tricotが語る、海外ツアーの成果とアルバム『不出来』の充実度
Rolling Stone Japan / 2022年12月15日 12時0分
前作からおよそ1年、4人組ロックバンドtricotがメジャー移籍後4枚目のニューアルバムをリリースした。タイトルは、その名も『不出来』。もちろんこれは、前作『上出来』を受けて付けられたものだが、一見マイナスなイメージにも取られかねないワードを敢えて用いたのは一体なぜだろう。tricotにとって「上出来」「不出来」とはいったいどういうことなのだろうか。
今年9月には、延期になっていたイギリス〜ヨーロッパツアーを無事に終え、一回りも二回りも逞しくなったtricot。今回はツアーの手応えや、ニューアルバムの制作エピソードなどメンバー全員にじっくりと語ってもらった。
─前回のインタビューでは、イギリス〜ヨーロッパツアーへの意気込みについてもお聞きしました。9月12日のイギリス シェフィールドを皮切りに、10カ国20カ所を無事に回りきった手応えから聞かせてもらえますか?
中嶋イッキュウ:海外ツアーは約4年ぶりで、今回初めて行くところもあったのですが、どのくらい人が集まってくれるのか全く分からなくて。そもそも本当に行けるかどうかも当日まで分からない状況ですし、行ってからも無事に帰って来られるかも心配だったんですけど(笑)。蓋を開けてみたら、今までで一番上手くいったんじゃないか、というくらい良いツアーになりました。
中嶋イッキュウ
─おお、そうだったのですね。
中嶋:ただ、30日間で20本ライブをこなすというハードスケジュールだったので、私は途中で体調を崩してしまい、ツアーの半分くらいは体調との戦いになってしまいました。コロナ禍でライブもだいぶ減っていたし、自分自身の体力の衰えを突きつけられましたね。
─特に印象に残っていることはありますか?
中嶋:思い返せばたくさんあるんですけど、パリでライブをした時に私の機材が壊れてしまって。現地のPAエンジニアさんがとてもいい人で、「僕が同じ機材を持ってくるから取ってくるよ」と言って、往復1時間かけて取りに行ってくれたのがすごく嬉しくて記憶に残っています。全体的に、みなさんとても協力的でやりやすかったですね。
ヒロミ・ヒロヒロ:ツアーの最後に行ったスペインのバルセロナも今回初めてで、しかも『AMFest』という割とヘヴィなバンドがたくさん出演するフェスに参加する形だったため、お客さんの反応とかどんな感じなんやろ? と少し不安だったのですが、本当にたくさんの人が見にきてくれて。ライブが終わってからも、アンコールがずっと鳴り止まんくらい盛り上がってくれていたのが信じられなかったし嬉しかったです。
ヒロミ・ヒロヒロ
─お客さんの反応も、国によってやっぱり違いましたか?
ヒロミ:違いましたね。最初は「どんなもんやろ?」みたいな感じで様子見している方が多いところもあれば、始まった瞬間からワーッと盛り上がってくれたところもあったし。本当に国によって差があるんやなと思いました。
キダ モティフォ:今回、アンコールで「potage」を演奏していたときとか、日本語の歌詞を一緒に歌ってくれているお客さんがすごく多くて嬉しかったです。今までも、例えばアジアツアーなどでは歌ってくれる人は多かったし、ヨーロッパツアーでも1フレーズだけ一緒に歌ってくれることはあったんですけど、今回みたいに例えばサビを全部歌ってくれている様子を見るのは初めてで。
キダ モティフォ
中嶋:ギターフレーズを一緒に歌ってくれている人も多かったよね(笑)。
吉田雄介:初めて行った場所で、初めてのお客さんの前で演奏するのももちろん楽しいのですが、例えば今回だったらマンチェスターやパリのように何度か訪れたことのある都市ではソールドアウトに近い売れ行きだったりして。今まで地道に回数を重ねてきた甲斐があったなと思いましたね。特にマンチェスターの人たちに対しては、硬い絆のようなものを感じました。友達を連れて複数の会場に見にきてくれた子もいたし、「日本が好きだからtricotのことも好き」というよりは、「tricotが好きで日本に興味を持った」という子が多い気がしました。
吉田雄介
中嶋:日本語を勉強している人がめっちゃ多かったし、「日本へ行ってtricotのスタッフになりたい」と言ってくれた大学生くらいの男の子もいたんですよ。
─それはすごい。コロナに対する認識も、やはり日本とは違いましたか?
