ジャイルス・ピーターソンが自ら解説、ストリート・ソウルという80年代UKの音楽遺産
Rolling Stone Japan / 2022年11月22日 17時40分
ジャイルス・ピーターソンとブルーイの最新プロジェクト、ストラータ(STR4TA)が音楽シーンに与えたインパクトは想像以上だった。2人が昨年春にリリースした1stアルバム『Aspects』は、ブリット・ファンクという歴史の闇に埋もれたムーブメントを再浮上させることで、1970〜80年代におけるUK音楽史の文脈を書き換え、様々な謎を解くための鍵となった。ストラータ以前/以後で当時のポストパンクやニューウェイブ、UKレゲエ、ネオアコ、アシッド・ジャズに対する認識が変わった人も少なくないだろう。
そのストラータが1年半後に再び動き出した。再びブリット・ファンクを取り上げているが、今回は少しサウンドが変わってきている。2ndアルバム『STR4TASFEAR』で大きなトピックとなっているのは「ストリート・ソウル」だ。前回のインタビューで、ジャイルスはこんな話をしてくれた。
ジャイルス:1978年から1982年までがブリット・ファンク黄金期。1982年になってドラムマシンが使われ始めて、そこで全てが変わったんだ。フリーズはアーサー・ベイカーと「I.O.U.」を制作し、ハイ・テンションは「You Make Me Happy」でドラムマシンを使用した。そこでストリート・ソウルが生まれたんだ。ストリート・ソウルとはブリット・ファンク、レゲエ、ラヴァーズ・ロックをミックスしたものだね。
彼の発言どおり、ストリート・ソウルを踏まえた『STR4TASFEAR』では、いくつかの曲でドラムマシンが使われている。前作『ASPECT』で聴かれたような生々しく荒っぽいベースラインを軸にしたファンクだけでなく、TR-808のリズムが際立つクールなサウンドが加わっているのが本作の特徴だ。
ストリート・ソウルという概念もまた、80年代のイギリスを読み解くための重要なピースのひとつ。アシッド・ジャズやUKソウル、グラウンド・ビート、ラヴァーズ・ロックの間にこの言葉を挟むと、様々なものが繋がり、一気に視界が開けてくる。だからこそジャイルスは、このジャンルを今こそ再考しようとしているのだ。
さらに『STR4TASFEAR』には、アシッド・ジャズ世代にはお馴染みガリアーノのロブ・ギャラガーやヴァレリー・エティエンヌ、オマーに加えて、来日公演も盛況だったUK新世代のエマ・ジーン・サックレイ、アメリカからはシオ・クローカーらが参加。80年代サウンドへのオマージュが核にありつつも、それを新旧様々な世代がプレゼンテーションすることで、実にオープンな作品になっている。
今回もストリート・ソウルにまつわる話を中心に、UKの音楽を読み解くためのヒントをジャイルスに語ってもらうことに。さらに記事の後半では、日本のレコードに対する好奇心や、先日亡くなったファラオ・サンダースについても掘り下げている。
ストラータ、左からブルーイとジャイルス・ピーターソン(Photo by Alex Kurunis)
―前作『Aspect』のリリースにより、ブリット・ファンクの再発見・再評価を促し、UKの黒人音楽に対する新たな視点を提示したわけですが、その反響や手応えはどうでしたか?
ジャイルス:あの時期(1978年〜1982年までのブリット・ファンク黄金期)に焦点を当てたことでいい貢献ができたと思う。個人的には、(アルバムが)様々な世代の人たちにリーチできたことが嬉しかった。エマ・ジーン・サックレイのようなアーティストが僕たちに連絡をしてきてくれたんだ。彼女は『Aspect』がどれだけ重要な作品であるかというのを伝えてくれて、次のアルバムに参加したいと言ってくれた。それはとてもポジティブな反応だったね。それから、新しいアーティストやグループで、ブリット・ファンクっぽいサウンドの人たちが出てくるようになったような気がする。
―前作『Aspect』ではブリット・ファンクのサウンドが中心でしたが、今回の『STR4TASFEAR』ではその路線を引き継ぎつつ、少し先の時代に進んだような気がします。アルバムのコンセプトについて教えてください。
ジャイルス:今回のアルバムでは、1981〜82年あたりの時期から入りたかった。その翌年から、TR-808というドラムマシンが使われ始めるようになるわけだけど、808の登場によるブリット・ファンク・ムーブメントの成長を辿りたかったんだ。そしてストリート・ソウルを経由して、アシッド・ジャズやレア・グルーヴを経て、現在に至るまでをカバーしている。つまり、UKやUSから生まれたジャズ・ファンクの新しいサウンドをやっていて、そこに様々な時代の、様々なアーティストたちに参加してもらうことができた。オマーやヴァレリー・エティエンヌは2000年代(のアシッド・ジャズ)を代表する人たちだし、ピーター・ハインズは今回、ストリート・ソウルの曲でキーボードを演奏していて、過去にはアトモスフィアやelite recordsのアンディ・ソワカと仕事をしてきた人物だ。さらに今回は、エマ・ジーン・サックレイやシオ・クローカーといった最近のアーティストたちにも参加してもらっている。だから今回のアルバムは、リスナーを(ブリット・ファンクの時代から)現代まで連れていくためのプロジェクトだったんだ。
ストリート・ソウルとアシッド・ジャズの関係
―ストリート・ソウルは日本のリスナーにとって馴染みの薄い概念かもしれません。どのようなジャンルだったのか、あなたの言葉で説明してもらえますか?
