ピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ来日公演 未だ謎多きアンサンブルの全容
Rolling Stone Japan / 2022年11月15日 18時50分
2021年のコラボ作『Notes With Attachments』が日本でも話題を集めた、ネオソウルの象徴的ベーシストであるピノ・パラディーノと、現代アメリカ随一のプロデューサー/ギタリストであるブレイク・ミルズが来日。圧倒的な注目度を反映するように、ビルボードライブ東京での公演は1st/2nd共にソールドアウトとなった。ジャズ評論家・柳樂光隆によるライブ・レポートをお届けする。
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ピノ・パラディーノを最後にビルボード東京で観たのが、クリス・デイヴと一緒に来日した時だったのは覚えていたが、いつだっけと検索してみたらなんと10年前の2012年だった。そんなに前だったか……。あの時はクリス・デイヴがロバート・グラスパーのグループではなく、自身の名義で初めて来日したこともありはっきりと覚えていたのだが、この公演が強く記憶に残っているのはひとつ理由があった。
当時はまだクリス・デイヴが出るからといって席ががっつり埋まるわけではなく、熱心なミュージシャンが観に来る程度。それよりも、ピノに視線を送る熱心なネオソウルのファンのほうが目立っていた。今にして思えば、クリスにピノ、アイザイア・シャーキーのトリオなんて夢のような組み合わせだが、この頃はそんな感じだった。
ライブが始まると、クリス・デイヴが動きまくって、リズム・パターンをどんどん変えたりと華やかでテクニカルな演奏を聴かせていた。そこに客席から、(英語で)「ピノ、もっとファンキーに弾きまくってくれよー」みたいな声が上がる。その日のピノ(とアイザイア)は、ずっとクリスが仕掛けたやんちゃな変化やリズムのトリックと的確に寄り添いながら、粛々とグルーヴしていた。ディンジェロの名盤における奇妙なサウンドに貢献した名手の超絶演奏を聴きに来たら、思いのほか地味で、ドラマーの陰に隠れているように感じたのかもしれないなと僕は思った。
そもそもピノは、ずっとそんなベーシストだったようにも思う。いつだって控えめでさりげなく、ひっそりとその音楽を支えている。とはいえ、それはクエストラヴやクリス・デイヴのズラしたリズムに合わせて、表情を変えずに粛々とズラし続けるような、静かな狂気すら感じさせる慎ましさだ。そして、ピノがいた席に別のベーシストが座ると、時には大変なことが起こることもある。以前、あるバンドがピノを連れてきて、その次の来日で別のベーシストを連れてきたことがあった。後者はずいぶん残念なことになっていて「あれ、こんなにノリの悪いバンドだっけ?」と思った記憶がある。ピノの存在の大きさをあの日ほど感じたことはない。
ピノ・パラディーノ(Photo by Masanori Naruse)
ブレイク・ミルズ(Photo by Masanori Naruse)
そんなピノ・パラディーノが、自身の名前を真っ先に冠したプロジェクトで来日した。ギタリスト/プロデューサーのブレイク・ミルズとの双頭名義に、サックス/マルチ奏者のサム・ゲンデル、ドラマー/パーカッショニストのエイブ・ラウンズの2人を加えた編成だ。2021年にリリースされた同名義でのアルバム『Notes With Attachments』のライブ・バージョンでもある。
とはいえ、この名義で、この編成でも、彼はいつものピノ・パラディーノだった。特に前に出るわけでもなく、特にソロが増えるわけでもなく、バンドのグルーヴに合わせて粛々とベースラインを奏でていた。そもそも『Notes With Attachments』でも、ピノは平常運転だった。アルバムでは多くの曲でドラムセットが入っていないだけでなく、そもそも打楽器がほとんど使われていない。それにもかかわらず、全員が同じタイム感を共有しながら演奏しているのが印象的だった。
サム・ゲンデル(Photo by Masanori Naruse)
エイブ・ラウンズ(Photo by Masanori Naruse)
かたやライブでは、エイブ・ラウンズのドラム/パーカッションが加わり、はっきりとリズム・セクションの体を成していたことで、ピノのベースを単純にグルーヴのパーツのひとつとして聴くことができる時間が多かった。そこに絡むブレイク・ミルズとサム・ゲンデルは特定の方法論にとらわれない多様な演奏をしていたが、ピノが生み出すグルーヴだけは絶対に壊すまいという、リズムに対しての厳格さがあるようにも聴こえた。
実際、かなり自由度の高いセッションではあるのだが、その中でブレイク・ミルズとサム・ゲンデルの二人は、度々リズミックな演奏でベースとドラムに寄り添い、リズム感覚の鋭敏さを発揮していた。それは言い換えれば、どれだけ奇妙なリズムでも対応できてしまうピノのポテンシャルを、この二人が絶妙に引き出していたということでもある。
ライブの後に『Notes With Attachments』を改めて聴いてみると、ミックスやプロダクションだけでなく、ピノのベースを軸にしたグルーヴ・ミュージックとしての側面の気持ちよさに耳が向き、その部分をより楽しめるようになった。ピノも関与したディアンジェロ『Voodoo』を起点に、クリス・デイヴ(やロバート・グラスパー)らが実践してきた(J・ディラ系譜の)リズムの探求の延長線上に『Notes With Attachments』があることが、ライブではよりわかりやすく提示されていた、とも言えるだろう。
ブレイク・ミルズのギターが果たした役割
4人のライブに話を戻そう。結論から言うと、現代的なグルーヴと非ジャズ的な即興演奏のコンビネーションによるフレキシブルなセッションを、あまり聴いたことがない落としどころで表現した、実に稀有なステージだった。エレキギターの魅力とディアンジェロ以降のグルーヴを同居させ、特殊な質感を添えつつも、極めてキャッチーに聴かせる。そんな手法を目の当たりにして、日本のロック/ポップス領域のミュージシャン(会場にも多く詰めかけていた)を激しくインスパイアしてきた理由が少しわかった気がした。
