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「UKジャズはダンス・ミュージック」エズラ・コレクティヴが語るロンドン・シーンの本質

Rolling Stone Japan / 2022年11月10日 17時30分

エズラ・コレクティヴ(Photo by Aliyah Otchere)

ここ数年におけるUKジャズの隆盛において、エズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)はリーダーとしての役割を担ってきた。鍵盤奏者のジョー・アーモン・ジョーンズ、ドラマーのフェミ・コレオソといった、シーンを支える重要人物たちも在籍するこのグループは、「ロンドンらしさ」を鮮やかに体現。ジャズを軸にしながらグライム、アフロビート、レゲエ、スピリチュアルといった近年のロンドンを感じさせる要素を盛り込み、ダンサブルなサウンドに昇華してきた。

特にグライムとジャズを融合させる手法は特徴的で、そのハイブリッドなサウンドが新たな観客をジャズのライブへと誘ってきた。実際、彼らが2019年にBoiler Roomで行ったライブ動画を見ると、近年、ロンドンでどのようにジャズが演奏され、それがどのように受容されてきたのかがよくわかる。ロンドンにおけるジャズは”ダンス・ミュージック”であり、同時に”パーティー・ミュージック”なのだ。



2019年に1stアルバム『You Cant Steal My Joy』をリリースしたあとも、ブルーノートのカバー企画『Blue Note Re:imagined』に参加したり、自身のレーベルからグライムのラッパーJMEとのコラボ・シングルを発表したりと、パンデミック中も精力的に活動。そして、3年ぶりのニューアルバム『Where Im Meant To Be』を完成させた。

サンパ・ザ・グレート、コージー・ラディカル、エミリー・サンデー、ネイオ(Nao)といったゲスト陣にも目を奪われるが、何よりも作曲、演奏、サウンドなど、あらゆる面でレベルアップしていることに驚かされる。そこにはアマピアノやアフロビーツからの影響も加わり、そのサウンドはしっかり”今のロンドン”を表わしている。彼らがやりたいことが完璧に具現化された作品と言えるかもしれない。

今回はリーダーのフェミ・コレオソが、ゴリラズのUSツアーを回っている最中だったにもかかわらず取材に応じてくれた。彼がこれでもかと語り倒してくれたおかげで、エズラ・コレクティヴがどんなバンドなのか、どこよりも詳細に伝える記事になったと思う。そしてここには、ロンドン・ジャズがもつ魅力の秘密がいくつも詰まっている。

※12月22日追記:エズラ・コレクティヴが2023年3月に来日決定、詳細は記事末尾にて。

この投稿をInstagramで見る Femi Koleoso(@femiondrums)がシェアした投稿 フェミ・コレオソ


―今日はお時間をいただき、ありがとうございます。

フェミ:こちらこそありがとう。僕は日本が大好きなんだけど、パンデミック以来、全く足を運べていないんだ。日本では最高の夜を過ごしたこともあったからね。

―僕は2020年2月に、大阪でエズラ・コレクティヴを観ましたよ。パンデミックで全てが止まる直前のライブでした(翌日の東京公演は中止)。

フェミ:最高だね。あの翌日にパンデミックがまさに深刻化して、ライブが終わったら僕らはすぐ出国しなきゃいけなくなり、少しでも遅れてしまったらもう終わりって感じだった。本当にクレイジーな状況だったよ。



―まずは基本的な話から聞かせてください。エズラ・コレクティヴはどんな経緯で結成されたんですか?

フェミ:ロンドンにはティーンエイジャー向けのユースクラブがある。厳密には学校ではなくて、放課後に通うクラブみたいなもの。僕は16歳の頃にジャズを学べるクラブに参加したんだ。サックスのジェームス・モリソン、僕の弟のTJ・コレオソ(Ba)もそこに参加していて、僕らは自分たちのバンドも組んだ。それがエズラ・コレクティヴへと発展していったんだ。

―そのクラブって、Tomorrows Warriors(以下TW)のことですか?

フェミ:その通り!

―バンド名の由来も聞かせてください。旧約聖書にエズラという人物が出てきますよね?