ジャイルス:ストリート・ソウルというのは、ブリット・ファンクに似ているところが少しあって、アメリカン・ソウル・ミュージックのイギリス版といったところだね。中にはレゲエ/ラヴァーズ・ロックっぽい感じのするものもあった。だからレゲエのアーティストがストリート・ソウルの曲を作ったり、アメリカの有名な曲、例えばルーサー・ヴァンドロスやシスター・スレッジの曲のレゲエ・バージョンやUKバージョンなども出ていた。
ストリート・ソウルのムーブメントから誕生した代表的なグループといえばルース・エンズだ。その後に、ソウル・II・ソウルが登場した。彼らはサウンドシステムやレゲエ、アメリカのソウル・ミュージックと密接な関係があった。それらの要素を取り入れて、イギリスらしいスタイルに変換させたんだ。彼らのサウンドを聴けばそれが明確に表れているよ。それからTR-808という初期のドラムマシンを使っていたのも特徴だ。ドラムマシンが入っていて、105BPMくらいで、アメリカのソウル・ミュージックを解釈した感じかな。
悲しいことに、ノエル・マッコイという素晴らしいイギリス人シンガーが先週(11月3日)他界した。彼はマッコイ・ファミリーという家族のメンバーたちと「Family」という曲を出していて、この曲は当時のストリート・ソウルを象徴するレコードだと思う。イギリスでしか人気が出なかったレコードだよ。当時のアメリカにとっては、ラフで荒削りすぎたんだ(too raw)。ミーシャ・パリス(Mica Paris)はストリート・ソウルの素晴らしいシンガーだし、今では国際的に有名なジャズシンガーになったクリーヴランド・ワトキスもストリート・ソウルから始まった人だよ。
―では、後のアシッド・ジャズやUKソウルの出発点にストリート・ソウルがあったということですね?
ジャイルス:そうだね。その過程を遡っていくとブリット・ファンク以前は、ザ・リアル・シングやサイマンデ(Cymande)といったグループがいた。それから、エディ・グラントが所属していたイコールズなど、ファンク〜ソウル〜レゲエをやっていた黒人グループたちだ。彼らはブリット・ファンクの誕生を一部担ったと言ってもいい。だが、ブリット・ファンクはDJカルチャーを取り入れていた点が今までのスタイルとは大きく違った。DJとバンドが共存し、それぞれの力が一つになった初めてのムーブメントだった。
そして、ブリット・ファンクの次に来たのがストリート・ソウルとUKソウルだと思う。そこからレア・グルーヴ、そしてアシッド・ジャズへと続いていった。アシッド・ジャズからはブラン・ニュー・ヘヴィーズやジャミロクワイ、ガリアーノなどが誕生する。そこから現代まで早送りすると、エズラ・コレクティヴ、ココロコ、サンズ・オブ・ケメット、コメット・イズ・カミングなど次世代のアーティストにまで繋がっている。それが大まかな過程だね。
ジャイルスが選曲したストリート・ソウルのプレイリスト
―新作『STR4TASFEAR』に収録された「Night Flight」について、資料ではトータル・コントラストに言及されていました。ブルーイが80年代半ばに関わったストリート・ソウルのグループですよね。彼はこのジャンルにおいてどんな貢献をしたのでしょうか?
