キタニタツヤが語る、「抗うこと」の美学と「スカー」へ込めた想い
Rolling Stone Japan / 2022年12月30日 17時0分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。数多くの有名アーティストへの楽曲提供や演奏参加など、シンガーソングライターの枠を超越して活躍するキタニタツヤ。TVアニメ『BLEACH千年血戦篇』オープニングテーマ「スカー」も話題を集める彼のこだわりとは?
Coffee & Cigarettes 42 | キタニタツヤ
「タバコを吸っていて良かったと思うのは、やっぱりコミュニケーションが円滑になること。今よりもっと若かった頃、例えば大人数で飲んでいるときとか、席が遠くてなかなか話す機会のないリスペクトしている先輩が、もし喫煙者だったら喫煙スペースについて行けば、二人きりでゆっくり話すチャンスが訪れるんです。一服している10分間だけでもその人を独り占めにできるわけですからね」
シンガーソングライターのキタニタツヤは2011年に音楽活動をスタートさせ、「羊の群れは笑わない」を皮切りにバンド活動を開始。2014年頃からネット上に楽曲を公開し、「こんにちは谷田さん」名義でボカロPとしても名を馳せてきた。2016年からはベーシストとしても活動を始め、2018年にバンド「sajouno hana」を結成。ヨルシカのサポートや、他アーティストへの楽曲提供など幅広く活躍している気鋭のクリエイターだ。多忙を極めるキタニだが、オフの日はこれまで漫画やゲームに明け暮れていたという。
「最近『うなぎ鬼』という漫画にハマっています。表向きは『裏社会モノ』というか、人生につまずき借金に苦しんでいた主人公が裏稼業に染まっていくストーリーなのですが、実は自らの内面と向き合う作品なんです。人の心の機微のようなものを描くのがとても秀逸で、自分の中でかなりヒットしました」
根っからのインドア派と思いきや、友人と夜な夜な飲みに行ったり、居酒屋で見知らぬ人と意気投合
したりすることもある。
「居酒屋とかで若者が一人で飲んでいると、大抵は近くに座っているおじさんやおばさんが話しかけてくれるから(笑)、最近はそれを求めて出かけることも増えましたね。あまり高級なバーとかへ行くと落ち着かなくなるので、焼き鳥屋とかそんなんばっかりですよ」
そう言って苦笑するキタニは最近、バイクの教習所に通い始めたという。「実は今日も教習所帰りなんです。やっと講習が終わって第一段階突破というところ。一人でいるとあまりにも娯楽がないので、ちょっとバイクでも乗って旅でもしようかと。きっかけは、YouTubeなどに上がっているいわゆる『車載動画』。バイカーが自分のヘルメットにGoProをつけて、運転しながら撮影した動画がネット上にたくさんあるんですけど、景色のいい田舎道を延々と走っている動画とか、見てたら何杯でも酒が飲める(笑)。でも、ずっとそんなことばかりしていたら『俺の娯楽ってこれでいいのか……?』と不安になり始めて。だったら自分で実際にバイクを運転して、その素晴らしい景色を体験した方が気持ちいいインプットになるんじゃないかと思ったんですよね」
これまでバイクに全く興味を持たなかったキタニだが、いったん「免許を取ろう」と心に決めると俄然興味が湧いてきた。特に車種にはこだわらず、最新型のハイテクモデルを1台購入予定だ。「バイクは完全に移動のためのツールとして考えていますね。でも、クルマに対してはもっとロマンを求めているところがあって。昔のモデルが好きなんですよ。最近、ベンツが40年くらい前に発表したステーションワゴン型を購入して大事に乗っています。都内ではなかなかクルマに乗る機会がないので、休みの日とか少し遠出してのんびり走らせたいですね。そろそろ東京を引っ越して地方に住みたいくらい」
以前のインタビューでは、「コーヒーを飲んでほっと一息みたいな『なにもない時間』を楽しめるよう
になるのは、10年後くらい、人間性が醸成されてきてから」と語っていたキタニだが、ここ数年で心に何か大きな変化が訪れたのだろうか。
「5年前の自分に聞かせたら、『お前もずいぶんヤキが回ったな?』と怒られそうですよね(笑)。きっとコロナ禍も影響していると思う。考え方が180度変わったというか。それまでは毎晩飲み歩くのが当たり前だったのですが、友人とはたまに会って飲むからこそ、その大切さが身にしみてわかる。それってコロナ禍だけでなく、歳を重ねて気づいたことなのかもしれないですけどね」
