柄本佑が語る、こだわりが凝縮された監督作品『ippo』の制作秘話
Rolling Stone Japan / 2023年1月6日 17時0分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。映画、ドラマと多岐にわたり活躍している柄本佑が監督した映画『ippo』が公開される。2017年から2022年の間に撮った『ムーンライト下落合』『約束』『フランスにいる』をまとめた短編集。小学校の卒業文集に将来の夢「映画監督」と書いたという柄本のこだわりが凝縮された一作。その想いを聞いた。
Coffee & Cigarettes 41 | 柄本佑
「タバコを吸い始めたきっかけは、ジャン· リュック=ゴダールの映画『勝手にしやがれ』ですね。主人公役のジャン· ポール=ベルモンドが、映画の中で両切りのタバコを吸っているのですが、唇についたタバコの葉を親指で拭いとる仕草が最高にカッコ良くて」
そう語るのは、映画にドラマに近年ますます活躍の幅を広げる俳優の柄本佑。2021年には『アクターズ·ショート·フィルム』(WOWOW)にも参加し、森山直太朗を主演に迎えた短編『夜明け』を監督。実は、それ以前からすでに何本もの短編を自主製作でメガホンを取ってきた。父・柄本明が所属する事務所「ノックアウト」の社長・小林勝彦の勧めで『帰郷★プレスリー』という36分の短編映画を製作したこともある。そして今回の新作『ippo』を撮るきっかけは『あきた十文字映画祭』。秋田県横手市十文字地区(旧十文字町)で、毎年冬の時期に開催される映画祭だ。
『ippo』は、そんな柄本が 2017年から 2022年の間に撮った3本の短編ムービー『ムーンライト下落合』(2017年)『フランスにいる』(2019年)『約束』(2022年)をまとめた短編集である。しかも3本すべてが、劇団『東京乾電池』に所属し、柄本の旧知の仲であり、ユニット「曖昧なカンパニー」も主宰する劇作家· 演出家の加藤一浩による原作。つまり本作は、加藤と柄本のコラボレーションによって生み出された短編連作集なのである。
冒頭を飾る『ムーンライト下落合』は、東京· 下落合にある長田(加瀬亮)のアパートに友人の三上(宇野祥平)が泊まりにきた肌寒い春の夜の一幕。眠れぬ夜に、お互いの「今」を探り合う会話劇は不思議なテンポ感が印象に残る。助監督は三宅唱、撮影は四宮秀俊、そしてプロデューサーは松井宏。実はこの豪華な座組、柄本が主演を務めた『きみの鳥はうたえる』(2018年)の撮影が延期になったことで実現したという。
「『きみの鳥はうたえる』の撮影が1年延期になったんです。20日ほどスケジュールを空けていたので、その間に自分の映画制作を実現させようと。どうしたらいいか分からないから、自主映画を撮っていた友人の森岡龍にまず脚本を読んでもらうことにしました。そうしたら、『三宅さんと松井さんに相談してみたら?』と言ってくれて。そこからすごい勢いでスタッフを集め、ロケハンで撮影場所を探して。最初に森岡龍に相談していたから、彼にも助監督で入ってもらっているんです。仲間に恵まれたというか、みんなが無類の映画好きという強い絆があったからこそ実現できたと思っています」
『ムーンライト下落合』は、クライマックスで唐突に流れるトリオ· ロス· パンチョス の「RAYITO DELUNA」が強烈な印象を放つ。青白く幻想的な映像とラテンミュージック、そのギャップは柄本ならではのユーモア感覚と遊び心が為せる技だ。
「このシーンの音楽をどうしようか考えていた時、家族で近所のメキシコ料理屋に入ったらバンドがライブをやっていて。彼らが演奏していた曲が、めちゃ
くちゃ良かったので終演後にメンバーをつかまえて話を聞いたんです。そしたら月をテーマにした歌詞だというじゃないですか(笑)。これしかない!と思いましたね」
一方、柄本の盟友である高良健吾と、加藤一浩本人が出演している『フランスにいる』(2019年)は、全編iPhoneで撮影した映画。フランスのとある田舎町で、一人旅をする日本人の男(高良)と、同じく日本人の画家(加藤)が出会う。画家のアトリエで、今まさに男の肖像画を描こうとしている瞬間を描いた作品だ。
「敬愛する映像監督の柳島克己さんが、ご一緒した現場でiPhone を使っていたことがあったんです。通常のカメラは本体やらケーブルやら大掛かりなため、狭い場所での撮影に小回りが効かないことって結構あるのですが、iPhone ならフットワーク軽く動き回れることに気づいて。『フランスにいる』で使用したアトリエはとても狭かったのですが、おかげで臨場感たっぷりに撮影することができました」
