NYドリルを担う新鋭たち
Rolling Stone Japan / 2022年10月5日 18時30分
左から、Cash Cobain, Ice Spice, and Chow Lee(ILLUSTRATION BY SANDRA RIAÑO; PHOTOS BY CALIBER*; CK*; TRINECIA*)
Ice SpiceからCash Cobainまで、ドリルならではのリズムを操りながらとことん楽しく、魅惑的な音楽を世に送り出す次世代アーティストを紹介。
先日、ブルックリンのクラブ「Babys All Right」で、スピーカーからプレイン・ホワイト・T「Hey There Delilah」をサンプリングしたトラックが流れ、ブロンクス出身のラッパー兼プロデューサーCash Cobainの代表的なタグが聞こえてくると、会場はすでに興奮状態だった。
Cash Cobainと相棒Chow Leeは、「サンプル・ドリル」の定番曲で構成された約1時間のセットの主役だった。サンプル・ドリルとはドリル・ミュージックのサブジャンルで、インターネット上のミームのような軽さと引用文化を音で表現したものだ。Cobainは誰もが知る楽曲を激しいドリルのリズムに変換し、ニューヨークシティの「サンプリングの神」と呼ばれている。
Cash CobainやEvilGiane、Great Johnといったプロデューサーにとっては、メアリー・J・ブライジから(B-Loveeeの「My Everything」)タイニー・ティムの「Tip-Toe Thru the Tulips」に至るまで(Sleepy HallowとSheff Gの「Tip Toe」)、あらゆる楽曲が格好の標的になる。どっしりしたベースラインや軽快なハイハットの裏で、こうした楽曲のピッチを上げ、テンポをのばし、フィルターをかける。サンプリングを細かく切り刻む、あるいは手を加えてさりげなく聞かせるのが目的ではない。わかりやすいループをリスナーにはっきり聞かせることがポイントだ。
分類的な名称はさほど重要ではない。サンプル・ドリルと呼ぼうが、セクシー・ドリルと呼ぼうが、とにかく踊らずにはいられないジャンルだ。この夜はTata、Lola Brooke、Baby No Lackin、Lonny Loveといったアーティストが、暴力的な歌詞や痛烈なディスを好むドリルとは対照をなし、男女比がほぼ同率の会場は「Vacant」や「Watergun」といった純粋にセクシーな楽曲に酔いしれた。客席にいた女性がChow Leeとアドリブを繰り広げる一幕もあった。彼が「Jenni」という曲に乗せて、「賑やかで感情豊か」な女性を褒めちぎるフックを甘く囁いた時だった。
「OK! 他には?」と、その女性はステージに向かって叫んだ。
他の観客と同じく、その女性もアンコールをせがんだ。Chow Leeは胸元をあけたボタンダウンのシャツ姿(シャツの下はチェーンのネックレスだけ)、一方のCash Cobainはランバンの白シャツにルイ・ヴィトンの分厚い白のサングラスといういで立ちだった。似たようなサングラスをかけていた先駆者、チーフ・キーフやソウルジャ・ボーイを彷彿とさせる。
NYドリルを取り巻く現状
ニューヨーク・ドリルはシカゴ・ドリルから枝分かれしたジャンルだ。圧倒的影響力を持っていたシカゴ・ドリルは、時が経つにつれてギャング絡みの問題に悩まされ、そうした偏見はニューヨークにも引き継がれた。だが、ドリルは常にそれ以上のものを内包していた。チーフ・キーフ、リル・ダーク、G Herbo、故ポップ・スモークらは、一般のファンをドリルのサウンドへ導き、クロスオーバーのスターとなった。DJ L、808Melo、そして現在のCobainなど、このジャンルを代表するプロデューサーはドリルの可能性を押し広げ、しかるべき後押しがあればヒットする可能性を秘めた音風景をつむぎだした。
これまで警察当局は、主にショウを中止させるなどして、新進気鋭のドリル・アーティストに見えない壁を作ってきた。シカゴのリル・ダークやニューヨークのSheff Gを筆頭に、実に多くのアーティストが地元警察に目を付けられ、街にあいつらがやってくるぞと他の部署からも警戒された。2019年のRolling Loudフェスティバルの際には、ニューヨーク警察が「公共の安全上の懸念」を理由に5人のラッパーを検挙した。今年に入ってからも、ニューヨーク市のエリック・アダムス市長がドリルの暴力的なテーマを「危険」とみなし、ドリルシーンの取り締まりを検討していると公言(だがもともとパーティ好きのアダムス市長は、あるイベントでドリルに合わせて少なくとも数回は首を振っていた)。
この日のヘッドライナーだったCobainのセットでは、ロング・アイランドのラッパーSwoosh Godがステージに登場。ちょうどChowとCobainが、ジャージークラブの荒々しいキックドラムにドリムを融合した「Orgasm」を演奏している時だった。最終的に、Swooshはステージ上でMC仲間のMali Smithとダンス対決をする羽目になった。ヒップホップの歴史に精通している人なら誰でも、ブレイクダンスとヒップホップが暴力に代わるはけ口として生まれたことを知っている。あれから50年が経過し、同じような経済格差が襲うなか、またもや若い世代が音楽に希望を見出している。時に醜い現実を反映しつつも、自分たちの日常のサウンドトラックとなるような音楽に。禁止したがる理由が一体どこにあるだろう?
