Tani Yuuki、Ado、BE:FIRST…Spotifyランキングで振り返る2022年の音楽トレンド
Rolling Stone Japan / 2022年12月27日 18時0分
Spotifyが世界4億5,600万人以上のユーザーによるリスニングデータをもとに、2022年を振り返る各種年間ランキングを発表した。この示唆に富んだチャートを掘り下げるべく、音楽ジャーナリスト・柴那典と、Spotify Japanの音楽部門で企画推進を統括する芦澤紀子の対談を実施。今年を象徴するアーティストやトレンドについて大いに語り合ってもらった。(※文中のアーティストは敬称略)
左から芦澤紀子、柴那典(Photo by Mitsuru Nishimura)
国内で最も聴かれた楽曲「W / X / Y」の背景
ーまずは、今年のSpotifyランキングをご覧になっていかがでしたか?
柴:いろんなランキングがあるなかで、〈国内で最も再生された楽曲〉のインパクトが一番大きかったですね。一言でいうと「世代交代」の年だったなと。Saucy Dog、マカロニえんぴつというTOP5の顔ぶれもそうだし、1位がTani Yuuki「W / X / Y」というのは少し意外でもありました。まだ世間的にはそこまで知られていないストリーミング発のシンガーソングライターが、多くの国民的スターを退けて1位となった。この結果に、Spotifyの特性も顕著に表れているように思います。
ー「W / X / Y」がこれだけ多く再生されたのは、どういう背景があるのでしょう?
柴:2020年代の音楽シーンにおける大きな変化といえば、TikTokをきっかけとしたヒットが生まれるようになったこと。とりわけ瑛人「香水」、優里「ドライフラワー」を筆頭に、弾き語りの男性シンガーソングライターがどんどん世に出てくるようになった。そのなかでTani Yuukiも2020年のデビュー曲「Myra」で一躍ブレイクを果たすと、昨年5月にリリースした「W / X / Y」が再びTikTokでバズり、「Myra」を超えるヒットになっていきました。
芦澤:コロナ禍によりライブが自粛され、エンターテインメントにアクセスできる機会が減少してしまった。そんななか、動画投稿サイトのユーザーが自身で「歌ってみた」「踊ってみた」といったタグを付けて動画を投稿したり、もしくはコロナの閉塞した気持ちに共感を誘うような弾き語りの曲がネット上で支持を得るという傾向が強まっていきました。それが「香水」や「ドライフラワー」のヒットに繋がったと思うのですが、この状況が長期化するにつれて弾き語りとはまた少し違うトレンドが生まれてきた。そこから「W / X / Y」のような横ノリの曲がTikTokで支持され、インフルエンサーも動画を投稿し、それが拡散されるといった流れのなかで徐々に楽曲が広まり、Spotifyのバイラルチャートを駆け上がっていったことが現在の人気に繋がったと思います。「W / X / Y」はリリース当初から大きく目立っていたわけではなく、昨年末くらいから半年以上かけてじわじわと人気が出てきたので、かなりのロングテールと言えますね。
Photo by Mitsuru Nishimura
Photo by Mitsuru Nishimura
柴:以前、Tani Yuukiにインタビューしたときに印象的だったのが、「Myra」がTikTokでヒットしたことで「一発屋」と言われたり、彼自身にとってすごくプレッシャーになったと。そこから「Myra」に寄せた曲を作るべきかと悩んだりしたけど、「W / X / Y」では自分が本当に書きたい曲を作ることができて、それが結果的に「Myra」を超える人気を得たことで、ようやくアーティストとしての手応えを掴むことができたと話していたんです。
芦澤:動画投稿サイトでのバズだけだと一過性で消費されていく感じがありますが、バズをきっかけにSpotifyのようなストリーミングでフル楽曲が聴かれるようになり、ここからソーシャルなどでシェアされるようになると、今度はバイラルチャートを上昇して広い音楽ファンに注目されるようになる。
柴:TikTokはヒットを生む装置として強力ではあるけど、1曲だけのバズは継続的な人気や支持にはなかなか結び付きづらい。そのことが近年、ネガティブなポイントとして露出してきているわけですけど、その傾向のなかで、Tani Yuukiは2曲目で大きな波を作れたという点ではブレイクポイントだった。ただ世間的には、これからのアーティストという位置付けですよね。ワンマンのキャパもSpotify O-EAST規模ですし。