中嶋:全然違いましたね。海外ツアーの少し前に国内ツアーをした頃は、まだキャパの制限もありましたし、マスク着用はもちろん「声出し」もNGでしたが、海外ツアーで訪れた場所ではそういう制限が全くなくて。フロアもパンパンだし声出しも自由でしたね。
ライブ終了後は、お客さんとも直に話すことができたので、もうコロナ以前の世界に戻ったような気持ちになりました。マスクをしている人も、中にはちらほら見かけた会場もありましたが、ほとんどの国では(マスク姿の人を)ほとんど見なかったです。
吉田:おそらく、日本からやってくる僕らに配慮する意味で、ライブハウスのスタッフさんはマスク着用でいてくださいましたけど。そういう状況の中、メンバーもスタッフも一度も陽性反応が出ることなく無事に帰国できたのは本当に良かったと思います。
中嶋:最近は日本でも少しずつ制限が緩くなってきていて。海外のような状況になっていけたらいいですよね。
アイデアの断片をすくい上げる
─では、今度リリースされるニューアルバム『不出来』についてお聞かせください。まず、このユニークなタイトルはどうやって付けられたのでしょうか。
中嶋:思えばtricotはコロナ禍に入ってから、アルバムも含めて音源をめちゃくちゃ出してきました。ライブができないのもあって、ずっと曲作りをやってきたのですが、そこで結構溢れていた曲たちが溜まってきていて。まだデモにすらなっていない、アイデアの断片なども60曲以上あって、「もったいないな」とずっと思っていたんです。
もちろん新しい曲を作るのも楽しいし、「その時の自分たち」を記録する意味でも大事なことですが、これまでボツになってきた曲の中にもいい曲はたくさんあるんですよね。ちゃんと完成させたらどんなふうに聞こえるのか、単純に興味がある曲もたくさんあるし。それを実行するなら、『上出来』というタイトルのアルバムを出した後、つまり今しかないのかなと思って。しかも『不出来』というタイトルも使えるじゃないですか。
─確かにそうですね(笑)。
中嶋:これまでテーマやコンセプトを決めてアルバム制作をしたことがなかったので、「アルバムから漏れた名曲たち」というくくりで作ってみるのも面白いかなとも思いました。アルバムの選から漏れた曲のことを、よく「ボツ曲」というじゃないですか。言葉としてはネガティブな響きだけど、たまたまその時に作っていたアルバムの方向性に合っていなかったり、アルバムに収まりきれず泣く泣く外したりした曲もたくさんあって、それ自体はすごく良い曲の場合もあるんですよね。私たちには、そういう「アルバムから漏れた名曲」がたくさんあるので、『不出来』というアルバムはあと5枚くらい作れると思います(笑)。
─あははは。
中嶋:レコーディングの順番でいくと、まず「エンドロールに間に合うように」や「アクアリウム」のようなタイアップ曲を書き下ろして、そのあと「ボツ曲」を基に「#アチョイ」「鯨」の順に蘇らせていったのかな。
─個人的には「鯨」が最も好きな曲なのですが、これはどうやってできましたか?
中嶋:5月か6月だったかな、その頃の私は5日に一度の割合で良くないことが1カ月くらい続いたんですよ。家族全員がコロナにかかってしまったり、知り合いが亡くなってしまったり、家に不審者が現れたりして。「こうなったらもう、今起きてること全部次のアルバムのネタにしてやろう」と思っていました(笑)。「鯨」は私が「東京のお母さん」と慕っていた方が亡くなってしまい、そのことについて書いた曲です。
─11曲目「不出来」の歌詞も、”君を生かすことができなかった世界なんて本当カスみたいだ””君の描いた曲が今日も私を生かしているの 許してね”とあり、ひょっとして亡くなってしまったアーティスト、それもイッキュウさんと交流のある人に向けて書かれた楽曲なのかなと。
中嶋:亡くなったアーティストさんのことを思い出して書いた曲です。この曲を作ってた時期がちょうど命日あたりで、悲しいニュースも立て続けにテレビでやっていて。不出来というアルバムなら今回はこんなことも書いて良いかと思いました。
キダ:これも「エンドロールに間に合うように」や「アクアリウム」と同じく「ボツ曲」ではなく、ヨーロッパツアーから戻ってゼロから作りました。海外ツアーをしたことが影響しているのかどうか、なんとなくジャキッとしたギターサウンドを鳴らしたい気分だったんですよね。結果的にUKっぽい仕上がりになったかなと。
─「不出来」はベースもUKオルタナ感が出ていますよね。
ヒロミ:それこそ2000年代のオルタナバンドを意識しながら音色を作ってみました。ちょっとダサいくらいの感じでもいいかなと思って弾いていたのですが、結果的にアルバムの中でも特にお気に入りの楽曲になりましたね。ライブでやるのも気持ち良さそうだなと。
サウンドのディレクションについて
─アルバム全体のギターサウンドには、UKツアーの影響があったと思いますか?