ジャイルス:ブルーイと僕が仕事をする際は、いつも僕がプロジェクトとして音楽的に成し遂げたいコンセプトを彼に提案している。ストラータの1stアルバムの時は、ブリット・ファンクの比較的荒々しい部分を表現したいと思っていた。
今回のアルバム制作においては、僕が参考用に聴かせたレコードに対して、ブルーイは少し驚いていた。彼がプロデューサーに転身して、トータル・コントラストのようなグループを手がけていた時期を思い出させるようなレコードが入っていたからね。彼はあの頃レゲエにも携わり、マキシ・プリーストのレコードも手がけていた。
僕がブルーイに参考用として持ってきたのは、サンパレスの「Rude Movements」というレコードだった。エレクトロ・ソウルのインストで、マイク・コリンズというプロデューサーが手がけたものだ。マイクは機材開発もするエンジニアだったから、ドラムやドラムマシンのプロデュースもやっていた。そして、ブルーイは当時からマイクと知り合いだったんだ。マイクはすでに亡くなっているんだけどね。
「Night Flight」はサンパレスにインスピレーションを受けているというか、僕たちなりのマイク・コリンズや「Rude Movements」に対するトリビュートなんだ。サンパレスのレコードはアメリカのアンダーグラウンド・クラブでも大ヒットしたんだよ。ラリー・レヴァンやフランソワ・Kなどがみんなかけていた。だからこそ、僕は「Night Flight」のような曲を今作の一部として加えるのは重要なことだと思ったんだ。
―トータル・コントラストがヒットしていた80年代半ばといえば、ワーキング・ウィークがアルバムを発表したり、あなたが「Special Branch」「Talkin Loud and Saying Something」といったイベントを開催したり、アシッド・ジャズに繋がる動きが出てきた時期でもありますよね。
ジャイルス:全てはムーブメントとして起こっていたものだけど、ワーキング・ウィークはちょっと違うかな。彼らはストリート・ソウルではないしね。ただ、彼らはシンガーのジュリエット・ロバーツをストリート・ソウルのシーンから引き抜いて、自分たちの音楽に参加させたから、何かしらの繋がりはあったと思う。当時のイギリスの才能あるソウル・シンガーならストリート・ソウルのシーンにいただろうし、そこが歌い手にとっての成長の場でもあったんだよ。
ワーキング・ウィーク加入以前のジュリエット・ロバーツを、ルース・エンズがプロデュースしたストリート・ソウル「Aint You Had Enough Love?」
―あなたはジャズやアシッド・ジャズに傾倒していた時期だと思いますが、ストリート・ソウルもDJでよくプレイしていたんですか?
ジャイルス:もちろんだよ! ソウル・II・ソウルくらいまでのストリート・ソウルはかけていた。それに、オマーの「There is Nothing Like This」をリリースしたのは僕だからね。あれはストリート・ソウルとアシッド・ジャズの架け橋になった名曲だね。ミーシャ・パリスの「I Shouldve Known Better」も大ヒットした曲で、これは僕が手がけたコンピレーション(『Sunday Afternoon at Dingwalls』)にも収録されている。
ソウルは昔から僕のプレイリストの大きな一部だった。Kiss FMや海賊ラジオでDJをしていた時も、ジャズとソウルをミックスしていたから存在感は大きかった。それにレゲエも少しミックスしていた。Studio Oneやオーガスタス・パブロのようなルーツレゲエをね。そしてモーダル・ジャズ、ディープ・ジャズ、エルヴィン・ジョーンズとジミー・ギャリソンの「Half And Half」や、ユセフ・ラティーフの「Brother John」、ファラオ・サンダースの曲など。こういう音楽はソウルともミックスできるし、一部のハウスともミックスできるからね。だからストリート・ソウルも僕のDJにとっては大事な要素だった。ほんの一部のクラブに出るときを除いて、ジャズだけをかけるということはしてこなかったよ。
例えば、(カムデンのクラブ)Dingwallsでは非常に多岐にわたる音楽をかけていた。ミーシャ・パリス、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、フランキー・ナックルズ、ア・トライブ・コールド・クエストもしくはデ・ラ・ソウルなど。DingwallsでDJしたことで僕の多彩なレパートリーが培われたんだと思う。とにかくソウルは僕にとって昔から重要な存在だったし、今でも重要だ。だから今でも、エリカ・バドゥやソランジュといったアメリカのソウル・シンガーたちとの繋がりがある。僕はクエストラヴやルーツ、Qティップなどと交流があったから。彼らのようなアメリカのヒップホップやソウルのグループの音楽をイギリスでかけていたのは僕らだけだったからね!
