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ローリングストーン誌が選ぶ、2022年の年間ベスト・ムービー22選

Rolling Stone Japan / 2022年12月29日 10時0分

(左から)『X エックス』、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、『RRR アールアールアール』、『TÁR』。A24, 2; MPC FILMS; FOCUS FEATURES

壮大なトリーウッド映画や慎ましやかなイラン映画、悪態をつくケイト・ブランシェットからマルチバースを救うミシェル・ヨー、そして次なる話題の韓国映画など……。米ローリングストーン誌が選んだ2022年のベストムービーを紹介する。

2022年は、映画の存在そのものが危機に瀕した一年だったかもしれない。度重なる行動制限によって劇場で映画を観るという贅沢は過去のものになりつつあった(そんな映画界をもう一年延命させてくれたトム・クルーズには、心から感謝の気持ちを伝えたい)。動画配信サービスは、気鋭の映画監督の新しいプロジェクトを後押しする一方で、そうした作品をアルゴリズムの渦にぶち込み、単なるひとつのコンテンツとしてオーディエンスに消費させた。シネコンのスクリーンにはスーパーヒーロー物が君臨し続け、シリーズ物は他の選択肢を犠牲にしてまで増殖、あるいはマルチバースでの展開を続けた(スコセッシ監督vsマーベルに関するSNS上の議論には、ここでは触れないことにしよう)。仮に誰もいない森の中で映画が音もなく大コケしたとしても、あるいはプロモーション活動中に人気ポップスターがベテラン俳優に唾を吐きかけたとしても、世間は気に留めてくれただろうか? ”気軽に映画を楽しむ”という表現そのものが矛盾をはらむなか、映画の終焉を恐れた愛好家たちはクラシック映画を配信するストリーミングサービスに群がった。

映画界を取り巻く状況は総じて明るいとは言えないかもしれない。それでも、素晴らしい映画があることにはあった。重要なのは、それをどこで見つけるかであり、人生を変える、あるいはゲームを変えるような作品に出会えると信じ続けることだ。叙情詩風のドキュメンタリーから意外な超大作物に至るまで、2022年も良作に恵まれた一年だった。『TÁR』のように議論に火を付けたり、物議を醸したりする作品があれば、『NOPE/ノープ』のように無数の深掘り記事の着想源となった作品もあった。2022年は、さまざまなジャンルの映画に挑戦するにはうってつけの年でもあった。普段であれば20作のベスト・ムービーを紹介するところ、今回は過ぎゆく2022年を称えて、ラインアップを22作品に拡大した。ひとつひとつが”ベスト”の概念を再定義してくれる素晴らしい作品ばかりだ。最後にこれだけは言わせてほしい——映画は死んでなんかいないし、過去のものになることもない。

(ここで紹介しきれなかった『All the Beauty and the Bloodshed(原題)』、『アーマゲドン・タイム』、『バーバリアン』、『ボーンズ アンド オール』、『Catherine Called Birdy(原題)』、『Corsage(原題)』、『ドンバス』、『The Eternal Daughter(原題)』、『Gods Country(原題)』、『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』、『MEN 同じ顔の男たち』、『モンタナ・ストーリー』、『Moonage Daydream(原題)』、『ノースマン 導かれし復讐者』、『ピーター・フォン・カント』、『Playground(英題)』、『Return to Seoul(英題)』、『The Silent Twins(原題)』、『トップガン マーヴェリック』、『The Wonder(原題)』にも拍手を贈りたい。『秘密の森の、その向こう』と『わたしは最悪。』を今年のリストに入れるかどうか編集部でも議論があったが、これらは2021年のリストですでに何度も取り上げられていることから、2020年代のベスト・ムービーに取っておくことにした。)

