ホイットニー・ヒューストンという伝説の歌姫を称える伝記映画が誕生
Rolling Stone Japan / 2022年12月24日 16時0分
「その歌声で世界を魅了した歌姫の半生を描いた伝記映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』は、まさにヒューストンに捧げられた熱烈なラブレターだ」と、米ローリングスストーン誌の映画評論家デビッド・フィアーは語る。
※本記事は、ネタバレの要素が含まれております。
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』を観る人は、なにもホイットニー・ヒューストンの熱狂的なファンである必要はない——天高く舞い上がる人間の奇跡の歌声を愛しているのであれば、それで十分だ。ヒューストンと聞いてある人は、音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィスにスカウトされてアリスタ・レコードと契約を結んだ直後の1983年の『The Merv Griffin Show』のパフォーマンス(ミュージカル映画『オズの魔法使い』の「Home」を熱唱)を思い浮かべるかもしれない。MTVでの大ブレイクのきっかけとなり、後に音楽チャートを席巻した名曲「How Will I Know」のMVを思い浮かべる人もいるだろう。筋金入りのファンは、1994年のアメリカン・ミュージック・アワードにおける「I Loves You Porgy」、「And I Am Telling You」、「I Have Nothing」の珠玉のブルースソング・メドレーをあげるかもしれない。1991年のスーパーボウルでの伝説的な国家独唱も忘れてはいけない……。
本作は、ヒューストンのキャリアに燦然と輝くこうしたハイライトを”可能な限り”忠実に再現している。仮に、実際の映像と黄金時代のヒューストン役を演じた女優ナオミ・アッキーの演技がぴったり重ならない部分があったとしても、本作がニュージャージー州の教会で歌っていた少女がスターダムを駆け上がる姿を描いたヒューマンドラマであることに変わりはない。ホイットニー・ヒューストン財団公認の本作のメガホンを取ったのは、『プレイヤー/死の祈り』(1997)で映画監督デビューを果たしたケイシー・レモンズ。ヒューストンの生涯と2012年の不慮の事故による死を振り返る本作は、この伝説の歌姫を忘却の彼方へ押しやる代わりに、彼女に熱い賛辞を贈っている。製作陣は、オーディエンスが時にはヒューストンのレガシーを傷つけたスキャンダルについて知っていることも承知だ(ヒューストンに関する従来のドキュメンタリーは、これらに焦点を置くものが多い)。その上で、ヒューストンの素晴らしい功績に惜しみない拍手を贈っているのだ。
本作は、「Greatest Love Of All」の歌い手が48年の生涯において経験した苦悩に焦点を置いているわけではない。家庭環境やポップスとブルースのクロスオーバー、ブラック・ミュージックとして認められなかったこと、ソウル・トレイン・アワードでのブーイング、名声と終わりのないツアー活動に伴うプレッシャー、親友ロビン・クロフォード(ナフェッサ・ウィリアムズ)をめぐるゴシップ、マネージャーでもある父親(クラーク・ピータース)との軋轢、元夫ボビー・ブラウン(アシュトン・サンダース)をめぐるゴシップや憶測など、ヒューストンの人生は決して平坦なものではなかった。それでも本作は、ヒューストンの私生活にあまり関心を示さない。
その代わり本作は、ヒューストンの歌手としての才能に光を当てることに徹底してこだわる。その才能があったからこそ、ニューヨーク・シティの小さなナイトクラブで若いヒューストンの歌声を聴いたアリスタ・レコードの社長で音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィス(スタンリー・トゥッチ)は、即座に彼女と契約を結んだのだ。有名なゴスペル歌手として活動していたヒューストンの母親シシー(タマラ・チュニー)が自らのキャリアを犠牲にしてまで娘にスポットライトを当てさせたのも、その才能のおかげだった(ナイトクラブでデイヴィスの姿を認めるや否や、咳をして声が出ないフリをするのも、『The Merv Griffin Show』のオーケストラの指揮を乗っ取るのも劇中ではシシーということになっている)。その才能があったからこそ、ヒューストンは次から次へと音楽界の記録を塗り替えていったのだ。
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』にてクライヴ・デイヴィスを演じたスタンリー・トゥッチ(写真左)とホイットニー・ヒューストンを演じたナオミ・アッキー(写真右)。EMILY ARAGONES/SONY PICTURES
