ラフ・トレードに学ぶ「音楽の仕事」の現在地、UK名門のレーベル運営論
Rolling Stone Japan / 2023年1月16日 17時30分
UKを代表する名門インディレーベル「ラフ・トレード」(Rough Trade)は、2022年もブラック・ミディ、ジョックストラップ、スペシャル・インタレストなどの重要作や、リバティーンズの伝説的デビュー作『Up the Bracket』の20周年記念盤を送り出してきた。
ラフ・トレードは1976年にジェフ・トラヴィスが開店したレコードショップを母体として、1978年に創設。アーティストの意志を何よりも尊重し、スクリッティ・ポリッティ、レインコーツ、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、アズテック・カメラ、ザ・スミス、ストロークス、リバティーンズなど個性豊かなアーティストを輩出してきた。現在はベガーズ・グループの傘下に入り、ゴード・ガールやキャロラインといった若手からジャーヴィス・コッカー(パルプ)のようなベテランまで在籍。設立45年を経た今も新人アーティストを発掘し、シーンを牽引し続けている。
ブラック・ミディが日本ツアーを行った12月には、同レーベルのグローバルプロダクトマネージャーを務めるトム・トラヴィス(ジェフ・トラヴィスの息子)が来日。そこで、黒鳥社の人気コンテンツ「blkswn jukebox」編集委員の若林恵と小熊俊哉が聞き手となり、トムのオンライン公開インタビューを実施。ロンドンの音楽文化の現在地について語ってもらった。当日の模様をお届けする。
トム・トラヴィス(Tom Travis)
大手インディは小さな所帯
─まず最初に、今どういうお立場でどんな仕事をされているのか教えてください。
トム:ラフ・トレードには11年いますが、直近の5年はグローバル・プロダクトマネージャーとして働いています。主な仕事はマーケティングですが、マネージメントチームがバンドのビジョンや思いを汲み取ったのを引き取って、それを制作部やラジオ部、プレス部などの社内のチームに展開していく役割をしています。いわば社内のグローバル・マーケティングのハブですね。
─今、会社には何人いらっしゃるんですか?
トム:ラフ・トレードのロンドンのオフィスには約11名のスタッフがいます。あとニューヨークにも別のチームがあります。
─11人って、想像以上に少ないですね。
トム:そうなんです。周りからは「大手インディレーベル」と言われるのですが、実際は小さな組織です。ロンドンには親会社「ベガーズ」のオフィスもあって、彼らが業務を担っている部門もありますので、それを含めるともう少し大きな規模になります。ベガーズはグローバルで展開しており、全世界の主要な音楽市場にそれぞれ拠点がありますが、ラフ・トレードとべガーズとでは、それぞれ業務内容や役割が異なっています。ベガーズ・グループの中で言いますと、4ADがラフ・トレードと同じくらいの規模感でしょうか。同じグループ内のXLとYoungといったレーベルとは、スタッフを部分的に共有したりもしています。
─ワープやニンジャ・チューンなど、イギリスの名のあるインディレーベルと比べるとどうですか?
トム:そのレーベルがどんなビジネスを展開しているかによっても変わります。例えば、ラフ・トレードはマネジメントもやっていますので、そのためのスタッフがいます。一方で、ワープやYoungは出版もやっているので、レコード業務に関わっていないスタッフもそれなりにいます。それでもプラス20%ぐらいの規模感だと思います。そのくらいの規模だと、1人のスタッフがそれぞれ4つくらい別の役割を担う感じになります。
─日本から見ているとかなり大きなビジネスに見えますし、グローバル・ビジネスでもあるので、その人数で回しているというのは驚きました。下世話な質問なのですが、給与面はどんな感じなのでしょうか? 例えばグローバルな金融企業の社員と比べてどのくらいとか、ざっくりとした範囲で結構ですので、教えていただけますか?
