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狂気の神、フィル・ティペット監督が語る「創作論」

Rolling Stone Japan / 2022年12月2日 18時30分

『マッドゴッド』メイキング写真 ©2021 Tippett Studio

映画視覚効果の巨匠フィル・ティペットの監督作品『マッドゴッド』が日本でも公開された。

【写真を見る】制作期間30年!暗黒のストップモーションアニメ『マッドゴッド』

『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(1980年)のAT-AT、『ロボコップ』(1990年)のED-209、『ジュラシック・パーク』(1993年)のヴェロキラプトル、『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)のウォリアー・バグなど、フィルはさまざまなキャラクターに生命を吹き込むムービー・マジックを実現させてきた。その彼が監督を手がける初の長編作品は、ダークでシュルレアルなディストピア・ファンタジーだ。ストップモーション・アニメーションによる異世界の住人たちと共に、我々は光の届かない闇へとどこまでも降りていく。

『キング・コング』(1933年)のウィリス・H・オブライエン、『シンバッド七回目の航海』(1958年)のレイ・ハリーハウゼンらの魂を受け継ぎ、新たなる生命を創り出す”狂気の神”として世界の映画ファンから信奉されるフィルがインタビューに応じてくれた。

ーストップモーション・アニメーションは1秒ごとに24コマを少しずつ動かして撮影して、何日も何週間も何カ月もかけて数分のシーンを完成させるという作業です。30年以上をかけて『マッドゴッド』を完成させるという根気と忍耐力も、そんな過程から培ったものでしょうか?

ストップモーション・アニメーションの作業について”根気”や”忍耐”と考えることはないよ。瞑想のようなプロセスで、自分の周囲の時間が止まったようになるんだ。以前レイ・ハリーハウゼンと公開トーク・イベントをやったとき、お客さんの1人に「モンスターを1コマずつ動かすのにウンザリしませんか?」と訊かれたことがある。レイも私も「全然そんなことはない」と答えたよ。世界をシャットアウトして、ひとつのことに没頭することが出来るんだ。 精神的な時間がスローダウンする、安全な場所なんだよ。私が作業をしているあいだは、誰もしゃべらないようにしてもらう。脳がまったく別空間にあるから、作業を終えて、現実に戻ってくるまで数分を要するんだよ。



ーディズニープラスの『ライト&マジック』(2022年)、英米合作の『決定版!SF映画年代記』(2014年)、Viceの『Icons Unearthed: Star Wars』(2022年)など多くのドキュメンタリー作品に出演、あなた自身にスポットライトを当てた映画/書籍『Mad Dreams and Monsters』(2019年/2022年)も作られるなど、しばしば裏方に留まることのない活動をしていますが、前面に出ることは楽しんでいますか?

特に問題はないよ。何だって最初は緊張するんだ。『ドラゴンスレイヤー』(1981年)を作るとき、制作チームのマット・ロビンズとハル・バーウッドと、ドラゴンをどう動かすかについて話し合ったんだ。そのときはすごくナーヴァスになった。それまでやったことがない新しいテクニックだったからね。でも時間が経つごとに慣れて、納得のいく出来映えになった。映画に出るのもそれに似ているよ。最初はとてつもなく緊張するけど、徐々にそれが日常になっていくんだ。私の仕事の一部だと考えているよ。注目してもらえることには感謝しているし、話を聞こうという人には応えるようにしているよ。


「飼い猫のブライアンに連れられて溶岩をくぐり抜けて、地球の核まで行った」

ー書籍『Mad Dreams and Monsters』で、あなたは10〜12歳ぐらいの頃にヒエロニムス・ボッシュの世界観を映画化したいと考えたと語っています。『マッドゴッド』のダークで奇妙なイメージは三連祭壇画『快楽の園』(1510年)の”4枚目”と呼んで過言でないものだし、ボッシュから影響を受けたといわれるブリューゲルの絵で有名なバベルの塔も劇中には登場しますが、少年時代の夢が叶ったといえるでしょうか?

うん、まったくその通りだよ! 最初から絵を描くパレットはあったけど、何をどう描くかが問題だったんだ。どの方角に進んでいくか悩んだとき、『マッドゴッド』というタイトルが方位磁針になった。この作品に意味を持たせるためいろいろ試行錯誤して、聖書のレビ記からの引用と、ベルリオーズ作曲の『レクイエム』に辿り着いたんだ。それを『マッドゴッド』全体を定義するシーンとして、最初に持ってくることにした。それですべてがまとまって、意味をなすものになったんだ。ネットで検索して、お土産店で売られているような3インチぐらいのバベルの塔を見つけた。それを撮影して、ストップモーションのキャラクターをデジタルで嵌め込んだ。このシーンは最後に撮影したんだ。ロマン・ポランスキーの『チャイナタウン』(1974年)みたいなものだよ。あの映画は撮影が始まっているのにエンディングが決まっていなかった。だけどギリギリで決定したことで、現在我々が観ることの出来る傑作になったんだ。


ー長い年月をかけて作った映画ということもあり、使えなかったアイデアやカットしなければならなかったシーンも多かったのではないでしょうか?