22位『Crimes of the Future(原題)』
日本公開未定


NIKOS NIKOLOPOULOS



カナダ出身の映画界の寵児、デヴィッド・クローネンバーグ監督が8年ぶりの新作を携えて帰ってきた。『Crimes of the Future(原題)』(訳注:1970年の『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』とは別の作品)でクローネンバーグ監督が再訪するのは、彼を一躍ミッドナイト・ムービーのアイコンに押し上げると同時に、世界的なセンセーションを巻き起こしたグロテスクなボディ・ホラーの世界。本作の舞台は、医療目的ではない外科手術が一種の娯楽として定着した近未来の世界。絶大な人気を誇るパフォーマンス・アーティストのソール(ヴィゴ・モーテンセン)とパートナーのカプリス(レア・セドゥ)は、こうした外科手術を使ったパフォーマンスアートをオーディエンスの前で行っていた(彼らのパフォーマンスに夢中の役人を演じるクリステン・スチュワートは、いまの時代のミームにぴったりの「外科手術は新しいセックス」というパワーフレーズをささやく)。殺人計画やフィルム・ノワールの世界から飛び出してきたかのような警官たち、人間の漸進的進化を称えるアンダーグラウンド活動はもとより、テクノロジーと臓器を用いた巧妙なトリックなどの要素を見る限り、どうやらクローネンバーグ監督は原点に立ち帰ったようだ。古き良きクローネンバーグ作品万歳!

21位『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
2023年3月3日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他全国劇場にて公開


ALLYSON RIGGS/A24



マルチバース(並行世界)で活躍するすべてのスーパーヒーローがマントをつけているとは限らない——ホットドッグのソーセージのように長い指やグーグルアイ(ギョロ目)を持つヒーローがいてもいいじゃないか。想定外のヒットで2022年の映画界に旋風を巻き起こしている『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のメガホンを取ったのは、ダニエル・クワン監督とダニエル・シャイナート監督(通称:ダニエルズ)。本作の主人公は、破産寸前のコインランドリーを経営するエヴリン(ミシェル・ヨー)という女性。両監督は、父と夫、そして娘と4人暮らしのエヴリンの税金申告を異なる時間軸がぶつかり合うアクション大作へと昇華させた。本作の至るところに哀愁とくだらなさ、ピクサーの内輪ネタ、ウォン・カーウァイ監督を思わせる要素、アドレナリン出っ放しのアクションシーンが散りばめられている(間に合わせのバットプラグをめぐるバトルシーンが登場する他の映画があれば、どれだけ時間がかかってもいいので、ぜひ教えていただきたい)。だからといって両監督は、何でもありのクレイジーなアプローチが世代的なトラウマや家族の絆の良い面と悪い面、そして人生(あるいは、複数の人生)を無駄にしてしまったという感覚を埋もれさせるようなことはしない。本作は、カムバックを果たしたジョナサン・キーとパワフルなミシェル・ヨーが多彩な才能を披露する格好の舞台でもある。


20位『あのこと
12月2日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他 全国公開中


IFC FILMS



舞台は1963年のフランス。前途有望な大学生のアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、望まない妊娠をしたことを知って動揺する。1960年代といえば、フランスに限らず、当時のヨーロッパでは人工妊娠中絶がまだ違法とされていた時代。アンヌは産婦人科の医師や大学の教授といった男性の権力者たちに相談するが、法律違反で逮捕されることを恐れる医師たちは誰ひとりとしてアンヌに手を貸そうとせず、教授たちからも見放されるうちにアンヌは切羽詰まった状況に追い込まれていく。オードレイ・ディヴァン監督によって映画化された本作が(原作はノーベル賞作家アニー・エルノーの小説『事件』)、アメリカの連邦最高裁判所によって人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める「ロー対ウェイド判決」が覆されたのと同じころにアメリカで劇場公開されたのは、きわめてタイムリーなことだった。公開時期にかかわらず、女性が自分の身体に関することを自分自身で選択できる権利が脅かされていることを本作が痛烈に糾弾していることに変わりはない。ディヴァン監督の沈黙と余白を巧みに操る手腕をはじめ、ゆったりとしたペースから急激な展開によってオーディエンスを裏切る才能、まるでテレパシーかと思わせるくらい見事なアナマリア・ヴァルトロメイとの信頼関係によって本作は数々の映画賞を受賞し、卓越した芸術作品としての地位を瞬く間に確立した。