Tani Yuuki「W / X / Y」は〈国内で最も再生された楽曲〉1位のほか、〈国内で最もいいねや保存された曲〉1位、〈国内で最もゲーム機で再生された楽曲〉4位にランクイン。
ー個人的には「W / X / Y」を聴いて、海外のバイラルヒットみたいなサウンドだと思ったりもしました。ベッドルームポップっぽいというか。
柴:たしかに。Powfuがビーバドゥービーをフィーチャーした「death bed (coffee for your head)」の打ち込みも入ったポップな感じとか、少し近い感じがしますよね。もしくは、ナイジェリアのシーケイ(CKay)がバイラルヒットさせた「love nwantiti (ah ah ah)」や、彼とピンクパンサレスが『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のサントラでコラボした「Anya Mmiri」の、ちょっとベッドルーム的でエモい感じ。Tani Yuuki自身はJ-POPの人ですけど、TikTok発のベッドルームポップと位置付けると、この3組で括れるのかもしれない。
Saucy Dog、マカロニえんぴつと新たなバンドシーン
ー先ほど名前が挙がった、Saucy Dogやマカロニえんぴつについても伺いたいです。
柴:今年の初め、芦澤さんと「Love music」(フジテレビ系列の音楽番組)に出演したとき、ロックシーンの新しい流れが2022年に始まっているという話をしたんです。
芦澤:コロナ禍でなかなかライブが盛り上げづらく、ロックシーンにとっては難しい時期であったと思うのですが、グッドメロディを奏でる新世代バンドがシーンを賑わせ始めていて。あの頃はちょうど、マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」がロングヒットになっていた時期で。Saucy Dogもまだ「シンデレラボーイ」が大きく伸びる前でしたが、ヒットの予感は漂っていました。トレンドの芽が出始めたような。
柴:2組とも男性ボーカルが歌う女性目線の歌詞がフックになっている印象があります。そういう視点を持つバンドがブレイクしてきているのも2022年の傾向かなと。もちろんback numberやクリープハイプとか、上の世代にもいたわけですけど。
Saucy Dogは「シンデレラボーイ」が〈国内で最も再生された楽曲〉2位のほか、〈国内で最も再生されたアーティスト〉で10位にランクイン。
マカロニえんぴつは「なんでもないよ、」が〈国内で最も再生された楽曲〉4位、〈国内で最もいいねや保存された曲〉5位のほか、『ハッピーエンドへの期待は』が〈国内で最も再生されたアルバム〉で10位にランクイン。
芦澤:Saucy Dogのブレイク以降、その潮流からヤングスキニー、ねぐせ。といった新しいバンドが続々と出てきています。彼らも女性目線の歌詞の楽曲が多く、コロナ以降に結成してライブはあまりやらないまま、TikTokを通じて若いリスナーの共感を集め、ストリーミングでリスナーを増やしていくという。そういうバンドのワンマンに行くと、初めてライブに来たという若いオーディエンスがたくさんいて、特に女性が多い印象。これもコロナ禍以降の新しいトレンドだと思います。
柴:ヤングスキニーがまさにそうなんですけど、他にもMr.ふぉるてとかマルシィとか、今の若手のギターロックバンドってよくライブの縦動画をTikTokにあげて明朝体のフォントで歌詞を重ねてるんですよ。個人的には「縦書き明朝系」って勝手に呼んでます。それともう一つ、驚いたのは〈国内で最も再生された楽曲〉の上位5曲が全部ラブソングなんですよね。優里の「ドライフラワー」「ベテルギウス 」は昨年リリースですが、ここまでJ-POPのヒットチャートがラブソング一辺倒になったのはムードが変わった感じがするというか。近年は見られなかった傾向で、「着うた」全盛期くらいまで遡ると思います。
@yangskinny_official
ーその要因として、どういったことが考えられますか。
柴:2010年代後半にSpotifyが日本で普及しだした頃は、ストリーミングで聴くことがある種のオルタナティブというイメージがありましたよね。そんなふうにアーリーアダプターが使うサービスだったのが、特に10代〜20代のマジョリティが使うサービスというふうにリスナー層が広がったことによって、より多くの人々から共感されるものがランクインするようになったのかなと。
芦澤:その話でいうとSpotifyでは、〈一番再生されたプレイリスト〉でも1位になった「令和ポップス」、ラブソングを集めた「恋するプレイリスト」というZ世代向けのプレイリストを今年ローンチしましたが、若い層から多くの支持を集めています。
柴:やっぱりラブソング人気はあるんですね!
