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yutoriが語るモラトリアム、今だからこそ歌えた「青い春の音」

Rolling Stone Japan / 2022年11月23日 20時0分

yutori

平均年齢19歳の男女混合4人組、次世代ロックバンド大本命のyutoriが満を持して1stミニアルバム『モラトリアム』をリリースした。

2020年12月に活動を開始し、無名の新人アーティストにも関わらず配信した楽曲はテレビ、ラジオで多数紹介され、AWAトップ展開、 『週刊少年ジャンプ』誌上の「ROCK THE JUMP」に掲載。「YOASOBIのANNX」「緑黄色社会 長屋晴子のANNX」でも楽曲が取り上げられ、ラジオパワープレイ、多数のサブスクプレイリスト登録等、異例の反響を受けている彼ら。彗星の如く現れたyutoriとは何者なのか? バンド結成の経緯から、新作についても話を聞いた。

関連記事:「ツタロックDIG」出演・yutoriが語る理想像「辛い時に寄り添えるバンドになりたい」

―今日はよろしくお願いします!

内田郁也:お願いします! すみません、僕らは4人組のバンドなんですけど、ベースの太一は学校がありまして今日は欠席になります。

ーでは、今回お三方に話をお聞きしていきます! 『Rolling Stone Japan』のインタビュー初登場ということで、まずはお一人ずつ音楽に興味を持ったきっかけや、音楽を始めた経緯を教えてもらえますか?

佐藤古都子(以下、古都子):音楽を好きになったのは小学校3、4年の時で、親のパソコンで96猫さんとかメガテラ・ゼロさんの「歌ってみた」を聴いたり、他にもボーカロイドを聴いたりして「歌にはいろんな感情表現があっておもしろいな」と興味を持ちました。そこから高学年で松任谷由実さんの「卒業写真」に感動して。中学生になってからは自分でスマホを持つようになり、おいしくるメロンパンさんにハマりましたね。

ーおいしくるメロンパンで特に好きな曲は?

古都子:知るきっかけになった「色水」は思い入れが強いです。スマホ一台で歌えるみたいなアプリがありまして、私は聴くだけだったんですけど、そのアプリをチェックしていたら「色水」の投稿を目にして。タイトルに惹かれて聴いたら、歌詞とかメロディがすごくよかったんです。それで本家を聴いてみたらナカシマさんの声がめちゃくちゃ素敵で、一気においしくるメロンパンさんの世界にハマっていきました。

ーそんな佐藤さんが歌うことになったきっかけは?

古都子:高校1年の時、横の席に歌うのが好きな子がいて、よく一緒に歌っていたんです。そしたら後ろの席にいた軽音楽部の子が「今ボーカルが1人足りなくて。もしよかったら入ってくれない?」と誘われたんです。自分も歌いたい気持ちがあったので、軽音楽部に入部してバンドで歌うようになりました。



内田:僕は小学校、中学校でずっとサッカーをやっていたので、あまり音楽を聴いてこなかったんです。中学3年で部活を引退してから、ボーカロイドをきっかけに音楽が好きになりました。

ーボーカロイドはどなたを聴いていたんですか?

内田:ボカロPさんで言うと40mPさん、まくらさんとか、歌い手さんだと伊東歌詞太郎さんがすごく好きだったので、そのへんをすごく聴いてました。そこから高校に入って1年生の時に足を怪我してサッカーができなくなりました。

ーサッカー少年にとって、足の怪我は絶望的ですよね。

内田:実は、いつ辞めようか探っているタイミングではあったんです。だから、いいきっかけだと思って退部しました。その後、クラスの友達に「暇そうだし、軽音楽部に入ってよ」と誘われたんです(笑)。

ーギターを手にするきっかけは?

内田:僕を部活に誘った子が軽音楽部でボーカルをやっていて「ギターの子が辞めちゃって。見た目的にギター弾けそうだからやってよ」と。「ギターを貸してくれるならやってもいいよ」と言ったら、次の日、本当に持って来ちゃったんです(笑)。自分で言ったからにはやるしかない、と思ってギターを担当することになりました。初めて演奏したのはKANA-BOONさんの「ないものねだり」。「1週間で完コピしてきて」と言われて、必死に練習していたんですけど、ギターソロが難しすぎて「無理だなこれ」と思って泣きました(笑)。そんなこんなで今もギターを弾いています。