19位『32 Sounds(原題)』

FREE HISTORY PROJECT



サンフランシスコのベイエリアを拠点に活動するドキュメンタリー映画監督のサム・グリーン(代表作は2002年のドキュメンタリー映画『The Weather Underground(原題)』)がカメラのレンズとブームマイクを向けて音の世界を探求した。エッセイ映画として、さらには没入型のライブイベント向けの素材として制作された本作は(どちらにしても素晴らしい仕上がりだ)、音声——自然のものであれ人工のものであれ——の役割がただ私たちを巨大な音の世界へと誘うだけではないことを教えてくれるユニークな作品だ。当然ながら、前衛ミュージシャンやアーキビスト(文書管理の専門家)、科学者といった専門家たちも参加している。その一方で、本作は記憶というテーマにも触れる——外国暮らしの人が昔のディスコソングの断片を聴いて故郷を思い浮かべたり、留守電に残された古いメッセージが誰かに取り返しのつかない喪失を思い出させたりするように。それだけでなく、本作は大胆にも「誰もいない森の中で木が倒れたら、音はするのか?」という哲学的な問いにも答えようとしている。答えはもちろん「イエス」だ——条件は、その音を再現できるプロのフォーリーアーティスト(音響効果技師)を雇うこと。本作は、遊び心がありながらもディープな作品だ。絶滅したキモモミツスイが求愛する時の鳴き声でオーディエンスを深く感動させられる映画は、本作以外に存在しないのではないだろうか。

18位『プレデター:ザ・プレイ
Disney+にて視聴可能






ダン・トラクテンバーグ監督が放つ「プレデター」シリーズ最新作『プレデター ザ・プレイ』は、絶大な人気を誇る同シリーズの世界観をただ拡大するだけの作品もなければ、知的なアプローチによる回り道でもない。本作はどちらかというとB級映画の最高傑作と呼ぶに近い、サバイバル、スリラー、スラッシャー、プロトウエスタン、ファイナル・ガールの要素がすべて盛り込まれた作品だ。アイコニックなエイリアンとそれを追うネイティブ・アメリカンの部族を描いた本作は、製作陣の狙い通りの見事な作品に仕上がっている。宇宙でもっとも危険な戦士プレデターを1719年のコマンチ族の世界に送り込むことで、本作はフラッシュバック(”新世界”から襲来する、ありとあらゆる形態の侵略者との類似点を引き出して比較していることは言うまでもない)を駆使しながら「プレデター」シリーズに新しい命を吹き込み、アンバー・ミッドサンダー扮するナルという最高峰のアクションヒロインを生み出した。エイリアンとアートの融合を描いた異色のアクション大作だ。

17位『生きる-LIVING
2023年3月31日(金)より全国公開


ROSS FERGUSON/NUMBER 9 FILMS



『ラブ・アクチュアリー』(2003)でお馴染みのビル・ナイに拍手を! 黒澤明監督の不朽の名作『生きる』(1952)を1950年代のロンドンを舞台によみがえらせた『生きる LIVING』においてナイは、抑えられた見事な演技を披露しただけでなく、余命半年であることを医師から宣告された公務員(原作でこの役を演じたのは名優の志村喬)という役柄にオリジナリティを添えた。オリヴァー・ハーマナス監督によるこの完璧な歴史映画では、何よりもまずナイの名演が光るが、オープイングクレジット(当時の映画のヴィンテージ感を再現している)から『日の名残り』(1989)などで知られるノーベル賞作家カズオ・イシグロによる脚本、さらにはトム・バークやエイミー・ルー・ウッドといった最高の共演者に至るまでのありとあらゆる要素が、高度なスタイルと物語の充実感が一致する、という稀有な瞬間を生み出している。観る人の心を打つ、限りなく優美な作品だ。

16位『X エックス
2022年夏、公開終了。各社配信などで視聴可能。


CHRISTOPHER MOSS/A24



グランジ感満載のクレイジーな70年代ホラー映画にオマージュを捧げる映画監督はごまんといる。だがそのなかでもタイ・ウェスト監督が放つ『X エックス』は、もし『テキサス・チェーンソー』(2003)と同時代に公開されていたのであれば、グラインドハウスでの見事なダブルビルが実現したと思わずにはいられないような素晴らしい作品だ。映画の舞台は1979年のアメリカ・テキサス州。ある日、3人組のカップルがポルノ映画を撮影するために人里離れた農場を訪れる。だが農場の所有者である信心深い老夫婦は、性の解放を謳歌する背徳者たちの存在を歓迎しない——というか、どうやらそのうちのひとりは、殺意のようなものを感じているようだ。本作が単なるスラッシャー映画の領域を超えているのは、ありのままの素材を巧みに使ったウェスト監督の鋭い感性に依るところが大きい。熱を帯びた裸体と生温かさの残る死体が繰り広げる凄惨なシーンにもかかわらず、「自分にふさわしい人生を生きられなかった」という悔恨のようなものが作品全体を通して感じられる(ウェスト監督と本作に出演したミア・ゴスが共同で脚本を執筆した、本作に負けないくらいグロテスクな秀作『Pearl(原題)』[本作公開の数カ月後に公開された前日譚]も要チェック)。