トム:お話にならないくらい安いです(笑)。私はもうラフ・トレードに11年間いるので、時間をかけてお給料も上がってきて、今の待遇に本当に満足しています。ただ、新人として入る場合には、他の業種と比べるとかなり劣ります。ただ、給与は安くとも、それに変えられないメリットもあると思っています。会社としては、新人のケアをしっかりやっていますし、業界でどうやってキャリアを築いていくのかについてサポートもしっかりしています。ですから、ワーカーの充実感や満足感は高いと思います。実際、ラフ・トレードは離職率がすごく低いんです。ラフトレードは、人と人との絆を大切にすることに重きを置いてきましたが、それはアーティストに対してもそうですし、スタッフに対しても同様なのです。
Rough Trade Records in 2022
〈top〉black midi『Hellfire』, Jockstrap『I Love You Jennifer B』, Special Interest『Endure』, caroline『caroline』
〈center〉Pinegrove『11:11』, Gruff Rhys『People Are Pissed』, SOAK『If I never know you like this again』, Gilla Band『Most Normal』
〈bottom〉Amyl and The Sniffers『Comfort To Me』, JARV IS...『This Is Going To Hurt (O.S.T.)』, Taken By Trees『Another Year』, The Libertines『Up The Bracket: 20th Anniverasry Edition』
シーンを活性化するために
─近年、ロンドンは物価もすごく上がっていると聞きますし、カルチャーが生き残ることの難しさが年々増しているのではないかと想像しています。さらにパンデミックの影響も大きかったと思いますが、こうした困難のなかでレーベルは、どんな役割を果たすべきなのでしょうか。
トム:イギリスだけでなく、これは世界の音楽市場で言えることだと思うのですが、レーベルとしてやらなくてはならない大事なことは、まずは、シーンをサポートすることだと思います。若いアーティストや、これからミュージシャンとして活動していきたい人たちをサポートし、育成しなければ、コミュニティが発展して生き残ることはできません。
─レーベルができるサポートとしては、まず第一に若いバンドと契約してキャリアを軌道に乗せてあげることが重要だとは思いますが、それ以外のやり方で、コミュニティやシーンの発展のために、他に具体的に実行している活動はありますか?
トム:コミュニティをサポートする活動については、アーティストからの相談として届くことが多いですね。アーティストやシーンに根付いている人たちが、「こういう面白いことをやってるからサポートして欲しい」といったかたちで、資金援助も含めたサポートの相談が舞い込んできます。
─例えばどんな内容ですか?
トム:イギリスの近年の最大の問題は、小さなベニューがどんどん潰れてなくなっていることです。活動を開始したばかりのバンドは、小さなベニューでたくさんギグをやって、そこで存在感を示したり淘汰されていくわけでが、そういう場所がどんどん減っていき、バンドがブレイクする機会が少なくなっていることが大きな問題になっています。こうした状況に抗う活動の例としては、ゴート・ガールのメンバーが関わっていた「Sister Midnight」という団体によるキャンペーンがあります。彼女らは南ロンドンの元々パブだった建物を買い取って、コミュニティ・スペース兼リハーサル・スペース兼ベニューとして再建するためのファンディング・キャンペーンを行いました。ラフ・トレードやベガーズもサポートしたそのキャンペーンは、最終的に50万ポンド近いお金を集めました。結局、そのパブを買収することはできなかったのですが、その資金を元手に、同様の目的を果たせるスペースを今探していると聞いています。
「Sister Midnight」ホームページより引用
「Sister Midnight」ファンドレイジング企画でライブを行うゴート・ガール
─パンデミックの期間には、ブラック・ミディとブラック・カントリー・ニュー・ロードが組んで、ライブハウス「ウィンドミル」へのファンディングのための配信ライブを行い、日本でも話題になりました。
