森山良子の歌手人生、すべてが歌になっていった55年の歴史と現在を本人とともに語る
Rolling Stone Japan / 2023年1月20日 7時0分
日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2022年11月の特集は「森山良子55周年」。1967年、19歳の時に日本の新しいキャンパスカルチャーのヒロインとしてデビューし、今年歌手人生55周年となる。今月は森山良子本人をゲストに招き、2022年2月に発売された8枚組159曲が収録されているアルバム『MY STORY』から毎週8曲を自薦し、55年にも渡る歴史を辿る。最終週パート4ではアルバムのDisc7とDisc8を中心に人生のすべてが歌になっているような現在の歌手活動までを掘り下げる。
田家秀樹:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人・田家秀樹です。今流れているのは森山良子さん「人生はカクテルレシピ」。8月30日に配信発売された6年振りの新曲です。作詞作曲は森山良子さん、お酒の歌でありますがこの中に出てくるお酒を良子さんはどこまでご存知なんだろう、飲まれたんだろうというお話は後ほどお伺いしようと思っていますが今月の前テーマはこの曲です。
2022年11月の特集は「森山良子55周年」。良子さんご自身に55周年記念ボックス8枚組159曲の中から毎週8曲ずつ選んでいただいてストーリーを伺っております。今週は最終週です。よろしくお願いします。
森山:よろしくお願いします。
田家:先週はフランス音楽の大巨匠ミシェル・ルグランさんに「俺と一緒にやったんだからくだらない音楽はするな」と言われた。これだけいろいろな音楽を歌われてきて、ミシェルさんの言葉を借りればくだらない音楽なんですけど、そういう受け止め方仕分けの仕方はあるんですか?
森山:ちょっと有名なバンドのオーケストラの話をしていると、これはどう思う? って訊かれるんですよ。「うーん、ちょっとイージーリスニングかな」なんて言うと、「だろう?」って感じで(笑)。
田家:イージーリスニングというのはお手軽な音楽だろう? というようなことなんでしょうかね。
森山:それで気が合うと「だよな」とか言って、ちょっと近づいていったりするんですね。
田家:今週は毎週8曲ずつ選んでいただいているのですが、次の曲がかなり長いので今週は7曲になるのですがそういう中で今日の1曲です。2000年12月に発売になった「さとうきび畑[特別完全盤]」。
森山:これはまだデビュー当時、寺島尚彦さんという作詞作曲された方、ピアニストでもあったんですけどその方からぜひこういう歌があるので歌わないですか? と言われて。まだ私は20歳そこそこかな。
田家:1969年のアルバム『カレッジ・フォーク・アルバム』に入っていたんですもんね。
森山:そうですね。20歳にもなってないか(笑)。びっくりしちゃって、当時ベトナム戦争とかでアメリカンフォークはそういう動きがあって、そういう歌はコピーして歌っていましたけれども自分がこういう歌を歌うことを想像したことがなかったので、これはちょっと歌えないなと。身に余ったと思ったんです。でも、当時ちょうどアルバムのレコーディングの最中だったんです、本城ディレクターにこういう曲をいただいたんだけども、本城さんどう思う? 私はとても自分では歌いきれないと思うんだってお話をしたら、これは素晴らしい曲だからレコーディングをしようって。ちょうどレコーディングしていたアルバム『カレッジ・フォーク・アルバム』の中に収録はしたんです。でも、ほんっとうに歌いきれない自分がなんかやるせなくて、曲に申し訳ないというか。それでずっとずっと歌わないんですけど、アルバムは当時よく売れていたのでコンサートに行くと、「さとうきび畑」ってリクエストの声がかかるんですね。そうすると歌ってみるんですけど、歌うそばからうわー歌えてない……!ってそういうことを何回も繰り返していくうちに結局封印してしまうことになるわけです。それから年月がどれぐらい経ったのか。
田家:30年(笑)。
森山:そうですね。湾岸戦争の頃に私のコンサートを観に来た母が「あなたね、こんな愛だの恋だのチャラチャラした曲ばかり歌わないで、あなたには今歌うべき曲があるでしょ」って。
田家:お母様が言われた?
