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レナード・コーエン「ハレルヤ」はなぜ名曲に? ラリー・クラインが語る吟遊詩人の普遍性

Rolling Stone Japan / 2022年10月25日 17時50分

レナード・コーエン(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)、『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』

ボブ・ディランとも比較されるほどの詩人にして小説家、そしてシンガー・ソングライター、そのレナード・コーエン(Leonard Cohen)が旅立ってそろそろ6年が経つ。それでも、いまなお世代を問わず、彼への敬意が弱まることはない。むしろ、小舟が荒海に漂っているような不安な現代だからだろうか、かつてなく彼の歌に救いを求め、祈りを託したくなる。

『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』は、コーエンを讃えるばかりか、そんな時代の気分さえも映し出す素晴らしいトリビュート・アルバムだ。アルバムの実現に向けて尽力したプロデューサーのラリー・クライン(Larry Klein)にZoomで話をきいた。クラインは、コーエンの友人でもあり、かつてはジョニ・ミッチェルと公私ともにパートナーとして活躍し、ハービー・ハンコックと一緒にジョニを讃えた『リヴァー〜ジョニ・ミッチェルへのオマージュ』でグラミー賞の最優秀アルバムを受賞した経歴の持ち主でもある。


『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』参加アーティスト(収録順、L→R)
(右下)ラリー・クライン
(上から1段目)ノラ・ジョーンズ、ピーター・ガブリエル、グレゴリー・ポーター、サラ・マクラクラン
(2段目)イマニュエル・ウィルキンス、ルシアーナ・ソウザ、ジェイムス・テイラー、イギー・ポップ
(3・4段目)メイヴィス・ステイプルズ、デヴィッド・グレイ、ナサニエル・レイトリフ、ビル・フリゼール
Photo by Jayson Vaughn, Shervin Lainez, York Tillyer, Erik Umphery, David Doc Abbott, Rog Walker, Kim Fox, Norman Seeff, Ross Halfin, Myriam Santos, Derrick Santini, Danny Clinch, Monica Jane Frisell



―素晴らしいアーティストたちが集まりましたね。どういう風にアーティストや曲を選んでいったんですか。

クライン:レナードの曲の中でも、人気のある曲、いわゆるクラシックの多くが初期の作品だったりするが、それだけでなく、彼の後期の曲にもスポットを当てたかったんだ。初期に引けをとらない、強力な楽曲ばかりだからね。遺作となった最後のアルバム『ユー・ウォント・イット・ダーカー』(2016年)でのレベルの高さをみればそれはわかると思う。ぼくはそこにも光をあて、それまでとは違うレンズを通して、彼の作品をみせると同時に、キャリア全てを網羅する幅の広さを持たせたかったんだ。

―幕開けを飾るノラ・ジョーンズの「スティア・ユア・ウェイ」も、『ユー・ウォント・イット・ダーカー』からですものね。

クライン:彼女にこれはどうだろうと提案した時、彼女は曲を知らなかった。でも、彼女は、あの曲の真意を理解してくれた。つまり、「スティア・ユア・ウェイ」の歌詞のダークなまでに美しく、深く、そして広がりのあるポエムをね。アルバムの幕開けに相応しいと思えた。ここから扉が開き、アルバムの世界に聴き手を誘う、そんな1曲になるんじゃないかとね」。

―まさに、現代という荒波にSteer Your Way(舵をとり、進む)と。

クライン:その通りだ。それと、曲とシンガーとの組み合わせを決める上でいちばん大事にしたのは、そのシンガーがどれほどその曲を深く感じているか、ということだね。その曲が血となって身体に流れ、歌わねばならないのだという思いに駆られるかどうか。




―そういった意味では、皆さん、全身全霊を傾けてコーエンの作品に挑んでいるように思えます。例えば、「ハレルヤ」のサラ・マクラクランにしても、ジョン・ケイル、ジェフ・バックリィ、ルーファス・ウェインライト、k.d.ラングと多くの人たちが歌ってきた名曲中の名曲だけに、大役だったろうと推測されますが。

