じることができたという私の感情を表現しているんです。アーティストは、いつもいろんな場所を行ったり来たりしています。時々、自分でも嫌になってしまうくらいね。

「きのこアルバム」に影響を与えたビート

─「きのこアルバム」とご自身でおっしゃっているように、『Fossora』にはオーガニックなサウンドがたくさん取り入れられています。きのこというコンセプトとのつながりもはっきり感じられますね。過去のアルバムと比べるとエレクトロニックの要素が薄いようですが、その点についてはどうですか?

ビョーク:サウンドのバランスという点では、『Utopia』に近いと思います。先ほどお話したように、『Utopia』ではフルートを使用しました。『Vulnicura』(2015年)ではストリングスを使用しています。要するに、私はいつもアコースティック楽器のサウンドを取り入れてきたんです。それでも、従来のビートやボーカルのエフェクトは、エレクトロニックというかデジタル寄りです。というのも、私は自分でアルバムの曲を編曲していますから。いろんな要素を結びつけたり、ビートを加えたりと、ノートパソコンで何時間も作業するんです。

普段は、Pro ToolsやSibeliusといったソフトウェアを使っています。Sibeliusは、アコースティック楽器向けのアレンジができるソフトウェアです。ニューアルバムのデジタルなサウンドには、私のほかのアルバムにも通じるものがあると思います。アナログとデジタルのバランスというか、私はどちらも仲の良い友達のような関係でいてほしいのです。私の理想の世界では、アナログもデジタルもどちらも存在しています。血の通った人間の友達がいれば、恋人もいるし、家族もいます。その一方で、スマホもあるし、インターネットなんかもあります。考えてみると、私たちが生きている世界とよく似ていますね。


Photo by Viðar Logi

─「Atopos (feat. Kasimyn)」や「Ovule」といったニューアルバムの収録曲の中には、ラテンミュージックの影響が感じられるものがあります。実際、ラテンミュージックにインスパイアされたのでしょうか? それとも、これは単なる私の思い違い?

ビョーク:(笑)きっとレゲトンのビートのことを言いたいのね。

─そうかもしれません。でも、デンボウのリズムもいくらか使われている気が……。

ビョーク:(これらの曲に)レゲトンのビートを取り入れた理由は、自分でもよくわからないんです。「よし、レゲトンのビートに挑戦してみよう」と意識したわけではないので。でも、このビートのおかげであらゆる要素をひとつにまとめ上げることができました。「Atopos」のクラリネットのアレンジや「Ovule」のトロンボーンなどの楽器のアレンジはかなり複雑です。だからこそ、すべてをまとめてくれる、エネルギッシュでシンプルなビートが必要でした。レゲトンのビートは、まさに私が探していたものだったの(笑)。最初は、基本的なサウンドを使って自分でビートを作りました。その後、サウンドは変えましたが、ビートの構造は残しています。

自分でも理由はわかりません。ちょうどランサローテ島(訳注:ヨーロッパのリゾート地として有名なスペインのカナリア諸島の最東に位置する島)に滞在していたころにこの曲を書きました。ランサローテ島には、アルバム制作の初期に2回行っています。現地のラジオ局から流れてくる音楽を聴いていたので、無意識のうちに影響を受けたのかもしれません。同じころ、アルカやロザリア、エル・グインチョといったアーティストたちとバルセロナで一緒にいることも多かったので、彼らの影響を受けたのかもしれません。理由はさておき、意図的にレゲトンを取り入れたわけではないんです。当時は、ウガンダのテクノとか、東アフリカを中心としたアフロビートをもっぱら聴いていましたから。



─アフロビートとレゲトンには、いくつもの類似点があります。

ビョーク:そのとおり。ビートの構造もよく似ていますね。

─レゲトンが生まれたカリブの島々のダンスホールでも同じような現象が起きています。

ビョーク:そうなんです。その影響を大いに受けたのかもしれません。いろんな音楽が混ざっています。

母の死/母として曲を作る意味

─ニューアルバムの収録曲のうち、2曲は母親である故ヒルドゥル・ルナ・ホイクスドットィルさん(享年72)に捧げられています。それについて詳しく話していただけますか?