トム:ブラック・ミディも良い例です。彼らは今やブリクストンやサウス・イースト・ロンドンのシーンの盛り上がりの中心的存在ですが、ブレイク前にはあちこちのベニューに「ライブをさせて欲しい」とメールをしても、誰からも返事をもらえませんでした。そんななか唯一返信をくれたのがウインドミルのブッキング担当であるティムで、彼のおかげでブラック・ミディはウインドミルで毎晩のようにライブをして成長することができたんです。ウインドミルはバスに乗っていかないと辿り着けないような、非常に不便なところにあるのですが、ティムの人柄のおかげで様々なバンドが集まって、シーンとして発展していったのです。
─その恩返しをしたということですね。
トム:そうですね。また、ブラック・ミディの成功の根っこには、彼らの7インチ・シングルを最初にリリースした7インチ専門レーベル「スピーディー・ワンダーグラウンド」と、そのオーナーのダン・キャリーという素晴らしいプロデューサーの存在も欠かせません。スピーディー・ワンダーグラウンドによるレコードのディストリビューションと、ウインドミルでのライブという二つの力があいまって、オンラインのマーケティングとは違うパワーが生まれたことが大きかったのだと思います。
「Black Midi, New Road」ウィンドミルでのライブ映像
音楽の仕事を開くこと
─以前ロンドンで音楽関係者を取材させていただいたことがあるのですが、そこで感心したのは、ベニュー、録音・リハーサルスタジオ、エンジニア、レーベル、メディア、あるいは行政関係者といった人びとが非常に柔軟なエコシステムを形成していて、そのなかでの「受け渡し」がすごく上手だということです。自分たちだけでバンドのすべてを管理しますという感じがなくて、エコシステム全体でアーティストやバンドを育てていくということが、すごくうまく機能している印象を受けました。
トム:基本的な理解はその通りだとは思いますが、イギリスの音楽業界にもまだまだ障壁があります。特に新人にとっては、入って来づらい環境であるのは長らく問題ですし、さらにパンデミックの影響で業界内のさまざまな人材が減ってしまったことも大きな問題です。先ほども話したように会場も減っていて、さらにエンジニアも職を失っており、人材不足は深刻になっています。これはイギリス全体に共通する問題で、わたしたちの業界だけの話ではありません。
─何か打ち手はあるのでしょうか?
トム:資金面のサポートを増やすことはまず重要ですし、また、若い人たちに向けて、音楽の世界で働くことのベネフィットをきちんと説明し、教育していくことも重要だと思います。最近ベガーズ・グループが参加したキャンペーンのひとつは、いまお話したゴート・ガールの件とも似ていますが、昔暴動があったトッテナムの通りにあるバーを改装して「ニュー・リヴァー・スタジオ」というリハーサル・ルーム兼ライブ・スペースをつくるというものでした。ここは、若いアーティストたちがライブができるだけでなく、音楽の仕事に携わりたい人たちが、社会に出る前に体験・訓練することのできる場でもあります。レーベルとしては、今後もこういったキャンペーンに積極的に参加して、さまざまな人に対する支援を広げていきたいと考えています。
ニュー・リヴァー・スタジオ(Facebookページより引用)
ニュー・リヴァー・スタジオでのライブ映像
─以前、ロンドンの「ポップ・ブリクストン」というインターネット・ラジオ局のオーナーと話す機会があったのですが、そこでは学校からドロップアウトした高校生をインターンとして働かせていまして、そこからレーベルに就職した人も出ているとのことでした。「やりがい搾取」という批判も可能ではありますが、そういったかたちで、レーベルの仕事やエンジニア、ラジオ局やメディアなど、必ずしもミュージシャンに限らない、音楽業界に入っていくための訓練やインターンシップのための場所があるのはいいなと思ったんですが、こうした場所は結構あるんでしょうか?
トム:特に昔はインターンシップが多かったですね。ただ、基本的にはタダ働きなので、ある種の「搾取」になってしまう可能性は常にありますし、また、当時のインターンシップは、金銭的に余裕がある裕福な家庭の子らしか参加できない、とても排他的なものでもありました。最近ではそうしたシステムもだいぶ変わりつつありますが、ただ、システムが複雑になった面もあり、簡単に採用できなくなったことでインターンの口は全体に減ってしまっています。
─ラフ・トレードやベガーズでもそうした制度はあるのでしょうか?
