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『Thriller』40周年 マイケル・ジャクソンの革新とモンスターアルバムの真相に迫る

Rolling Stone Japan / 2022年11月28日 17時30分

『Thriller<40周年記念エクスパンデッド・エディション>』ジャケット写真

マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)『Thriller』のリリース40周年を記念して、『Thriller <40周年記念エクスパンデッド・エディション>』が先ごろ発売。「人類史上最も売れたアルバム」として名高い本作のレガシーについて、音楽ジャーナリストの林剛に解説してもらった。


『Off The Wall』の踏襲であり踏襲ではない

今から40年前の1982年11月30日、マイケル・ジャクソンの『Thriller』が全米でリリースされた。日本発売は12月1日。全世界での累計セールス1億枚以上で、「史上最も売れたアルバム」 としてギネスブックに認定されるなど、何かと記録や数字が強調される作品でもある。アルバム全9曲中7曲がA面としてシングル発売され、先行発表されたポール・マッカートニーとの「The Girl Is Mine」を筆頭に、最後にカットされた表題曲の「Thriller」まで、足掛け3年にわたってヒットが続いた。結果、1984年の第26回グラミー賞では『Thriller』関連で12部門にノミネートされ、8部門を受賞している。

発売から半年後、当時洋楽好きで意気投合した友人の家で『Thriller』を聴いた時のことをよく覚えている。途中でアナログをB面に裏返した記憶がないほどその音世界に没入し、「The Lady In My Life」が終わると、ふたりともしばし放心状態。その後、友人がカートリッジを上げながら、「これは歴史に残るアルバムだよ。俺らは凄い体験をしている」と呟いた。音楽評論家のような口をきく中学1年生というのも笑えるが、彼の感想は100%正しかったと、発売から40年経った今改めてそう思う。

アルバム制作に至ったのはマイケルの負けん気だ。2曲の全米No.1ヒットを生んだ『Off The Wall』(1979年)が1980年の第22回グラミー賞で「最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス賞」だけにしかノミネートされず、受賞もできなかった悔しさが創作の原動力となっている。また、本記事がローリングストーン誌の日本版サイトであることを踏まえて言うと、当時の同誌(US版)から「黒人が雑誌の表紙を飾っても売れない」との理由で掲載を拒否されたこともマイケルの心を傷つけ、それも理由のひとつとなって人種やジャンルを超えたボーダーレスな音楽を作ることを決心したとされる。『Off The Wall』 の制作を通じてクインシーからメソッドを体得し、ジャクソンズ 『Triumph』(1980年)などの制作に活かしたマイケルは、それを実現させるだけの自信もあったのだろう。

クインシー・ジョーンズによるプロデュースのもと、演奏やアレンジ、ソングライティングには、前作からの続投となるグレッグ・フィリンゲインズ、ロッド・テンパートン、ルイス・ジョンソン(ブラザーズ・ジョンソン)、ジェリー・ヘイを中心としたシーウィンドのホーン隊などが参加。加えて今作では、当時上り調子だったTOTOのメンバーが大抜擢されている。




そんな『Thriller』について端的に言うと、『Off The Wall』の踏襲であり踏襲ではないということ。それは前半の2曲で明確化される。クイーカやクラップを交えてファンキーに疾走するマイケル作のダンス・ナンバー「Wanna Be Startin Somethin」からロッド・テンパートンが書いたメロディアスなミッド・グルーヴの「Baby Be Mine」への流れは、『Off The Wall』における「Dont Stop Til You Get Enough」から「Rock With You」への流れにそっくりだ。が、生楽器中心だった『Off The Wall』の2曲とは音の感触が違う。「Wanna Be Startin Somethin」はルイス・ジョンソンのメカニカルなベースがグルーヴを生むが、歯切れのよいビートはドラムマシンによるもの。「Baby Be Mine」もグレッグ・フィリンゲインズやマイケル・ボディッカーらがシンセサイザー/プログラミングを担当し、80年代らしいエレクトリファイされた音になっているのだ。表題曲の「Thriller」も、同じくロッド・テンパートンが書いた『Off The Wall』の表題曲やロッドがいたヒートウェイヴの「Boogie Nights」(1976年)を思わせるが、鋭角的なビートはリンドラム(LM-1)、ベースの音はミニモーグで鳴らしている。これらが『Off The Wall』の踏襲であり踏襲ではないという理由だ。





