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キッド・カディ初来日 ヒップホップの先駆者による「熱狂のステージ」と「内省の宇宙」

Rolling Stone Japan / 2022年10月21日 17時55分

キッド・カディ

やっと、やっとである。遂にこの日がやってきたのだ。キッド・カディ(Kid Cudi)による、2009年のデビュー以来、初となる来日公演が実現するのだ。10月17日、会場となった豊洲PITには、初期のグッズを身に纏う人から、高校生のような若いリスナーまで幅広い客層が集まり、彼の登場を心待ちにしていた。

2008年にカニエ・ウェスト(Ye)のレーベル(G.O.O.D. Music)と契約し、キャリアをスタートさせたキッド・カディ。彼の初期ワークスとして有名なのは、同年のカニエの『808s & Heartbreak』(カディは4曲に関わっており、「Heartless」のコーラスは彼のペンによるものだ)と、翌年のデビュー作『Man on the Moon: The End of the Day』だろう。カディが創り上げた孤独や不安といった心の弱い部分をありのままに等身大に描く作風やユニークな音楽性は、マッチョイズム的な考えが中心となっていた当時のシーンに大きなインパクトを与えた。カディが示した「弱くてもいい」、「規範に囚われる必要はない」という姿勢はトラヴィス・スコットやジュース・ワールドのような後のシーンを彩るラッパーを含め、多くの人々に共感と勇気と刺激を与えたのだ。

一見するとデビュー直後から順風満帆なキャリアを歩んでいるように見えたカディだったが、彼自身は長きに渡ってメンタルヘルスの問題に悩み続け、2016年にはうつ病と自殺衝動の治療のためにリハビリ施設に入り、活動を休止したこともある。だが、そんな時期を乗り越えた今の彼は、キャリア史上最もクリエイティビティに溢れた状態だ。俳優としてのキャリアも好調で、映画『ドント・ルック・アップ』や『X エックス』でその姿を見たという人も多いだろう。9月30日には自身が原案、プロデュース、主演声優などを手掛けたNetflixアニメ『キッド・カディ: Entergalactic』が公開され、同作の収録楽曲を集めた『Entergalactic』も自身の最新アルバムとして同日に発表している。

今回の来日公演は2020年の『Man on the Moon III: The Chosen』のツアーの一貫として実施されたものだが、ここまで書いてきた通り、この公演は(筆者を含め)以前からカディの音楽に支えられてきた人にとっては念願中の念願であり、現代のポップ・カルチャーを彩るクリエイターの姿を間近で見ることが出来る機会でもあり、何より、様々な苦難を乗り越え、今日を迎えることが出来た私たち自身を祝うパーティーなのだ。だからこそ、今日は特別な日なのである。

というわけで、会場は開演前から大歓迎ムード。オープニング・アクトを務めたJP THE WAVYのパフォーマンスの時点で会場の熱気は十分に感じられるほどだったが、キッド・カディ本人がステージに登場すると、その熱狂は一気にピークへと到達。一方で、背景のスクリーンにはサイケデリックでカラフルな映像が映し出され、それはやがて自然豊かな美しい景色へと切り替わる。あくまでリラックスしたムードで「今、僕はどこに?」と尋ねるカディに、ナレーターは「自分の心の中だ」と答える。そう、今回のツアーのコンセプトは、観客と共にカディの内面を探索していくことにある。期待ではちきれんばかりの会場に鳴り響くのは、まさかの2009年のデビュー・ミックステープ『A Kid Named Cudi』の冒頭を飾る「Down & Out」。強靭なビートと共に観客の熱量もさらに上昇し、誰もが全身でその興奮を表現していく。その勢いのまま「Tequila Shots」、「She Knows This」と『Man on the Moon III: The Chosen』の収録楽曲が披露され、ド派手なレーザーや噴き上がるスモークが熱狂を更に増幅させる。10年以上の間隔がある楽曲にも関わらず全く違和感を感じさせないのは、それだけ彼の楽曲が普遍性を持っているということなのだろう。