浦山蓮(以下、蓮):僕は両親が音楽好きなんです。母親はバンドがめちゃくちゃ好きで、実家の車でよくRADWIMPSさんを流していたり、父親はRIPSLYMEさんとか流行りの曲をよく聴いていたりして、その影響で僕も小さい頃から音楽が好きでした。バンドに興味を持ち始めたのは小学校6年の時。親にTSUTAYAへ連れて行ってもらって「あなたも好きなCDを借りたら?」と言われたんですけど当時はバンドに詳しくないから、カッコいいジャケットを手に取って。それを家で聴いてみたら「やべえ! めっちゃいい」とビックリしました。それがゲスの極み乙女さんでした。そこからバンドにのめり込んでいきました。

ー音楽をやるようになったきっかけは?

蓮:小学校3年から中学校までバスケをやっていたんですけど、高校に進学するタイミングで「もう走りたくないし、バスケは辞めよう」と思いまして(笑)。ただ、帰宅部だと高校生活のスタートダッシュで失敗しかねないじゃないですか。

―はいはい、友達も作りにくいですしね。

蓮:そうなんですよ。運動部以外で入っておかなきゃと思ったんですけど、絵は描けないし料理も違うしなと悩んでいた時、軽音だったら楽しそうだなって。それ以上に軽音って高校のド定番みたいなところがあるし、モテるんじゃないかなって淡い期待を抱いて入りました(笑)。ドラムを選んだのは、ほないこかさんを見てめっちゃかっこいいと思ったのがきっかけです。



ーそんなyutoriは2020年12月に活動開始し、同時に投稿した「ショートカット feat. 矢口結生」がEggsのランキング4部門で1位をとりました。聞くところによると、フィーチャリングされたペルシカリアの矢口さんは、yutori結成にも関わっているんですよね?

蓮:そもそも矢口くんが古都子を見つけてきて。

古都子:そうだね、「歌で世に出るべきだ」と言われました。

蓮:古都子自身も「バンドやりたい」と言ってて。でも「メンバーってどうやって集めるの?」「まずバンドってどうやって組むの?」みたいな感じだったんだよね?

古都子:うん。部活内にバンドはあったんですけど、野球部よりも休みがなくて、朝早く集合することも多かったんですよ。学校内では「軽音楽部ってかわいそう」と言われる感じの部活だったから、私も「バンドってすごい楽しい!」とは思っていなくて。学校の外でバンドを組んだら楽しくなるかなと思って、知り合いだった矢口くんに「外でバンドを組みたい」と言ったら「じゃあ俺がドラムとギターを集めてくる。同じ部活に豊田くんっていう、ベースの上手い後輩がいるって言ってたじゃん? その子誘ってみてよ」という流れで矢口くんがこの2人(浦山・内田)を誘ってくれて。私は太一くんに「バンドを組もうと思っているんだけど、よかったら弾いてくれない? 1曲しかやる予定ないからさ」 みたいに言ったら「いいっすよ!」とOKしてくれてyutoriを結成しました。

ーあ、最初はバンドを続けることは考えていなかったんですか?

蓮:そうなんです。バンドを組んで活動するというよりは「ショートカット」を作るために集まったプロジェクト的な感じでしたね。

内田:だけど曲ができた時に「僕たちって割と相性が良いのかも」みたいになったんです。それで、すぐに解散するんじゃなくて、曲の反応を見てバンドをやるかどうか決めることにしました。そしたら運良くEggsで注目されて。

蓮:僕らはよく知らなかったんですけど、矢口くんから「今Eggsで1位をとれたら熱いよ」と言われたんだよね。

古都子:日に日に再生回数がすごいことになって、聴いた方の中で「次の曲が楽しみです!」みたいな声が多くなったよね。

蓮:「ショートカット」で終わるつもりだったから、次の準備は何もしてなかったんですよ。「これはヤバいぞ! 新しい曲はどうする!?」と焦りましたね。

内田:そんな中で作ったのが、去年5月に配信リリースした「午前零時」。「ショートカット」はBPM200ぐらいだったのに対し、今度はBPMをめっちゃ下げたバラードにして、別の一面を出す狙いがありました。



浦山:今考えるとあそこで「午前零時」じゃなくて、「ショートカット」っぽい曲を出していたら、きっとテンションだけのバンドなんだって思われていた。

浦山:古都子の表現力の幅が広いことは知っていたんですよ。「ショートカット」はがなりというか、低音でガシガシしてる歌声だけど、スタジオでちょっと歌っている時とか「めっちゃ裏声使えるんじゃん」「クリーンで綺麗な歌い方も綺麗できるんだ」とわかって。それを活かさないのはもったいないと思って作ったのが「午前零時」でした。



