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マイルス・デイビス「越境と更新の80年代」を再検証 柳樂光隆と当時のディレクターが語る

Rolling Stone Japan / 2022年10月21日 17時0分

マイルス・デイヴィス、1981年撮影(Photo by Chuck Fishman/Getty Images)

マイルス・デイビス(Miles Davis)が残した膨大な未発表音源を、時代ごとにテーマを設けて発掘してきた”ブートレグ・シリーズ”も、早いもので第7集。2011年から11年続いてきたこのシリーズは、50/60/70年代を経て、最新作『ブートレグ・シリーズVol.7 ザッツ・ホワット・ハプンド1982-1985』で、いよいよ80年代へと突入した。同作の発売を記念した試聴会&トークショーが、10月4日(火)に御茶ノ水のCafe,Dining & Bar 104.5にて開催。ジャズ評論家・柳樂光隆が登壇して、興味深いレア音源を高音質のアナログ盤で再生しながら会はスタートした。



ロック、ファンクの影響下で大胆に進化を続けた”エレクトリック・マイルス”期の絶頂にありながら、体調の悪化が進んで活動を休止、長い沈黙に入った70年代後半のマイルス。活動を再開する1980年になると音楽シーンの様相もすっかり変わっており、81年の復帰第一弾となるスタジオ録音作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』では、マイク・スターン、マーカス・ミラーなどクロスオーバー/フュージョン系のミュージシャンを招集。それまで多用してきたワウ・ペダルの使用をやめる一方、80s R&Bの洗練されたサウンドも取り入れ始める。

81年10月の来日公演を収めたライブ盤『ウィ・ウォント・マイルス』(82年)の後、続けて制作された『スター・ピープル』(83年)、『デコイ』(84年)、『ユア・アンダー・アレスト』(85年)のセッションで生まれた未発表曲を、一挙お蔵出ししたのが『ザッツ・ホワット・ハプンド1982-1985』。コロムビア・レコード在籍時末期のマイルスが、どんな表現に到達しようとしていたのかを示す、貴重な手がかりと言える。


『ブートレグ・シリーズVol.7 ザッツ・ホワット・ハプンド1982-1985』


左から『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』、『ウィ・ウォント・マイルス』、『スター・ピープル』、『デコイ』、『ユア・アンダー・アレスト』

柳樂は本作収録のレア音源について、「マイルスがやりたかったことと、やりたくなかったことがわかる」と説明していたが、それは本作と、各アルバムで採用された”完成版”とを聴き比べることでより明確になる。様々なアプローチを試しながら模索を続けていた時期だからこそ、「別バージョンをたくさん聴くことで、完成版として世に出たバージョンの良さがわかる」という言葉も腑に落ちる。

この日のリスニングで最初に選ばれた曲は、『ユア・アンダー・アレスト』セッションで録られた「タイム・アフター・タイム」のオルタネイト・テイク。当時の注目新進ポップ・シンガー、シンディ・ローパーの全米No.1ヒットを取り上げたものだ。柳樂が「アル・フォスターのドラムは、ほぼメトロノーム」と指摘していた通り、この時点でのリズム・アレンジは原曲をまんまなぞっただけで、8ビートが前面に出ている。これが『ユア・アンダー・アレスト』バージョンだとリズムギターの”裏”が強調され、レゲエっぽいニュアンスが出てくるのだが、柳樂いわく「マイルスのトランペットのソロだけはほとんど完成版と変わらなくて、もうかなり前の段階でマイルスだけが自分のやることを把握している」。確かに、ジョン・スコフィールドによるギターソロはまだ確信が持てていないのか、フワッとした感じで終わるのだが、それとは対照的にマイルスのソロは曲想をはっきりと見据えているように感じる。




2曲目は、82年10月の『スター・ピープル』セッションで録られた「マイナー・ナインス」のパート2。マイルスはトランペットではなくキーボードを弾いており、久々の共演となるJ.J.ジョンソンがトロンボーンでマイルスに寄り添う、2人きりのトラックになっている。マイルスが取り組んできたアンビエントな表現を、敢えてこの小編成で拡げられないかと手探りしているような曲。素描も素描、はっきりと像を結ばないまま終わってしまう5分にも満たない演奏だが、動的な楽曲が多く並ぶ『スター・ピープル』で、こんなアプローチも探っていたのかと驚かずにいられない貴重な記録だ。『スター・ピープル』はテオ・マセロがプロデュースした最後の作品になったが、「マイナー・ナインス」もテオ独特の編集が加えられていたら、まったく違う印象の曲になったかもしれない。




当時の制作ディレクター、海老名秀治が語る貴重エピソード

ここでこの日のゲスト、元マイルス担当ディレクターの海老名秀治氏が登壇。1976年に「マイルスがやりたくて」CBSソニーに入社したという根っから大ファンの海老名氏は、ジャズ専任というわけではなく、TOTOの『ターン・バック』やアース・ウィンド&ファイアーも担当。さらにその後、ビル・ラズウェルを擁したセルロイド・レコードの日本発売も手掛けられたそうで、ジャンルで区切らず柔軟に担当を任せる姿勢は、発足から20年に満たない若いレコード会社だったCBSソニーならではと言えるかもしれない。