フェミ:そうそう。旧約聖書に出てくるエズラは先駆者たちから学びを得て、その知見を元に前進していった。それは僕らの音楽へのアプローチにとても似ている。僕らはジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、エラ・フィッツジェラルドといった偉大な先人たちが残してくれたものから学んできた。エズラは旧約聖書の中で一人で活動していたけど僕らは集団で活動している。だから、Collectiveという言葉を繋げたんだ。

―ちなみに現在、YouTubeで確認できるエズラ・コレクティヴの最も古い動画は、2012年11月にTWがアップした野外ライブです。このときは今とメンバーが違いますよね?

フェミ:そうだね。僕は創設者の一人で、ジェームス・モリソンも最初のラインナップにいた。その年の4月が僕らにとって最初のパフォーマンスだったと思う。2012年はロンドンでオリンピックが開催された年で、音楽がどこにでも溢れていて、公園で音楽をプレイする人たちもたくさんいた。当時の僕らも公園でプレイしていたけど、自分たちが何をやっているのかを手探りで学んでいるような状態だったんだ。

その年の11月にジョー・アーモン・ジョーンズが加わり、ロニー・スコッツでのギグを行った。翌月にTJが加わり、2013〜14年くらいまでは同じラインナップで活動してた。そこからアルトサックスのデヴィッド・チュレイ、2019年にディラン・ジョーンズがバンドを離れたあと、トランペットのイフェ・オグンジョビが加わった。イフェのことはTWを通じて、彼が子供の頃から知っていたんだ。



―イフェを除いた現メンバーによるもっとも古い動画は、同じくTWがアップした、2013年11月のロイヤル・アルバート・ホール公演だと思います。このときはスーツを着て演奏していましたが、当初はどんなコンセプトで活動していたんですか?

フェミ:当時の僕らは”ジャズバンド”になろうとしていた。そもそも僕はマックス・ローチになりたかったんだ。だから、スウィングバンドのように見られたかったし、僕らが憧れていたのはJAZZ625(60年代に英BBCで放送されていた伝説的なジャズ番組)や、セロニアス・モンクの録音だったから。自分も彼らのように見られたかったんだけど、僕の姿を見て多くの人々がラップのアーティストだと思うだろうなって感じてたから、あのときの僕らはスーツを着ることにしたんだ。

音楽的にはたくさんの音楽を真似たり自分たちなりに解釈していた。マックス・ローチのドラムソロを学んだり、アート・ブレイキーの曲をプレイしていたよ。クリフォード・ブラウンの『Study in Brown』をコピーしたりね。だから、当時はまだ自分たちの声を持っていなかった。2013年はようやくビバップやスウィングジャズに、フェラ・クティやレゲエを融合させるアイデアを持ち込み始めた頃だったと思うよ。



―参考にしていたグループ、ロールモデルだと感じていたミュージシャンはいますか?

フェミ:”直接知っているわけではないけどヒーローだと思っている人”、”実際に知っている人”の二つのタイプに分けられるよね。前者はさっきも挙げたクリフォード・ブラウン&マックス・ローチ。『Study in Brown』に収録された「Georges Dilemma」、「Cherokee」や、「Daahoud」といった曲におけるジャズのサウンドがお気に入りだった。それからアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズが持っていた”バンド”というコンセプトも好きだった。

その一方で、僕らはディアンジェロの『Voodoo』も好きだった。メソッド・マンやレッドマンが参加しているようにヒップホップの要素があるし、ロイ・ハーグローヴがいるからジャズもある。しかもJ・ディラからの影響もあった。「Feel Like Makin Love」にはジャズの影響を感じるし、一枚のアルバムに全てが詰まっているんだ。スラム・ヴィレッジの『Fantastic Vol.2』も僕らにとって外せない大切なレコード。あのアルバムの曲も僕らなりにプレイしていたよ。それからボブ・マーリーの『Catch a Fire』もかなりパワフルなアルバムだね。




エズラが始まった頃は僕らの周囲にいる人たちにインスパイアされていて、ロンドンのジャズクインテットのエンピリカル(Empirical)、ジャズ・ジャマイカ、TWのザラ・マクファーレンにもインスパイアされた。ソウェト・キンチ(Soweto Kinch)はUKで活動していた僕たちよりちょっと上の世代で、僕らに対して多くのインスピレーションを与えてくれた先輩だった。




―ディアンジェロやJ・ディラ、スラム・ヴィレッジを挙げたということは、ロバート・グラスパーも影響も大きいんじゃないですか?