クライン:あれはやるのが怖かった。きみが言ったようにありとあらゆる人にカバーされてきたからね。だけど、最終的にはあの曲を避けるわけにはいかない、もしもやらなかったら、それは逃げることになる。逃げるべきではないと思った。だけど、誰が歌うのが良いのかわからずにいたとき、サラだったら、いまの彼女の曲として受け止め、しかも正しく歌ってくれるだろうと直観した。実は、この曲のカバー・バージョンの多くは、幸福感に溢れすぎているか、大袈裟すぎるか、いろんな理由から個人的にはあまり好きになれなかったんだ。あれは、ある意味深い悲しみを歌った歌だ。レナードも、その思いは一緒だった。だから、何処か哀しみの淵から歌われるような、そんな世界を目指したかった。ところが、「ハレルヤ」という言葉が印象に残るせいもあって、「ハレルヤ!(神を褒めたたえよ!)」、「ああ、なんて素敵な、幸福感に満ちた曲なんだ!」と思いがちだ。だけど、神、あるいはなんと呼んでもかまわないが、この宇宙に於ける神聖なる存在に語りかけようとするとき、人は失意の底から語らなければならない。これは、『旧約聖書』でも謳われていることであり、実際、レナードは詩編51からそのアイディアを借りている。つまり、人が神に赦しを求めて懇願することができるのは、その人間が失意の底から、誠実に悔い改めるときだという考えさ。




「ハレルヤ」原曲とカバーをまとめたプレイリスト

―語りかけるような独特の口調と言い、歌詞の世界と言い、イギー・ポップの「ユー・ウォント・イット・ダーカー」の素晴らしさにも圧倒され、彼以外には考えられないよう人選だと思われました。

クライン:子供の頃から大ファンだったんだ。彼の音楽はもちろんだけど、常識を超えることを恐れない姿勢も大好きだった。いまもそれは変わらないよ、彼の詩へのアプローチには、いつもある種のダークさが含まれていると思う。そして「ユー・ウォント・イット・ダーカー」という曲は個人的にとても深い意味を持つ曲だ。初めてあのアルバムを聴いてから2週間近く、あの曲が頭から離れなかった。あの曲だけを何度も何度も繰り返し聴いていたくらいだ。彼が向ける視線、世界の悲劇、そしてこの世界に生きる人間であることの悲劇的な側面としてしか表現できないもの、起きること、人々が互いに相手に対してとる行為、想像を絶するような悲劇、そこから意味を見出そうとすることについて、その洞察はとても明確で説得力のあるものだった。それを歌うには、イギーの声がピッタリだと思った。彼に曲を提案したが、彼はこの曲は知らなかったようだ。もちろん、レナードのことは知ってたけどね。それでも聴いてすぐに曲の真意を理解し、やりたいと答えてくれたんだ。





ラリー・クライン(Photo by Alan Shaffer)

不安な時代だからこそ求められている「祈り」

―「もしもあなたが望むなら」(If It Be Your Will)は、オリジナルではコーエンとジェニファー・ウォーンズとのデュエットで歌っていた名曲の一つですが、メイヴィス・ステイプルズも、まるで彼女自身の言葉をつづっているかのような歌声で、聴く者の心を揺さぶります。これは正しく、現代がいま必要としている祈りのように聞こえてきます。

クライン:そうだね、彼女の歌も、ぼくは大好きでね。彼女なら何も言わなくても、自分の曲であるかのように、曲を理解してくれると思った。何の説明も必要としない、彼女自身の曲にしてくれるとね。実際に、見事に歌ってくれた。まさに、しっくり来る、という感じだ」。