芦澤:もともと、日本はチャート人気の高い国ですよね。Spotifyでも日本では毎日更新されるTOP50チャートのプレイリストへのアクセス数が多く、そこで今のトレンドをキャッチアップしている方がどの年齢層にも相当数いますし、「Tokyo Super Hits!」「Hot Hits Japan」といったプレイリストが、ローンチ当初から人気を集めています。ただ今年はそういったチャート系プレイリストに比肩するほど「令和ポップス」「恋するプレイリスト」が人気を集めていて、これは新しい傾向かと思います。
Adoの快進撃、音楽とアニメの結びつき
ーSpotifyランキング全体で、Adoの存在感も際立ってますよね。今年は映画『ONE PIECE FILM RED』への起用、米ゲフィン・レコードとのパートナーシップ締結も話題となりました。彼女の活躍についてはいかがでしょうか?
柴:1stアルバム『狂言』が今年初頭のリリースでしたよね。「うっせぇわ」から始まった一連の現象、つまり様々なボカロPの作った曲を歌うシンガーとして広く認知され、さいたまスーパーアリーナでワンマンを開催したというストーリーだけでお釣りが来るほどの大ブレイクなのに、『ONE PIECE FILM RED』でさらにブーストがかかった。本人のキャラクターや歌唱力が抜きん出ているのは大前提としても、予想以上というのが正直なところです。
Adoは〈国内で最も再生されたアーティスト〉4位、〈国内で最も再生されたアルバム〉2位と5位
芦澤:「Liner Voice+」というアーティストが自身のアルバム制作への思いや裏話を語るSpotifyの人気シリーズ企画があって、基本的にはご自身で楽曲制作をされているアーティストに依頼させていただいているのですが、Adoは制作者というより表現者というポジションのアーティストであるにもかかわらず、表現に対してのこだわりや本人の考えが興味深かったこともあり、『狂言』のタイミングで例外的に参加をお願いしました。当初から「歌い手とボカロP」という枠を超えた表現者としての才能を感じていて。それが『ONE PIECE FILM RED』と合わさったことで、さらに別の方向へと化学反応を起こし、世界的な活躍を見せてくれました。
Adoは「新時代」が〈国内で最も再生された楽曲〉8位、〈国内で最もリピートされた楽曲〉5位、〈ゲーム機で最も再生された楽曲〉1位、「私は最強」が〈国内で最もいいねや保存された曲〉9位にランクイン。
柴:音楽とアニメの結びつきは、2022年を象徴するキーワードの一つだと思っていて。SpotifyランキングでもAdo「新時代」を筆頭に、Aimer「残響散歌」(『鬼滅の刃 遊郭編』)、King Gnu「一途」「逆夢」(『呪術廻戦 0』)、Official髭男dism「ミックスナッツ」と星野源「喜劇」(『SPY×FAMILY』)の躍進が目立ちますし、米津玄師「KICK BACK」(『チェンソーマン』)は国内アーティストとして初めてSpotifyグローバルランキングでトップ50入り。もともとアニメ作品とのタイアップは、国内アーティストの海外進出という点でも大きな意味を持っていたわけですが、今年はさらにメインカルチャーとしての座を掴んだような感じがします。
芦澤:これまでもアニメタイアップに特化して楽曲を送り出してきたアーティストは一定数いましたが、今年ヒットしたアニメ主題歌については、もともとアニメ以外の文脈で評価されてきたトップアーティストが、作品に対して愛情やリスペクトを持ったうえで曲を書き下ろすという、より進んだ関係でのコラボレーションが多かったように思います。マリアージュ的と言いますか、成熟度が上がってきている感じがしますね。
柴:以前、Vaundyにインタビューしたとき、彼にとってアニメソングは音楽的ルーツの一部であり、『王様ランキング』の主題歌「裸の勇者」は念願が叶ったタイアップだったと話していました。つまり、アーティスト側が恋い焦がれる対象として、アニメとのタイアップが位置付けられるようになった。
最新アニメシーンの話題曲をまとめたプレイリスト「Anime Now」