フェミ:もちろんたくさん聴いてきたよ。僕は『Canvas』や『Double-Booked』で彼の音楽と恋に落ちた。クリス・デイヴがロンドンに来る時は必ず観に行ったし、僕がロニー・スコッツで初めて観たライブはロバート・グラスパーだった。その頃はまだ子供だったから父も同伴じゃないと入れなかった。父の膝の上に座って、クリス・デイヴのプレイに見入ったのを覚えているよ。「F.T.B.」が収録されたトリオアルバム『In My Element』、そして、『Canvas』や『Double-Booked』は僕にとって本当に大きな作品だ。彼はトラディショナルなジャズから『Black Radio』みたいな作品へと進化していった。彼がJ・ディラやネオソウルをジャズとミックスしていく過程は、僕らにとってすごく大きかった。



Photo by Aliyah Otchere

アフロビート、レゲエ、グライムとの関係性

―先ほど名前が出ましたが、フェラ・クティの音楽を知ったのはいつですか?

フェミ:僕がまだ赤ん坊の頃から父が車の中で聴いていたんだ。そもそも僕が初めて好きになった音楽はフェラ・クティだった。家には彼のCDがあったからね。でも、7歳から10歳ごろには父が聴く音楽をもう卒業していて、他のものを聴いていた時期だった。そして14歳のころ、ひとりの自立した演奏者になった僕はフェラ・クティを再発見したんだ。

―エズラの音楽の中でアフロビートは重要な要素だと思います。どのように取り入れようとしてきたのでしょう?

フェミ:アフロビートの核となっているのはドラムだと思っている。サックスはコードやベースを変えたとしてもアフロビートのままだろうけど、ドラムを変えてしまったらもはやそれはアフロビートじゃなくなってしまう。つまり、アフロの要素はビートから来ていて、それはすなわちドラムによるものってこと。だから、僕らはドラムとベースの関係性を取り入れることによって僕らのサウンドをアフロビートたらしめるものにしているんだ。例えば「Chris and Jane」で聴けるドラムのブン、ブ、カッカッ♪っていう感じのビートはアフロビートのドラミングそのものだよね。その一方でコードやハーモニーに関してはかなりジャズ寄りにしているし、ホーンのラインはサンバやサルサに通じるものがあると思うよ。



―エズラにとってレゲエも重要な要素ですよね。レゲエのリズムだけではなく、ダブの要素も様々な曲で使われています。

フェミ:僕の父はレゲエも好きでね。それにジョー・アーモン・ジョーンズが僕をロンドンのダブ・サウンドシステムに導いてくれた。僕はそれまでレゲエは詳しくなかったんだけど、サウンドシステムのダンスに関心を持つようになった。特にシンセベースやサウンドプロダクションに注目するようになってからはレゲエにハマっていって、ヴァイナルも集めるようになった。


ジョー・アーモン・ジョーンズ、2018年のソロデビュー作『Starting Today』のダブバージョン。彼は2022年、ダブステップの先駆者マーラとのコラボ作『A Way Back』を発表している。

とはいえ、当初はレゲエをプレイすること自体に快適さを感じてなくて、シックリ来るとは思っていなかったんだけどね。だから、「Colonial Mentality」(2016年の初期EP『Chapter 7収録)は上手くいったけど、あれ以降「Red Whine」(1st収録)までは録音しなかったんだ。でも、最新作では強烈なダブレゲエ・ソング「Ego Killah」を作った。ベースの感じやサウンドシステムっぽいところが気に入っているよ。

あと、ロンドンはジャマイカの文化にかなり影響されているところがある。ジェームス・モリソンはジャマイカの出身だし、ロンドンで育つと影響を受けずに育つほうが難しい。それから、TWを運営しているゲイリー・クロスビーのジャズ・ジャマイカも僕らにジャマイカの要素を持ち込んでくれた。僕はTWの一員として、ロイヤル・フェスティバル・ホールで開催された”Bob Marley Songbook”というイベントに参加して「Catch a Fire」をプレイしたことがあった。あのコンサートはかなり大きな影響を与えてくれた。




―エズラといえば、グライム×ジャズのサウンドも欠かせません。どのような試行錯誤を経て発明したのでしょうか?