カディ自身もこの光景に大きな喜びを感じているようで、観客の熱狂を前に満面の笑みを浮かべながら、快調にライムを決めていく。興奮を感じさせながらも、一つひとつの言葉を丁寧に発し、はっきりと聞き取ることが出来るあたりが彼らしい。ちなみにこの日の彼はAMBUSH®とNIKEのコラボスニーカー、自身とKAWSとHUMAN MADE®のコラボジャケット、NIGO®のプロデュースによるカレー屋「CURRY UP」のTシャツなどを着用しており、パフォーマンスだけではなく、ファッションにおいても日本に対する強いリスペクトを感じられた。

オーディエンスとの親密な共有体験

既にお祭り状態の会場だが、前述の通り、今回のツアーのコンセプトはカディの内面を、観客を巻き込みながら探索していくことにある。盟友であるチップ・ザ・リッパーと共に「Just What I Am」や「Hyyerr」といった楽曲で場を大いに盛り上げたかと思えば、「Dive」や「Man On The Moon(The Anthem)」では無限に広がっていくかのようなサイケデリックの宇宙へと観客を誘い、空間ごと飲み込んでいく。盛り上がる時にはサインをサービスしたり、投げキッスをしたり、観客のファッションを称賛する一方で、時には目を閉じて、たった一人で音に身を委ねていく。その鮮やかなコントラストに深く魅入られる。

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前述の映像作品『キッド・カディ: Entergalactic』でも印象的に描かれていたように、カディは自らの内面に広がっていく様々な感情を(ポジティブ/ネガティブを問わず)「宇宙」というモチーフに例えることが多い。観客と積極的にコミュニケーションを取り、喜びを分かち合いながら徐々にディープな空間へと向かっていく今回のパフォーマンスの構図は、まさに彼の中にある「宇宙」をしっかりとその場にいる全員で共有するためのものなのではないだろうか。だからこそ、楽曲自体は極めて内省的なものであるにも関わらず、そこには常にどこか温かみのある手触りが感じられ、観客もその様子を見つめながら緩やかに音に身を委ねていき、いつの間にか居心地の良い空間が醸成されていった。

その感覚は、終盤で披露された代表曲「Mr. Rager」でピークに達する。原曲にもある「全ての僕のような子どもたちに捧げよう(This here is dedicated to all of the kids like me)」というフレーズを叫んだカディは、どうしようもなく孤独な戦いを描いたこの歌を、観客と共に何度も感覚を確かめながら、一緒になって歌い上げていく。2度目のサビでは彼は歌うことをやめ、最後には感覚の赴くままにメロディを奏でていたが、それはこの曲が個人のものではなく、この空間全体のものになったことを示していたようだった。それは極めてポジティブで感動的な体験であり、その後の本編最後、デヴィッド・ゲッタとの「Memories」から代表曲「Pursuit of Happiness」のスティーブ・アオキによるリミックスバージョンという超アッパーな流れは、まるでこの共有体験を成し遂げたカディと我々による祝祭のようだった。

熱烈なアンコールに応えて戻ってきたカディは、クライマックスを目前にしても、カディは観客とのコミュニケーションを欠かすことなく、セルフィーを撮ったり、気になる観客を見つけては声を掛けたりと忙しない。そうして迎えたラストに披露されたのは、再びデビュー・ミックステープからの「The Prayer」と、2015年に自身のSoundCloudに公開されて以来、隠れた名曲として愛されてきた「love.」というファン泣かせの2曲だった。ただ、これは単なるファンサービスというわけではなく、今回の来日公演を締めくくる上でのベストな選択肢といえるだろう。「The Prayer」は(自らの死後も)その楽曲が長く愛されることを願う楽曲であり、「love.」はキャリア史上最も純粋に、優しく、相手を肯定し、愛の素晴らしさを歌ったものなのだから。自らをさらけだし、様々な苦難を乗り越えてきた今の彼が歌うからこそ感じられる圧倒的な普遍性と説得力に、会場はこの日最大の感動に包まれ、惜しみない称賛を贈った。

終演後に残っていたのは、どこか温かい、それでいて憑き物が落ちたかのようなスッキリとした気分だった。手を差し伸べられ、共に自らを見つめ、心から繋がることが出来たような感覚は、これを書いている今も自分の中に残っている。あの日、私たちはやっとキッド・カディを体験することが出来たのだ。

【関連記事】キッド・カディが語る『Entergalactic』に込めた情熱、自分の運命と未来へのビジョン



キッド・カディ
『Entergalactic』
配信中
再生・購入:https://umj.lnk.to/KidCudi_Entergalactic




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