ビョーク:母は、4年前に他界しました。その翌年に「Ancestress (feat. Sindri Eldon)」を、その直後に「Sorrowful Soil」を書きました。「Ancestress」は、母に捧げる追悼文ないし墓碑銘のようなものです。どうやら私は、葬儀というものに対してきわめて特殊な考えを持っているようです。というのも、私は昔からお葬式が苦手で。お葬式って、いつも屋内で執り行われますよね? 私としては、屋外のほうがいいと思います。だって手段はさておき、自然に帰り、自然とひとつになるのですから。

そこで、母の死を悼む儀式のようなものを行うことができれば、という想いで「Ancestress」を書きました。屋内ではなく、屋外のお葬式です。昨年の6月にMVを撮影しました。ようやく披露できることにワクワクしています。1カ月後には公開されるはずです(現在公開中)。弟にも出演してもらいました。だから、私たち家族にとっては屋外のお葬式という表現がぴったりですね。



─ご自身も母親でいらっしゃいますが、どのような気持ちでこれらの曲に取り組んでいたのですか?

ビョーク:いい質問ですね。そんなこと、いままで考えたこともありませんでした。母の死について考えるというよりは、音楽を通じて母の死に反応していたような気がします。それに多くのミュージシャンは、衝動に駆られてもとがめられないという特権を持っていますから。

私がいままで手がけた楽曲の多くは、自然で衝動的な反応のようなものを表現していたと思います。それはすべて、母と私のあいだに生じたものでした。ですから、私自身が母親であることはあまり関係ないと思います。でも、「Sorrowful Soil」の歌詞に”女の子は、体内に400個の卵を持って生まれる”という描写があるのですが、ここには私が母親であることがいくらか投影されているのかもしれません。とても美しいイメージです。だからこそ、この曲を通じて母の物語を表現したいと思ったのかもしれません。

雑誌や新聞の死亡記事って、事実の羅列のような印象を受けますよね? 「この人は何年に生まれて、この学校に通って、この仕事に就いて、あの人と結婚して……」のように、ちょっと素っ気ないというか。だから、死亡記事のコンセプトを膨らませて、もっと血の通ったエモーショナルなものを作りたいと思ったのです。「Sorrowful Soil」は、母の社会的側面を描いたものではありません。死亡記事は、どちらかというと男性的というか、父権制のイメージが強いです。私は、母権制的な死亡記事にしたかったんです。「母は、体内に400個の卵を持って生まれ、そのうちのふたつが人間になった。彼女はよくがんばった」のように。

その一方で、「Ancestress」は、母の人生の物語に焦点を当てた曲です。私の幼少期からはじまり、曲の終わりまで物語が時系列順で進みます。母のために、事実を羅列した冷たい死亡記事ではなく、人間的で感情のこもった死亡記事のようなものを意図的に作ろうとしました。母の外の世界というよりは、心の中の世界を描きたいと思ったんです。


Photo by Viðar Logi

─ニューアルバムには、息子のシンドリと娘のイザドラも参加しています。子供たちを参加させた理由は?

ビョーク:これも何かに対する反応だったのかもしれません。理由はひとつではないと思います。もちろん、新型コロナの影響もあります。コロナ禍の3年間、シンドリもイザドラもアイスランドにいましたので、子供たちには頻繁に会うことができました。それに加えて、ふたりとももう大人ですから、しかるべきタイミングが来たと思ったんです。母との別れは、私たちの家族にとって新しい時代の幕開けのようにも感じられました。シンドリもイザドラも、もう子供ではありません。ふたりとも、いろんなことをしています。歌も上手です。だから、成り行きとしてはとても自然に感じられました。

自身のキャリアを振り返って

─若干11歳でデビューアルバムをリリースしています。当時のことで、何か記憶に残っていることはありますか?

