スティーヴ・レイシーが体現するクィアなZ世代らしさ、TikTokヒットが生み出す新たな問題
Rolling Stone Japan / 2023年1月19日 17時30分
スティーヴ・レイシー(Steve Lacy)の躍進は、2022年最大のハイライトのひとつだろう。「Bad Habit」はまさかの全米シングル・チャート3週連続1位を達成。第65回グラミー賞では4部門にノミネートされ、Z世代を代表するアーティストとなった彼について、Z世代ライターの竹田ダニエルに解説してもらった。
2022年、最も話題になった音楽関連のニュースの一つに、スティーヴ・レイシーの最新アルバム『Gemini Rights』のリードシングル「Bad Habit」がBillboard Hot 100の1位を獲得したことが挙げられる。この出来事は、SNSの発展によって生まれた新たな音楽とネットの関係性を浮き彫りにした。
スティーヴ・レイシーは98年生まれの24歳で、クィア(バイセクシュアル)の黒人男性。LGBTQへの差別、そして黒人への人種差別がいまだに根強いアメリカ社会において、周りから押し付けられる「こうあるべき」という枠組みに抵抗し、音楽やファッションを通して常に新しいものを生み出している彼に、Z世代をはじめとした若者たちが共感し、熱狂しているのだ。そういう意味では新たな音楽シーンを生み出す、パイオニア的な存在と言っても過言ではない。「Bad Habit」がTikTokで大ブームとなったことで「新人アーティスト」として注目されているようだが、若い頃からiPhoneで楽曲制作してきた彼は、18歳のときに自身のバンド、ジ・インターネットでグラミー賞にノミネートされており、ケンドリック・ラマー、タイラー・ザ・クリエイター、ソランジュといった大物たちの楽曲にも携わってきた。
SNSで常につながっていて、好きな人に対して潜在的なイメージを持たせるためにインスタの投稿を細かく計算していたり、Twitterのいいね欄をチェックしたり、人間関係もいつでも把握できてしまう。そんな情報社会に生きる若者にとって、リアルの世界こそがフェイクなものになりつつある。今までみたいに純粋なデートを重ねて付き合うこともマッチングアプリなどの発展によって難しくなり、好きな相手が何人と付き合っているのか、相手は自分だけじゃないかもしれないという不安など、現代特有の恋愛の悩みを若い世代は抱えている。だからこそ、リアルであること、オープンであること、気持ちを曝け出すことに対して大きな恐怖を抱えている。スティーヴの「Bad Habit」は、そんなふうにZ世代の抱える「恐怖」を赤裸々に語り、日記を読むような感覚で代弁する。
この曲がTikTokに適していた点として、イントロからサビに入る構成、どんな景色や状況にもマッチする(ジ・インターネットでも得意としてきた)スタイリッシュさ、どことなくノスタルジックでビンテージな質感、曲の中で何度も目まぐるしく変わる曲調やビートが挙げられる。さらに、”I bite my tongue, its a bad habit”(舌を噛むのは〈本心が言えないのは〉、僕の悪い癖)”Can I bite your tongue like my bad habit?”(自分の悪い癖のように、君の舌を噛んでもいい?〈キスしてもいい?〉)と、曲の途中で歌詞がリンクするのも非常に気持ちいい。
脳内にこびりつくようにキャッチーなメロディなのに、通常ラジオでプッシュされるようなポップスターの単調なヒット曲に比べて、「Bad Habit」の曲構成やストーリーテリングは実にトリッキーで、ボーカルのレイヤーやトラックからもオルタナティブな実験性が感じられる。
さらに、例えば『Gemini Rights』の冒頭を飾る「Static」では、出だしからドラッグやバイセクシュアルであることなど、背景のストーリーをごく自然で当たり前のこととして歌詞で吐き出している。自分を愛することを否定する社会で生きるクィアな若者たちにとって、失恋などの普遍的なテーマをクィアな視点から歌い上げるアーティストは心に寄り添い、人生のサウンドトラックを作ってくれる大切な存在だ。自分を愛することが難しくても、せめて自分と同じような経験をしていることを音楽を通して知ることができる。つまり、一人ではないという安心感が孤独の解消につながるのだ。
TikTokヒットが生み出す新たな問題
「Bad Habit」がTikTokヒットとしてユニークなのは、ダンスチャレンジなど特定のテーマからバズったわけではなく、ユーザーがそのサウンドを自由に取り入れている点にある。この曲と一緒に今日のコーディネートを披露する人もいれば、その日に何をしたのか撮影した動画のBGMに使う人もいる。また、スピードアップしたバージョンがTikTokでバズったため、Sped Up(既存曲のスピードを上げ、音程とテンポがアップされたもの)も公式リリースされた。
一方で「Bad Habit」のヒットは、TikTok人気に迎合することが、音楽にとって本質的に良いことなのかという議論を巻き起こしている。
昨年10月頃、「Bad Habit」のライブ動画が英語圏のTwitterで大騒ぎになった。最前列にいる観客は「Bad Habit」のワンフレーズしか歌えず、他のヴァースでシンガロングを促しても沈黙。「TikTokでバズった箇所だけ知ってて、それ以外は興味のない人」が争奪戦となったチケットを入手していることに、ファンはSNS上で怒りとショックを露わにし、音楽メディアもこの出来事を「事件」として大々的に取り上げるなど、TikTokヒットの新たな問題が浮き彫りとなった。
SNS強者たちは「スティーヴ・レイシーが今イケてる」と気づくと、TikTokやインスタなどで「『Bad Habit』生で見た!」みたいな投稿をするためだけに最前列を陣取ってしまう。彼らはコンテクストの上澄みのみを消費しているだけで、アーティストに対するリスペクトは微塵も感じられない。