15位『The Fabelmans(原題)』
2023年日本公開決定、公開日は未定。


MERIE WEISMILLER WALLACE/UNIVERSAL PICTURES



スティーヴン・スピルバーグ監督は、本作によってようやく自らのバージョンの『ROMA/ローマ』(2018)ともいうべき作品を私たちに届けてくれた。スピルバーグ監督と脚本家のトニー・クシュナーは、1950〜60年代のアメリカを舞台に、豊かな感受性に恵まれた少年が映画の力によって度重なる引っ越しや家族の不和、ユダヤ人差別によるいじめを乗り越えて成長していく姿を描いた。スピルバーグ監督は、以前から自身の困難な生い立ちについて語ってきたが、幼少期の苦悩や歓びがこうして再現されるのを(ようやく監督は、共感と許しの感情とともにそれにふさわしい機会を得た)目の当たりにするのは、アメリカの映画史に名を残す巨匠の心の内を知ることでもある。本作がどんな映画か知りたい人は、『アメリカン・グラフィティ』(1973)に劇作家ユージン・オニールの戯曲とプライマル・スクリーム(訳注:幼少期のトラウマに対処させることで神経症を解消させる療法)療法を足して、それを二で割ったものをイメージしてほしい。息子の夢を応援する母親というコンセプトを再解釈したミシェル・ウィリアムズの演技も素晴らしい。それに加えて、豪華なキャストやただただ美しい視覚要素などの見どころも満載だ。

14位『Saint Omer(原題)』
日本公開未定


SRAB FILMS



アリス・ディオップ監督の『Saint Omer(原題)』は、渡仏した若いセネガル人の母親が生後15カ月の娘を海岸に置き去りするという実在の事件とその裁判に材を取っている。ドキュメンタリー映画を得意とするディオップ監督(同じく2022年の作品である『We(英題、原題:Nous)』も秀逸)は、実際の裁判記録を紐解きながら、長回しのカメラワークを駆使して証人たちが証言台に立つシーンを再現している。物語は、小説家のラマ(カイジ・カガメ)の視点から展開される。実話という素材をもとに、自身初となる長編のフィクション作品に挑んだディオップ監督は、真実と正義の概念と法廷ドラマの高揚感を巧みに融合させ、現代の社会規範が本当は誰のためにあるのかを浮き彫りにした。素晴らしい作品だ。

13位『コンペティション
2023年3月17日公開予定


MANOLO PAVON/IFC FILM



強烈なソバージュヘアのペネロペ・クルスがエンターテインメント業界を風刺化したブラックコメディを名画へと昇華させた。南米アルゼンチン出身のマリアノ・コーン監督とガストン・ドゥプラット監督が仕掛けるのは、アートとビジネスのバトル。赤コーナーは尊大なベテラン舞台俳優のイワン(オスカー・マルティネス)。青コーナーは気の抜けたハリウッドスターのフェリックス(アントニオ・バンデラス)。ベストセラー小説を映画化するという大富豪のビジネスマンの野心的なプロジェクトの采配は、人気映画監督のローラ(ペネロペ・クルス)にかかっている。だが、奇想天外すぎる演出論を貫こうとするローラとふたりの俳優たちは激しくぶつかり合い……。本作は、独創性に必要なのはインスピレーションでもなければ、金でもなく、完全なるカオスであることを教えてくれる。その点において、クルス扮する変人監督(実在のモデルがいるのかもしれないし、いないのかもしれない)は圧倒的な手腕を見せつける。そのコミカルな演技は、文句なしにクルスのキャリアにおける最高傑作のひとつと言えるだろう。「アクション」と「カット」と叫びながら、外科手術のような思い切りの良さでナルシスト俳優たちのエゴを崩壊させずとも、本作はあらゆる笑いのツボを押さえているが、芸術家の”天才性”を表現したクルスの演技そのものが天才と呼ぶにふさわしい。