フェミ:僕らが10代を過ごした頃にグライムが盛んになってきた。だから、JMEやスケプタ、ワイリーも僕らに大きな影響を与えてくれた。ロンドンはたくさんの音楽が常に同時にやってくる素晴らしい場所なんだよ。

ジャズが素晴らしいのは、異なる様々なアートフォームを自由にミックス出来ること。ディジー・ガレスピーはアフロキューバンをビッグバンドのスイングに落とし込んでいるし、マイルスはクラシックを聴きながらジャズやビバップのラインを変えていった。80年代のハービー・ハンコックがディスコを聴いていたのは明白だよね。ファンクやポップ、マイケル・ジャクソンまで聴いていたから、ハービーは『Thrust』や「I Thought It Was You」を作ることができた。



僕はマックス・ローチを聴きながら、同時にスケプタも聴いてきた。ウェイン・ショーターを聴く一方でJMEを聴いてきた。そこで、ウェイン・ショーターはグランドピアノを使っていたけど、それをムーグやシンセで置き換えてみようと考えた。アート・ブレイキーがライドシンバルとスネアドラムでプレイしてきた一方で、僕はグライムのサウンドに近付けるためにリムショットとハイハットを駆使してやってみようと考えた。ビバップってかなりテンポが速い音楽なんだけど、それをかなりスローダウンさせて140くらいのBPMに落としてみたらグライムっぽいサウンドになったんだ。

ピアニストのエロル・ガーナーの「Caravan」のソロでのリズムを聴いたときに「これって70年前のグライムじゃん!」って思ったこともあった。クリフォード・ブラウン&マックス・ローチの「Georges Dilemma」のイントロのベースラインの速度を上げたら、グライムみたいに聴こえたこともあった。僕はそういう実験を恐れることなくやってきたんだ。JMEの「Serious」のモチーフのグライムっぽい部分を自分なりにアレンジして「The Philosopher」で使わせてもらったりもしているよ。

最初はグライムを聴いてそれをジャズに落とし込んでいた。「The Philosopher」や「Enter the Jungle」がそのやり方。でも、次第にジャズを聴いて、それをグライムに落とし込むことを考えるようになった。そうやって出来たのが「More Than a Hustler」、「Quest for Coin」だね。







Photo by Aliyah Otchere

最新作のコンセプト、ジャズとダンスの関係

―エズラは前作以降、4作の素晴らしいシングルをリリースしてきました。それらが新作には収録されていないことには驚きました。シングルを入れずに作った新作『Where Im Meant To Be』のコンセプトを教えてください。

フェミ:実はアルバム自体は2020年には完成していたんだ。でもパンデミックもあって、リリースのタイミングを待つことになって、しばらくやることがなかった。だから、僕は「More Than a Hustler」、「Dark Side Riddim / Samuel L. Riddim」、「May The Funk Be With You」を書いたんだ。4つのシングルを書いたのは、パンデミックによって僕らが求めた活動ペースが維持出来なくなってモチベーションを失いそうになったから。だから、曲を書いてリリースすることが自分にとって重要だった。自分たちはアルバムをリリースするタイミングを何もせずに待つだけなんて出来ない性格だからね。