ーSpotifyも「音楽とアニメの結びつき」を重要視していて、いろんな施策を行ってきたそうですね。
芦澤:2018年から『進撃の巨人』『東京喰種トーキョーグール』『攻殻機動隊』『ジョジョの奇妙な冒険』といった人気アニメシリーズの公式プレイリスト制作を開始したところ世界中で聴かれるようになり、Spotifyの〈海外で最も再生された国内アーティストの楽曲〉トップ10のうち8〜9割をアニメ関連の楽曲が占めるという現象が起きています。
さらに、より深いレベルでコンテンツとパートナーシップを組むために、アニメの世界観に没入できる体験ーー例えば『竜とそばかすの姫』ではオーディオコメンタリーで音楽面の制作過程を解説していただいたり、「Canvas」(Spotifyモバイルアプリで楽曲を全画面再生する際に、背景でループ再生されるショートムービー)という視覚的要素を楽曲に実装するなど、Spotifyならではのコンテンツ制作に取り組んできました。最近では『すずめの戸締まり』で、『聴く小説・すずめの戸締まり』と題して、すずめ役の原菜乃華さんに原作のノベライズ小説を朗読していただくコンテンツも制作しました。
柴:『すずめの戸締まり』も2022年を代表する作品だと思いますし、アニメの制作側とアーティストがリスペクトし合って相乗効果を生むというのは、2016年の『君の名は。』が一つのターニングポイントになったと思います。新海誠という作家とRADWIMPSというバンドが作品の主題を深く共有することで、日本のポップカルチャーを代表するような現象になった。あの作品から変わってきた感じはありますね。
藤井 風「死ぬのがいいわ」のバズがもたらすもの
ー芦澤さんのお話にもあったように、例年はアニメ関連曲が席巻してきた〈海外で最も再生された国内アーティストの楽曲〉ですが、今年は藤井 風「死ぬのがいいわ」が1位となりました。
芦澤:これもまた今年を代表する現象の一つだと思います。もともとは7月頃から、タイのTikTokで「死ぬのがいいわ」を使った動画が広まり始め、タイのバイラルチャートで突如1位を記録したんです。そこからインドネシア、フィリピンといった東南アジア圏へと波及し、瞬く間に世界中へと広まっていきました。もともと2年前にリリースされた1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』の収録曲で、シングル曲でもなければアニメ主題歌でもなく、日本語で歌われている曲が世界中でバズを起こしたというのは前代未聞ですし、非常に驚きました。
柴:TikTokでの使われ方を見てみると、最初は日本のポップカルチャーに親しみのあるタイ在住のユーザーが、アニメや実写のキャラクターの「推し活」動画として投稿していたんですよね。しかも、歌詞の意味をきちんと理解したうえで使っている。サウンドやメロディの面白さだけでなく、歌詞がバイラルの発火点になるというのは、日本語の曲では本当になかったことですよね。
芦澤:「死ぬのがいいわ」の投稿動画のなかにはアニメーションを使ったものも多く、最初は日本のポップカルチャー好きのコミュニティで広がったと思うのですが、楽曲の持つ力、アーティストのポテンシャル、才能の素晴らしさによって、その枠を軽々と超えていった。
藤井 風「死ぬのがいいわ」はSpotifyのバイラルチャートの対象74地域すべてでランクインを果たし、23の国と地域で1位を獲得。そのほか、「きらり」が〈国内で最も再生された楽曲〉9位、『LOVE ALL SERVE ALL』が〈国内で最も再生されたアルバム〉で6位にランクイン。
柴:芦澤さんのおっしゃる通りで、バイラルについて言うと、最初に話題のスパイクが起こってからどう燃え広がらせるかという点において、曲の良さとアーティストの実力みたいなものが現象を左右すると思っていて。まさに藤井 風は、誰もが認めるセンスと実力、ミュージシャンシップの持ち主であったため、今回の現象が作用したのかなと。日本の20代のなかでも抜きん出たアーティスト性を持つ人物が、偶然とはいえこういった形で世界に発見されたことによって、これまでとは異なる方法でJ-POPとグローバルポップの架け橋になっている感じがします。