ナオミ・アッキーの演技も、(たとえ彼女が伝説的な名曲の数々を歌っていない時でさえ)ヒューストンの唯一無二の才能を余すことなく表現するのに一役買っている。イギリス・ロンドン出身の女優であるアッキーの使命は、野心的なアーティスト、荒削りなデモ音源から未来のヒット曲を聴き分けることができる黄金の耳の持ち主、R&Bにポップスを取り入れた独創的なコラボレーター、美しいトリルと甘い歌声にのせて80年代のポップミュージックに数えきれないほどのR&B要素を持ち込んだアーティストとしてのホイットニー・ヒューストンを活写することなのだ。もちろん、アッキーが華やかなジュエリーをまとったゴージャスな受賞式スタイルから、カジュアルシックの決定版ともいうべきホイットニーのスタイルを見事に再現していることも称賛に値する(ヒューストンがスーパーボウルで真っ白なジャージに身を包んでいたことには、ちゃんと理由がある)。だがそれ以上にアッキーは、伝説的な歌姫という役柄を堂々と演じた。ヒューストンに宛てられた史上最高のラブレターというひとつのゴールの裏で、ありとあらゆる人が自分の思い通りに作品を動かそうと画策していたことが垣間見られるものの、アッキーは自身のパフォーマンスに集中して、この映画にふさわしいヒューストン役を演じ切ってくれた。まさに殿堂入りレベルの演技だ。
本作が可能な限りマイナスな要素を退けてポジティブな要素だけに焦点を置こうとする一方で、私たちはアッキーを通じてヒューストンのエゴや怒り、愛情への渇望、受容、情緒不安定な振る舞いの片鱗、さらにはアルコールや薬物依存といった闇——それもキャリアの終盤ではなく、キャリア全体を通して——を目の当たりにすることができる。たしかにヒューストンは天使の歌声を持っていたが、それでも彼女は人間なのだ、というのが本作の控えめなメッセージである。そうかと思いきや、時には目を逸らしたくなるようなヒューストンの側面をアッキーに演じさせることで見事な効果を発揮している。
伝記映画には、ひとりのアーティストの波乱万丈の生涯を2時間そこそこの作品にまとめ上げなければいけない、という難しさが常につきまとう。この点において、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)の脚本の共同執筆者のアンソニー・マクカーテンは、ヒューストンとクロフォードの恋愛関係を背景に押しやったり、存在しなかったかのように描写したりはしない。ヒューストンがデイヴィスに「I Wanna Dance With Somebody」について「一緒に踊りたい相手がいるのに、それができないこと」を歌った曲だと言ったことからも、ふたりが愛し合っていたことは疑いようもない。クロフォードもヒューストンのメッセージを受け取るが、「クリエイティブ・アシスタント」として働くうちに「ノー」や「気をつけて」、「君は変わってしまった」、「君は変わらないといけない」と口を出す大勢の関係者のひとりに格下げされ、やがて表舞台から姿を消す。
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』にてホイットニー・ヒューストンを演じたナオミ・アッキー。
ホイットニーを称える祝祭は、ナフェッサ扮するクロフォードやピータース扮する権威主義的で偽善的な父親、チュニー扮する厳しくも娘の身を案じる母親、サンダース扮する移り気なブラウン(「酒のせい……それも大量の酒のせいなんだ!」と浮気の言い訳をするシーンは秀逸)、トゥッチ扮する優しいデイヴィスといった名優たちに支えられている。喜びの瞬間からアイロニーに満ちた楽曲の再現、さらにはさまざまな伏線に至るまで、本作には伝記映画のお約束の要素が満載だが、これもひとつの醍醐味と言えるだろう。オーディエンスの中には、ヒューストンをもう少し美化した映画があってもいいのでは、と思う人もいるかもしれないが、ヒューストンには彼女自身のストーリーにもとづいた映画がふさわしい。数多の栄光の瞬間から若干のどん底に至るまで、本作はいささか駆け足で展開を進めようとしている印象を与えるが、それでもヒューストンの功績を見事に描き出している。クライマックスを飾るのは、1994年のアメリカン・ミュージック・アワード。史上最高と謳われたこのパフォーマンスが徹底して再現されているのだ。ヒューストンの功績に焦点を置いた本作は、私たちが何を失ったかではなく、彼女の歌声を聴いて私たちが何を得たかを教えてくれる。
From Rolling Stone US.
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
12月23日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国の映画館にて公開中
原題:WHITNEY HOUSTON: I WANNA DANCE WITH SOMEBODY
監督:ケイシー・レモンズ
脚本:アンソニー・マクカーテン
出演:ナオミ・アッキー、スタンリー・トゥッチ、アシュトン・サンダース
上映時間:2時間24分
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