―そして去年8月にリリースした「君と癖」は300万ストリーミング越え、12月にリリースした「音信不通」は150万ストリーミング越えをしました。



内田:「君と癖」は今の自分達に一番直結している曲だなと思ってて。あの曲のおかげで今のyutoriがありますね。

古都子:そうだね。この曲でyutoriを知ってくれた方は結構多いし、「yutoriと言えば『君と癖』だよね」と言う方は多いです。「音信不通」はある日、蓮くんともう一人の友だちと3人で遊んでいて、その友だちが帰ってから下北沢の住宅街にある公園で弾き語りをして作りました。

蓮:歌詞に関しては「こんな子がいたら可哀想だな」と思いながら、わりとパパパパっと書いたんです。それこそ音源のミックスチェックで聴いた時に「キター! これはもらったわ!」と思って。

古都子:今までやってこなかったセリフみたいなパートがあって。そのセリフを言うところで私がどう言えばいいか分からなくなって。ボーカルブースに蓮くんも一緒に入って「そうじゃない、こう歌うんだよ」ってレクチャーしてくれたよね。懐かしい(笑)。



ー今年3月にリリースされた「キミニアワナイ」について。この曲は歌モノというか、歌を届ける演奏に変わっていった気がしたんですけど、アプローチの変化はありましたか?

蓮:スタジオに入って適当に合わせていたら曲の片鱗がちょっとできて、結構いいんじゃない? みたいになり「じゃあ歌を作るか」となったんですよね。コード感がいつもと違ってどシンプル。

内田:王道の邦ロック曲みたいな感じで作っていたのを、それとは違う意識で作ったよね。なんとなく好きなコードを並べて、セッションをしていったうえで楽器隊が全部できあがって。そのあとに「雰囲気がいいから歌メロをつけよう」ということで形になっていきました。歌を邪魔しないように、歌を入れる前提で作ったからシンプル目になったのかなと思います。





ー7月にリリースした「スイミー」は、どのようにして作られたんですか?

古都子:これは絵本がきっかけじゃないの?

内田:実は、そこまでインスピレーションを受けてないんだよ。ちょうどテレビか何かで紹介されていたのかな?(笑)。サビの頭のメロディを「スイミ〜」にしたら、たまたまハマったんだよ。



浦山:もとの歌詞は違ったんです。この曲のMVを撮ることになり、プロットを渡された時にちょっと(歌詞を)変えたいなと思って。ボーカルレコーディング当日に、2時間くらいで歌詞を書いたのがこれなんです。勢いで書いたところもあるから、自分の中でもよくわからない曲というか、説明するのが難しいのもあって。

内田:ライブだと恋愛じゃない曲も演奏するんですけど、配信リリースは恋愛曲がずっと続いていたので、yutoriの新しい一面を魅せられたのかなと思います。

ー改めてyutoriは新人バンドとは思えないほど多くの人に聴かれたり、早い段階から注目されたり、大型フェスにでたりして。各方面で評価を得ている要因はなんだと思いますか?

古都子:私たちと同じ20歳前後の年齢って、学校生活とか進路でいろいろ悩むことが多いんですよ。まさに、そういう世代特有のことを歌にしているのが大きいと思います。フェスに出ているアーティストさんって、私たちより年上の方が多いじゃないですか? だからこそ新しい色があるのかなって。

内田:「音楽をちゃんと音で届けたい」と言葉で言っているバンドが多い中、ウチはそういうMCができないのもあるんですけど、音だけで届けることが出来ている、数少ないバンドだという自負はあります。

蓮:自分で歌詞を書いてるのもあって、MCで曲の内容を補足をしちゃうと情報量が多くなる。例えば「君と癖」だったら、ジャーンって弾いて「この中に恋愛してる人いますか?」って聞くとか。それはそれでいいと思うけど、自分の中では曲に全てをまとめているから、補足する必要がなくて。エゴサーチをしてみても「あのパートの歌詞が」と曲だけでちゃんと共感してくれている声を見ると、自分達のやり方は間違ってないんだなって思うし、救われますね。



ーそれこそ新曲の「モラトリアム」は曲中に登場する男女の状況だったり情景だったり、その場の空気の匂いだったりとか、ビジュアル的なものも含めてパッケージされている1曲だと思ってて。

蓮:最初にドラマ主題歌(「WOWOWオリジナルドラマ早朝始発の殺風景」)の書き下ろしのお話を頂いて、4人ともめっちゃ嬉しかったんですよ。とはいえ、曲を書き始めた時はものすごく悩んじゃって「……これは難しすぎるね」みたいな。それこそ題材が「モラトリアム」で、”モラトリアム=大人になるまでの猶予期間”という解釈で曲を書いていたんですけど、そもそも自分達は大人じゃないなと。

古都子:この曲を書いたの何歳?