キダ:どうなんだろう……確かに、ギターサウンドを作っている時に頭の中で鳴っていたのはニルヴァーナやミューズの歪みまくったサウンドでした。特定の曲を参考にしたというわけではなく、漠然とそのあたりのアーティストのことが念頭にはあったと思う。
あと、「ステンノー」も私がデモを作ったんですけど、その段階ではギターを使わず鍵盤や打ち込みのリズムだけで作っていて。鍵盤で作った和声をそのままギターフレーズに変換しようとすると、ネックの押さえ方もちょっと変な感じになるし、テンションノートも色々混じってくるので、それをレギュラーチューニングのギターでどう再現するか、どう落とし込むか試行錯誤を繰り返しました。最終的にはいい感じに落ち着いたかなと思っていますね。
─ヒロミさんは、ベースのアプローチで今回新たにチャレンジしたことなどありましたか?
ヒロミ:今回、何曲かはイッキュウがデモの段階でベースラインも打ち込んでいて。打ち込みのベースなので、生ベースとは雰囲気も音色も全然違うんですけど、あえてそれを生ベースのニュアンスに置き換えずにそのまま再現してみました。そうすることで、かっこ良くなりすぎず「不出来」感が出たんじゃないかなと。
中嶋:つまり私がデモに入れてたフレーズが、かっこ悪くて不出来だったということ……?(笑)
ヒロミ:いやいや、そうじゃなくて(笑)。
吉田:でも、今のはそう聞こえる(笑)。
─(笑)。自分の「手癖」に引き寄せず、イッキュウさんの「手癖」を踏襲することで、普段とは違う雰囲気のベースになったところもあります?
ヒロミ:それはあると思います。ちょっと密室っぽいというか、バンドで鳴らすベースラインとは一味違うものになった気がしますね。
─吉田さんはいかがですか?
吉田:僕は趣味を全開にすると、フレーズ的にも音色的にも世間的にどんどん「不出来」なドラムになっていくんですよ(笑)。なので、今回は趣味全開であえていきました。「よくできた曲だね」「売れそうなポップソングだね」と言われることの真逆の方へ、ドラム的にはどんどん突き進んでみましたね。11曲目の「不出来」の長すぎるエンディングとか、冒頭曲「模造紙ヒデキちゃん」の狂った感じとかも全て僕の趣味です(笑)。なので、「あの1曲目はなんやねん!」のクレームは僕の方までお願いします。
─(笑)ちなみに「模造紙ヒデキちゃん」はどうやって作っていったのですか?
中嶋:この曲がボツになったのは歌詞で、昔吉田さんがまだサポートドラマーだった頃に作っていて。そこから色々体制も変わったりして結局リリースしなかったんですよ。その時の歌詞を、そのまま喋っています。途中を端折って意味を分からなくしたり、音節をあえて変なふうに区切ってみたりしながらちょっと不穏な仕上がりにしました。
吉田:「音楽」というよりは「舞台芸術」に近い感覚の楽曲なのかなと。僕はこういう音楽が大好きでいつまでも聴いていられるし(笑)、単純にtricotでやってみたかったんです。バンドアレンジもあんまり難しいことを考えすぎてしまうと、やりたいこととズレてしまうと思ったので、レコーディングではとにかくその場で思いつく限りに暴れてもらいました。
─アルバム最後には「上出来」のリミックス曲が入っていて、これもユニークなアイデアだなと思いました。
中嶋:in the blue shirtという、私がずっと一方的にファンだった京都のトラックメーカーの方にお願いしました。2020年に『真っ黒』というアルバムを出した時、その全曲をリミックスして私たちにプレゼントしてくれたことがあって。ツアーではそれをSEにして全国を回っていたんですけど、いつかちゃんとコラボしたくてメンバーに相談して、「上出来」を不出来バージョンとしてリミックスして今作に入れるという提案をしました。歌詞の中に”振り返れば 上出来、上出来!”というラインも出てくるし、内容的にも本作にぴったりだなと。
─来年はこのアルバムを携えてのツアーになるわけですね。
中嶋:はい。久しぶりの海外ツアーを終えて、帰国してからのライブの評判がすごくいいので期待していてほしいですね。ツアーに向けてさらに成長していきたいと思っていますし、是非とも「今のtricot」を観に来てください。
<INFORMATION>
『不出来』
tricot
cutting edge/8902 RECORDS
発売中
https://tricot.lnk.to/Fudeki
「Zang-Neng tour 2023」
2023年1月8日(日)福岡・BEAT STATION
2023年1月15日(日)宮城・仙台CLUB JUNK BOX
2023年1月28日(土)愛知・CLUB QUATTRO
2023年1月29日(日)石川・金沢AZ
2023年2月4日(土)大阪・梅田CLUB QUATTRO
2023年2月12日(日)東京・LIQUIDROOM
https://tricot-official.jp/live/
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