ビョーク:振り返ってみると、私よりも母のほうがデビューアルバムをリリースしたことに興奮していた気がします。私はというと、ものすごく恥ずかしかったのを覚えています。デビューアルバムは、アイスランドではかなり売れました。母は次のアルバムを作りたかったようですが、私はあまり乗り気ではありませんでした。その後、私はパンクバンドのメンバーになり、15年くらいバンド活動を続けました。私は、あまりにも早い時期に人々から注目されてしまいました。自分だけがスポットライトを浴びる状況は、好きではありませんでした。みんなと一緒に働くのが好きでした。みんなとの共同作業は、とても楽しかったです。

それから16年くらい経ってから、2ndアルバムをリリースしました。タイトルは『Debut』(1993年)です(笑)。そのときはじめて、このアルバムは私のものだと自信を持って言える気がしたんです。自分ですべての曲を作曲しましたから。それだけでなく、音楽を作ることが私の仕事であり、人生だと感じました。だから、『Debut』は誠実なアルバムだと思えたんです。11歳でデビューアルバムを出したころは、世間に嘘をついているような後ろめたさを感じていました。自分は実質的なことは何もしていない。アルバムの表に貼り付けられたお飾りなんだ。そんなふうに思っていたんです。

でも、スタジオでの作業はとても楽しかったです。本当に楽しくて、あのころの経験に心から感謝しています。ヒッピー世代の素晴らしい人たちと一緒に仕事をしました。彼らは、マイクに向かって歌う方法や言葉の正しい発音などを親切に教えてくれました。スタジオという場所で、こうしたヒッピー世代の人々に育ててもらえたことはとても幸せでした。彼らは教えるのがとても上手なだけでなく、子供の扱いにも慣れていました。そのおかげで、私は子供としてのびのび仕事をすることができました。これは、かなり珍しいことだと思います。当時の経験は私に良い影響を与えてくれたと思います。

スタジオでの作業は大好きでした。でも、11歳で有名になり、街を歩いていても人に気づかれる日々にはうんざりしていました。有名人として扱われるのが大嫌いだったんです。


Photo by Viðar Logi

─あなたが在籍していたバンド、ザ・シュガーキューブスは、いまも多くの人の心の中で生き続けています。

ビョーク:そうですね。最初は、Kuklというバンドのメンバーになりました。その後、シュガーキューブスとして10年ほど活動しました。Kuklもシュガーキューブスも、3人は同じメンバーです。もうひとりのシンガーのアイナー(・エルン・ベネディクソン)とドラマーのシグトリガー(・バルドーソン)、そして私です。あれは最高の時代でした。私たちは、互いに教え合うような関係でした。とても楽しかったです。パンクという立場上、自分たちで楽曲を発表し、楽曲の権利も自分たちで所有します。ポスターやアルバムのアートワークなど、何から何まで自分たちで作らなければいけません。私の人生において、かけがえのない時代でした。

アイスランドの多様性とジェンダー平等

─アーティストとしてのキャリアを歩みはじめたころと比べて、音楽業界における女性の地位は変わったと思いますか?

ビョーク:アイスランドは、男女格差の少ない国です。女性の権利という点でも、アイスランドは常に世界ランキングのトップ3に入っています。私自身、ヒッピーのファミリーとアイスランドというリベラルな国に育てられました。そのせいか、あまり男女の差を感じたことはありません。

男女の格差に気づいたのは、海外で活動するようになってからだと思います。音楽業界に限らず、ほかの業界でもこうした違いを感じるようになりました。特に映画業界は、男女の格差はかなり大きいですよね。でも、そうした状況も大きく変わったと思います。変化は、いまも確実に起きています。

─教育をはじめ、アイスランドはさまざまな分野で世界の模範的な存在へと成長しました。その理由は何だと思いますか?

ビョーク:はっきり言いますが、この国もいろんな問題を抱えています。楽園ではありませんから。このインタビューを通じて、アイスランドの素晴らしさを自慢するつもりもありません。この国には、まだまだ解決しなければいけない課題がたくさんあります。でも、グローバル化と環境問題に特徴づけられるこの時代に、アイスランドが多くの分野で功績を残している理由のひとつは、小さな島国だからかもしれません。本当は、そこまで小さくないのですが(笑)。アイスランドの人口は約36万人。面積はイングランドとたいして変わりません。そう考えると、大きな島ですね。