12位『RRR アールアールアール
一部地域にて公開中


DVV ENTERTAINMENT



筋骨たくましい上半身裸の男が、猛り狂うオオカミとトラと空中戦を繰り広げる。捕らわれた少女を救出するという使命に加えて、沈むいかだ舟や炎に包まれる列車、馬、バイク、縄、そしてインド国旗……。高度な振り付けによって仕上げられた圧巻のダンスバトルが繰り広げられる一方で、本作は階級社会に中指を突き立てる。男性同士の友情を描いたモンタージュやスローモーションで映し出されるダークなシーン、フラッシュバック、槍を使った森の中のバトル、親友に体を支えられながら兵士の群れに立ち向かうアクションシーンなど、S・S・ラージャマウリ監督が贈るこのトリーウッド超大作(本作を単なる”超大作”と呼ぶのは不自然な気もするが)には、これら以外の要素もふんだんに盛り込まれている。イギリス政府の警察官ラーマ(ラーム・チャラン)と村の革命家ビーム(N・T・ラーマ・ラオ・ジュニア)の熱い友情を描いた本作(タイトルの『RRR』はRise[蜂起]、Roar、[咆哮]、Revolt[反乱]を略したもの)は、3時間強の上映時間とともに100年分の超大作物を堪能したような充実感を味わわせてくれる。

11位『TÁR(原題)』
2023年5月、日本公開予定


FOCUS FEATURES



突然だが、ここで問題だ。ドイツのオーケストラで女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ターの転落を描いたトッド・フィールド監督の問題作『TÁR(原題)』では、主人公のリディアはいったいどのように描写されているのだろうか? A)黒幕 B)怪物 C)芸術家のあるべき姿(およびそれにふさわしい立ち振る舞い)を装った、コンパートメント化された作り物。答えは、「全部」だ。エレガントで無駄がないことに加えて、多くの場面において容赦ない人物描写を繰り広げる本作は、SNS上などで著名人を糾弾する「キャンセルカルチャー」を浮き彫にすることよりも、豊かな独創性に恵まれた天才たちの乱用が正当化され、公然と行われていることに焦点を置いている。それだけでなく、本作は監督と脚本を手がけたトッド・フィールドと何十年に一度の天才と称されるケイト・ブランシェットの夢のタッグが実現した作品でもある。ブランシェットは、本作によって現代でもっとも偉大な俳優のひとりとしての地位を固めたと言っていいだろう。


10位『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦
Disney+にて視聴可能。


NEON



カップルの中には、共通の趣味を持つ者もいる。フランス人科学者のカティアとモーリス・クラフトにとってそれは火山だった。ふたりは出会った瞬間から互いに夢中になり、ともに世界を旅した——火山に対する興味というよりは、並外れた執着に突き動かされて。クラフト夫妻が遺した活火山の噴火や噴火口からほとばしるマグマの記録映像とともにセーラ・ドーサ監督が放つのは、灼熱の溶岩を原動力とする——それは火山の研究と互いに向けられた——史上最大のラブストーリーである。この世のものとは思えないくらい見事で、構成に一切無駄のない本作は、不気味なまでに美しい。ミランダ・ジュライの淡々としたナレーションによっても、その魔法が解けることはない。たとえ結末がわかっていたとしても、ふたつの熱い心と頭脳の比類なき遺言であることに変わりはない。

9位『アテナ
Netflixにて視聴可能。

KOURTRJAMEUF KOURTRAJME



フランスのロマン・ガヴラス監督の『アテナ』は、市民と警察の武力衝突に巻き込まれていく3人兄弟を描いた悲劇である。舞台はアテナというパリ郊外の架空の団地。戦場と化した警察管区を映した12分弱の冒頭のシーンとともに、本作は視聴者の心を揺さぶり、心拍数を上げ、争いの渦中に引きずり込む。警察に反感を抱く若者たちに占拠されたアテナ団地を圧倒的な臨場感とともに描き出した監督の手腕は、ただただ見事だ。本作をパリの住宅地が舞台の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)になぞらえた筆者の同僚の言葉にも納得。その一方で、社会問題への視点とギリシャ悲劇のインスピレーションをもとにこうしたスペクタクル要素をコントロールするガヴラス監督の手腕によって、高度に作り込まれた”響きと怒り”以上のものに仕上がっている。本作は対立を描いているのではなく、この映画自体が対立なのだ。