Photo by Masanori Naruse
ライブ冒頭の曲では音がモコモコしていて、誰が何を演奏しているのかしっかり聴き分けられなかった。ブレイク・ミルズのギターとエイブ・ラウンズのドラムははっきり聴こえるのだが、ピノのベースとサム・ゲンデルのサックスは何を弾いているのか聴きとれない。これはもちろん、ビルボードの音響に問題があるわけではなく、セッションが進んでいくうちに、彼らがこの「聴き取れない」音を狙って出していることがわかってきた。
輪郭のはっきりしないベースが、ものすごく音域の低いところで地を這っている。その霧を纏ったようなベースの核の部分と共振するように、ドラムはリズムを刻んでグルーヴしている。その少し上の音域では、サックスがこれまた輪郭の不明瞭なエフェクトを駆使した(まるでトロンボーンやチューバのようにさえ聴こえる)音で空間を埋めている。そこへ、バキバキにクリアな音色のギターが重ねられる。このように、音色や質感のコントラストを利用しつつ、それを巧みに配置することで、たった4人の演奏とは思えない厚みを出しながら、同時に4人だからこその親密さも演出していた。それはもしかしたら「DAW的な発想での豊かな響きを生むアンサンブル」とでも言うべきものかもしれない。
「DAW的」と表現したのは理由があって、4人の演奏は基本的に、いわゆる”ジャズ”とは少し異なるものだったと思う。リズム・セクションに関してはファンクもしくはアフロビート的な演奏をしている時間も多かったが、ブレイク・ミルズとサム・ゲンデルに関しては、ジャズ的な伴奏もしくはコンピング的な演奏でもないし、かといって(現代ジャズのように)対位法を用いて、それぞれが機能的に絡まり合うような旋律を演奏するわけでもない。ときにはそういう瞬間もあったかもしれないが、どちらかといえば冒頭のように、音響的に空間を埋めたり、もしくはリズム・セクションと協調したり、またはセンス一発の理屈を超えた表現だったり、だったと思う。ジャズ的な発想でセッションすることを、おそらく意図的に避けている辺りに、彼らの音楽におけるセッションの魅力があったと僕は感じている。
Photo by Masanori Naruse
Photo by Masanori Naruse
さらにライブでは、「非ジャズ的な即興」がより際立っていた。ブレイク・ミルズは、テレキャスター系のギター数本を曲ごとに取り替えながら、アフロビート的なカッティングを刻み、ハイライフ的なソロを弾き、ポストパンク的なフリーキーさを挟んだりと、自由奔放に奏でまくる姿はギターヒーローの風格を感じさせた。サム・ゲンデルも、彼のトレードマークでもある何声かの音を微妙にずらしながら重ねるエフェクトだけでなく、(ルイス・コールとの覆面バンドと噂されている)クラウン・コアでの演奏を思わせるノイジーでフリーキーかつパンキッシュな演奏も披露していた。
2人の演奏にはパンクとロック、ファンク、アフロビート、そしてDAW的な音響感があるのだが、ジャズはほぼ入っていない。そんな彼らがロック的もしくはジャムバンド的な逸脱を見せるのもこのグループの特徴で、そういったコンセプトはおそらく、ブレイク・ミルズがもたらしたものだろう。
Photo by Masanori Naruse
Photo by Masanori Naruse
ピノが軸となるグルーヴの上で、ネオソウルにも現代ジャズにも回収されない即興演奏を行うこと。それはつまり、ディアンジェロでもジミヘンでもプリンスでもカーティスでもなく、アイザイア・シャーキーでもウェス・モンゴメリーでもなく、アラン・ホールズワースでもカート・ローゼンウィンケルでもないスタイルで演奏するということである。
音響系やアンビエントのセッションみたいに、レイヤーを重ねるようにギターとサックスが動くこともあれば、ロック的なジャムさながら息の合った無軌道さもあった。また、「アフロポップにおけるもっとも重要な楽器はエレキギター」とは高橋健太郎の弁だが、アフリカのリズムが多くの曲で採用されていたことで、リズムの面白さを担保しつつ、ギタリストが動きやすい環境になっていたこともこのセッションのポイントであり、ブレイク・ミルズのロック的なギターが活きる要因になっていたはず。百戦錬磨の即興演奏家3人の中に「かっこいいフレーズをひたすら弾ける人」であるブレイク・ミルズが入っているのは、組み合わせの妙も感じた。そういう意味では、どこまでもギターの魅力を堪能させてくれるライブだった。
そういえば、『Notes With Attachments』はブレイク・ミルズが運営するNew Deal Recordsと、名門インパルスの共同リリースとなっている。インパルスはジョン・コルトレーンやアリス・コルトレーン、ファラオ・サンダースなどのスピリチュアルジャズや、アルバート・アイラーやアーチー・シェップなどのフリージャズで知られるレーベルで、黒人向けのハードコアな音楽のイメージが強いが、実はロックを聴く白人リスナーからもかなり人気があった。瞑想的な長尺の即興演奏やインドやアフリカの音楽を取り入れたサウンド、ジャケットのアートワークなどにも明らかなように、レーベルがサイケデリックなロックを好む(白人)リスナーをターゲットにしていた。実際、デザイナーやエンジニアにロック方面の人脈を起用していたりもする。今回のライブは『Notes With Attachments』がなぜインパルスからリリースされたのか、その答えがよりはっきり見えてくるようなパフォーマンスだったことも最後に触れておきたい。
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Photo by Masanori Naruse
ビルボードライブ公式ホームページ:http://www.billboard-live.com/
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