Cobainの底なしのサンプリングのセンスと、Swoosh Godのクラブ仕込みの感性は、ドリルの可能性を改めて実感させる。2人はあくまでも氷山の一角で、新たな形式へとシフトするドリルの興味深い事例はまだまだたくさんある。お役所制度や官僚主義、人種差別の弊害に埋もれながらもなお光を見出し、その過程で古き良きアメリカーナの甘い汁を覆してみせるアーティスト集団のほんの一例に過ぎないのだ。
NYドリルが伝える「リアル」とは?
そうして多くの名曲が、日常的な言い回しをミッションステートメントに変えるアーティストの手によって生まれた。こうしたやり方はなかなか習得できるものではない。下手をすれば陳腐に聞こえてしまうが、上手くこなすとどうしても簡単そうに見えてしまう。ブロンクスのラッパーIce Spiceの「Munch(Feelin U)」がまさにそうだ。「アンタに気があると思ってたわけ?」というフックは、リル・キムやニッキー・ミナージュ、メーガン・ザ・スタリオンと言った大御所や、男のエゴを言葉少なに切り崩す女ジゴロに通じるものがある。
Spiceのコラボレーション仲間Riotがプロデュースしたこの曲は瞬く間にインターネットで拡散し、Twitterでは「アンタに気があると思ってたわけ?」というフックが頭から離れないという声が聞かれた。TikTokではこの曲のミュージックビデオが300万回も閲覧され、さらに20万件の動画で曲が使われた。大人気動画アプリで一発当てたいと願うニューヨーク中の住民の公式サウンドトラックになったと言っても過言ではあるまい。
ブロンクスでは激しいパーカッションに陰鬱な2ビートを乗せるサンプル・ドリルが盛り上がっているが、「Munch」は毛色が異なる。22歳のIceはビートをバックに脅し文句を並べる代わりに、風に舞うリボンのごとく自信たっぷりにしなやかに歌う。とはいえ天にも上るような恋物語ではなく、Spiceは自分の言葉できっぱりと「ビッチ、私は悪い女、自分のなりたいものになる」と言い放つ。魅惑的な落ち着き払ったようすから、彼女が本音で語っていることは疑いようもない。
当然といえば当然だが、Certified Lover Boyことドレイク本人がSpiceのDMに直接メッセージを送ってきたそうだ。彼もこの曲はもちろん、ラジオ局Power 105の番組『On the Radar』で披露したフリースタイルを気に入ったらしい。その上自ら主宰するOVOフェスのために、彼女をトロントにも呼び寄せた。Kenzo B、Young Devyn、Jenn Carterといったアーティストと並んで、男性中心のNYドリル・シーンで存在感を放つ彼女にとっては、何とも力強い幕開けだ。
いわゆるサンプル・ドリルの中心的人物で、ブルックリンを拠点に活動するプロデューサーEvilGianeは、どんなサンプリングもノスタルジックなトリップのごとく夢心地に仕上げることにかけては天下一品だ。エイサップ・ロッキーのInstagramでひそかにリリースされたシングル「Our De$tiny」が、まさにその好例だ。EvilGianeはハーモニー豊かなデスティニーズ・チャイルドの2004年の曲「If」から完璧なパートを抜き出し、黄金の織物を紡ぎ出した。ロッキーの手が加えられなければ、天を駆ける戦車にぴったりな楽曲に仕上がっていただろう。TikTokやInstagramではトレンド入りしているものの、広告配信プラットフォーム(DSP)ではまだ視聴できないが、この曲もまたドリルのテーマの拡散ぶりを示している。
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「ポップ・スモークなどの黒人が、文字通りドリルを現在の姿にした。『俺のシマにいるあのニガーを殺してやる』と言わずに済むドリルをね」。昨年秋、EvilGianeはローリングストーン誌にこう語っている。「彼ならきっと、『ああ、そこら中の店で買い物三昧だ』と言うだろうね」
スターダムに上り詰めた後、2020年に殺されたポップ・スモークは、後世のために道を切り開いた。そして現在、CashやIce Spiceなどのアーティストや、Bandman Rillといったジャージークラブ・ドリルのパイオニアが後に続いている。ドリルの荒々しい面を突き進むのも悪くはない。だがテーマの多様性を求めるなら、すでに目の前にある。あとは三連符のキックを辿るだけだ。
from Rolling Stone US
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