芦澤:昭和っぽいメロディの楽曲なのに、ビート自体は現行のトラップ風。Yaffleのプロデュース力も大きいと思いますが、時空を超えた感じがあるというか。新鮮にもノスタルジックにも感じられる。通常はバズってバイラルした場合、比較的短期間のうちに次の曲へと波が移り変わっていくのですが、「死ぬのがいいわ」は7月に起きたバズが落ちるどころか右肩上がりになっていて、ついには国内アーティストとして初めて月間リスナー数1000万人に到達。まだまだ伸びそうな勢いです。
Spotifyアプリより(写真は2022年12月23日時点)
柴:藤井 風の場合は、バズが起こっても一発屋になるとは誰も思っていませんよね。これからも素晴らしい曲を作り続けるとみんな確信している。実際、10月には「grace」という曲をリリースしていて。ミュージックビデオはインド撮影で、YouTubeを見るとインドの方々が「自分たちの文化をこんなに美しく表現してくれて感謝します」とコメントしている。他の曲でも、そこに込められた意味や、彼のスピリチュアルな側面も含めたメッセージ性が、日本語で歌っているのに国境を超えて伝わっている。
芦澤:ボーダーを超えるということを戦略的に取り組むのではなく、自然体のまま体現しているアーティストだと思います。だからこそ、今回のようなきっかけがあったときに真価が発揮された。どこまで行くのか本当に楽しみです。
ボーイズグループの躍進、異なる文化圏の音楽を聴く意味
ー〈国内で最もシェアされた楽曲〉ではBE:FIRST、JO1、INIというボーイズグループ3組が上位10曲を独占しています。
芦澤:2022年のキーワードとして「ファンダム」も挙げられると思います。様々なオーディション番組から新たなグループが輩出され、それぞれが幅広い世代に応援されるアーティストとなった。応援といえば、以前はライブや握手会などフィジカルの交流がメインでしたが、コロナ禍以降はYouTubeも含めたストリーミングへとフィールドが移行していったわけですよね。これはK-POP以降の考え方だと思いますが、例えば再生回数を伸ばしたりチャートの順位を押し上げたりするために、ファンが同じ曲を繰り返し聴いたりシェアしたり、能動的に楽曲を聴くということが顕著に起きた年であり、その動きを代表するのがBE:FIRST、JO1、INIだったのかなと。
柴:ボーイズグループのカルチャー自体が変化したと思います。世代というよりは、構造が変わった一年だったという感じがしますね。BE:FIRSTについて言えば、「ボーイズグループとそのファンダム」という閉鎖的になりがちなカルチャーが、楽曲の力やフェスの出演などによって、ソーシャルで応援する「推しとファンの関係」だけではないところにも開かれてきている気がします。
芦澤:そうですね。人為的ではなく、純粋に応援している結果が今回のランキングにも表れていると思います。
ー先ほども話に出た「Liner Voice+」で、SKY-HIがインタビュアーを務めて、BE:FIRSTのメンバーがアルバム『BE:1』を全曲解説していたのも興味深かったです。ちなみに「Liner Voice+」は、〈国内で最も人気のMusic + Talkコンテンツ〉のランキング1位でした。
芦澤:近年、単曲配信を積み重ねた結果がアルバムとしてリリースされるケースも多く、フィジカルの時代と比べてアルバムのコンセプトが伝わりづらくなっている印象があって。もちろん作品に込めた思いはあるはずですから、アーティスト自身の言葉で伝えるコンテンツをめざして立ち上げた企画です。今年でいうと宇多田ヒカルは、ご本人の言葉で作品を語る機会がレアなこともあって今回ご依頼させていただいたのですが、日本語と英語の両バージョン制作を前提に承諾をいただきました。どちらも多くの方々に聴いていただいています。ご自身の発言のバリューがすごくあるなと感じました。
ー柴さんはEve『廻人』の回でインタビュアーを務めていましたが、「Liner Voice+」にはどんな印象を抱いていますか?