蓮:19歳だよ。

内田:ちょうど「モラトリアム期」と言われる時期に書いた曲ではあるよね。

蓮:そうだね。それこそ書いて提出して何か違う、提出して何か違うっていうのを何回もやって、もうどうしていいのかわかんなくなって。でも、それがあったから自分の中でもっと詞を書きたいなと思えた。それこそ曲を書いてる時は、あまりにしんどくて全員のことが嫌いになった。でもそのしんどさは経験しといてよかったなと思う。逆にもう妥協できなくなったから。

―過去イチで産みの苦しみを味わった曲なんですね。

蓮:それだけ頑張って作ったから、今改めて聴いてみてもいい曲が書けたと思います。歌詞も若い人のラブソングって、年齢が上がれば上がるほど歌いづらくなるし、聴きづらくなるじゃないですか。若いから歌えるエモというか、今蔓延っているエモさを歌えるのは今だなと思うんです。



ーモラトリアムの渦中にいるタイミングで、「青い春の音」というフレーズを書いたのはすごく意味があると思うんですよ。このタイミングじゃないと一番説得力がないというか。例えば30歳でこの歌詞を書いたとしたら、それは”現在”じゃなくて”過去”の歌になる。逆に、高1だったら背伸びしてカッコつけたように感じられる。今このタイミングで「青い春の音」を書いたのは良いですよね。

蓮:最初に「青春の音」にしようかなと思った時に、ダサいと思ったんですよ。何か違うなと思って「青い春の音」が浮かんだ瞬間、これは良すぎるぞって(笑)。それこそ歌詞を提出した序盤から、わりとメンバーも「”青い春の音”というワードはめっちゃいいね」と言ってくれたから、絶対にこの言葉で締めようと考えていました。

内田:”青春”って言葉は、モラトリアムでいう大人と子供の間みたいな、大人までの期限っていう間を表すのには若すぎる気がする。

古都子:色が変わっちゃうよね。それこそモラトリアムは大人になるまでの猶予で、私のイメージの中では灰色とか深緑みたいな感じ。でも「青い春の音」は瑞々しい色が浮かぶ。

蓮:yutoriの代名詞にも使えるなと思って。

内田:わかる。青いとは言われるしね。

古都子:ちなみに「モラトリアム」を録った時、私は高校2年の17歳なんですよ。ちょうど、青い春なんだよね。

蓮:そういうメッセージも裏付けで届けられたらなと思います。



ー今作は佐藤さん作詞作曲の「いない君へ」も収録されていますが、これは何かどういう想いを込めて作られたんですか。

古都子:曲作りは「午前零時」以来だったんですけど、私は普段そんなに音楽を聴かないので、構成とか、コード感とか、言葉の詰め方とかがあまりわからなくて。ストーリー的なことは、これまでの曲は割と明るい感じの「好きな人がいなくなっちゃった!」みたいな感じが多いんですけど。

内田:普段に比べて重いよね。

古都子:ちょっとズシっとしてる。

内田:それが古都子の歌詞のよさじゃないかなと思う。歌詞の重たさで言うと「午前零時」っぽさもあるし。

蓮:僕の書く恋愛って割と前を向く感じですけど、古都子の書く歌詞ってそれとは真逆だよね。

古都子:蓮くんの歌詞は「もうバイバイ!」みたいな感じなんだけど、私のは「嫌だ! バイバイできない!」ってしがみついてる。なんでだろうね?

蓮:そういう人なんじゃない? やっぱり、そういう人間性って歌詞に出るよね。

内田:本人が書いてるのもあるんですけど、古都子の書く歌詞は重たいので歌った時に多分一番感情が乗るのが「いない君へ」かなと思います。

古都子:まだライブでやったことがないからわかんないけど。

内田:いや、乗るんじゃない?

