「TONAL TOKYO」総括 チャーリーXCX、ジェイミーxxらが提示した熱狂と多様性
Rolling Stone Japan / 2022年11月7日 17時30分
さる10月29日(土)、東京・有明アリーナにて「TONAL TOKYO」が初開催された。「未来のクラシック・スタンダード」を掲げ、「音色」や「色合い」という意味を持つ「Tonal」という単語をその名に据えたTONAL TOKYOは、「東京が持つ多様な音や色を束ね、東京から世界に発信する新世代の音楽フェス」と位置づけられている。
TONAL TOKYOが掲げる「未来のクラシック・スタンダード」とはどういうものなのだろうか。本稿では、現地の模様やライブの内容をまとめていきながら、この新たな音楽フェスが提示した意義や意図について振り返っていきたいと思う。
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国内シーンで異彩を放つ3組が登場
今回、TONAL TOKYOが開催された有明アリーナは、2020年東京オリンピック・パラリンピックの競技会場として建設された施設の一つだ。今年の8月からはコンサート会場としても利用されるようになり、同月にはビリー・アイリッシュの来日公演も開催された。収容人数は15,000人とされており、来年2月にはバックストリート・ボーイズの3デイズ公演も決定。今後も多くのアーティストの公演が実施されることだろう。
午前11時、この日のオープニングを務めるKroiのパフォーマンスが始まる。今年のフジロックではWHITE STAGEに抜擢されるなど、急速に躍進を遂げている彼ら。ソウル/ファンクからの影響を色濃く感じさせるグルーヴに満ちたバンドの演奏と、時にはラップを織り交ぜたり、ロック寄りのエモーショナルな歌声を披露するボーカルが織りなすミクスチャー感が最高に気持ち良い。リズム隊が冷静でどっしりと構えているのに対して、ギターが全身で感情を大きく表現しているという静と動のコントラストも魅力的で、客席からは自然にハンドクラップが沸き起こる。
良い感じになったムードの中で、Tempalay、Tohjiと、日本の音楽シーンの中でも特に異質なポジションを築き上げた2組が続いていく。轟音のサイケデリアを放つ壮絶な演奏の中で、小原綾斗による混沌と一体となるかのような歌声と、AAAMYYYの繊細で美しい歌声が交わることで奇妙で美しいハーモニーを響かせるTempalayと、EDMやハイパーポップ的なサウンドを大胆に取り入れたトラックをバックに、オートチューンによって儚くも心地良い質感を持ったラップや歌声を操るTohjiのステージは、(音楽性自体は異なるが)様々なジャンルを自由に越境しながら混沌とポップを両立させるという点において、どこか通じるものがあったようにも感じられた。
Kroi(Photo by Kazumichi Kokei)
Tempalay(Photo by Kazumichi Kokei)
Tohji(Photo by Kazumichi Kokei)
イヤーズ&イヤーズとジェイミーxxが生み出した熱狂
この辺で、一旦メインステージを離れて食事に向かう。TONAL TOKYOのフードコートは(有明アリーナに常設されている売店を除いて)施設を出た先にある屋外スペースに設けられており、芝生に座り、目の前に流れる東雲運河を眺めながらフードやドリンクを楽しむことが出来た。当日は晴天だったこともあって気持ちがよく、このエリアでクラフトビールを片手に、ずっとのんびりしている参加者もいたようだ。これもまた、有明アリーナで開催されるフェスならではの光景だろう。
快適なスペースといえばサブアリーナも同様だ。2010年にイギリス・ロンドンで設立され、長きに渡って世界のクラブ・ミュージック好きに支持されてきたオンライン・ストリーミング・プラットフォームであるBOILER ROOMとタッグを組んだこのエリアでは、カラフルな空間演出で彩られた休憩スペース(ハンモックも用意されていた)とDJブースが併設されており、リラックスしながらクラブ・ミュージックを楽しめる空間が構築されていた。筆者が訪れた際にはD.A.N.がDJを披露しており、柔らかな質感のテクノと硬質なハウスによる温冷のバランスを絶妙にコントロールしながらフロアを盛り上げる手腕に唸らされた(本人たちも非常に楽しそうで、特に櫻木大悟は自分がDJ卓を触っていない時間もずっとブースの横で笑顔で踊り続けていた)。