私は何でも溜め込むタイプの人間なんだ。何も捨てることがないんだよ。だから今回使わなかったアイデアでも、次の作品で使うものがあるかも知れない。『マッドゴッド』では随所で、他の映画作家の作品とチャンネリングしているんだ。「この作家だったらどうするだろう?」ってね。例えば映画のラストに、カッコー時計が出てくる。「グルーチョ・マルクスだったらこのストーリーにどうやって意味を持たせるだろう?」と考えたとき、きっとカッコー時計を出すに違いない!と確信したんだ(笑)。それに刺激的な描写の続く作品だから、癒やしのあるエンディングにしたかった。それでダン・ウールが書いたスローなヨーデル調の曲から、カール・オルフの曲(『ムジカ・ポエティカ』の「Gassenhauer」)に繋がっていくようにしたんだ。『地獄の逃避行』(1973年)でも使われている曲で、いつか自分が映画を作るときが来たらエンド・タイトルに使うと心に決めていたんだ。



ーViceのドキュメンタリー『Meet the Animator Behind Star Wars and Jurassic Park』(2015年)はあなたが『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(1983年)を作っているときLSDをやったという話から始まります。『マッドゴッド』のイメージでドラッグ体験から生まれたものはありますか?

ないね。LSDをやったのはその一度だけだったんだ。『スター・ウォーズ』も3作目になると、さすがに疲れが出てきた。学ぶことは多かったけど、高校に3年いるような気分になったんだ。『ジェダイの帰還』撮影の最後の方、友人がカリフォルニアに遊びに来て、帰った後にLSDを置き忘れていった。私はバカンスに出かけたかったけど、まだ作業が終わっていないから、せめて脳内でトリップをすることにしたんだ。ビデオカメラを設置して、自分がどうなるのか録画してみたよ(笑)。初心者が犯しがちなミスだけど、1枚舐めて15分ぐらいして「あれ、効かないなあ」と思って、もう1枚、さらにもう1枚舐めたんだ。そうしたらドカーン!となった。部屋の壁の絵画や彫刻が話しかけてきたし、当時一緒に暮らしていた飼い猫のブライアンに連れられて溶岩をくぐり抜けて、地球の核まで行ったんだ。静かで音のない世界で、至福に満ちていたよ。しばらくして効果が抜けてきて、部屋の扉を開けたら、壁が血塗られたように真っ赤だった。ビックリしたね。それから何年かして、友人のアダム・サヴェッジと話していたんだ。彼はLSDでバッド・トリップをしたと言っていた。ティモシー・リアリーもLSDをやるときは素面の人に付き添ってもらうことを勧めていたけど、私はバッドに陥ることがなかった。ラッキーだったんだな。確かに人生を変えるような経験だった。でもそれっきりLSDはやっていないし、『マッドゴッド』への影響はないよ。


『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio



「常に自分自身を驚かせたい」

ーあなたは双極性障害などメンタル・ヘルス面の問題を抱えていることをオープンにしており、ストップモーション・アニメーションの作業が一種のセラピーであると語っています。あなたと同じ悩みを持っている人々に、ストップモーションをやってみることを勧めますか?

自分の経験から言うと、メンタル・ヘルスの専門家でない人間がそういう提案をすることは危険なんだ。個人差が大きいし、生命に関わることだってある。私の場合、効果があったというだけなんだ。だからアドバイスは私でなく、プロフェッショナルから受けて欲しいね。


『マッドゴッド』メイキング写真 ©2021 Tippett Studio

ーウィリス・H・オブライエンも『キング・コング』『コングの復讐』(共に1933年)製作の後に最初の奥さんと2人の子供を失うという悲劇に遭っていますが、彼にとってストップモーションは救済になったでしょうか?

それはウィリス本人にしか分からないことだけど、そうではなかったように思えるね。『キング・コング』での彼の功績は素晴らしいもので、私を含む多くのクリエイターの人生を変えてきたけど、その事件の後は予算や企画に恵まれず、キャリアを取り戻すことが出来なかった。『猿人ジョー・ヤング』(1949年)で再評価を得たけど、実際アニメーションにどれだけ関わっていたかは疑問がある。レイ・ハリーハウゼンとピート・ピータースンが実際の作業をやって、ウィリスはほとんど何もしなかったという説もあるんだ。ジョーが子供ゴリラの頃のシーンかな、マルセル・デルガドがいくつかのシーンを手がけたのは知っている。結局ウィリスは『キング・コング』がピークだった。とてつもなく高いピークだけどね。ただ、彼の功績は次世代のクリエイター達に受け継がれていった。レイ・ハリーハウゼンも彼からさまざまなことを学んだ。ストップモーションの技術はもちろん、彼を参考にして、効率化を図ったのもレイだった。レイはキャラクターの動きやアングルをより効果的にして、経費削減にも貢献したんだ。

ーウィリス・H・オブライエンやレイ・ハリーハウゼンが視覚効果を手がけた作品で、あなたが自分の技術を使ってリメイクしたいものはありますか?