蓮:それは自分で書いた歌詞だからだと思うし、「午前零時」とかたまに引くぐらい感情移入する時あるもんね。それこそ「モラトリアム」がちょっと背伸びしたyutori感あるじゃん、今までと比べたら。逆に「いない君へ」は初期のyutoriっぽいなと思う。「午前零時」とかを想起させるような。

古都子:そう考えたら「いない君へ」は16歳の頃を感じられるような曲なのかな。

―それぞれ10代の多感な時にRECされたのが収められているんですね。

蓮:だから、このアルバムはいい並びになっているよね。



ー改めてファーストミニアルバム『モラトリアム』はどんな1枚になりましたか。

蓮:出したタイミングもパッケージも曲も、今出して恥ずかしくないというか。これ以外ないんじゃないかっていうぐらいのミニアルバムだと思います。1発目でこれ出せるのもなかなか強いし、全体含めて今出すことに意味があるミニアルバムですね。

内田:「いない君へ」は「午前零時」っぽさがあるというか、最初の方のyutoriっぽさもちょっとあって。今回のアルバムに「午前零時」は入っていないんですけど、バランス的に言うと今までたどってきた道と割と似たような感じなのかなと感じていて。今までCDを求められてきて「シングルで出すか」とか「2、3曲でEPみたいな感じでで出すか」とか言っていた中で、そこを焦らずにちゃんとワンマンのタイミングで1枚にまとめて出せたのが、ちゃんと耐えた甲斐があったなと思ってます。

古都子:CDのジャケットが「ショートカット」にあえて似せて撮ってもらったんです。マフラーも同じものを用意して撮ったんですけど、それは新しいyutoriを魅せたいのがあったからなんですよね。前のyutoriもそうだけど、この新しい「モラトリアム」を含めたyutoriも愛して愛されるミニアルバムになったらと思います。

ーこの先、音楽性やアプローチも変わるかもしれないですけど、この芯の部分だけはずっと変わらないだろうなみたいな。ブレないyutoriの骨子があるとしたら、なんだと思いますか?

古都子:大きな要素として”誰かに寄り添えるような楽曲”というのは、何年先も変わらないかなと思います。

内田:そうだね。バンドが大きくなるにつれて、サウンド面はアレンジでピアノが入ったり、他の弦楽器が入ったりとか全然あり得るとは思うんです。だけど古都子も言ったように、曲の題材が恋愛だろうが恋愛じゃなかろうが、誰かに寄り添える歌を作っていくべきだと思います。音で届けるっていうのを今できてるというか、したいと思ってやってるのでそこは変わらないでいたい。あとは誰も抜けずに、この4人でずっと一緒にやっていきたいです。それがyutoriであるために、一番大事な部分かなと思います。

蓮: 2人と同じように”寄り添える音楽”を長く発信していきたいですし、いろんな方向からの寄り添い方ができたらいいなと思います。「大丈夫大丈夫」という肯定の寄り添い方もしたいし、「つらいね、わかる」という寄り添い方もしたいし。いろんな寄り添い方を見せられたら、バンドとして大きくなれると思います。

古都子:やっぱり、yutoriの根底にあるのは「誰かに寄り添ってそばにいてあげたい」ということなんだね。

蓮:あとはフェスの出演が決まったらめちゃくちゃ嬉しいし、大好きなアーティストさんとの対バンとか決まったら嬉しいし、それはずっと変わらないでいたいなと思います。


<リリース情報>



yutori
1stミニアルバム『モラトリアム』
発売中

通常盤:CD only
価格:1600円(税込)
=収録内容=
1. モラトリアム
2. 君と癖
3. 音信不通
4. キミニアワナイ
5. スイミー
6. いない君へ
購入リンク
https://lnk.to/yutori_moratorium_cd

<ライブ情報>

「yutori 1st ONEMAN LIVE「大人になっても」」

2022年11月12日(土)東京・Spotify O-Crest
2022年11月23日(水・祝)大阪・心斎橋 VARON
2022年12月18日(日)東京・Shibuya eggman
2022年12月21日(水)愛知・Electric Lady Land
2022年12月23日(金)大阪・OSAKA MUSE
2022年12月27日(火)宮城・LIVE HOUSE enn 2nd

「yutori 2MAN TOUR」

2023年2月11日(土)大阪 SHANGRI-LA
2023年2月19日(日)名古屋 CLUB UPSET
2023年2月25日(土)東京 WWW
Ticket ¥3,500+1Drink

yutori 公式Twitter:https://twitter.com/yutori__band

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