アイスランドは豊かな自然に恵まれていますし、人口密度も低いです。自然とテクノロジーのバランスという点でも、とても健全だと思います。都会と自然のバランスも良いですね。レイキャビクはヨーロッパを代表する主要都市ですが、海や山といった自然にも囲まれています。多くの都市が環境問題に直面するなか、自然と文明のバランスが保たれていることは健全であると同時に、いろんな問題に対処しやすいのです。

もうひとつの理由は、アイスランドが600年間デンマークの支配下に置かれていたことだと思います。アイスランドの人々は、植民地として辛酸をなめました。ですから、独立を勝ち取った人々にとって新しい世代が次々と生まれることは、独立を謳歌することでもあります。50年前のアイスランドの人々の社会的地位は、決して高いものではありませんでした。でも、いまは違います。私たちは、独立した国が成熟するちょうど良い時代を生きています。これが50年後にどうなるか楽しみですね。ひどい国になっているかもしれないけど!

もうひとつ言えるのは、アイスランドでは女性がかなり強いことです。ヨーロッパ大陸から遠く離れているため、アイスランドは一種の母権社会としての道を歩んだのです。これについては、何時間でもお話できます(笑)。テーマとしては複雑ですが、そのおかげで21世紀にふさわしい多様性を実現することができました。それも、どの文化圏よりも早い段階で。

ほかの北欧諸国から受けた恩恵もあると思います。アイスランドは、600年間植民地でした。その間に人々は散々な目に遭いましたが、社会福祉や教育の面では、北欧諸国の良いところを取り入れたんです。

資本主義や社会主義など、世界にはいろんな主義を掲げる国家があります。でも、資本主義国家のほとんどは、教育制度や医療制度に関しては社会主義的な制度のほうが優れていることを認めざるを得ないでしょう。こうした制度の下では、教育や医療は無償化されていますから。

そう考えると、アイスランドにはいいところがたくさんあります。でも、課題もあります。いわゆる”実業家たち”は、アイスランドを巨大なアルミニウム生産工場に変えようとしていますから、私たちはこうした人たちと日々闘わなければいけません。ですから、必ずしもすべてが最高とは言えないのです。


Photo by Viðar Logi

─アイスランドといえば、カレオやオブ・モンスターズ・アンド・メン、シガー・ロスといったアーティストたちが有名です。小さい国でありながらも、世界にたくさんの素晴らしい音楽を届けていますね。

ビョーク:そうですね。「アイスランドが世界的に有名なアーティストをたくさん輩出できる理由は?」のようなことをよく訊かれます。でも、私にもわからない(笑)。ひとつ言えるのは、レイキャビクという街の規模が音楽に合っていることだと思います。レイキャビクは、村に似ています。街の中心部にはどこでも歩いていけますし、車もいりません。コンサート会場から5分歩けばアートのインスタレーションが楽しめるし、そこから5分歩けば劇場もあります。ここでは何もかもがDIY的で、お金もかかりません。世界的に有名になることが目的ではないのです。アイスランドでは、音楽活動だけでお金を稼ぐことはできません。音楽を愛していることが何よりも大切です。

14、15歳から25歳くらいまでの若い子たちは、ただ音楽が好きだから音楽をやっています。彼らの周りには、音楽に耳を傾けてくれる人がたくさんいます。何かを学び経験を積む、という点でもアイスランドは良い環境ですし、世界に羽ばたく覚悟もできます。アイスランドは、ミュージシャンを育てる優秀な養成機関のような場所なのです。

その一方で、映画を作りたい人はアイスランドでは苦労するかもしれません。なんせ人口36万人という小さな国ですから。撮影自体が大変ですし、資金面での課題もあるでしょう。それに対し、バンド活動はあまりお金がかかりません。メンバー探しも簡単です。ロンドンやニューヨークといった大都市でのバンド活動は、ここまで単純にはいかないと思います。自分たちのことを知ってもらうのも大変ですし、競争も熾烈です。アイスランドの場合、楽曲をリリースしてライブを一回やれば、みんなに知ってもらえます。ですから、ティーンエイジャーのバンドにとってアイスランドはとても良い場所です。

地球の声に耳を傾けること

─映画の話をしましょう。『ノースマン 導かれし復讐者』(2023年1月公開予定)に出演していますね。出演を決めたきっかけや作品について話していただけますか?