柴:僕はSpotifyのことを、非常にメディア的なプラットフォームだと思っています。つまり、プレイリストやレコメンドなどを通じて同じようなシーンやテイストを発見できる横軸の側面と、それこそ「Liner Voice+」のような、アーティストや楽曲について深く知ることのできる縦軸の側面がある。例えば『すずめの戸締まり』のプレイリストでは、音楽を通じて映画というコンテンツを深く知ることができる。もちろん音楽と音声が一つの軸にはあるんですけど、そこから色々なカルチャーの繋がりを知り、歴史やバックグラウンドの深堀りが楽しめるサービスだと思っています。
芦澤:深掘りといえば、Spotifyのエディター陣が注目の新曲をまとめたニューリリース系プレイリスト「New Music Wednesday」と連動する形で、楽曲の情報やコンテクスト、アーティストが込めた思いをMusic+Talkのボイスコンテンツとして毎週提供しているのですが、こちらも支持を集めてきています。
ー「New Music Wednesday」では海外の注目ナンバーも紹介されていますが、今年のSpotifyグローバルランキングについてはいかがでしょうか?
柴:〈世界で最も再生されたアーティスト〉3年連続1位のバッド・バニーがやはり際立っていますよね。彼のアルバム『Un Verano Sin Ti』は今年を代表する1枚だと思います。それから、ハリー・スタイルズも今年を象徴する人ですよね。
芦澤:「As It Was」は4月のリリース当初から日本も含めて、長期にわたり圧倒的に再生されてきたので1位というのも納得ですよね。かたやバッド・バニーが上位にくるのは、日本にいると身近に感じにくいところかもしれませんが、ストリーミングは言語やカルチャーを超えていくものである、ということが如実に伝わる結果だと思います。日本では洋楽といえば英語の楽曲、アメリカやイギリスがメインのように思われがちですが、ラテン圏の楽曲がこれだけ世界で聴かれていることを改めて実感させられます。
バッド・バニーは〈世界で最も再生されたアルバム〉1位、〈世界で最も再生された楽曲〉4位と5位
ハリー・スタイルズは「As It Was」が〈世界で最も再生された楽曲〉1位、『Harrys House』が〈世界で最も再生されたアルバム〉2位
柴:そういう意味では、日本のメディアの方が閉鎖的とも言えそうですよね。数年前からのシティポップブームや「死ぬのがいいわ」が国境を超えて広がる現象は取り沙汰される一方で、あまり馴染みのない言語のヒット曲に対してはまだまだ閉じている。あとはバッド・バニーのようにアニメへのリスペクトを公言するアーティストがラテンも含めて世界中にいるのに、日本側がラブコールに気づいていない。そういうのは非常にもったいないですよね。
メディアと音楽業界に対して特に思うのが、日本のカルチャーをどうやって海外に届けるのか、海外からどんなふうに見られているのかはすごく気にしているのに、海外のポップカルチャーの現状についてはあまり情報が行き渡っていない。この偏りについても問題提起しておきたいですね。
芦澤:その話でいうと、個人的には「世界デビュー」という言葉に違和感があるんですよね。昔は海外のレコード会社と契約しない限り、楽曲をグローバルに届けるのは難しかったと思います。でも、今はストリーミングサービスで楽曲を配信している時点で「世界デビュー」しているはずなんですよ。そもそも何をもって「世界デビュー」とするのかが曖昧になってきているなかで、メディアや業界が用いる言葉の定義にもズレが生じてきているように感じます。
柴:2020年、2021年はコロナ禍の影響もあり、カルチャーが内向きになるのは仕方がなかったと思うんです。でも今年は、海外アーティストの来日公演が復活した年でもありました。そんなタイミングだからこそ、日本から外へ行くことばかりではなくて、異なる文化圏、言語圏の音楽に貪欲になっていくーーリスナーというよりはメディアが貪欲になる必要があるのではないかと思っています。
Photo by Mitsuru Nishimura
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