8位『イニシェリン島の精霊
2023年1月27日(金)日本公開。


SEARCHLIGHT PICTURES



マーティン・マクドナー監督は、ほろ苦くもコミカルな『イニシェリン島の精霊』でアイルランドのルーツに立ち帰った。舞台はアイルランドの孤島、イニシェリン島。ある日、中年のバイオリン弾きのコルム(ブレンダン・グリーソン)は、少し間の抜けたところのある飲み仲間で親友のパードリック(コリン・ファレル)に絶交を申し渡す。理由は、残りの人生を作曲に捧げたいから。残念ながら、パードリックは納得してくれない。マクドナー監督の作品をよく知っている人であれば、塩気を帯びた辛辣なジョークやショッキングな暴力が待ち受けていることを予想できるはず。実際、本作においてもこうした要素は健在だ。ふたりが繰り広げるユーモラスなやり取りと、マクドナー監督(本作の脚本も執筆)の初期の戯曲を思わせるような血だらけの自傷行為からは、人間らしさが感じられる。それに加えて、グリーソンとファレルという『ヒットマンズ・レクイエム』(2008)の主演コンビの復活によって、ふたりの会話に命が吹き込まれている。ファレルの名演を称えるキャッチコピーはすべて本当だ。本作においてファレルは、ギリギリまで追い詰められる、少し鈍感で心優しい男を見事に演じているのだから。

7位『Aftersun(原題)』
日本公開未定。


A24



離婚した若い父親(ポール・メスカル)と11歳の娘ソフィー(フランキー・コリオ)がトルコのリゾート地で過ごした休暇を描いた『Aftersun(原題)』。プールサイドでのんびりしたり、時おり観光に出かけたりするふたりは、表面上は”絵に描いたような完璧な親子”に見える。だが、ふたりの物語のそこここにほころびがある。すべてがぼんやりとしていて、明確なことは何もわからないのは、本作が長編デビュー作となったソフィー・ウェルズ(監督・脚本)の手腕に依るところが大きい。徐々にオーディエンスは、本作が大人になったソフィー(セリア・ロールソン・ホール)の視点から語られる回想録であることに気づく——そこには懐かしのビデオカメラで撮影された映像とともに、胸を刺すような痛みが挿入されている。実際、本作は時限爆弾のようなものであり、それが爆発した時に絶大な効果を発揮する。

6位『Benediction(原題)』
日本公開未定


LAURENCE CENDROWICZ/ROADSIDE ATTRACTIONS



40年以上にわたって素晴らしい映画をつくり続けてきたイギリスのベテラン監督テレンス・デイヴィスのキャリアを見渡してみても、第一次世界大戦でトラウマを負って良心的兵役拒否者となった詩人ジークフリード・サスーンの半生を描いた『Benediction(原題)』は、特異な存在感を放つ。本作において、歴史ドラマと文学的回想、クィアな欲望、静かな情熱、そして若い男性たちの命を奪った戦争に対する燃え盛る怒りがひとつに溶け合う。俳優たちは、トップレベルの演技を披露している(そのなかでも、若き日のサスーンを演じたジャック・ロウデンと老年のサスーンを演じたピーター・カパルディ、親身な医師を演じたベン・ダニエルズの演技は傑出している)。悲劇の予感が作品全体に重くのしかかる一方で、鋭いウィットも光る。オスカー・ワイルドが『The Guns of August』(訳注:第一次世界大戦を描いたバーバラ・タックマンの小説)を書き直したら、このような作品になるのではないだろうか。ハリケーンのように突如として襲ってくる最後のシーン——一生分のメランコリーとトラウマが詰め込まれている——に、きっとあなたは圧倒されるだろう。