ライ(Photo by Kazumichi Kokei)
LANY(Photo by Kazumichi Kokei)
カナダ出身のマイク・ミロシュによるR&Bユニットのライ(Rhye)、米国出身のポップ・ロックバンドであるLANYを経てメインステージに登場したのは、2010年結成、現在はイギリス出身のオリー・アレクサンダーによるソロ・バンドとなったイヤーズ&イヤーズ(Years & Years)。最新作『Night Call』のツアーの流れを汲んだ今回の公演は、オリーに加えて2人のダンサー・コーラス、パリス・ジェフリー(Dr)、昨年までバンドの一員だったマイキー・ゴールズワーシー(Key, Ba)という編成によるライブ・セットとなっており、華やかなグルーヴ(特に力強くダンス・ビートを打ち鳴らすパリスのドラムが最高だった)と共に「Sweet Talker」や「Shine」、「Desire」といった至高のダンス・ポップアンセムが会場中に放たれていった。
何と言っても素晴らしかったのが、舌触りの良い甘くポップな歌声と、セクシー&キュートな表情・仕草・ダンスで観客を魅了するオリーのパフォーマンスだ。ナイトクラブでの燃え上がる愛を描いた「Muscle」ではダンサーと共にトゥワークを披露し、原曲の持つセクシャルなムードを更に増幅させながら観客を熱狂の渦へと誘っていた。
最大のハイライトは、オリーが主役を演じ、イギリスで社会現象となったドラマ『ITS A SIN 哀しみの天使たち』の劇中歌としても使用されたペット・ショップ・ボーイズ「Its A Sin」のカバーだろう。美しいピアノの弾き語りに始まり、感情の昂りと共にバンド演奏に切り替わり、ピアノの上に立って”今まで僕がやってきたこと / 今の僕がやっていること / これまで訪れた場所 / これから僕が向かおうとしている場所 / その全てが罪だ”と高らかに歌い上げる彼の姿は、あまりにも美しく、そして力強かった。
イヤーズ&イヤーズ(Photo by Kazumichi Kokei)
イヤーズ&イヤーズ(Photo by Kazumichi Kokei)
その熱量を保ったまま、更に観客を熱狂のグルーヴへと導いたのがジェイミーxx(Jamie xx)によるDJセットだ(余談だが、この前日が彼の誕生日ということでアリーナ全体もお祝いムードである)。
イギリス出身、The xxの頭脳として知られ、『In Colour』(2015年)に象徴される自身のソロ名義による活動も絶大な支持を集め、ドレイク「Take Care feat. Rihanna」(2012年)やタイラー・ザ・クリエイター『CALL ME IF YOU GET LOST』(2020年)などのプロデュース・ワークスでも知られる彼が、現代におけるポップ/クラブ・ミュージックにおける重要人物であることは言うまでもない。だが、一秒たりとも退屈する瞬間のない80分間のセットを体感して改めて痛感したのは、「どのように音色やフレーズを増幅・加工・反復・配置すれば最も心地良いのか」を、彼がいかに熟知しているということだった。
原曲の時点で驚くほどの心地良さと中毒性を誇っていた「Sleep Sound」のような名曲ですら、解体・再構築された美しい音のレイヤーによって立体的に感覚が刺激されることで、まるで何段階も進化したかのような印象を受ける。『In Colour』のアートワークを彷彿とさせるカラフルな照明とスモークを用いた、シンプルなステージ演出も抜群に美しく、まさに一切の無駄がない、異常なほどの完成度を誇るステージだった。
ジェイミーxx(Photo by Kazumichi Kokei)
ジェイミーxx(Photo by Kazumichi Kokei)
ヘッドライナーのチャーリーXCX、TONAL TOKYO開催の意義
さて、いよいよヘッドライナーとなるチャーリーXCX(Charli XCX)の登場である。イヤーズ&イヤーズのオリーもMCでその名を挙げて今回のラインナップを称賛していたが、(テイラー・スウィフト来日公演のゲスト・アクトとして出演した)2018年以来となる待望の来日だ。
