W杯開幕、カタール政府が隠す移民労働者たちの死と窮状「これは現代の奴隷制度だ」
Rolling Stone Japan / 2022年11月20日 6時50分
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現地時間20日に開幕したカタールW杯。2010年にFIFAがワールドカップ開催地をカタールに決定して以降、10年間で6500人以上の移民労働者が現地で亡くなっている。スタジアムの建設作業員が明かす、労働者の死と窮状。
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早朝4時、カタールの労働キャンプで目覚めたアニッシュ・アディカリさんは、前の晩に食べた魚が傷んでいたせいで下痢に見舞われた。華氏125度(摂氏52度)の酷暑のなか、1日14時間も働いているというのに、雇用主からは限られた量の水しかあてがわれないため、扁桃腺が腫れあがっていた。だが彼は希望を捨てていなかった。8万人の観客のために空調設備を設置すれば8000ドル相当の金が入り、今後3年間はネパールにいる家族を養えるだろう。それに、2019年からハマド・ビン・ハリード建設(HBK)の仕事をあっせんしてくれている高利貸しにも借金を返済できる。ちなみにHBK社は、カタールを統治するアール・サーニー家でも高位の王族メンバーが所有する建設会社だ。アディカリさんは父親と病気の母を思い浮かべた。両親はハリケーンでボロボロになった農場の家で、家畜小屋を台所代わりにしながら、息子兄弟6人と嫁4人、孫8人と暮らしている。サッカー好きな23歳のアディカリさんは、今年のワールドカップで決勝が行われる会場の建設に携わっていた。夜明け前にルサイル・アイコニック・スタジアムに到着した日などは、疲労も吹き飛ぶほどだった。
サッカーの統括組織FIFAが人権抑圧国家をワールドカップ開催地に承認した後、カタール政府とFIFAは労働改革と労働者の保護を約束したが、人権団体はずいぶん前から、強制労働の域に達しかねない移民労働者の搾取を警告していた。アディカリさんの場合、今大会の「レガシー」の責任者となる最高委員会の代表者と面会することができた。アディカリさんは労働条件について不満を訴え、「まるで雨に打たれかのように」全身汗だくになり、嘔吐や動悸に襲われると陳情することができた――少なくとも、HBK社のマネージャーが口うるさい従業員を労働者福祉の討論会に呼ばなくなるまでは。アディカリさんは現場を訪れたFIFAの独立査察官にも2度面会し、就職費用と福利厚生手当の95%が――アディカリさんの給料の2/3も――跡形もなく消えてしまったと訴えたそうだ。
さらに今度は労働権利団体Equidemによる驚くべき最新報告書だ。報告書の聞き取り調査でアディカリさんともう1人の労働者は、スタジアム場内の火災報知器が鳴り出して緊急避難することがよくあった、と主張している。ただし火の手が迫る様子はなかった。建設作業員の話では――迫っていたのはFIFAだった。アディカリさんはローリングストーン誌とのインタビューでもカタールでの生活を詳しく語ってくれたが、親方はよく「査察官だ! 査察官が来るぞ!」と叫んでいたそうだ。王族が所有する建設会社は、火災報知器を「戦術」として利用していたとアディカリさんは言う。作業員をまとめて外へ連れ出し、全員バスに乗せて監視付きのキャンプに送り戻して、FIFA査察官には4000人以上の移民が昼食に出たように見せかけたのだ、と。アディカリさんの同僚がEquidemのレポートで語った話では、査察官に会おうとして建設現場に隠れていた作業員は給料を減額されるか、強制送還されたそうだ。
「FIFAでは各種基準を設けているにもかかわらず、僕らは王族所有の大企業に存在を消されました」。アディカリさんは先週ネパールから、Equidemの翻訳を交えた動画チャットでローリングストーン誌の取材に応えた。「いつもバカにされた気分でした――行動を起こせば国に送り返されてしまう。とても怖かったです」
Equidemが8年かけて建設会社16社の労働条件を調査したところ(ローリングストーン誌が独占入手したこの調査結果は、後日公表された)ワールドカップのスタジアム建設の作業員は「自由を奪われ、行動を制限される」状況に置かれていた。カタール政府とFIFAが上辺だけの改革の裏で、「強制労働」を容認していたためだ。こうした事実が発覚するのと時を同じくして、名だたる人権団体や監視団体が活動警報を発信し――機密保持と匿名を条件に、数十人の移民労働者が内部告発した――原因不明の作業員の死や、補償を受けられずに家を追われた遺族への懸念を表明している。かたや今月ワールドカップが開幕すれば、カタール企業や協賛企業には最大170億ドルがもたらされることになる。