5位『No Bears(英題、原題:Khers Nist)』


JP PRODUCTIONS



イランの司法当局から反体制的とみなされて収監されているジャファル・パナヒ監督——現在は「反体制的なプロパガンダによって国家の安全を脅かした罪」により、禁錮6年の実刑判決に服している——が置かれている立場は、残念なことに最新作『No Bears(原題)』の緊張感とリアルさをより一層引き立てている。こうした状況にもかかわらず、またしてもパナヒ監督は人生を肯定すると同時に政治権力の顔面にパンチを喰らわせるような傑作を生み出した。主人公は、母国イランにおいて「20年間の映画製作の禁止」を言い渡された架空の映画監督の男(モデルはもちろんパナヒ監督本人)。男はトルコとの国境付近の辺境の村を拠点に、ノートパソコンを使ったリモート撮影に挑む。その一方で村人たちは、この有名な監督が撮影した映像の中に自分たちにとって都合の悪いものが映っているのでは、と心配しはじめる。映像を見せろと詰め寄る村人たちを前に、男は一歩も譲ろうとしない。やがて訪れるアイロニーと悲劇とともに、本作はパナヒ監督の身に現実に起こったことをリアルに描き出している。


4位『Till(原題)』
日本公開未定


LYNSEY WEATHERSPOON / ORION PICTURES



1955年、米ジェット誌に掲載された1枚の写真が全米に衝撃を与えた。写真には、蓋のない棺に横たわる、エメット・ティルという14歳の黒人少年の無残な亡骸が映し出されていたのだ。少年はリンチによって殺害された。『クレメンシー』(2019)のシノニエ・チュクウ監督には、この写真が全米を駆け巡った背景と黒人少年の誘拐殺人が公民権運動の引火点のひとつとなった経緯をシンプルに語るという選択肢もあったはず。だがチュクウ監督は、シカゴ出身のエメット少年(ジャリン・ホール)が自由奔放に街を駆け回ったり、母親メイミー・ティル・モブリー(『Station Eleven』のダニエル・デッドワイラー)と一緒に過ごしたりする姿を活写することを選んだ。そうすることで、アメリカ近代史における重要な転換点とされた事件を人間の物語として再提示しているのだ。残虐極まりない事件を再訪したことによって、その後の喪失と悲しみがより一層際立つ結果となった。チュクウ監督は、その鋭い感受性を自然に駆使しながらエメット少年の死に向き合う。本作は、人種的不正義をめぐる昨今の痛ましい事件の生々しい傷跡に触れながらも癒しの必要性を説いているわけではなく、息子を失った母親の視点から物語の悲劇性を語っているのだ。さらに本作の素晴らしさは、感情をさらけ出したダニエル・デッドワイラーの名演と先見性に裏打ちされている。

3位『別れる決心
2023年2月17日(金) 全国公開


YOUNGUKJEON



生真面目な刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と転落死した男、その男の美しい妻で容疑者のソレ(『ラスト、コーション』のタン・ウェイ)をめぐるラブストーリー『別れる決心』は、映画界が誇る鬼才パク・チャヌク監督のこれまでの作品と比べると抑えられた印象を受ける。それでも、ヒッチコック監督の『めまい』(1958)の影響が垣間見られる本作には、あっと驚く視覚的なファンファーレが目白押しだ。それでも本作では、フランスの残酷演劇グランギニョールのような世界を離れて、容疑者に執着するあまり刑事ヘジュンの正義感が徐々に崩れていく様子に焦点が置かれる。本作はラブストーリーであると同時に悲しい宿命を描いたネオ・ノワール作品でもあるが、2022年でもっともロマンチックな映画であることは確かだ——たとえチャヌク監督と脚本を手がけたチョン・ソギョンが中盤で物語をリセットしたとしても。新たな舞台で繰り広げられる、毎度お馴染みの狂おしい愛というギャンブルによって、物語の悲劇性がより一層際立つ。本作においてチャヌク監督は、優しさを描くためにあえて残虐さを選択した。その効果は絶大だ。

