リトル・シムズ、孤高のラッパーが『NO THANK YOU』に込めた内省とパンク精神
Rolling Stone Japan / 2022年12月22日 17時30分
大好評だった9月の来日公演のあと、10月には英国最高峰の音楽賞であるマーキュリー賞を獲得。Netflixドラマ『トップボーイ』で俳優としても注目を集めるリトル・シムズ(Little Simz)が、最新アルバム『NO THANK YOU』をサプライズリリース。年末に突如投下された話題作について、文筆家/ライターのつやちゃんに解説してもらった。
12月中旬、気の早い世界中のメディアがアルバム・オブ・ザ・イヤーの記事をプレビューにセットし一息ついたであろうタイミングで、それらの仕事をあざ笑うかのようにリトル・シムズはサプライズリリースを行なった。シムズの一見気まぐれに見える判断は驚きのニュースとして全世界を駆け巡ったが、よくよく考えるにそれは何ら不思議なアクションではない。
なぜなら、これまでと同様に本作のプロデュースを務めるインフロー在籍のグループ・SAULTは11月にも突如として多くのアルバムをインターネット上にアップしており、ゲリラ的な活動展開が注目を集めているコレクティブだからだ。「Love SAULT X」と綴られていたそれは、曲数もさることながら、感嘆すべきは幅広いアプローチに支えられていた多種多様なジャンル性である。SAULTの音楽に対する懐の深さはソウルやゴスペルからパンクやサイケ等にまで無限に広がっている。本作『NO THANK YOU』はインフローのレーベルであるForever Living Originalsからドロップされる初めての作品であり、そういった既存のルールに縛られない集団と近い位置にいるシムズが、音楽業界の商習慣からできるだけ距離を置こうと考えるのも無理はない。
『NO THANK YOU』に込められたメッセージを映像で表現した10分間のショートフィルム
加えて、そういった活動スタイルに共鳴できるくらいに、現在のシムズが業界に対し負の感情を抱いている点も大きい。というのも、今年シムズはアメリカツアーの中止を余儀なくされ、7年間も苦楽をともにしたマネージャーと関係を絶ったからだ。後者については詳細を語っていないが、前者に関してははっきりと次のような弁明を果たしている――「私はインディペンデントアーティストなので、ライブのすべての費用を自費で支払っている。1カ月間アメリカをツアーすると莫大な赤字になる。現時点でファンの方々に会えないのは辛いが、私はその精神的ストレスに耐えることはできない」と。
2021年にリリースした『Sometimes I Might Be Introvert』が全世界で批評的成功をおさめ、2022年の10月にはマーキュリー賞までをも受賞したシムズだが、契約面・経済面においては苦難が続いている。今回の新作『NO THANK YOU』は――随分と機嫌の悪いアルバムタイトルから推測される通り――まさにそのような不満と怒りが全面的に表出した作品なのだ。
けれども、あなたは再生ボタンを押した瞬間奇妙な感覚に陥るだろう。前作の1曲目「Introvert」で見せたオーケストラを駆使しての大仰な威風は影を潜め、「Angel」では心地よいラブソングのようなサウンドが漂う。無造作に撮られたアルバムジャケットも含めて、そのラフなニュアンスが権威や地位といったものを遠ざけるような姿勢を浮き彫りにしている。実際、穏やかなビートに乗るリリックはかなり踏み込んだ記述になっている。”I can see how an artist can get tainted/Frustrated/They dont care if your mental is on the brink of something dark as long as your cutting somebodys payslip/And sending their kids to private school in a spaceship/Yeah, I refuse to be on a slave ship”と、レコード会社に対し「アーティストが汚染されている、苛立たしい」「お前らの給料を下げろ」と明確に主張するシムズ。原盤を所有する会社員たちを奴隷の主人に見立てたリリックは、今のシムズが抱いている心境をそのままに綴ったものに違いない。
以降も、シムズの鋭いラップは止まらない。ジュラシック5のベースラインをサンプリングした「Gorilla」では”We got, the just dos for the work we put in over a decade in this bitch you know””Higher, going higher”と自らを高揚させたのちに、「No Merci」では”I was down and out had my bank account untamed/Trusting of the people billing every call made/Everybody here getting money off my name/Irony is Im the only one not getting paid”と嘆く。皮肉にも自分だけが金銭を得ていないことを直接的に訴えるのだ。
「奇妙さ」の背後に宿るパンク性
同時に、これらの曲が戦闘的なムードによってコーディネートされているわけではない点にも注目すべきだろう。むしろ重要な効果を発しているのは、ゴスペルやソウルの要素である。本作はほとんどの曲において奇妙な展開を見せるが、中でも「No Merci」や「X」の構造は特段興味深い。跳ねたビートやプリミティブなリズムで幕を開けるそれらの曲は、次第にソウルミュージックの荘厳さが顔を出し、気がつくと私たちはエレガントなシムズ・ワールドに飲みこまれてしまう。
その魔法が最も際立っているのが、すでに多くの評者が今作のハイライトとしてセレクトする「Broken」。7分半にも及ぶこの曲は、聖歌隊の声がループされる中で多彩な音色が絡み合い、聴く者をシルキーな感触で包み込む。スポークンワード風のラップで伝えられるパーソナルなストーリーは”Feel youre broken and you dont exist””It shouldnt be a norm to live your life as a tragedy”という嘆き――「自分が壊れているように感じる、自分が存在しないように感じる」「人生を悲劇として生きることは当たり前のことではない」――であり、人種差別がシムズを苦しめていることをほのめかす。「21歳、ほとんど資金を持たずにロンドンに降り立った...27歳、21歳に戻ろうとする...だって何も変わらない、支払うべきものはたくさんある」。
つまり、本作はシムズの内省と怒りをまじえた正直な告白をそのままのサウンドでぶつけることを避け、幾分にも蛇行しながらエレガンスを振りまく。自身の主張を決して”激しさ”や”粗さ”といったサウンド指向としてのパンク性に還元するのではなく、あくまでスタンスとしてのパンクを貫くのだ。だからこそ、シムズの音楽性は直接的でも扇動的でもなく、ただただ孤高である。たとえばそのラップスタイルをとっても、USの最近のラッパーと比較すると(訛りはあるが)聴き取りやすく、崩したラップでありながらも数年前にマンブルを経由した上でのUSスタイルの崩しとは決定的に異なる。当然、K-POPを中心としたきびきびとしたラップスタイルとも一線を画す。シムズのラップは、シムズでしかない。どんなビートを起点にしようとも、最終的には必ずソウルやゴスペルの要素を絡めつつイギリス伝統の品性を表現する手法においても、現行のラッパーの追随を許さない。『NO THANK YOU』には、その見事な奇妙さを背後から支える、真のパンク性が宿っている。
気の早いメディアは、プレビューにシムズの名を加えぬまま記事をアップする。シムズは歌う。
”My life is a blessing/But it comes with the stresses/And I cant take it all/Just dont let me down/When Im in the fire”
「私の人生は祝福されている/しかしそれはストレスが伴う/すべてを受け入れることはできない/私を失望させないで/私が火の中にいるとき」
リトル・シムズ
『NO THANK YOU』
配信リンク:http://littlesimz.ffm.to/nothankyou
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