Equidem社の理事を務めるムスタファ・カドリ氏は、「これは現代奴隷制度の上に作られたワールドカップだ」と語る。
FIFAの広報担当者はローリングストーン誌に宛てた声明のなかで、サッカー統括組織としてカタール側と連絡を取り合いながらEquidemのレポートを検証する、と答えた。
本記事が掲載された後、カタール政府関係者の1人は声明を発表して、政府の「包括的労働改革政策」を称賛した。声明によれば、カタールは「先月に現地視察を3712回実施し、新たな労働法の認知向上に向けた全国キャンペーンも度々展開しています。我々の対策と厳重な取り締まりの結果、労働関連の違反件数は前年と比べて減少しました」
Equidemの調査結果を受け、カタールの運営レガシー最高委員会も声明を発表し、「できるだけ早い段階で基準に満たない業者を排除し」、「現在行われているデューディリジェンスの対象」として建設会社も含める基準の概略を説明した。一方で、「時に我が国の制度は、よからぬ考えをもつ業者に悪用されてきた」ことも認めた。記事掲載に先立ってHBK建設に細かい質問表を送信したが、広報担当者から返答はなかった。Equidemも調査にあたってHBK職員に再三コメントを求めたが、やはり返答はなかった。ローリングストーン誌がHBK社の法務部長に電話で接触してみたが、ノーコメントだった。Equidemのレポートによれば、言及されている建設会社16社のうち返答があったのは4社だけで、他はすべて疑惑を否定した。
カタール政府は強制労働を否定
マンジュ・デヴィさんは高利貸しに頭を下げ――土下座して高利貸しの足をさすりながら――亡き夫の1万ドルの借金を免除してくれるよう懇願したという。年36%の金利で金を借りたおかげで、夫のクリパル・マンダルさんは南ネパールの田舎を出て、屋内設備会社で働き、推定2200億ドルのワールドカップのインフラ整備プロジェクトに関わることができた――クリパルさんの兄弟の話では、プロジェクトには8つあるスタジアムの1つも含まれていたそうだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチから提供されたインタビューの翻訳原稿によれば、現在一家は餓死寸前だという。
マンダルさんの妻がヒューマン・ライツ・ウォッチに語った話では、今年2月に電話した時マンダルさんは疲労困憊しているようだった。それまでマンダルさんは毎月150ドルを仕送りしていたが、カタールでの生活が10年を超えても、渡航費用で借りた金を返済できずにいた。その翌日、マンダルさんは心臓発作を起こして死亡したとみられるが、遺族の話では、カタール政府はマンダルさんの死を「労務とは無関係」とみなしたという。つまり、政府は遺族に対して補償の義務を負わない、ということだ。レガシー委員会では2万ドル以上の生命保険を労働者に提供するよう建設業者に推奨していたが、義務づけてはいなかった。マンダルさんの兄弟によれば、会社側は給与の支払いを15日先延ばしにしていたそうだ。「兄には何の問題もなかったのに」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの翻訳原稿に兄弟の発言が記載されている。「助けてくれる人は誰もいませんでした」
昨年ガーディアン紙に掲載された分析記事によると、2010年にFIFAがワールドカップ開催地をカタールに決定して以降、10年間で6500人以上の移民労働者が現地で亡くなっている。カタール政府はこの数字を「とんでもない誤り」だとし、一般的な死亡率に比例しているとの主張を展開している。また2018年に国連機関を介して制定した衛生安全改革法――猛暑期間中は日中の作業を禁止する、栄養対策を徹底するなど――を引き合いに出し、「外国人労働者」全体の死亡率は減少しているとも主張している。
だが監視団体はこれまで以上にいきり立ち、カタール政府は検死解剖や死亡補償や改革推進をおろそかにし、意図的に移住者の「労災」死亡件数をぼやかしていると主張している。アムネスティ・インターナショナルがまとめたデータによると、2016年にカタール政府が集計した非カタール国民の原因不明の死亡件数は劇的に減少し、これに呼応するかのように、循環器系の死亡件数が増加している。「ふざけてますよ、心拍停止で呼吸が止まっても何の意味もないんですから」と、人権調査団体FairSquareのニコラス・マクジーハン主任は言う。湾岸諸国の移民労働者の権利に関して、おそらく右に出る者はいないと目される専門家だ。「こうした死亡件数について何も知らないことを、政府は積極的に隠蔽しています」