ポール・ジャクソンJr.のギターが滑走する都会的なダンス・ナンバー「P.Y.T.(Pretty Young Thing)」でもコーラス部分にボコーダーを使った加工ボイスが飛び出し、80年代的な印象を与える。そのコーラス隊には、クインシーと曲を共作したジェイムス・イングラム、シャラマーのハワード・ヒューイット、さらには「P.Y.T.s」としてマイケルの姉ラトーヤや妹ジャネットまでを招集しているのだから贅沢だ。コーラスといえば、「Wanna Be Startin Somethin」でのウォーターズやジェイムス・イングラムらによる溌剌とした歌声も忘れ難い。特にマヌ・ディバンゴの「Soul Makossa」(1972年)に着想を得たとされる終盤のアフリカンなリフレイン(後にリアーナが「Dont Stop The Music」で引用)は、アメリカの都会とアフリカの大地を結びつけて全世界の黒人を祝福しているかのようなスケールの大きさで、目が覚める思いだ。




『Thriller』収録曲がもつ影響力と普遍性

ショート・フィルムとの相乗効果で曲がヒットしたことも強調しておきたい。なかでも衝撃的だったのは、名匠ジョン・ランディスが監督した約14分におよぶ「Thriller」のミュージック・ビデオ、否、ショート・フィルムだ。近年はハロウィーン・ソングとしても定着し始めた「Thriller」は、イントロの不気味なSE(シングル版ではオミット)、怪奇映画の名優ヴィンセント・プライスによるナレーションと高笑いでホラー感を演出したシアトリカルなナンバーだが、ゾンビが踊るホラー映画風のショート・フィルムが曲をより身近に感じさせた。



第2弾シングルの「Billie Jean」がマイケル最長となる7週チャート首位をマークするキャリア最大のヒットとなったのも、当時黒人アーティストを冷遇していたMTVが同曲のショート・フィルムを頻繁に流し始めたことが大きい。加えて、1983年3月に行われたモータウン25周年記念コンサート(TV放映は同年5月)でマイケルが初めてムーンウォークを披露した時の曲だったことも「Billie Jean」を忘れ難いものにしている。もちろん曲の作り込みも凄かった。アタマから不敵にビートを刻み続けるンドゥグ・チャンクラーのドラム。地を這うように蠢くルイス・ジョンソンのベース。ビリー・ジーンと名乗る女性からストーカー被害を受ける心理とリンクするようなサスペンス感のあるシンセサイザーとストリングス。ヒカップや「ヒーヒーヒー」といった声を発しながらしゃくり上げるように歌うマイケル独特の唱法。それぞれのパートが際立つこれは、何度もミックスをやり直したというエンジニアのブルース・スウェディエンの苦労も偲ばれる。



その「Billie Jean」と並んで『Thriller』の看板曲となったのが、同じくR&B/ポップ両チャートで全米1位を記録した「Beat It」だ。クインシーから「ザ・ナックの〈My Sharona〉みたいな力強いロックンロールが一曲ほしいね」と言われてマイケルが書き上げたというエピソードも有名だろう。シンクラヴィアの導入も含めて次作『Bad』(1987年)に繋がるエッジを感じさせるこの曲は、スティーヴ・ルカサーのギター・リフとともにヴァン・ヘイレンのエディ・ヴァン・ヘイレンの荒ぶるギター・ソロがハードな曲のイメージを決定づけた。グラミー賞では「最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス」を獲得したが、こうして黒人のソウルと白人のロックを融合し、ジャンルや人種の壁を打ち破った曲が評価されることこそマイケルが望んでいたことだ。アル・ヤンコヴィックによるパロディ・ソング「Eat It」(1984年)を公認としたのも、そんな思いがあったからではないか。 「(争いから)逃げるが勝ち」といった非暴力のメッセージを込めたこの曲のショート・フィルム(監督はボブ・ジラルディ)もワイルドな群舞シーンが斬新だった。映画『ウエスト・サイド物語』(1961 年)に着想を得て、敵対する本物のストリート・ギャングたちを起用し、彼らをひとつにしたところにも分断を望まないマイケルの平和主義者としての一面が表れている。現代にも通用するメッセージと言えそうだ。