森山:そうなんです。
田家:えーー!
森山:「ちゃんちゃらおかしいわ」って言われたんですよ。そういう強いことを言う母なんですね、特に私の歌に関しては。それでどの曲を指しているかもよく分かったし、たしかにそうだな、私はちょっと逃げていたなと思って、それで「さとうきび畑」をもう一度紐解いて目を通しながら歌ってみたら、今度は「さとうきび畑」の方からぐーんっと自分に近づいてきてくれて、そんなに難しく考えることないよって、この詞とメロディをお客様に届けるだけでいいんだよってふうにささやいて肩をポンポンと叩いてくれたような気がして。そこからふーっと近くなって、今は欠かすことなく聴いていただいている曲ですね。
田家:良子さんが選ばれた今日の2曲目「涙そうそう」。
田家:作詞が良子さんで作曲がBEGINですね。
森山:BEGINと出会ったのが野外のコンサートだったんですね。そこでいろいろなおしゃべりをしたりして、私が当時持っていたラジオ番組のイベントに来ていただくことにして。「あ、なんか1曲一緒に曲作ろうか」ってそんなこと言ったの生まれて初めてなんですけどね。彼らの雰囲気がすごくいい感じだったので、何か一緒にできたらいいなと思って声をかけて。それで「涙そうそう」って書かれたカセットが届いたんです。「涙そうそうってどういう意味?」って訊いたら、涙が溢れてポロポロ落ちる様子を言うということで、またここで兄が出てきちゃうんですけどもね。突然亡くなった兄のことが忘れられなくて、なぜなのかといういつもその想いが心の中から離れなくて押し殺していたんですね。「涙そうそう」、涙がポロポロっていうのが私が毎日彼を思って泣いているその心情にものすごくピタッと来ちゃったんです。それを聴いたら一気に詞を書くことができて、亡くなってから30年ぐらい経ってますから自分の中でも少し整理ができた言葉で書けたのかなと思って、いろいろな意味で素晴らしい出会いをいただいたなと思いました。
田家:アジアで一番聴かれている歌の中の1つですもんね。
森山:これもBEGINが歌っていて、私も歌っていて、夏川りみちゃんがどうしても歌いたいってBEGINに言ってくれなかったら、これはヒットしなかったんですよね。3年ぐらいBEGINも私も歌っていたわけですから。レコーディングもして。どういう人の声、どういう人に運ばれるかってことはものすごく意味があることなんだなってあらためて感じたことですね。
田家:これもイージーリスニングではないという1曲です。今日の3曲目、「あなたが好きで ~2004年シングルバージョン~」です。
田家:作詞作曲が森山良子さん。このタイトルのアルバムはラブソングのアルバムでした。「涙そうそう」があったりしたことで何か溢れるものが自然に出るようになったみたいなことがあるのかなとか。
森山:コンサートの最後に歌える曲を自分で作ってみたいって思ったんですね。それでこれを作った時に、なるべく最後は盛り上がるようにって作って。そうするとお客様がこの歌を聴くと、家に帰って主人にやさしくしたくなりますとかそう言ってくださるので(笑)。あ、なんかすごくうれしいなと思って、やっぱり直球であなたを愛するって歌ってあまりないような気がして。しかもだんだん歳を重ねてくると、男女の関係も変わってきますからね。長年連れ添ったご夫妻にはすごく効き目があるようで、よかったと思ってます。
田家:シンガー・ソングライターという意識は全然ないというお話もありましたけど、これだけ大きい曲の詞も曲もお書きになるわけですからね。
森山:みなさんにお尻を叩かれ、また「いいじゃない!」っておだててもらい、なんとか作る路線というものも少し開発したのかなと思っています。
田家:この謙虚さあっての55周年なのかもしれません。次は今日の4曲目です。2011年の曲で「Ale Ale Ale」。
田家:アルバムのタイトルが『すべてが歌になっていった』45周年アルバムでした。『すべてが歌になっていった』っていいタイトルだなと思いました。
森山:そうですね。鈴木慶一さんがつけてくださったんですけれども、それは私がどんなふうに過ごしてきたかということをおしゃべりしているうちにいろいろな想いとか生活とか、結局私は歌になっていっちゃうのよねって話を。最初は矢野顕子ちゃんが「慶一とお見合いしなさい」って、あっこちゃんが「慶一さんとやったらいい」って勧めてくれたアルバムなんです。すごく楽しかったですね。追求していくものが深いし、私とは真逆だったり全然違う方向性だったりするのでポピュラリティと深さといろいろなものが混在されていて、多方面のことを考えながら音楽を作っている気がしてとても心強かったですね。
田家:あっこさんが仲人になる前は慶一さんとはほとんど縁がなかった?