アムネスティ・インターナショナルは、原因不明の死と自然死との間に開きがあることをカタール政府職員に問いただしたが、明確な答えはいまだ得られていない。ヒューマン・ライツ・ウォッチで国際活動ディレクターを務めるミンキー・ウォーデン氏は、先月カタールで行われた労働省職員との公開討論会で、「労務とは無関係」の死亡件数が増えていることを話題にしたが、取り合ってもらえなかった。「カタール政府が仕組んだ、巧妙な偽装工作です。我が国の自殺率や労働者の死亡件数は北欧と変わらない、と言っていますが、とんでもない嘘です」と、ウォールデン氏はローリングストーン誌に語った。「2200億ドル相当のスタジアムやインフラを建設していなければ、こんな数字にはならなかったはずです――ある種のプロパガンダですよ」
「答えを知りたくない政府は、調査すらしませんでした」とウォールデン氏は続けた。「問題を抱えていることを知りたがらない。これこそが問題です」
火災報知器の謎
労働者の権利向上を目的とした既存の政策に加え、カタール政府は故人に対する補償制度もいくつか導入した。だが権利団体が言うには、強制労働が対象になったのは2018年以降で、適用範囲も実施度合いも制限されたままだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチがワールドカップの建設現場で働く複数の移民労働者に話を聞いたところ、出稼ぎに伴う借金を背負いながら――屈辱をしのんで未払いの給与明細が届くのを待つ間、自殺を考えたと口を揃えて語った。カタールの労働大臣は、ワールドカップ会場の建設作業中に死亡または負傷した移民労働者の遺族向け総合補償基金の設立案を、「重複の可能性」を理由に却下した。政府が死亡件数をごまかしているという批判についても、「人種差別的」な「売名行為」だと非難した。アリ・ビン・サミー・アール・マリー労働大臣はAFP通信とのインタビューで、「こうした基金を設立する理由は一切ない」と述べ、「被害者はどこにいるんです? 氏名はご存じですか? どこからそういう数字が出てきたのですか?」と逆に問いただした。
アムネスティ・インターナショナル湾岸支部のメイ・ロマノス主任研究員は、大臣の反論を悲しいほど皮肉的だと受け止めた。
「誰が金を受け取り、誰が金を受け取っていないのか、政府はちゃんと分かっています」とロマノス氏はローリングストーン誌に語った。「誰が被害者で、誰が違反者かも。人数も、氏名も押さえています。責任逃れにしてはずいぶん弱い言い訳です」
サッカーの母体FIFAの人権方針には、「FIFA関連の活動で個人が不利益を被った場合、FIFAは解決策の提供に全力で協力する」と謳われている。一方で、5人の子どもを抱えるクリパル・マンダルさんの妻は、子どもの1人に輸血を受けさせるために定期的に街へ出ては、帰る道すがら食料探しをしなくてはならない。家畜の世話も手伝っているが、夫の死亡補償金がいつ入ってくるのかわからない。「どうにかこうにか」と、彼女はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。「食いつないでいます」
今月ワールドカップを迎えるまでの10年間、カタールの移民労働者に対する惨状はESPNやHBOのプロデューサーや容赦ないフランス人作家が取り上げてきた。Equidemも風穴を開けるレポートのために、16の建設会社が監督する大会スタジアム全8か所で働く60人の労働者に匿名で話を聞いた。「抗議すれば給料を減らす、または解雇すると脅された」と、ある労働者は人権団体に語った。「だから誰も抗議したがらない……代わりに、苦情を申し立てた人間を非難して事実を隠蔽している」
顔出しして窮状を訴えた内部告発者はアニッシュ・アディカリさんだけだった。王族所有のHBK社で働き始めてから数日後、ルサイル・スタジアムでバングラデシュ出身の同僚が5階相当の高さから転落死したことを知った。それからというもの、エアコン設置作業の間ハーネスベルトを執拗にチェックするようになった。昨年には中国人労働者が、ベルトが外れたために6階相当の高さから転落したそうだ。