黒人と白人の連帯を望み、非暴力を唱えるマイケルらしさは、『Off The Wall』収録の「Girlfriend」に端を発するポール・マッカートニーとのデュエット「The Girl Is Mine」からも感じ取れる。後にマイケルの『Invincible』(2001年)にプロデューサーとして参加するロドニー・ジャーキンズがブランディ&モニカの「The Boy Is Mine」(1998年)でオマージュを捧げたこれは、ひとりの女の子を奪い合う曲。だが、終盤のトーク部分でマイケルは「喧嘩はよそうぜ/僕はファイターじゃなくラヴァーなんだ」と言う。デヴィッド・フォスターがシンセサイザー及びそのアレンジを担当したサウンドも柔和なAOR風で、ふたりの歌もほのぼのとしている。このシングルの成功(全米チャートR&B1位/ポップ2位)もあって、先にふたりで吹き込んでいた「Say Say Say」も1983年に大ヒットした。





AOR風のソフト路線では「Human Nature」も人気だ。スティーヴ・ポーカロが作曲し、彼を含めほぼTOTOのメンバーが演奏を担当したこれは、フェザータッチのボーカルや麗しいハーモニーも含め、マイケルのデリケートな側面を集約したような優美で幻想的なバラード。夜の街に自由に繰り出したいと願う歌詞はカーペンターズとの仕事で知られるジョン・ベティスが書いたもので、当時のマイケルの気持ちを汲み取ったかのよう。誹謗中傷に対する怒りを込めた「Wanna Be Startin Somethin」、ストーカー被害に困惑する「Billie Jean」もそうだが、『Thriller』にはスターゆえに背負わされる理不尽や不自由、孤独が滲んでいる気がしてならない。





「Human Nature」は、全米チャートではポップ7位/R&B27位とまずまずの順位だったが、その成績以上にカバーやサンプリングを通してマイケルのレガシーが新しい世代に受け継がれていったという意味でも重要だろう。マイルス・デイヴィスによるカヴァー、そして何と言っても、マイケルの『Dangerous』(1991年)を手掛けたテディ・ライリーによるSWV「Right Here / Human Nature」(1993年)での大胆な引用は、R&Bやヒップホップにおけるマイケルの地位を絶対的なものにした。同様にロッド・テンパートンの作/アレンジとなる「The Lady In My Life」も、ボーイズIIメンを従えたLLクール・J「Hey Lover」(95年)でのサンプリング、マイアによる女性視点でのカバー「Man In My Life」(2000年)などで、未シングル化ながら人気を上げてきた。後のクワイエット・ストームに通じる雰囲気を持つこの曲での、クインシー言うところの”許しを乞うような”ボーカルも一途でたまらない。こうした唱法は、MJ流のダンスとともに、アッシャー、Ne-Yo、クリス・ブラウン、ジャスティン・ティンバーレイク、ザ・ウィークエンドといったマイケル・フォロワーたちによって継承されている。『Thriller』収録曲のカバーやサンプリングに関しては、WhoSampledなどのサイトを訪問して、その数の多さに驚いてほしい。