『Where Im Meant To Be』のコンセプトの話だけど、シンガポール、日本、インドネシアでプレイしてからオーストラリア、ニュージーランドに行って、そこでパンデミックによる中断を挟むことになって最初の数カ月は休息を取っていた。そこで僕は「今いる場所にずっといたいのか? それともこれから進むべき所に行くべきなのか? それとも自分がいた場所を見つめ直すべきなのか?」と色々考えるようになった。そういった自問自答を繰り返すうちに、全てが一つの旅路のように思えてきた。何かをひとつ成し得たような気分になったときに、「Victory Dance」が生まれた。あまりにも遠くまで歩みを進めたために二度と同じ場所に戻ることはないんだなと感じることもあれば、笑みが溢れるような瞬間もあった。旅をしていれば自分がどこかに帰属する感じを求めることもあれば、一人では成し得ないことがあることにも気付く。そういった様々な気付きから今回の楽曲はやってきている。僕らはスタジオに集まったらみんなで音を出して短期間で曲を作ってしまうことが多いんだけど、今回はかなり時間をかけた。僕らの楽曲を聴いて多くの人たちがハッピーになってくれると確信しているよ。

―まずは1曲目の「Life Goes On」について聞かせてください。フェラ・クティ的なアフロビートと、ハウス的なアフロビーツが融合している面白い曲です。

フェミ:僕はロックダウンの頃にウィズキッドやアマピアノをたくさん聴いていた。その中でもアマピアノのシェイカーに魅了されて、そのサウンドが僕のドラムにどんなものをもたらしてくれるのかを考えた。この曲では偽物のシェイカーを加えて、まるでドラムビートのようにプレイしようとしたんだ。そこにフェラ・クティのようなベースラインやホーンを重ねてみたら、僕らはいつの間にかスタジオで踊り始めていた。ジャズソングなのに、まるでポップソングのような感じになったんだ。通常、僕らがジャズの曲を作る時は、円形に座って一度プレイを始めたらそのまま終了って感じ。でも、この曲はシェイカーで始まり、ドラム、ベース、ホーンの順番で重ねていったら、マジカルなサウンドのループに辿り着いた。最終的にまるでアマピアノ、アフロビート、アフロビーツ、そしてジャズが組み合わさった曲が生まれたって思ったよ。

そして、こんな組み合わせの音楽を僕らと一緒にやれるのはサンパ(・ザ・グレート)しか思いつかなかった。彼女の音楽を聴けばフェラ・クティへのリスペクトも感じられるし、南アフリカのハウスやアフロビーツも感じられる。それに僕は彼女のラップのフレージングからトランペット奏者に通じるものを感じていた。だからこの曲でのトランペット(イフェの演奏)はサンパのような存在なんだ。実際、ホーン奏者にサンパのプレイを真似てみろって言ったら、たぶん出来ちゃうと思う。例えば、ソニー・ロリンズの「St. Thomas」の最初のソロなんてサンパがラップする様子そっくりに聴こえるからね。



―「Victory Dance」はアコースティックのラテンジャズのサウンドだったので個人的にはかなり驚きました。

フェミ:僕はサルサのライブで人々が楽しむ様子を見るのが好きなんだ。サルサに合わせて踊るのは楽しいからね。この曲では808、シンセサイザー、キーボードは一切使わずにアコースティック楽器だけで人々を踊らせている。この曲は僕がジョギングしている時に書いたんだ。勝利を祝福するようなサウンド、それこそ大英帝国が戦争に勝利をした時のファンファーレのようなサウンドを求めたんだ。ファンファーレを聴いた時って「じゃあ踊ろうよ!」ってなるだろう? トランペットによって勝利を、そしてドラムによってダンスを想起させているんだ。この曲を僕らはライブ録音した。スタジオにパーカッション奏者も招いてみんなで輪になって演奏したんだ。

―「Life Goes On」と「Victory Dance」のMVは、どちらもダンサーを中心にしたものです。過去の曲だと「You Cant Steal My Joy」もそうだと思いますが、エズラにとって「音楽で踊らせること」はとても重要な要素だと思います。その辺りの話を聞かせてもらえますか?