すでに帰国済みの26歳のアディカリさんの耳には、今も火災報知器のアラームが鳴り響いている。キャンプの屋根から見た風景も、人気のないスタジアムを後にしてバスに揺られていく様子も、まざまざと思い出すことができる。アディカリさんからは黄色いジャケット姿のFIFA査察官の姿が見えるが、彼らにはアディカリさんの声は決して届かない。「問題提起できなかったことが悔やまれます」と、彼はローリングストーン誌に語った。ルサイルの建設現場で足場をくみ上げた同僚のネパール人がEquidem調査員に語ったところでは、王族所有のHBK社はFIFAの訪問予定を知ると、職員が移民労働者をまとめてバスで送り出し、コロナ用のマスクをつけてワールドカップ決勝会場を清掃していたそうだ。HBKに雇われてアル・バイト・スタジアム(11月21日にカタール代表チームが出場するワールドカップ初戦の会場)で働いていたインド人の石切職人も同じ懸念を口にした。彼は当時を振り返り、同社の社員が現場の門の前に立って査察官を出迎えつつ、「自分たちにはFIFA査察団に一切苦情を訴えてはならないと厳格な指示を出していた」とEquidemに語った。
ネパールに戻ったアニッシュ・アディカリさんと家族(FAT RAT FILMS/EQUIDEM)
憧れの選手たちが声を上げてくれることを願っている
ワールドカップ建設作業員の苦情は、本来であればカタールの運営レガシー最高委員会にあげられるはずだった。一部の人権団体スタッフは同委員会をオリンピック大会組織委員会に例えるが、あくまでも名目に過ぎない。国際建設林業労働組合連盟(BWI)が2016年に最高委員会から現地視察を請け負った際、同連盟の独立オブザーバーは一安心だった。カタールの主催者側には作業員の苦情を記録し、危険な建設現場は閉鎖する権利を有していたためだ――労働組合の結成は違法とされる国ならではだ。だが後に、カタール労働省には搾取的な業種に改革を迫るほどの政治的意思はなく、移民労働者のためのコミュニティセンター開設にも手を貸さなかったことが判明した(カタール広報部にコメントを求めたが返答はなかった。最高委員会は調査結果に異を唱え、Equidemに声明を送り、委員会の取り締まり活動で450件以上の違反が報告され、270社以上の業者が監視対象に挙がり、70社以上が廃業し、7社がブラックリストに載ったと述べた。FIFAはローリングストーン誌に宛てた声明で、BWIの定期的な査察と労働者の健康と安全に関するFIFAプログラムは「世界最高レベル」だと述べた)。
これらはスタジアムが完成する前の話だ。だが、恐ろしい話はまだ続く。労働者の雇用規約や賃金未払い、生活環境、雇用主による身体暴力や言葉の暴力、表現の自由を追跡するNPO団体Human Rights Resource Centreはローリングストーン誌の取材に応え、2022年だけでカタール国内で強制労働の疑いが133件も報告されていると語った。この夏にはBWIが先進国のサッカー選手と移民労働者を引き合わせ、このような労働環境を直に聞いてもらった。だが、FIFAのトップ2は「サッカーに集中」するよう呼びかける書簡を出場32カ国に送った。今年に入ってからドーハに拠点を移したFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長兼事務局長も、「現存するあらゆるイデオロギー抗争や政治抗争いにサッカーを巻き込まないでください」と出場国に訴えた。
世界の名だたるサッカー選手たちは対抗手段として、自分たちの影響力を利用して一瞬でもTV視聴者の関心を引くつもりのようだ。イギリス、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、スイス代表チームのスタッフは、代表キャプテンに「One Love」と書かれたアームバンドをつけさせるとローリングストーン誌に語った。デンマーク代表のユニフォームメーカーは、ユニフォームから企業ロゴを外して抗議の意を示した。イングランド、ドイツ、ベルギー、オランダといった強豪国の国内サッカー連盟は今後も改革を訴え続けていくと述べ、人権は「あらゆる場所で適用されるべきだ」と返答した。
アディカリさんとしても、継続的な改革と未払いの補償のために憧れの選手たちが声を上げてくれることを願っている――給料を支払われず、困窮し、命を落としていった労働者のために。「僕はリオネル・メッシの大ファンなんです。キリアン・エムバペやネイマール、クリスティアーノ・ロナルドも」とアディカリさん。彼の顔に笑顔が浮かび、5000ドルの借金や衰弱する母親を危ぶむ恐怖がほんの一瞬消えた。「僕のような労働者の悲哀や痛みに選手たちが耳を傾け、FIFAのような組織に懸念の声を上げてくれたら――スター選手がそういうことをしてくれたら問題にも関心が集まり、何らかの解決策が出てくるでしょうね。でも、そこまで大きな期待はしていません」
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