そんなキタニが2022年11月にリリースした5曲入りシングル「スカー」。表題曲は、TV アニメ『BLEACH 千年血戦篇』オープニングテーマとして書き下ろされたものだ。「あの作品はやっぱり映像のイメージが強烈で。特に冷たい風景が多い印象だったので、それを音に反映させていきました。最初に話した『うなぎ鬼』にもスラム街のような荒凉とした背景が描かれていて、それを見た時も同じように感銘を受けて『これを音でどうやって表現できるだろう?』と考えた。音の選び方って無限にあるので、とっかかりとして映像から刺激を受けるというか、自分の網膜に刻まれているイメージが音に反映されることは結構多いかもしれないですね」
とにかく、どの曲も凄まじいほどの情報量。ファンク、ロック、ジャズ、さらには民族音楽まで取り込むその音楽性は、いったいどのようにして培われたのだろうか。
「サブスクの影響はやっぱり大きいと思います。それまでは自分が持っているCDだったり、知っているアーティストだったり、調べうる範囲の音楽とその隣にある音楽くらいしかたどり着けなかったけど、サブスクがあれば『こういうのが聴きたい』と思った時にすぐ再生できるじゃないですか。今は本当になんでも聴けるから、まさにインターネットのおかげだなって。サブスクが当たり前にある、僕よりも年下のクリエーターと話していてもそれは強く感じます。彼らにはルーツみたいなものもないんですよ。ジャンルで聴いていなくて、『このアーティストのこの曲と、このアーティストのこの曲が好き』みたいに曲単位で聴いている。ジャンル的には全く脈略がないように見えるけど、ちゃんと本人の中には脈絡がある。それがすごく面白いし、自分の中にもそういう面はあるなと感じています。いろんなジャンルの音楽を聴きまくっているので、ロック的な要素は相対的に薄まってきている気がするし、あえてそこを出そうと思えばいつでも出せるような感じになっていますね」
歌詞に目を向けると、これまでのキタニの作品と同じく人間のダークサイドにフォーカスした楽曲が並んでいる。昨今は「自己肯定感」というワードが取り沙汰され、「嫉妬」や「憎しみ」といった負の感情から目を背ける風潮があると感じることがあるが、負の感情を衒いなく吐き出すキタニの楽曲を聴いていると、自分の中にある負の感情を肯定されたような気持ちにさえなる。例えば「スカー」で歌う、”何度も何度も折れた魂をただ 抱きしめるだけ いつか灰になるその日まで”といったフレーズには、傷だらけの自分をそのまま包み込んでくれるような強さと優しさが内包されているのだ。
表題曲にも、続く「永遠」の歌詞にも”抗う”というワードが出てくる。”恐怖が染みついた世界で いつかは閉じるこの命で 希望を探して歩く姿は美しい”、”呪いのような運命さえ抗い続けよう、永遠に”。おそらくキタニは、抗うことを美しい行為だと思っているのだろう。現状を維持するのではなく、抗うことで前に進んでいける。そう信じているのだ。
「まさに。この地面に人間が二足で立つことも、空気の流れや重力に抗っているわけじゃないですか。この世に生を受けて、存在し続けるだけで、何かに対して『against』な状態であると僕は思っているし、おっしゃるようにそれを美しいことだと思っていますね」
「それはその通りだと思います。音楽に限らず、何かを目指して続けていくことって挫折や失敗、周りの脱落など辛いことの連続なんですよね。つらいことが8割、達成感が2割みたいな(笑)。でも、そういうのも慣れてきたというか、『そうだよね、わかるわかる』みたいな境地になってきたんです。もう10年くらい音楽を作ってきているのでね。傷でも挫折でも自分の財産だと思ってドンと構えていられるように、ようやくなってきた感じ。その覚悟の証として書いたのが『スカー』なんです」
タバコは自分にとって「コミュニケーションを円滑にするもの」と冒頭で語ってくれたキタニ。2023年は、そのコミュニケーションをもっと大切にしたいそうだ。
「2022年はとにかく仕事が忙しくて、たくさんお誘いを断ってしまって。今まで自分は、誰かが僕の誘いを断ろうものなら『ちぇっ!』なんて思っていたのに(笑)、まさか自分がそっちの立場になろうとは。2023年は忙しくてもコミュニケーションをサボらない、遊びをサボらないということを一つの目標にしたいと思っています。飲みに出歩く大義名分にもなりますしね」
キタニタツヤ
1996年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。「sajou nohana」メンバー、「ヨルシカ」サポートなどバンドの一員として活動しながら楽曲提供を行う。2020年8月にはソロ活動でメジャーデビュー。フジテレビ系ドラマ『ゴシップ # 彼女が知りたい本当の◯◯』主題歌などタイアップ曲も多数。
https://tatsuyakitani.com/
『スカー』
キタニタツヤ
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