―あなたがこのアルバムを通じて、コーエンの作品を通じていま我々に伝えたかったものは何だったんでしょうか、そして完成されたもので伝えられたと思いますか。
 
クライン:うん、伝わったと、そうであって欲しいと願っているよ。ソングライターの曲や作品をカバーする場合、それを行う上での唯一の意義は、人々がそれをそれまでとは違う方法で、もう一度聴聴くことができるようにすることだと思う。改めて曲を聴き直したり、歌詞が違って聴こえたり、前とは違う部分に心を打たれたり。それとね、人って、曲をアルバム単位で記憶しているものだ。アルバムがその時代の中でどういう意義を持っていたか、その部分から見てしまう。だから、同じ曲を別の形で、新しい文脈の中に置きかえて聴いてみると、全く新しい意味や、より深い意味に気付かされることもある。というか、そうであって欲しいというのが、今回ぼくが目指したことだ。今回に限らず、どんなトリビュートでも、そしてアーティストと名曲をカバーするときも、考えるのはその点だ。もしかしたらリスナーが忘れてしまっていることを思い出させることができたなら、という思いさ。

―コーエンがオリジナルの形で曲を発表したときに表現しようとしたこと以上に、ひょっとすると、このアルバムが現代にもたらす意味というか、価値は大きいかもしれない。そんな気がしませんか。

クライン:それはとても嬉しいね。そう汲んでくれてありがたいよ。そうあるべきだと思うからね。例えば、このアルバムは、ビル・フリゼールの「電線の鳥」(Bird on The Wire)というインストゥルメンタル・ナンバーで終わるんだけど、そもそもあの曲は讃美歌、もしくは祈りのようだと常々思ってきたんだ。それで、アルバムを祈りのような曲で閉められたら、と思っていたから、敢えてインストゥルメンタルにしたんだが、ビル・フリゼールはそれを見事にやってのけてくれたよ。

―あのインストゥルメンタルでの終わり方に、あなたのこのアルバムへの創意と勇気を感じました。確かに、いま、世界をみまわしても、各国々の国内をみまわしても、もっと身近な周囲をみまわしても、あまり良いとは言えない時代ですからね。

クライン:同感だね。世界で起きていること、それに伴ってぼくらの中で起きていることを表現する上で、音楽がいまほど必要とされている時代はないと思うよ。






『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』
Here It Is: A Tribute To Leonard Cohen
発売中
日本盤SHM-CD 税込価格:¥2,860
再生・購入:https://lnk.to/HereItIs_ATributetoLeonardCohenPR

収録曲
01. Steer Your Way / スティア・ユア・ウェイ- ft.ノラ・ジョーンズ (2016年『ユー・ウォント・イット・ダーカー』収録)
02. Here It Is / ヒア・イット・イズ – ft.ピーター・ガブリエル (2001年『テン・ニュー・ソングス』収録)
03. Suzanne / スザンヌ- ft.グレゴリー・ポーター (1967年『レナード・コーエンの唄』収録)
04. Hallelujah / ハレルヤ- ft.サラ・マクラクラン (1984年『哀しみのダンス』収録)
05. Avalanche / 雪崩- ft.イマニュエル・ウィルキンス (1971年『愛と憎しみの歌』収録)
06. Hey, Thats No Way to Say Goodbye / そんなふうにさよならを言ってはいけない – ft.ルシアーナ・ソウザ
(1967年『レナード・コーエンの唄』収録)
07. Coming Back to You / あなたの胸に- ft.ジェイムス・テイラー (1984年『哀しみのダンス』収録)
08. You Want It Darker / ユー・ウォント・イット・ダーカー – ft.イギー・ポップ (2016年『ユー・ウォント・イット・ダーカー』収録)
09. If It Be Your Will / もしもあなたが望むなら- ft.メイヴィス・ステイプルズ (1984年『哀しみのダンス』収録)
10. Seems So Long Ago, Nancy / ナンシー – ft.デヴィッド・グレイ (1968年『ひとり、部屋に歌う』収録)
11. Famous Blue Raincoat / フェイマス・ブルー・レインコート -ft.ナサニエル・レイトリフ (1971年『愛と憎しみの歌』収録)
12. Bird on The Wire / 電線の鳥- ft.ビル・フリゼール (1968年『ひとり、部屋に歌う』収録)

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