最新作『Crash』のアートワークを彷彿とさせるようなフルスロットルで車が走る映像を経て、スクリーンに大きく「XCX」の文字が映し出されると、もはや沸騰しそうなほどの熱狂が有明アリーナを埋め尽くす。まさに雷鳴のような演出と共に披露された1曲目は『Crash』を象徴する「Lightning」。まるで身体の中心から湧き上がってくるかのような美しく力強い歌声に、一瞬で胸を掴まれる。同楽曲における途轍もなくキャッチーな”Heartbreak already hit me once / They say that it wont happen twice”のラインを筆頭に、「Move Me」や「Constant Repeat」といった楽曲に込められた宝石のような珠玉のポップ・メロディが次々と空間に弾けていき、これ以上ないほどの多幸感に満たされていく。
チャーリーXCX(Photo by Henry Redcliffe)
チャーリーXCX(Photo by Henry Redcliffe)
今回のパフォーマンスを観ている中で気付かされたのが、PC Musicとの繋がりを筆頭とした、いわゆるDTM的な文脈で語られることも多い彼女の音楽が、極めて身体的なものであるということだ(当たり前といえば当たり前なのだが)。ダンサーと共に、ほとんどの楽曲を踊りながら歌う彼女の一つひとつの動きが、完璧にメロディと一体化していて、むしろ身体からメロディが生み出されているかのような印象すら覚えた。
それはエッジの効いたトラックについても同様で、その点について最も象徴的だったのは、SOPHIEとのタッグで生まれた名曲で、ステージ終盤で披露された「Vroom Vroom」だろう。粘り気のある金属のような質感を持った音色の一つひとつが、チャーリーの身体的な動きや歌声と、それを浴びる観客の感覚をブーストさせ、ポップなメロディがもたらす多幸感と、自らの肉体が覚醒していくかのような感覚が身体中に流れ込んでいく。改めて、チャーリー自身や、SOPHIE、A. G. CookといったクリエイターのルーツがUKのクラブ・シーン(とりわけレイヴ・カルチャー)にあることを強く実感させられる瞬間でもあった。
チャーリーXCX(Photo by Henry Redcliffe)
フェス後半に出演したチャーリーXCX、ジェイミーxx、イヤーズ&イヤーズの3組はいずれも、「UKクラブ・カルチャーを起点に、オルタナティブな立ち位置からメインストリームに影響を与えているアーティスト」であり、同時に「クィア・コミュニティを強く支持している」ことでも知られている(ジェイミーxxに関しては、彼が所属するThe xxも含めて)。会場でもレインボーフラッグを掲げる人、レインボーカラーをファッションに取り入れた人を多く見かけた。従来の洋楽フェスでは見落とされてきた文脈をしっかりと提示する。TONAL TOKYOが掲げる「未来のクラシック・スタンダード」という言葉の背景には、そんな意図が込められていたのかもしれない。
また、前半に登場した邦楽勢の3組にしても、一定の知名度を誇りながらも独自のポジションを築き上げており、「トレンド」のような言葉で括るのが困難なアーティストばかりだ。TONAL TOKYOの試みは、そのユニークな一つひとつの個性こそが新たな「スタンダード」であるという意思の表明なのだろう。実際、観客側に目を向けてみても、いわゆるフェス・ファッション的な装いではなく、ストリートやモードなどを取り入れた、自分なりのファッションを表現している人を多く見かけた。
そこで気になるのは、初開催となった今回の反響を踏まえて、次にTONAL TOKYOがどのようなラインナップを提示するのかという点だ。これから回数を重ねていくことで、(出演アーティストと同様に)オルタナティブな立ち位置からメインストリームに影響を与えるような、極めて興味深いフェスへと成長するのではないだろうか。今回参加したことで、少なくともその期待を感じることはできたと思っている。
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