森山:若い頃にアルバムにムーンライダーズとしてバッキングをしてくださったりとか、そういうことぐらいしかお付き合いがなかったんですね。
田家:そういう『すべてが歌になっていった』の中に物忘れする年齢というのが入ってましたね(笑)。
森山:このアルバムを作っている時にそれこそあっこちゃんのライブがあったんですね。観に行って帰る時に村上ゆきさん、この曲を書いた方と一緒になったんです。それで「お夕食でも食べようか」って。その時に話してたことが「ほらほら、あの時のこういう歌を歌っている人!」とか音楽の話をしているんですけども、全然なんにも出てこないんです(笑)! それをゆきさんがおもしろいって思ったみたいで、次の日にこの曲が届いたんです。
田家:あ、これは良子さんのことでもあるんだ(笑)。
森山:私のことなんです。「ほらほら」って言っているその通りの曲が届いて、まだ歌詞は全部は書かれてなかったんですけども、こういうことだったら私もいっぱいあるからって言って一緒にまたその先に詞を作って。一瞬送られてきた時は若干むっとしたんですけどもね(笑)。その後は大笑いして、これおもしろい! ってなりました。完成させようってなりました。
田家:良子さんが選ばれた今日の5曲目です。家族が歌になっています。「家族写真~合唱付きver.」。
田家:作詞が松井五郎さん、作曲が森山良子さん。松井五郎さんとはどんな話があったんですか?
森山:これはコーラスグループのサーカスさんのご依頼で「30周年記念のアルバムに書いてくれない?」って言うので、「ええ! 私が!?」なんて言って。でも松井さんがいれば安心と思って、すぐ松井さんにお話をして。家族がテーマということは決まっていたので、これはテレビかなんかに映っていた1枚の写真を見た時に発想をして、わーっと書き上げたっておっしゃってましたから。自分の家族にも当てはめ、みなさんの家族にも当てはまるんじゃないかと思って、いつもいろいろなことを思い出しながら歌いますね。
田家:ご自分の家族観とデビュー当時の家族観はかなり変わってきているものがおありになる?
森山:やっぱり時代が違いますから愛おしさみたいなもののあり方がちょっと変わっているかなと思いますね。私が子どもであって、兄と父と母がいて、本当にセピア色になった写真を私の中にも家族写真というものが存在するんですね。
田家:それが「涙そうそう」になったわけですもんね。
森山:そうですね。そういう意味での懐かしさと昭和という時代の何もないけれども、なんか温かくていい時代だった。みんなが肩を寄せ合って助け合っていた時代。その時代がとても愛おしい時代なんですけども、今の時代ってまたまたもっともっとドライであって、思考もみんな違いますしね。どんどん新しく塗り替えられていくし、この歌の世界とは違った想いがありますね、家族に。
田家:良子さんが選ばれた次の曲は詞曲が森山直太朗さんと御徒町凧さん、「今」という曲です。
田家:この曲を選ばれているのは流れの締めくくりらしいなと思いましたけども。
森山:直太朗になんかちょうだいってしつこくねだって、なんかちょうだいって言ってもらった曲なんです。私50周年なんだけどって言って(笑)。
田家:これをいただいた時はどう思われました?