いや、そういうのは元々興味がないんだ。デニス・ミューレンは『地球へ2千万マイル』(1957年)のイーマとドラゴンを戦わせたりするのが好きだけどね。そういうのはやりたくなかった。何かまったく異なったことをしたいんだ。誰に対するオマージュでもない、自分の世界観を描きたかった。常に自分自身を驚かせたいんだよ。

ー『ガンビー』(1955年〜)で知られるアート・クローキーもストップモーションの世界では大きな存在ですが、あなたも影響は受けましたか?

あまり影響は受けていないと思うけど、彼のスタジオの面接は受けたことがある。その頃はもう奥さんのルースがビジネスを仕切っていて、彼女と話したんだ。でも結局就職はしなかった。ベトナム戦争が始まって、大学に入れば徴兵されないということで、大学で芸術を学ぶことにした。いくつか転々としてカリフォルニア大学アーヴァイン校に落ち着いたんだ。この時期コンセプチュアル・アートが発展してきて、伝統的な美術でなくとも自分なりの表現を出来るようになった。だから最初から自分の作品を動かしたかったんだよ。誰か別のデザイナーが考えたキャラクターのアニメーションだけをやるつもりはなかった。でもアート・クローキーのスタジオにも優れた人材が大勢いた。リック・ベイカーと会ったのは、彼がクローキー・プロダクションズで働いていたときだったよ。

ーところで子供の頃にラクエル・ウェルチがベビーシッターだったという、世界中の男子の夢を実現させていたそうですが、そのことについて教えて下さい。

ラクエルは隣の家に住んでいたんだ。私は10歳ぐらいだったけど、年下のきょうだいがいたんで、彼女がベビーシッターに来てくれたよ。夜遅くなっても親が帰ってくるまでテレビでいろんなホラー映画や『ミステリー・ゾーン』を見させてくれたんで、感謝している。当時は痩せっぽちの十代の女の子だったけどその後、天気予報のお姉さんになって、それから女優として成功を収めたんだ。

ー『恐竜百万年』(1966年)を見たとき「あっ、ベビーシッターのお姉さんだ!」と驚きましたか?

いや、そう思った記憶はないな。何故だろう、ラクエルお姉さんが突然レイ・ハリーハウゼンの映画に出てきたら腰を抜かしていた筈なのにね(笑)。


フィル・ティペット



「私は雑誌と共に育ってきたんだ」

ー『ジュラシック・パーク』(1993年)でCGが大躍進を遂げたとき、あなたが仕事を失うと思って「絶滅した気分だ」と言ったエピソードは有名ですが、それから30年近くが経っても第一線で活躍しています。現在、レコード/CD業界や雑誌業界がまさに絶滅の危機に瀕していますが、どのようにすればサバイバル出来るでしょうか?

うーん、それが時代の流れならば、どうすれば良いかは私には分からないね。私は雑誌と共に育ってきたんだ。子供の頃から『Famous Monsters Of Filmland』を隅から隅まで読んでいたし、いろんな雑誌のページを切り取って、自分のコンセプチュアル・デザインの参考にしていた。近所のニューススタンドにはあらゆる雑誌が並んで、こっちから向こうまで50フィートぐらいの幅が雑誌でいっぱいだったんだ。それが少しずつ縮小して、遂になくなってしまった。とても寂しいけど、テクノロジーの進歩によって失われてしまうものもあるんだよ。

ー今後の映画プロジェクトについて教えて下さい。

『Pequins Pendequin』が次のプロジェクトになる予定だ。『マッドゴッド』よりも短い期間で完成させたいね。30年も待たせたくないんだ(笑)。制作費のことでも頭を悩ましたくない。『マッドゴッド』のときは、金を出してくれる映画会社もなかったし、苦労したんだよ。1940年代のテックス・エイヴリーのアニメーションに近いコンセプトだけど、ダークでジョゼフ・キャンベル的な神話の要素もあって、変身能力者のピクインの冒険を描いている。もうストーリーボードも書き始めているし、2023年には制作を開始したいね。それ以外にも頭の中にさまざまなダークな妄想があるし、それをビジュアル化していきたい。


『マッドゴッド』メイキング写真 ©2021 Tippett Studio




『マッドゴッド』
監督:フィル・ティペット
出演:アレックス・コックス

新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか、全国順次公開中
提供:キングレコード、ロングライド 配給:ロングライド
公式サイト: https://longride.jp/mad-god/

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