トム:ベガーズもパンデミック後にインターンシップに関する新たな方針を打ち出し、新たなプログラムでは1人につき6カ月間のインターンシップを受けています。その6カ月の間はひと月毎に部署を異動していくこととなります。各部署に参加している間は、意思決定のプロセスに参加することもできますし、自分の意見を言うこともできます。ラジオ担当の部署にいる間は、ミュージシャンとともにラジオのセッションに同行したりもします。さまざまな部署を回ることで、自分に合った業界への入り口を見つける手助けをしようというプログラムになっています。
─いいですね。参加したいくらいです(笑)。かつてのインターン制度は一部の特権的な人たちしか参加できないものだったというお話がありましたが、コロナ以降のイギリスの音楽業界は、いわゆる「インクルージョン」をめぐって果敢に取り組んできた印象があります。例えば、レーベルのYoungは、ヤング・タークスというレーベル名を、やはりコロナ期間中に名称を現在のものに変えました。音楽業界全体において、男性中心的な部分や白人中心的な部分についての配慮が必要だということが大きなコンセンサスになっているように感じますが、その辺りの変化について教えてもらえますでしょうか。
トム:やはり最大のきっかけは、コロナ期間中にジョージ・フロイドの事件があったことだと思います。通常こうした変化は時間をかけて起きるものだと思いますが、あの事件によってみんなの認識が大きく変わり、多様な会話が生まれるようになりました。ベガーズの中にも、社内のスタッフに向けたインクルージョン、ダイバーシティ、ウェルビーイングに関する委員会ができました。まだまだ解決すべきことは多いですが、こういった部分を丁寧にケアをしていくというアプローチはたしかに見られます。
─例えば、ラフ・トレードがこれまで契約してきたバンドについて、統計があるかは分からないですが、やはり男性と白人の比率が圧倒的に多いのではないかという気がします。その歴史自体を否定するかどうかは置いておくとして、例えば、今後契約するバンドについて、女性や有色人種の比率を増やした方が良いんじゃないか、といった議論は社内で起きたりしますか?
トム:インクルージョンについての話し合いは社内で常にしていますが、わたしたちが契約をするバンドについては、「自分たちが大好きなバンドであるかどうか」が基準のすべてです。「その音楽にどれだけ感情を揺さぶられるか」ということを唯一の物差しに決めています。インクルージョンはもちろん大切ですし、最近契約したバンドの中には、かなり多様性のあるバンドもいますので、自然とその辺も反映されているとは思いますが、音楽第一という点は変わっていません。
ニューオリンズ拠点のスペシャル・インタレストは、クィア・パンク/ブラック・パンクの今を象徴する存在。2022年の最新作『Endure』は各媒体の年間ベストアルバムに多数選出された。
アーティストのサスティナビリティを支援する
─現在ラフ・トレードとして、どういう音楽を紹介したいのか。そして、それが今までのラフ・トレードの歴史とどう関係があるのか。ということについて教えてもらえますか? 例えば、ラフ・トレードの歴史を継承したいと思うのか、あるいは新しい色を出して行きたいのか。
トム:やっぱり音楽を聴いたり、パフォーマンスを見たときに、「これは絶対に世に出さなくてはいけない」という感動をもたらしてくれる人たちを今後も紹介していきたいですね。ギターの音や声を聴いた瞬間に、「その人たちと一緒に仕事をしたい」「一緒にいたい」「未来を信じられる」と思えるか、という目線で常に考えていますし、ラフ・トレードの歴史のどの瞬間においても、同じ観点からリリースするアーティストを決めてきたのだと思います。アーティストとしての明確な「声」を持っている人。それを恐れずに堂々と主張できること。あるいは「声」は静かでも、それをパフォーマンスや音楽を通じてきちんと表現できる、もしくは表現がとてもユニークであること。それを体現してくれる人たちをわたしたちは大事にしています。わたしたちはオルタナティブ・レーベルであって、コマーシャル・レーベルではありませんので、みんなが受け入れやすいものではなく、スタイルやジャンルを問わず、それまで誰も語ることなかった物語や、誰にも聞かれなかった音楽を世に出し、世の中の音楽というものに対する期待を上回る体験を提供していきたいと考えています。
─ヒップホップにチャレンジするといった可能性もある、と。
トム:そうですね。ラフ・トレードにラップアーティストはこれまであまりいませんでしたが、プリンセス・ノキアというアーティストと以前契約をしました。その際にはちょっとした反感と言いますか、「ラフ・トレードがラップ?」みたいな反応もあったのですが、プリンセス・ノキアは無二のメッセージと声を持った素晴らしいアーティストですから、ラフ・トレードにとっても特別な存在だったと思います。
─ミュージシャンのデビューをサポートすることはレーベルの重要な仕事ではありますが、その一方で、売れなければアーティストは平然と契約を切られてしまいますよね。つまり、一般論としてですが、これまでの音楽業界はアーティストのキャリアをサステナブルなものにするためのサポートはあまりしてこなかったようにも感じます。そうしたなかでも、ラフ・トレードは長く契約しているアーティストが多い印象もありますが、アーティストのキャリアをきちんと持続させるという点については、どのようにお考えですか?