―オマーは今回の新作で「Why Must You Fly」に参加しています。彼がボーカルではなく、シンセサイザーで参加していたのが意外でした。
ジャイルス:たくさんの人にそれを言われるんだ(笑)。僕にとって、オマーは素晴らしいプロデューサーであり、見事なマルチ演奏者なんだ。「Why Must You Fly」を作っていた時、特有のシンセの音を必要としていた。つまり、オマーのサウンドが必要だったんだよ。ボーカルで参加してほしいわけではなかった。彼のボーカルはもちろん素晴らしいけど、才能あるシンセ演奏者としての彼をハイライトしたかったんだ。
新世代との交流、日本のレコード、ファラオ・サンダース
―「Lazy Days」でのエマ・ジーン・サックレイも印象的です。
ジャイルス:僕とエマは結構付き合いが長くてね、何年も前に彼女のメンターをしていた時もあったんだ。彼女がこの世界に入ってきた時から、彼女は他の人と全く違っていて、唯一無二の存在だと思った。彼女はどのシーンにも属さないし、非常に幅広い考え方やアイデアがある。だからポップスターにもなれるし、ジャズスターにもなれる。ジャズの世界でも易々とやっていけるだろう。彼女は自身のラジオ番組でストラータの曲をかけてくれたんだ。だから彼女に連絡を取り、新作に参加してみないかと提案した。彼女は快諾してくれたよ。そこで彼女に、マット・クーパーが作曲した「Lazy Days」のバッキングトラックを送った。彼女はそれを別次元のものへと仕上げてくれたよ。歌を加えて、曲の存在意義というかコンセプトを加えてくれた。彼女と一緒に仕事ができてとても光栄だった。彼女のInstagramのフィードを見ていたら、彼女が日本にいる画像があった。HMVかどこかのお店でアルバムのプロモーションをやっていたみたいだ。彼女に会うために並んでいるファンの列がものすごく長くてびっくりしたよ。
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―シオ・クローカーの参加も重要ですよね。彼はドナルド・バードの教え子で、ジャズ・ミュージシャンには珍しくクラブ的なセンスも持っています。
ジャイルス:そうだね。シオとはかなり前からの知り合いなんだ。僕は昔、DJのギグでよく中国に行っていたんだけど、シオは上海に住んでいる時期があって、その時は毎回僕のDJを観に来てくれた。彼はトランペットを持参して、時々僕のセットの最後にジャムをしていたんだ。
僕はディー・ディー・ブリッジウォーターとも知り合いで、シオはディー・ディーともよく一緒に仕事をしていた。彼が今回のアルバムに参加してくれたとき、彼はカッサ・オーバーオールと一緒にロンドンに来ていて、彼と一緒にライブをやったんだ。僕はカッサとも仲が良くて、彼のレコードもリリースしている。彼らはうちのベースメント(Brownswood Basement)でセッションをやってくれたんだよ。それで今回のアルバムの時もシオに連絡して「トランペットが必要だから来てくれないか?」と頼んだんだ。彼はすぐに対応してくれて、理解も早かった。GRPのアーティストで「Funkin for Jamaica」や「Throw Down」という曲をやったトム・ブラウンみたいなトランペットの音がほしかったんだ。シオはまさに適役だったよ。ドナルド・バードやトム・ブラウンあたりのヴァイブスが欲しかったところに、シオが彼なりのフレイヴァーを加えてくれたんだ。
―シオが参加した「Soothsayer」も素晴らしいですよね。80年代のマイルス・デイヴィスみたいで。
ジャイルス:ストラータとして作っていたエレクトロ・ソウルっぽいビートの作り置きがあって、シオに聴かせたらすごく気に入ってくれた。彼はそのビートに合わせて自由に演奏したんだ。だからおまけでできたトラックみたいなものだね。僕の2番目の息子が音楽プロデューサーをやっているんだけど、彼に制作途中のアルバムの曲をいくつか聴かせたら、面白いことに「Soothsayer」が一番のお気に入りだと言っていた。息子は大野雄二という日本のアレンジャーが大好きで、僕でさえ知らない日本の音楽を色々と教えてくれるんだ。僕は大野雄二の音楽をあまり聴いてこなかった。少しスムーズすぎてね。でもすっごく良い曲も中にはあるんだ……ごめん、この話はまたの機会にしよう(笑)。
―(笑)。
ジャイルス:柳樂さんの後ろに飾ってあるレコード(日野皓正『シティ・コネクション』)は、僕たちの次のアルバムにピッタリだと思う。ストラータの3枚目は、何曲かをブラジルで作って、何曲かを日本で作りたいと思ってるんだ。ブラジル+日本+ヨーロッパのアルバムで、「ファンク・インターナショナル」というテーマでやろうと思ってるよ!
―たしかに『シティ・コネクション』には、すごくファンキーなトラック(タイトル曲)が3番目に入っていますからね!