フェミ:「Life Goes On」はアフロビート、アフロビーツ、ジャズ、アマピアノを組み合わせた曲だから、二つの国を組み合わせたMVにしたんだ。ロンドンとルサカ(ザンビアの首都)を同時に感じさせるものにしたかったからね。それぞれの街ではしゃいでいる人たちを映していて、ロンドンの床屋で髪を切ってもらっている人もいれば、ルサカの美容室で髪をセットしてもらっている女性もいる。例えるなら、ラーメンとピザを一つのプレートでいただいているような感じかな(笑)。異なる二つの世界を同時に楽しむんだ。それでいて両者の世界を音楽が繋いでいて、それを視覚的に伝えるのがダンスなんだよ。「Victory Dance」も同じ考えで、ボクシングのリングとミュージシャンたちを繋ぐものがダンスってことになる。

そもそもダンスってジャズと繋がりのあるものだよね。タップダンスはジャズの表現形態の一つだし、スウィングダンスだってジャズに由来している。僕はジャズのコアの部分ってダンスに繋がっていると思っているから。そして、僕らはその核となる部分を維持していきたいと思っている。

現在、アメリカから生まれてきているジャズと僕らの間に一線を引かせているのはダンスの要素かもしれない。アメリカの現代ジャズは必ずしも踊ることを前提としているわけではないよね。ロバート・グラスパーやマカヤ・マクレイヴンは素晴らしいミュージシャンだけど、彼らの音楽でどれだけの人が踊っているのかはわからない。その一方で、UKジャズにはダンスの要素がかなり入っている。だからこそ僕らはジャズのクラブよりも大きな会場でプレイしたいと思うことが多くて、それは席に座りたがらない人たちが多いからなんだよね。彼らは立って踊ってシャウトしたがっているんだよ。



―そもそもUKでは、80年代からDJカルチャーとも密接なジャズ・ダンスやブリットファンクのムーブメントがあって、それらはダンサーたちが不可欠のムーブメントでした。UKは世界のどこよりもジャズとダンスが密接な関係にある国だと思います。エズラの音楽にとってダンスが重要であるのは、UKのカルチャーとも関係があるんでしょうか?

フェミ:UKってダンスを求める人たちが多い気がするんだよね。UKのロックカルチャーのモッシュって、体制から飛び出そうとする勢いに通じるものを感じるんだ。皮肉なことなんだけど、僕たちにはフラメンコやチャチャチャのような国民的なダンスがない。その代わり、動き回りたがる文化になっている。これはジャマイカやナイジェリア、西アフリカ由来の多くの文化によって、ダンスやヴァイブレーションが持ち込まれていることに起因していると思う。共通しているのは音楽の中にあるワイルドさで、ギターを破壊したり飛び回ったりってことにも発展している気がするよね。グラストンベリーフェスなんてかなりワイルドにみんな飛び回っている。個人的にはそういうところにイギリスらしさを感じるかな。

あと、アフリカに関しては大陸全体を眺めてもダンスを主体とした文化だと思う。そういえば、日本に行った時はあまりダンスが中心的な文化には見えなかったかな。大阪でプレイした時、オーディエンスは静かだったから、僕たちのことを気に入ったのかそうじゃなかったのか最初はよく分からなかったよ(笑)。でも、エンディングではみんな踊ってくれて、あれでやっといつもの感じになってくれたと感じたね。僕らはみんなが自由に踊ってもらえるライブにしように心掛けているから。


2019年のグラストンベリー・フェスに出演したエズラ・コレクティヴ、「You Cant Steal My Joy」で観衆がダンス

―本作ではサン・ラの「Love in Outer Space」をカバーしています。以前にも「Space is The Place」を2度カバーしていましたよね。

フェミ:単に僕らはサン・ラのことが好きなんだ。彼が書く曲って何千ものバージョンでアレンジ出来るもののような気がしてね。例えばマイケル・ジャクソンの「Thriller」なんて他のバージョンで聴きたいとは思わない、完成されたものだと思う。でも、サン・ラの曲はあまりにもシンプルかつ美しいので、他のバージョンでもぜひ聞いてみたいと思うんだ。ジョージ・ガーシュインのアメリカン・ソングブックと呼ぶべき曲と同じだね。「Summertime」はそれ自体も美しいのに、様々な人がプレイしたバージョンもどれも美しい。それと一緒だ。

それにサン・ラはジャズを新たな次元に持って行った。僕らもジャズを新たな世界に連れて行きたいと思っているから、深いつながりを感じるんだ。「Love in Outer Space」をレコード屋で発見した時、その美しさに驚いて、すぐに僕たちのバージョンをプレイし始めたんだ。当初はもっと速いアフロビートなバージョンだったけど、その後スタジオに入って録音することになって、ネオソウルっぽい美しいものにしてレコーディングしたんだよね。



2018年、ジャイルス・ピーターソン主宰のWorldwide Awardsで「Space Is the Place」カバーを披露。ヌバイア・ガルシア、テオン・クロスも参加。

ゴリラズ、トニー・アレンとの交流

―ところで最近、あなたはゴリラズのバンドメンバーも務めていますよね。どういう経緯で参加することになったんですか?