2位『Lingui, the Sacred Bonds(英題、原題:Lingui, les liens sacrés)』
日本公開未定


MUBI

15歳のマリア(リハネ・ハリル・アリオ)は、自分が望まない妊娠をしたことに気づく。父親は誰かわからない。マリアは人工妊娠中絶を望むが、母国チャドではイスラム教の掟だけでなく、法律でも禁止されている。マリアの母親アミナ(アシュア・アバカ・スレイマ)——彼女自身も望まない妊娠の経験者であり、それに伴う社会的評価の低下を身に染みて経験している——は、自分たちのコミュニティから排斥されたとしても、あらゆる手を使って娘を守ることを決意する。『終わりなき叫び』(2010)で知られる映画界のレジェンド、マハマト=サレ・ハルーン監督の『Lingui, the Sacred Bonds(英題)』は、母と娘の物語を道徳的な寓話と熱烈な抗議、そして形式主義の傑作へと昇華させた。本作における構図と色彩、雰囲気の使い方は他に類を見ない。それだけでなく、法律を犯すことの緊迫感を保ちながら、物語に登場しては退場していく女性たちの”聖なる絆”を見事に称えている。彼女たちが立ち向かう状況が困難であるからこそ、観る人は深く感動する。

1位『砂利道』
日本公開終了

KINO LORBER



パナ・パナヒ監督——『No Bears』で紹介したジャファル・パナヒ監督のご子息——の長編デビュー作『砂利道』が幕を開けると同時に、オーディエンスは進行中の家族旅行の真っただ中に投げ込まれる。ヒゲ面の気難しい父親(Hasan Mujuni)は、ギプスを巻いた足を引きずっている。母親(Pantea Panahiha)はいつも不安そうで、少しおせっかいなところがある。ハンドルを握るのは、読書家の長男(Amin Simiar)。後部座席では、次男(Rayan Sarlak)が大騒ぎしている。一家がどこを目指して車を走らせているかは謎に包まれている。それどころか、最初のうちは本作がいったいどのタイプのロードームービーなのかもわからない。

だが、パナ・パナヒ監督によって他のジャンルの多種多様な要素——家族ドラマから政治的アレゴリー、さらにはデッドパンといったコメディ要素から涙を誘う悲劇に至るまで——が見事に溶け合うことで、オーディエンスは目的地よりも旅という行為のほうが重要であることに気付かされる。ませた6歳の次男の行動を見て腹を抱えて笑ったり、新婚カップルが繰り広げるビッカーソン夫妻風のやりとりにクスッと笑ったりしている時でさえ、シェイクスピアの言葉を借りて「別れはこんなにも甘く切ない」と言いたくなる。昔からイラン映画と車は切っても切れない関係にあり、子供が語り手の役割を担うことも多い。だが、これほど見事にオーディエンスを抱腹絶倒させると同時に感動させる作品は貴重だ。そしてついにこの旅の目的がわかる時、オーディエンスは助手席側の窓外を終始意味深な体制批判が通過していたことを知る。2022年において、本作ほど優美で予想を裏切ってくれる別れの物語は存在しない。映画を観ることの歓びをしみじみと感じられる、完璧なペース配分と美しいコンポジションに支えられた冒険旅行である。



1位『砂利道』第22回東京フィルメックス コンペティション部門出品
2位『Lingui, the Sacred Bonds(英題、原題:Lingui, les liens sacrés)』日本公開未定
3位『別れる決心』2023年2月17日(金) 全国公開
4位『Till(原題)』日本公開未定
5位『No Bears(英題、原題:Khers Nist)』日本公開未定
6位『Benediction(原題)』日本公開未定
7位『Aftersun(原題)』日本公開未定。
8位『イニシェリン島の精霊』2023年1月27日(金)日本公開
9位『アテナ』Netflixにて視聴可能。
10位『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』Disney+にて視聴可能。
11位『TÁR(原題)』2023年5月、日本公開予定
12位『RRR アールアールアール』一部地域にて公開中
13位『コンペティション』2023年3月17日公開予定
14位『Saint Omer(原題)』日本公開未定
15位『The Fabelmans(原題)』2023年日本公開決定、公開日は未定。
16位『X エックス』2022年夏、公開終了。各社配信などで視聴可能。
17位『生きる-LIVING』2023年3月31日(金)より全国公開
18位『プレデター:ザ・プレイ』Disney+にて視聴可能
19位『32 Sounds(原題)』日本公開未定
20位『あのこと』12月2日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他 全国公開中
21位『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』 2023年3月3日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他全国劇場にて公開
22位『Crimes of the Future(原題)』日本公開未定

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