ブルース・スプリングスティーン、生き様を反映した自伝的なソウルカバー集を読み解く
Rolling Stone Japan / 2022年11月18日 17時30分
ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)は2年ぶり通算21作目のニューアルバム『Only the Strong Survive』で、ソウルのオールディーズを現代に蘇らせた。ここでボスは名曲の発掘者から追悼者、改革論者までさまざまな役割を演じている。以下、米ローリングストーン誌のレビューをお届け。
ブルース・スプリングスティーンにとって、追憶と回帰の10年だった。ツアーでは過去の名作をプレイし、少年時代の友人たちに捧げる曲を書いた。そして自伝やブロードウェイの舞台を通じて、あらためて自分の人生を振り返った。Eストリート・バンドとして数年ぶりに作ったアルバム『Letter to You』(2020年)でも、何曲かは自身が70年代に書いた作品を掘り起こして焼き直したものだった。
ニューアルバム『Only the Strong Survive』でも、彼が敬愛するソウルとR&Bをカバーすることで、73年の人生を懐かしく振り返っている。アルバムの第一声も「振り返れば懐かしい」だ。アルバムの収録曲の多くは、15歳で初めてエレクトリックギターを手にしたスプリングスティーンが多感な時期を過ごした、60年代半ばから後半の作品が選ばれている。正にここが、彼のミュージシャンとしてのアイデンティティーが形成されるスタートラインだった。
古いスタンダード曲をリバイバルした音楽史的なカバーアルバム『We Shall Overcome: The Seeger Sessions』(2006年)とは異なり、今回の選曲は、彼の生き様を反映した自伝的な作品だ。スプリングスティーンはかつて、「60年代や70年代にセントラル・ニュージャージーの海岸沿いのバーで演奏するとしたら、絶対にソウルミュージックだ」と語った。ニューアルバムには、正に彼が受けてきた影響がはっきりと表れている。
今回のスプリングスティーンによるR&Bへの愛が込められた作品には、長年一緒に組んでいるホーンプレーヤーが参加し、サム・ムーアもカメオ的に登場している。しかし、ソウルに造詣が深く、スプリングスティーンとも長い付き合いのあるミュージシャンたちが参加していないのが残念だ。『Only the Strong Survive』のセッションは、コロナのロックダウン中に、馴染みのスタジオで進められた。付き合いの長くなったプロデューサーのロン・アニエロが、ストリングス系などホーン以外の楽器も担当した。今回のレトロなソウル曲集に収録されたチャック・ジャクソンの「Any Other Way」のように、アニエロのアレンジには時折軽さも目立つ。まるで、サム&デイヴやパーシー・スレッジらソウルの巨人たちのヒット曲をただ並べて再録した、つまらないベストアルバムのようだ。
ただ、アレンジに面白味が無かったとしても、スプリングスティーンの声はきらめいて輝きを放っている。ドビー・グレイの「Soul Days」やファルセットが印象的なザ・テンプテーションズの「I Wish It Would Rain」などは心を落ち着かせ、ノスタルジーを感じさせる。スプリングスティーンはソウルフルな声の持ち主であり、ソウルフルな曲も書いてきた。ただこれまでは、「Back in Your Arms」のアウトテイクやクラレンス・クレモンズのために書き下ろした「Savin Up」など、サイドプロジェクトでしか耳にできなかった。しかし今回は彼の声を存分に聴かせながら、彼自身がさまざまな役割を演じている。フランク・ウィルソンの「Do I Love You」では隠れた名曲の発掘者となり、ウィリアム・ベルの「I Forgot to Be Your Lover」では後悔を口にする。ザ・コモドアーズの「Nightshift」で先人を追悼し、ジェリー・バトラーの「Only the Strong Survive」では青い目の侵入者を演じている。そしてフランキー・ヴァリの「The Sun Aint Gonna Shine Anymore」では改革者となったが、ニュージャージー出身のスプリングスティーンにとっては、この曲もスタックス・レコードの作品と同じくソウルミュージックなのだ。
中盤のクライマックスは、アレサ・フランクリンやベン・E・キングで知られる名作「Dont Play That Song」だ。最後のコーラスに入る直前でスプリングスティーンは、「海沿いで過ごした夏の夜が懐かしい。バンドの演奏に合わせて、ダンスフロアで君と踊った」とアドリブで語る。ジェームズ・ブラウンのショーマンシップのようであり、海沿いのボードウォークの景色が夢のように流れていく。そして時にはキャンプの風景も浮かぶ。この曲が、彼がステージでずっと歌ってきた自分の作品のように聴こえたとすれば、彼としては大成功だ。スプリングスティーンは、自分自身のストーリーをアメリカンミュージックの歴史の一部として新たに刻むための、独自の方法を見つけつつある。
【関連記事】ブルース・スプリングスティーンの名曲ベスト40選
From Rolling Stone US.
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