トム:とても大事な話だと思います。忘れてはいけないのは、レーベルがアーティストと契約を結ぶのは、ヒット曲をつくって儲けるためではなく、アーティストの才能を信じ、彼ら/彼女らのキャリアのレガシーをつくるためなのだということです。アーティストの成長を見届けたいと思うから契約をするわけです。その観点から言えば、レーベルの仕事は、長年に渡って彼ら/彼女らの音楽を愛してくれるファンを見つけだし、しっかりしたファンベースをつくることが、アーティストのサステナビリティには不可欠です。アーティストの世界観をしっかりとつくりあげること。ファンベースをつくること。そのためのマーケティングとプロモーションの基盤を提供すること。レーベルの役割はそこにあるのだと思います。そうやって10年や20年、ずっと一緒にやっていける関係を構築していきたいと考えています。
初期ラフ・トレードを支えたスクリッティ・ポリッティは、現在もレーベルに在籍。2022年には代表作『Cupid & Psyche 85』『Anomie & Bonhomie』のリイシューも実現した。
─近年はインターネットのおかげで、ディストリビューションからマーケティングまで、ミュージシャン自身が自分たちでできることの幅が広がっていますし、徐々にではありますが、自分たちでマネタイズするための選択肢も増え、レーベルとアーティストのパワーバランスも従来のそれとは変わりつつあります。以前であれば、レーベルと契約しなかったら、どこにも出口はなく、言うなれば世に出るための「蛇口」をレコード会社やレーベルが握っていたわけですよね。けれども、アーティストの自由度が高まっていけばいくほど、以前のようにレーベルがアーティストを思いのままにコントロールすることが困難になってきているように感じますが、どうお考えですか?
トム:パワーバランスが変わって、アーティストに選択肢が増えたことは、とても良いことだと思います。アーティストが自分で音楽をリリースし、それにアクセスするための間口が広がることでアーティスト自身が直接ファンとコミュニケーションし、ミュニティをつくることもできるようになりました。とはいえ、全体としては、その恩恵によってお金を稼げている人は、そこまで多くないのも現実だと思います。音楽で金銭面も含めて成功できるのは、実際にはトップの数%のアーティストだけでしょう。そのギャップの部分に、まだレーベルが役立てる場所があるはずです。アーティストの自由度が広がっているなか、それでもわたしたちと契約したいというアーティストがいるということが、わたしたちが一生懸命働くことで、個人では実現できないことをレーベルとして提供できていることの、ひとつの表れなのだと思っています。
左から若林恵、小熊俊哉、トム・トラヴィス
バンドをビジネスにするために
─例えば、新人アーティストによくあることだそうですが、レーベルとの契約の際に、ミュージシャンにとって不利な条件にサインをしてしまうことが少なからずあると、日本でもよく聞きます。似たような話はきっと世界中にあるのだとは思いますが、とりわけ日本は、身近なところに弁護士がいない環境ですし、契約にあたってまず弁護士に相談するといったことも習慣化されていないように思えるのですが、イギリスの場合はいかがでしょう? 例えば、法務について気軽に相談できる人がミュージシャンの近くにいたりするのでしょうか?