YMO原曲デモなど、アルバムの真相に迫る未発表音源

そんな『Thriller』の40 周年を記念したエクスパンデッド・エディションが発売された。過去にも、『Thriller: Special Edition』(2001年)や25周年を記念した『Thriller 25』(2008年)といった記念盤が出され、前者にはクインシー・ジョーンズら関係者のインタビューやヴィンセント・プライスによるナレーションの完全版などが、後者にはウィル・アイ・アム、エイコン、ファーギー、カニエ・ウェストらが参加したリミックスが追加されていた。そして今回のCDには、ディスク2に『Thriller』の制作過程を紐解くようなデモなどが未発表音源を中心に収録されている。

何しろクインシーは、アルバムの制作にあたって600曲分ものデモを取り寄せていたと言われている。「Shes Trouble(demo)」も、そのうちの一曲。マイケルのデモとしては初公開だが、1983年にUKのミュージカル・ユースや、過去にジャクソン5を手掛けたマイケル・ラヴ・スミスがそれぞれのアルバムで披露していたエレクトロニックなファンクだ。また、当初は収録予定だったものの最終的に「Human Nature」が選ばれてボツになったメロウな「Carousel」も既発ながら改めて収録されている。既発曲では、「The Girls Is Mine」のシングルB面だったクインシーとマイケルの共作曲「Cant Get Outta The Rain」も収録。ふたりが出会うキッカケとなった映画『The Wiz』(1978年)のサントラ曲「You Cant Win」を改編したアップ・ナンバーで、これは『Off The Wall』的な雰囲気が強い。



ロッド・テンパートンも相当数の曲を用意したとされるが、今回ロッド関連で最大の注目曲は、「Thriller」の原型として噂されていた「Starlight」だろう。オケは完成版に近いが歌詞が違っていて、怖い雰囲気を求められたロッドが録音スタジオに向かうタクシーの中で一気に書き上げたというエピソードはファンにはよく知られている。ここにホラー的なSEやナレーションなどを加えてブラッシュアップしたのが「Thriller」だったわけだ。



マイケルの創作意欲の高まりを伝える自作のデモもあり、以前から存在が知られていた「Behind The Mask(demo)」も初公開された。オリジナルは坂本龍一が作曲したイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の同名曲で、これを耳にしたマイケルが許諾を得て歌詞付きのバージョンを録音。YMOのオケに少し楽器を足して熱い歌を乗せたのが、このデモとなる。『Thriller』への収録は見送りとなったが、その後、グレッグ・フィリンゲインズやエリック・クラプトン、ヒューマン・リーグなどがマイケルの歌詞をつけたバージョンでカバー。マイケルの没後企画アルバム『MICHAEL』 (2010年)で一応の”完成”を見た。同じく『MICHAEL』に「Best Of Joy」として収録された曲の原型「The Toy(Demo)」も今回初公開されている。

デモ音源などはまだありそうだが、今回の40周年記念盤は、あのモンスター・アルバムの真相により近づくための音源集として、現時点では最高のコレクションだと胸を張って言える。






マイケル・ジャクソン
『Thriller<40周年記念エクスパンデッド・エディション>』
発売中
価格:定価¥4,400(税抜¥4,000)

DISC1|Thriller:オリジナル・アルバム
DISC2|アルバム制作当時の完全未発表&レア音源を含む全10曲
シルバー・スリーブケース仕様
28Pカラー・ブックレット

日本盤のみの追加仕様
■高品質Blu-Spec CD2仕様
■68P日本語ブックレット
 ・ライムスター宇多丸、 『スリラー』のMV革命を語る!
 ・『スリラー』 ストーリー~「ボーダレス」な音楽を手に入れるまで+『スリラー』全曲解説 (高橋芳朗)
 ・『スリラー』 1982年初発売時ライナーノーツ(湯川れい子)
 ・英文ライナーノーツ訳
 ・歌詞/対訳

再生・購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/MichaelJackson_Thriller40
日本特設サイト:https://www.sonymusic.co.jp/artist/MichaelJackson/page/thriller40th

「Thriller」「Beat It」の傑作MVが4Kリマスター
”King of Pop” マイケル・ジャクソンのMVをまとめてチェック
https://youtube.com/playlist?list=PLaodxkj-4NkREhMf4EK0albjRddHRrkFa

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