ビョーク:友人のショーン(シーグルヨン・ビルギル・シーグルソン)に頼まれたとでも言いましょうか。ショーンは、ロバート・エガース監督と共同でこの映画の脚本を手がけました。私が紹介したんです。すると、出演してほしいとショーンに言われました。ショーンはアイスランド出身の作家です。ご存知ではないかもしれませんが、「Bachelorette」や「Isobel」などの曲の歌詞を書いてくれました。

ショーンとは、私が16歳のころから友達です。そのせいか、互いの頼み事は断れない関係なんです(笑)。ショーンは、私のお願いにいつも「いいよ」と言ってくれましたから、今度は私がショーンの願いを叶えてあげたかったんです。映画を通じてアイスランドの歴史のダークな側面やバイキングたちの違う姿を見せられることにも惹かれました。

バイキング——とりわけアイスランドにやってきたバイキングはかなり誤解されていると思います。イングランドとバイキングは、敵対関係にありました。強国イングランドが唯一倒すことができなかったのがバイキングだったのです。歴史書は、イングランドの作家によって書かれています。ですから、彼らはバイキングを怪物のような存在として描写しました。

正直にいうと、当時のバイキング文化とほかの民族の文化には、それほど大きな違いはなかったと思います。(現代のバイキングの描写は)かなり偏っているよね、とよく友人たちと一緒に笑っています。だって、イングランドだっていくつもの国を侵略したじゃないですか。全部で70カ国とか?(笑)今日の考古学がハイテク化しているのも興味深いですね。DNA解析のおかげでいろんな発見がもたらされています。それによると、バイキングにも詩や神話といった豊かな文化があったこと、それらがきわめて高度だったこと、工芸品作りが盛んだったこともわかっています。バイキングは単なる殺戮マシンではありません。確かに、暴力的ではあったかもしれませんが、1000年当時はどの民族にも何かしらの敵がいたと思います。



─かねてよりアクティビズムを重要視されています。環境問題への関心に留まらず、チベットやコソボの独立、MeToo運動なども支持されていますね。いま、いちばん関心があることは何ですか?

ビョーク:環境問題が私の最優先事項であることには変わりありません。いま、行動することの大切さを実感しています。次の世代の人々のためにも、行動しなければいけません。できる限りのことをしなければ、いま生まれている子供たちに良心の呵責をまったく感じずに地球を引き継いでもらうことはできないと思います。

パンデミックによって、私たちは世界中の国や政府が迅速に連携できることに気づきました。国境を閉鎖したり、ワクチンを開発したりと、いろんなことが前代未聞の速さで行われました。これを機に、私は人々の意識が環境に向かうことを期待していました。緊急事態として環境問題に取り組むことを。残念ながら、期待したほどの変化は起きていません。私たちは、もっと努力しないといけません。もちろん、私も含めて。

─パンデミックは、自然から人類へのメッセージのようなものだったのでしょうか?

ビョーク:そうだと思います。私たちはパンデミックを生き延びることができましたが、地球の声に耳を傾けることは大切です。私は、こうした問題は世代交代によって解決するのではないかと期待していました。いま、地球に悪い影響を与える選択肢をとっている世界の権力者や政治家は70代の高齢者です。でも、いずれは私たちの次の世代が彼らに取って代わるでしょう。それまで地球が持ちこたえられるかはわからないけれど。状況はあまり芳しくないですね。

【画像を見る】ビョークの最新モード(全8点:記事未掲載カットあり)



ビョーク
『Fossora』
発売中
再生・購入:https://bjork.lnk.to/fossora



ビョーク来日公演
最新型の<cornucopia>と古典的な<orchestral>、「⼆⼈のbjörk、⼆つのbjörk」を体験

<orchestral>
2023年3月20日(月)東京 ガーデンシアター
2023年3月25日(土)神⼾ワールド記念ホール
<cornucopia>
2023年3月28日(火)東京 ガーデンシアター
2023年3月31日(金)東京 ガーデンシアター

詳細:https://smash-jpn.com/bjork2023/

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