トム:イギリスは今のお話のような状況と比べたら、良い環境だとは思います。マネージャーもいない新人バンドが契約をする場合でも、ほとんどの会社において、バンドに弁護士がつくまでは契約が進まないのが基本になっています。ラフ・トレードでも、アルバムの契約にあたっては必ず弁護士が必要となります。7インチや1回限りのシングルといった場合では、弁護士を立てないケースもありますが。加えて、イギリスには無償でサービスを提供している弁護士もたくさんいます。
─そうなんですね。
トム:新人バンドの多くはたしかに、法的なことは何もわからないことは多いのですが、弁護士の側からすれば、そうしたバンドも、成功すればお金になりますので、投資的な意味も込めてカジュアルに無償サービスを提供しています。英国では、バンドがビジネスを始める際、マネージャーやエージェントを雇う前に、最初に弁護士を雇うケースはよくあります。これは、弁護士は、マネージャーやエージェントと比べるとコミットメントのレベルが低いので、いつでも変えることができる気安さがあるということでもあります。
─面白いです。契約について言いますと、以前ラフ・トレードが出来た頃、レコードの利益をアーティストとレーベルで50:50で分配するという契約が、当時のインディー・シーンでは画期的で、その後、他のレーベルでも取り入れられたという話を読んだことがあるのですが、現在はいかがでしょう?
トム:現在では、アーティストが選べるかたちになっています。50:50の契約がよければそれも選べますし、ロイヤリティ・ベースのディール契約が良ければ、それも選べる。アーティストの活動次第で、支出の予算も変わってきますので、アーティストによってはロイヤリティ契約の方が有利なときもありますので、どちらがいいかは時と場合によります。いずれにせよ、お互いにとって健全な関係を持続させ、アーティストもわたしたちも、ともにハッピーな環境をつくるのが原則です。
─ちなみにですが、バンドが事業体として安定的に活動していくために最低限必要なチームの機能について教えていただいてもいいですか?
トム:基本的にはマネージャーとの関係がアーティストにとっては一番大事ですね。ついで、弁護士、ライブのブッキングをするライブエージェントが必要で、あとは経理ですね。それがまずは最低限必要な機能だと思います。いきなり誰かをフルタイムで雇用してしまうと高くつきますので、それ以外の機能については、誰を雇ってチームに入れるのが良いのかはアーティストやバンドによって変わってきます。
─ほかにはどんな機能が必要ですか?
トム:レーベルのパートナー、パブリッシャー、それからライセンスのシンク、それから例えば、ムービー・エージェントなども必要になってきます。さらにツアーマネージャーやミュージカル・ディレクター、プロダクションデザイナー、セットデザイナー、ドライバーも必要です。それから照明担当、グッズ販売担当、グッズをデザインするグラフィック・アーティストにライブ・プロデューサー。作品面では、マスタリングやミキシングのエンジニアみたいな人たちも必要ですが、その辺になってきますとチームの一員として雇用するというよりは、プロジェクトごとに発注する場合も多くあります。
─なるほど。まさにチーム=事業主という感じなんですね。勉強になります。最後になりますが、ようやく海外への渡航も自由度が増してきて、ロンドンに行ったりする読者も増えてくるかと思いますので、ロンドン内外でいま注目している、おすすめのベニューなどがありましたら、ぜひ教えてください。
トム:リヴァプールのバーキンヘッドに新しく出来た「フューチャー・ヤード」という施設は面白そうで注目していますが、ロンドンで言えば、面白いベニューは「ヴィレッジ・アンダーグラウンド」「MOT」「トータル・リフレッシュメント・センター」でしょうか。あと「ペッカム・オーディオ」も素晴らしいベニューですが、新しいイキのいいバンドを探すときは、他のバンドに情報を教えてもらうのがベストですね。
フューチャー・ヤードの紹介映像
ペッカム・オーディオの公式ホームページより引用
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