左から海老名秀治、柳樂光隆


海老名氏撮影によるマイルスのサイン入りカレンダー

念願叶っていよいよマイルスが復活、初めて”新作”を担当できる『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』のタイミングで、「レッツ・グルーヴ」を含むアース・ウィンド&ファイアーの大ヒット作『天空の女神(Raise!)』のリリースが重なってきて忙殺された、という海老名氏のエピソードは非常にリアリティがあった。また、80年代はマイルスが新作を出す度にFM誌が毎回大きく取り上げていたが、そうした露出もマーケティングを踏まえた戦略的なものだったことが海老名氏の発言からわかった。ロック誌がジャズに見向きもしなかった当時は、発行部数が多かったFM誌での露出が追い風になった…という証言は、他国よりも温度がやや高めな日本のファン層を理解する上で大いに参考になる。

『ウィ・ウォント・マイルス』のジャケットにまつわるエピソードも面白かった。来日公演のポスターを見て気に入ったマイルスが、ほぼそのままデザインを流用してライブ盤のジャケットにしてしまったそう。てっきり日本主導でああいうアートワークになったものだと思っていたが、実はソニー側が仕向けたわけではなかったのだ。

あの81年の来日時は、もともと体調が良好でないうえに風邪もひいていて、マイルスが全日程を無事に終えられるのか、途中で倒れるんじゃないかと心配した、と海老名氏。それほど良くないコンディションでも、ひと度ステージに上がると体の問題を超越して、鬼気迫る演奏を繰り広げたマイルスに心を打たれたという。それほど復帰後の活動にマイルスが全身全霊を掛けていた、ということでもあるだろう。


1981年来日公演ポスター(長野バックドロップ所蔵)



そんなマイルスの気概を感じさせる、『ユア・アンダー・アレスト』セッションからの未発表音源、「ジャック・ジョンソンのテーマ(ライト・オフ)/イントロ」を再生して会は終了。ジャズ・ロック然としていた同曲の硬質なアレンジを80sの語法に置換、シンセサイザーとダリル・ジョーンズのファンキーなベースを前面に出したこのバージョンは、『ユア・アンダー・アレスト』から読み取りきれなかったマイルスの”側面”を如実に伝えてくれる。単に商業的な狙いからポップ化を試みたのではなく、さらなる越境と更新を遂行するためのビジョンが彼の中にあったのだ、と。





マイルス・デイビス
『ザッツ・ホワット・ハプンド1982-1985:ブートレグ・シリーズVol.7』
発売中
再生・購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Miles_ThatsWhatHappened1982_1985


CD3枚組からのダイジェスト版となる輸入アナログ盤(ホワイト・ヴァイナル/2枚組)も同時発売中
アナログ購入リンクはこちら


●80年代の5タイトルが2022年最新リマスターで配信中。ハイレゾ(24bit-192kHz)配信も。


『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』
再生・購入リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Miles_TheManWiththeHorn

突然の活動中断から6年、”トランペットを持った男”がついに復活の雄叫びをあげた! 世界中のファンを狂喜させた帝王マイルス・デイビス、圧巻のカムバック・アルバム。タイトル曲を除いてすべてアコースティック・トランペットを演奏し、若きマーカス・ミラー、マイク・スターンらも存分に才能を発揮。万全のコンディションで新たなスタートラインに立ったマイルスの尽きない創造性、チャレンジ・スピリットが胸を打つ。


『ウィ・ウォント・マイルス』
再生・購入リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Miles_WeWantMiles

約6年ぶりに行なわれたワールド・ツアー(通称カムバック・ツアー)の模様を収めたヒット・アルバム。マイルスは全編にわたって好調ぶりを発揮、若きマーカス・ミラーやマイク・スターンを向こうに回しながらトランペットを吹きまくる。ジョージ・ガーシュイン作「マイ・マンズ・ゴーン・ナウ」の約25年ぶりの再演に加え、晩年の代表曲「ジャン・ピエール」を2バージョン収録。


『スター・ピープル』
再生・購入リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Miles_StarPeople

名盤『ウィ・ウォント・マイルス』に続くカムバック・アルバム第3弾。マイルス自身が手掛けたジャケット・イラストも話題を集めた。マイク・スターンとジョン・スコフィールドのツイン・ギター、超絶技巧を駆使したマーカス・ミラーのベース等、サポート・メンバーも充実。完全復調をとげたマイルスのトランペット・プレイも、ひたすら輝かしい。


『デコイ』
再生・購入リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Miles_Decoy

四半世紀にわたって続いたテオ・マセロとのコンビネーションを解消し、セルフ・プロデュースで自身の音楽性を問うた後期マイルスのヒット作。当時最新のエレクトロニクスを取り入れながら、テクノ調からスロー・ブルースまで幅広い曲想で楽しませてくれる。後年、ローリング・ストーンズのサポートで名を馳せるダリル・ジョーンズも参加。


『ユア・アンダー・アレスト』
再生・購入リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Miles_YoureUnderArrest

マイケル・ジャクソン「ヒューマン・ネイチャー」、シンディ・ローパー「タイム・アフター・タイム」等をカバー。”トランペットで歌う男”マイルスの真骨頂を、幅広い音楽ファンにアピールした大ヒット・アルバム。スティング、ジョン・マクラフリンらスター・ミュージシャンのゲスト参加も大きな話題を呼んだ。後期マイルスの代表的オリジナルで、いまやスタンダード・ナンバーと化した「ジャン・ピエール」も収録。

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