衝撃の動画。Steve Lacyのライブで最前列にいる人が、ヒット曲「Bad Habit」のワンフレーズしか歌えず、他のバースでシンガロングを促しても沈黙。「TikTokでバズったとこだけ知ってて、それ以外は興味のない人」が激戦のチケットをとっていることにファンは怒り沸騰。pic.twitter.com/LIw8ff1NMy — 竹田ダニエル (『世界と私のA to Z』発売中) (@daniel_takedaa) October 18, 2022
他にも、ツアー中の公演で様々な「事件」が発生した。ライブ真っ最中のスティーヴにファンが使い捨てカメラを投げつけると、それに怒ったスティーヴがカメラを叩き壊し、そのまま退場したこともあった。またあるときは、MC中にファンが「お母さんに『こんにちは』と言って!」と叫んだら、スティーヴはその声に対して「黙ってくれる?」と言い返した。これらのフッテージもTikTokに投稿され、瞬く間に炎上していった。
@katloveshellokitty this was so unexpected #stevelacy #giveyoutheworldtour ♬ original sound - kat
これらは、Z世代のリアリティとSNSがシームレスにつながって「今」を作り上げている状況から生まれる、新しいライブカルチャーとも言える。それこそ自分も、わざわざライブの瞬間までBeRealで撮影するのを待って、「フェスなう!」みたいなノリで楽しむ人を幾度となく見かけてきた。要は、そのライブに居合わせることがファッションの一環であり、「自分の友達に見せたくなる」ステータスシンボルでもあるのだ。
ただ今回は、スティーヴ・レイシーの知名度が一気に高まったことで、昔から応援してきた熱心なファンですらチケットを買えないような争奪戦となったうえに、そのチケットが高額転売されたことが大きな問題となった。さらに、ツアーを組んだ時点ではここまで爆発的なヒットにはなるとは予測しておらず、現在の人気とは釣り合わないベニューをブッキングしてしまったことも、今回のような混乱を生む原因となってしまった。
ここで大事なのは、アーティストにとって何が本当に「良い人気」なのかを再認識することだ。実績も才能も備えたスティーヴ・レイシーのような人が、「TikTokアーティスト」として認知されることで、本当に彼の音楽を愛する人たちがライブに行けなくなるという構造的な問題が生まれつつある。TikTokがアーティストの発掘に大いに貢献していること、新たな音楽がかつてないスピードで生まれるイノベーションの現場になっていること、新たな音楽との出会いの場になっていることが、非常にポジティブな要素であることは間違いない。ただ一方で、このような「アーティスト/曲の表層的な消費」が生まれる原因の一つにもなっており、「音楽の新たな楽しみ方」とどう向き合うべきか考える必要がある。
スティーヴ自身もミーム画像に添えて「サビの2行目以降なんて知らないよ」とインスタに投稿したり、楽屋の壁に(カメラではなく)パンを投げつけた動画をTikTokに上げたりすることで状況を揶揄し、「TikTokヒット」以降のファン層に対する不満を露わにしている。彼はまた、「誰にも謝罪する筋合いはありません」と前置きしたあと、「私はリアルな感情を持ち、リアルな反応をするリアルな人間です。製品でもロボットでもありません。私は人間なんです」という誠実なメッセージを発信している。
スティーヴ・レイシーは、第65回グラミー賞授賞式における注目アーティストのひとりでもある。彼は最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞の主要2部門を含む、計4部門にノミネートされている。R&Bやインディーロックといったジャンルに収まらず、サウンドの分類を超越しながら評価されているのは快挙といえるだろう。2019年のデビューアルバム『Apollo XXI』でもノミネートされているが(最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞)、今回は主要部門へのノミネートということで重要性は格段に増している。このように、SNSがきっかけでチャートの上位を占めたり、知名度が爆発的に伸びたアーティストがグラミーでも評価される流れは今後も続くかもしれない。
スティーヴは最近のインタビューで、「このアルバム(『Gemini Rights』)の成功によって、『これで僕もアーティストの仲間入りだ』という気分になれた。以前はアーティストとしての居場所がどこにあるのかわからなかった。はっきりとした答えを見出せずにいたんだ。僕が無関心、あるいは世間知らずだっただけかもしれないけれど」と語っている。前例にとらわれない音楽の作り方、ジャンルに縛られることのない多様な表現、そしてメンタルヘルスとの向き合い方やクィアな男性としての「自由」な生き方は、今後の音楽業界にとっても、音楽カルチャーを愛するリスナーにとっても、重要な変化を起こしていくきっかけとなるだろう。
スティーヴ・レイシー来日公演
2024年2月14日(水)、15日(木)東京・立川ステージガーデン
サポートアクト:TENDRE(2/14)、STUTS(2/15)
2024年2月16日(金)大阪・Zepp Osaka Bayside
詳細・購入:https://www.creativeman.co.jp/event/steve-lacy_2024/
スティーヴ・レイシー
『Gemini Rights | ジェミニ・ライツ』
配信中
購入/試聴リンク: https://SteveLacyJP.lnk.to/GeminiRights
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