弟の柄本時生を主演に迎え、渋川清彦がその兄役を務めた『約束』は、コロナ禍で撮影されたショートムービー。もともと決まっていた場所が使えなくなってしまったため、別のロケ地をなんとか確保し完成させた作品である。
「皆さんとても忙しい人ばかりですが、本当に素晴らしいスタッフ、キャスト、仲間に恵まれた現場だったなあと余韻に浸っているところです」
それにしてもこの短編集『ippo』、いわゆる商業映画とは一線を画す、なかなか一筋縄ではいかない短編集だ。ともすると音声が壊れてしまったのか?と心配になるくらい、とにかく「間」が多い。あまりにも時間が淡々と進んでいくため、「何も起きてないんじゃないか」と思う人も多いのではないか。
「僕からすると実はそこでものすごく大変なことが起きている。その『起きている』ことを映像化したいと思ったんです。何かが起きている時間ではなく、何かが起きるまでの『間』を、どの作品でも描いたつもりです。例えばチェーホフの『桜の園』を舞台でやったことがあるのですが、あれって端的にいうと『お金持ちの人たちがだんだん衰退していくんだけど、お金持ちだった頃の感覚が抜けなくて、ただぼんやりと過ごしていたら家がなくなっちゃった』という話じゃないですか(笑)。『ムーンライト下落合』は、一人の男が仕事や生活を一瞬忘れ、友達が泊まりにきた晩にふと月の美しさに気づく。その劇的な時間
の流れは『桜の園』に通じるものがあると思うんです。舞台だとああやって月を大写しにするみたいな表現はできないじゃないですか。でも映画なら宇野さんの向こう側に、嘘みたいに大きな月が浮かんでいる画面を作ることが出来る。そこに、あの戯曲を映画化する意味を感じたんですよね。この脚本を読んで、まず思い浮かんだのがあのビジュアルだったので」
子供の頃、家族で映画『座頭市』を観たことがきっかけとなり、映画監督になることを夢見ていた柄本。母のマネージャーの勧めで『美しい夏キリシマ』のオーディションに応募し俳優となったが、監督の夢を追い求め専門学校に進学。そしてやっと今、夢だった監督となり、カメラの前に立ってみたことで役者としての意識、向き合い方にも何か影響はあったのだろうか。
「そういえば、今こうやって話していて思い出したんですけど、津川雅彦さんと現場をご一緒した時に、監督が撮影の途中で役者の動きを変えたことがあったんです。そしたら津川さんが、『それだとこっちからのカットが1つ増えちゃうじゃん』みたいなことをおっしゃって。もちろん津川さんは、監督をされたこともあるからそういう視点をお持ちなのかもしれませんが、きっと多かれ少なかれ、どの役者さんもセリフや動きに対して俯瞰的な目をお持ちだと思うんですよね」
役者はただ演技に没頭しているだけでなく、常に周りを見ながら作品の中での立ち位置を探っている。そう柄本が確信したのは、コロナ禍での作品作りの
時だったという。行定勲監督が外出自粛応援のため製作し、有村架純や二階堂ふみ、高良健吾らがボランティア出演した完全リモート撮影によるショートムービー『きょうのできごと a day in the home』『いまだったら言える気がする』は、それぞれの俳優がパソコンの前で演技をするという、極めて異例の作品だった。
「通常の撮影現場って、いろんな人に見られながら演技をしているんですよ。そこには監督やカメラマン、助監督、録音、照明、ものすごい数のスタッフがカメラの後に待機していて、その人たちに見られながら自分は演技をしている。それが自分にとってのモチベーションでもあったことに気づかされたというか。たった一人でパソコンを前に演技をしていると、一体自分は誰に向けて演じているのか分からなくなったんです。コロナ禍というイレギュラーな環境に置かれたことで、気づかされたことはいろいろありましたね」
監督として本格的なデビューを果たした柄本佑。次の目標は、加藤一浩と構想を温めていた長編映画を完成させることだという。
「とにかくやりたいこと尽くしの作品というか。実際に撮影したら3時間くらいになってしまいそうなくらい、アクションありラブストーリーあり、舞台が沖縄に移ったりするような大作なんです。『ippo』が無事に公開されたら、ようやく腰を据えで取り組めるかと思うと今から楽しみですね」
『ippo』
2023年1月7日、渋谷ユーロスペースほかにて公開
柄本佑
映画『美しい夏キリシマ』で主演デビュー。これまでにキネマ旬報ベスト· テン最優秀主演男優賞、毎日映画コンクール最優秀男優主演賞などを受賞。監督作品として第18回あきた十文字映画祭でお披露目した『帰郷★プレスリー』などがある。2023年3月には『シン· 仮面ライダー』が公開予定。
衣装協力:サスクワァッチファブリックス
ロケ地協力:ナイトフライ
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