森山:歌うのがすごく難しかったんです。今でも難しいと思う。5年経っても歌いきれないものがあって、レコーディングに彼らも一緒に来たわけなんですけども、「歌い方そうじゃないから」みたいに逐一歌唱指導みたいなのを受けながら(笑)。バーブラ・ストライサンドのあの曲のあそこのあの感じで歌ってよって具体的に指示があったりして、そういう意味ではすごく分かりやすい指示だったので(笑)。
田家:8枚組の159曲の158曲目がジョンレノンの「イマジン」で159曲目が世界的に大ヒットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ~君と旅立とう」。
森山:「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」はクラシックのコンサートでもよく盛り上げたくて最後に歌ったりしますから、そういう意味ではバッチリだったと思いますね。
田家:この番組は冒頭でもお聴きいただいている新曲で終わろうと思います。8月30日に発売になった「人生はカクテルレシピ」。
田家:ここに出てくるお酒は全部お試しになっているんですか(笑)?
森山:ハリケーンっていうのだけ飲んだことがないんです(笑)。
田家:他は全部?
森山:本当はこれね、もっと人生を語るような歌を作りたいと思ったんですけども、いろいろな事柄よりその頃飲んでいたお酒ばっかり思い浮かべて、そっちの方が先になっちゃって結局こういうしょうもない歌になってしまったというわけなんです(笑)。
田家:音楽とお酒があれば人生は楽しいという。
森山:そうですね。間違いないです!
田家:冒頭で55周年はスタートですっておっしゃっていましたけども、やっぱりそういう気分でいらっしゃる?
森山:全然実感がないんですね。何年経ったというふうに思いながら歌っていないので、50年なのか、30年なのか。ただやっぱり周りの人たちが55周年ね、ってあ、そうなのねって感じなので。自分自身ではあまり意識していないことですね。常に毎日が大事だと思っているので。
田家:この先はきっとスタッフの方は60周年だなと思いながら予定をお立てになっていると思います。ありがとうございました!
森山:ありがとうございました!
田家:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」、今年がデビュー55周年森山良子さんの軌跡を辿る4週間。8枚組のボックスセット『MY STORY』の中から毎週8曲ずつ、今週は7曲になってしまいましたが、良子さんに曲を選んでいただいて、それにまつわる話をお届けしました。流れているのはこの番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。
なんとか4週間終えることができました。8枚組ボックスセット、これで特集をお願いできませんか?と言われた時にはどうやってやろうかと思ったんですね。159曲どの曲にもストーリーがあって、どれを選んでも成り立つんでしょうし、どれを選んでもちゃんとしたピントの合ったものにならないのではないかと思ってどうやって…… と思っているうちに小田さんの新しいアルバムが出たり、拓郎さんのアルバムが出たり、八神純子さんの受賞のニュースが飛び込んできたり、大江千里さんの来日スケジュールがあったりということで。その間に新曲も出ますからその時にしましょうかということで、今月になったんですね。
想像していたよりもボリュームのある中身の濃い熱量で、おもしろいエピソードが満載の4週間だったのではないかと思ったりしているのですが、どんなふうにお聴きいただけたかなと思います。結局良子さんが選ばれた曲が『MY STORY』になっていたなというのが、あらためての感想でもあります。ライブを今でもずっとやっていて、「MY STORYツアー」は来年もありますからね。その間にいろいろなオムニバスのライブとか、企画のライブにも参加されていることで、まさに現役、人生が音楽そのものすべてが歌になっていった。すべてが音楽というそういうアーティストであります。そして、世代も繋いでいる。ぜひライブでこの元気さを、お酒の飲みっぷりがライブでどういうふうに発揮されているのかというのもお確かめいただけるかと思います。
<INFORMATION>
田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp
「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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