ジャイルス:僕が好きなのは「Samba De La Cruz」と、もう1つは「Send Me…」
―「Send Me Your Feelings」 ですね。
ジャイルス:そう、ファンタスティック! 最っ高なトラックだよ! 大好きな曲なんだ! とてもストラータっぽいと思う。
―近年、日本のレコードへの関心がすごく強いみたいですね。
ジャイルス:僕は今、ロンドンのBBCでラジオ番組をやっているんだけど、最近は時々シティポップをかけるんだ。この番組の視聴者は昼間の時間帯の人たちで、まあメインストリームな層だと思うんだけど、それでもかなり反応がいいんだよ。それが興味深い。理由はわからないけれど、現代の人たちの方が、昔の人たちよりも(知らない音楽について)ずっと好奇心が強い。僕自身、新しい音楽をたくさん発見している。そうだ、ロンドンには今、日本の音楽しか扱っていないレコード屋があるんだよ!「IDOL MOMENTS」という名前のお店で、日本の帯付きのシティポップ、日本のフュージョン、日本のアンビエントや電子音楽…… とても興味深い! ほんとに日本の音楽しか置いていないんだよ(笑)。
―今回のアルバムでいうと、「Virgil」は日本のジャズ/フュージョンからの影響がありそうな気がしたんですが、いかがですか?
ジャイルス:この曲は最初、ブラジルのジャズ/フュージョンからインスパイアされて作られたんだ。でも、日本のジャズ/フュージョンとブラジルのそれには密接な関係があり、日本のジャズ/フュージョンの多くにもブラジルらしい強いパーカッションが入っていて、それが重要な要素を成していた。そういった意味で、柳樂さんは僕と似たような捉え方をしたのだと思う。
曲名を「Virgil」としたのは、ヴァージル・アブローが亡くなった日にこの曲をレコーディングしたから。彼自身もDJカルチャーやニュー・ジャズが大好きな人だったからね。それに彼は、バッドバッドノットグッドやシャバカ・ハッチングスを、自分が開催していたパリのファッションショーに呼んで演奏させていた。とても素晴らしい業績を残した人物だし、このような音楽を幅広く普及させるうえで重要な貢献をしてくれた。ジャズとアンダーグラウンド・ミュージックにとっても非常に重要な人物なんだよ。だから彼へのトリビュートとなる曲を作りたかったんだ。
―最後にストラータとは関係ない質問をさせてください。ファラオ・サンダースが9月24日に亡くなりました。あなたは世界で最もファラオから影響を受けたDJだと思います。彼からどんな影響を受けたのか聞かせてもらえますか?
ジャイルス:僕らは80年代からファラオと関わりがあった。彼はDJたちが最もよくかけていたスピリチャル・ジャズのアーティストだったからね。でもファラオは、クラブシーンで活動していたわけではない。ディープなコルトレーン派の生徒で、ヒット曲をリリースすることには重きを置いていないアーティストだった。だから「The Creator Has a Master Plan」や「Youve Gotta Have Freedom」といった曲で(クラブシーンの)スターになったのは、本人が望んでいたことではなかった。彼自身もその名声に多少は抵抗があったのだと思う。ファラオは常に新しいことを発見したいタイプのアーティストだったから。
でも、僕らは彼のそういう価値観を全て理解していたし、その価値観に自分たちがどのようにフィットするのかを理解していたから、ファラオと素晴らしい関係を築くことができた。彼は、僕がDJとしてどのような音楽をかけるか、DJとしての「DNA」というべき部分に、非常に大きな影響を与えたと思う。彼の存在があったから、僕はサン・ラーやコルトレーン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップやAACMといった素晴らしいフリー・ジャズのバックボーンを見ることができたし、そのシーンと僕らを繋げてくれたのがファラオなんだ。彼は僕らDJの活動に意味を与えてくれたんだよ。
彼の最後のコンサートになった公演が、イギリスで開催したWe Out Here(ジャイルス主宰のフェス、今年8月下旬に開催)だったというのが非常に感慨深い。ファラオを招待することができて、彼に7000人もの観客の前で演奏してもらえたのは本当に特別だった。息子のトモキもステージで彼を支えて、とても感動的な時間だった。非常に意義のあるコンサートだった。ファラオはそのコンサートの意味をわかっていたし、みんなもわかっていた。彼はお別れを言いたかったんだ。魔法のような瞬間だったよ。あのような美しい終わり方をすることができて本当に良かったと思うよ。
【関連記事】ジャイルス・ピーターソンが語る、ブリット・ファンクとUK音楽史のミッシングリンク
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