フェミ:僕はフェラ・クティのドラマーだったトニー・アレンにドラムのレッスンを受けたことがあるんだ。彼が亡くなった時、トリビュートのプロジェクトを行うからデーモン・アルバーンと一緒にプレイしてもらえないかとオファーがきた。トニーとデーモンはかなり仲が良かったらしいから。その後、デーモンとは一緒にスタジオで卓球をしたり、カリブ料理を一緒に食べたりと、かなり仲良くなった。ある時、「僕のバンドに入らない?」ってデーモンが言ってくれた。最初は本心なのか分からなかった(笑)。2週間後に彼のマネージャーから「彼は本気で言ってるんだけど、ゴリラズに参加しない?」ってメールをもらい、参加することにしたんだ。

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―トニー・アレンからはどういったことを学んだのでしょうか?

フェミ:彼のドラムレッスンを受けるためにロンドンからパリにバスで通っていた時期があった。僕がドラムをプレイする様子を一通り見ると、彼は何一つ言わずに叩き始めた。それに今度は僕も合わせて叩く、そんなことをやっていた。彼からは「誰も君に取って代わるようなことは出来ないし、自分らしくあるべきだ。だからといって無理して自分らしくあろうとする必要もない」とずっと言い続けられたよ。改めて振り返っても、あのレッスンはとても重要なものだったと思う。レッスンの後は、彼にウイスキーを奢るのが恒例だったね。トニー・アレンはどんなライブでプレイしても常に彼のサウンドであり続けた。彼からは自分らしいサウンドを持っていれば、常に誰にも負けないということを教えてもらった気がするね。


フェミ・コレオソによる、トニー・アレン追悼パフォーマンス

―あなたと同じように、ジャズを学んできたロンドンのミュージシャンがUKシーンの最前線で活躍するようになり、その存在感はどんどん大きなものになっています。シーンや自分たちの変化については、どのように感じていますか?

フェミ:最大の変化はインディペンデントな部分が減ってきて、オーガニックかつ組織的にやっていくようになったこと。より多くのアーティストがレーベルとサインするようになり、レコードの売上を増やしたし、大きな会場でプレイするのも目にするようになってきた。僕らが始めた時はマネージメントもレーベル運営も全て自分たちでやらなければならなかった。昔はアルバムのリリース日に5枚か10枚のヴァイナルを売るのがやっとだったけど、今では何千枚を狙える状態にいる。かつてはインタビューしてくれるのなんて友達だけだったけど、今ではこうして日本のローリングストーン誌とインタビューをしている。それに様々なコラボレーションも可能になった。僕はエミリー・サンデーを聴いて育ったわけじゃないけど、現に彼女と仕事が出来ている。サンパなんてイギリスにいないけど、僕らを手伝ってくれた。今年から来年にかけて、もっと音楽の波が押し寄せることになるだろうし、UKジャズも再び戻ってくるはずだ。その結果、どこに辿り着けるんだろうって想像しながら、僕も興奮しているよ。


エズラ・コレクティヴ来日公演

2023年3月7日(火)ビルボードライブ東京
開場17:00 開演18:00 / 開場20:00 開演21:00
サービスエリア¥8,400-
カジュアルエリア¥7,900-(1ドリンク付)
詳細:http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13903&shop=1

2023年3月9日(木)ビルボードライブ大阪
開場17:00 開演18:00 / 開場20:00 開演21:00
サービスエリア¥8,400-
カジュアルエリア¥7,900-(1ドリンク付)
詳細:http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13904&shop=2



エズラ・コレクティヴ
『Where Im Meant To Be』
発売中
詳細:http://bignothing.net/ezracollective.html

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