おばさんたちが運営するチャーチはつつましく優しい居心地
Rolling Stone Japan / 2023年1月2日 10時30分
中年ミュージシャンのNY放浪記、vol.2以来約5年ぶりとなるチャーチの話題は、今年になって通い始めたゴスペル教会にまつわるあれこれです。最近非音楽ネタが続いていたので担当編集としては安堵しております。
以前通っていたチャーチに行かなくなってしまったのは2020年の晩秋だったので、2年近いブランクが空いてしまったのだけれど、夏に日本から帰ってきてすぐ、新しいチャーチから声がかかって演奏しに通っている。前のところに比べると都市部にあることもあって規模は小さく、でも圧倒的に近くなったのですごく便利。
そもそもどうして、とてもよくしてもらっていた前のチャーチに行かなくなってしまったかというと、複合的な理由なのでひとことで言うのは難しいのだけれど、信徒のなかでも割と熱心で中心的な役割を果たしていた人ふたりが2020年の春と夏に立て続けにCovidで死んで、チャーチというのは歌うし喋るし抱擁しあうしで構造的にパンデミックにとても弱いことが露呈していたんだけど、そのなかで、うーん、これはとてもデリケートに書かなければならないけど、アジア人が教会にいることに違和感を覚えてる人がごくごく一部だけど、いたんだよね。
もちろん直接的にそんなことを口にする人はいないんだけど、あるときそういったニュアンスの会話を立ち聞きしてしまって、ちょっと居た堪れなくなってしまったというのが正直なところ。なにより私は実際に3月から4月にかけてCovidに罹患して、熱が出るまでは教会に通っていたので、ほんとに私がチャーチにウイルスを持ち込んだのかもしれないし、逆にチャーチで感染したのかもしれないし、そんなことは解明しようがない。
だから気にしても意味がないし、でも実際に死人が出て、そうすると構成員の全員がえも言われぬ罪悪感と猜疑心みたいなものに包まれるというのがパンデミックの現場のメンタリティだ。その頃はまだこのウイルスがどんな振る舞いをするのかもよくわかっていなくて、ワクチンだってまだなくて、そんななかでトランプが記者会見でチャイナヴァイルスとかカンフルー(カンフーとインフルエンザの合成造語)とか連呼したり、コメディアンがテレビで中華料理を食べちゃったけど感染しないかしら、とか冗談なんだか本気なんだかわからないことを言ったりして、そういったアジア系に対する「あいつらが病原菌をばら撒いてるんじゃないか」というまなざしが、これははっきりと社会全体に蔓延していたので、チャーチにおいてそういった影響が完全に排除できるかといえば、それもまた難しい話なのだった。
もしこの話をパスター(牧師)やミュージックディレクターにしたとしたら、「そんな懸念は1000%間違ってるし、一切耳を貸す必要はないし、君が感染源だなんて思ってる人間はこのコミュニティに誰ひとりいないし、だからそんなことで来るのをやめてはいけない」って間違いなく言ってくれただろう。普通に考えればそのとおりなんだけど、でもパンデミックによって私自身のメンタルが弱体化していたことも相まって、結果としては行かなくなってしまったのだった。あんなによくしてもらっていたのに。
さておき、今年に入って知り合ったエリックという全盲のピアニストがいて、何度かブロックパーティとかオープンマイクのハコバンの仕事とかを共にしていたのだけれど、彼が弾いてるチャーチでちょっと予算に余裕ができそうなので、一緒にやらないか、と声をかけてもらったのだった。先に話したような心の傷もだいぶ癒えていたこともあって、ふたつ返事で引き受けた。
新しいチャーチはパスターがおばちゃんというかおばちゃんとおばあちゃんの端境期ぐらいの方で、そのせいもあってか慕ってやってくる信徒のほとんどがおばちゃんで、となるとウーマンリブとかシスターフッドとかって側面が立ち上がりそうだけど、何よりいちばん強いのは井戸端会議としての機能であるように見える。
前のチャーチのパスターはもともとはブロードウェイのシンガーで、キャリアのある時点で神学の大学院に通って、シンガー時代に貯めた資金を元手に中古の教会を買い取って一国一城の主となった人。こういうショービズの世界から聖職者になるというルートはだいぶ一般的で、なによりパスターというのはリードシンガーを兼ねていることが多いし、芸能人としての知名度を布教の現場に持ち込めるアドバンテージもある。あとやっぱり歌手としていつまでも第一線に居続けることの困難さを考えれば、キャリアパスとしても順当なものだと思う。
日本でも芸能の現場から引退した歌手がカラオケスナックを経営したり、飲食店の店主におさまったりするのはよくあることなので、まあなんかそういったものを想像してもらえれば大きく外れないとは思う。そしてそういうとき、客の多くには店主のカリスマというか、芸能人としての色気を慕って来ているふしがあって、それが別に不純とはひとつも思わないけれども、ああそういうモチベーションね、と感じることは端々にあった。
それに比べるといまのパスターは元教師のおばちゃんで、信徒のほうもおばちゃんだし、毎週足を運んでもらったりいくばくかのお金(一応目安としてどこのチャーチでも収入の1割を信仰に捧げることが推奨されている)を供出してもらったりするモチベーションが、よく言えば実直というか飾り気がないというか、率直に言ってどうにも地味だ。よくもわるくも芸者性が希薄で心配になる。
ただオラっとしたところを見せつけたり、がんがん煽って信者がバタバタ気絶していくようなマスキュリニティ要素が少ないのは、私みたいなおっとりジャパニーズ──日本にいれば私とてだいぶトキシックマスキュリニティばら撒きサイドの人間であるはずなのだが、アメリカにおいては依然断然、ひ弱な仔リスちゃんである──にとってはだいぶ気楽な環境ではある。
なにしろ集められたバンドのドラムは女子で、キーボードは先に話した全盲で、それにベースがちんちくりんのおっさんアジアンだ。これはいわゆるなんというか、世に言うところの『がんばれ!ベアーズ』である。
ただ私はいまのところこの、ダイバーシティ枠を煮詰めたみたいながんばれベアーズ状態がなんだか気に入っている。すごく自分の場所だなと思えているのと同時に、いつまでもベアーズじゃねえからなという気合いも入っている。要はあれです、ここでまた地道にがんばっていこうと思います。
唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy
◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
Vol.9「腰パンとレイドバックと奴隷船」
Vol.10「コロナで炙り出された実力差から全力で現実逃避してみたら、「銃・病原菌・鉄」を追体験した話」
Vol.11「なんでもないような光景が、156年前に終わったはずの奴隷制度を想起させたと思う。」
Vol.12「実際のところ日本のカルチャーがどれだけ世界的に流通してるのかっつうとだな」
Vol.13「アメリカにだって建前はある。マリファナ販売店で超理論に遭遇」
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