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佐橋佳幸と亀田誠治が語る、稀代の編曲家・大村雅朗のアレンジ

Rolling Stone Japan / 2023年1月25日 7時0分

大村雅朗

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2022年12月の特集は「大村雅朗没後25周年」。1978年に八神純子「みずいろの雨」のアレンジャーとして脚光を浴びてから男性女性を問わずアーティストのアレンジを手掛け、1997年に46歳の若さでこの世を去った編曲家・大村雅朗を偲び、軌跡を辿る。パート3は佐橋佳幸と亀田誠治をゲストに迎え、思い出の曲をテーマに8曲を選曲し語る。

田家秀樹:こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人・田家秀樹です。今流れているのは、ばんばひろふみさんの「SACHIKO」。1979年9月発売のシングルですね。2022年9月にリリースされた2枚組のコンピレーションアルバム『大村雅朗の奇跡~Compiled by 佐橋佳幸 & 亀田誠治~』。 佐橋さんと亀田さんが選ばれた大村さんの作品集2枚組なんですけど、その中で佐橋さんがこの曲を選ばれてたんですよ。エピックソニーが78年に発足して、79年のこの曲がエピック最初のヒット曲なんです。この曲が大村雅朗さんだったっていうのを実は僕はこの2枚組のアルバムで知ったんですよ。え、これ大村さんだったんだ!?と思って改めて聞くと、こんなにデリケートなピアノが入ってたんだと思ったりして、なるほど大村雅朗さんってこういうところから始まってるんだと。そんなことを思いながら今週の前テーマをこれにしております。

関連記事:ミッキー吉野の音楽への情熱と美学、亀田誠治が制作中の影響を語る



今月2022年12月の特集は「大村雅朗没後25周年」。大村雅朗さん再評価の年となった2022年の締めくくりの12月、大村雅朗さんの軌跡を辿ります。今週はパート3。佐橋佳幸さんと亀田誠治さんに大村雅朗さんを語ってもらいました。

佐橋:こんばんは。佐橋佳幸です。

亀田:こんばんは。亀田誠治です。

佐橋:僕ら、先日福岡にて大村雅朗さんのトリビュートライブを一緒にやって、音楽監督を務めてきたわけですけど、そもそも大村雅朗さんは今年が没後25周年で。実は僕は高校を卒業して数年後の1983年にUGUISSという高校時代の仲間とやっていたバンドでデビューするんですけど、デビューする前にバイトをしながらバンドで頑張るぞなんて言ってたときに、音楽関係の先輩から「お前、ちょっとバイトやめられる?」って言われて。「何でしょう?」って言ったら、「今度、石川優子さんって人気が出てきたシンガーソングライターの人の全国ツアーがあるんだけど、ギターやってみるか?」って言われて。

亀田:いきなり大抜擢?

佐橋:そう。それはなぜかって言うと、アコースティックギターもエレクトリックギターも両方やれる人を探していたんだって。それで「両方できるよね?」って言われて、バイトを辞めて18歳のときにコンサートツアーに参加したわけ。

亀田:佐橋さん18歳のときに、両方できる人だったの? アコギも?

佐橋:そうそうそうそう。

亀田:すごい子役だね。

佐橋:あはははは。そんな鈴木福くんみたいに言わないで(笑)。もともとアコギをやっていてエレキに転向したこともあって、石川優子さんのツアーに参加したんですよ。譜面が来て、そこに何曲か編曲・大村雅朗と書いてあって。それで大村さんの名前を知った。石川優子さんの楽曲の中でも、ちょっとおしゃれだなと思うのが大体大村雅朗って書いてあって。そこから数年経ちまして、バンドが解散して、今みたいなスタジオミュージシャンの仕事を始めた中で、高校時代の先輩で師匠でもあります編曲家の清水信之さんから電話がかかってきまして、今度俺たちの学校の後輩がデビューするらしいからちょっと手伝えって言われて。五つくらい下の後輩がデビューすることになったから(アレンジは清水信之さん)、1曲アレンジすることになったんです。それでギター弾きにこいって言われて会ったのが、渡辺美里だった。

亀田:おおお。

佐橋:それで彼女の『eyes』というファーストアルバムの信さんのアレンジで、小室哲哉さんの曲にギターで参加したんですね。その後,渡辺美里さんは前人未到の女性アーティスト初の2枚組のアルバムの制作に突入するわけです。

亀田:『Lovin you』だ。

佐橋:今で言ったらプロデューサーが大村雅朗さんだった。全曲のサウンドプロデュースをやっていますから。そこでスタッフが「美里の先輩で、今ちょっと活躍してるギタリストがいるんで」って大村さんに僕を紹介してくれて、ちょっと使ってみませんか?って。それで僕が途中参加でアルバムに参加することになるんです。それが大村雅朗さんとの出会いでございます。それでは僕の高校の後輩でもあります渡辺美里で「Lovin you」。





一番初めに出会ったときってどんな感じでした?

佐橋:怖かったです。

亀田:怖かった?

佐橋:バサッと譜面を置いて「初めまして佐橋っていいます」って言ったら、「聞いてるよ」とか言って「まずこの曲」って聞かされて。全曲僕はダビングだったの。

亀田:なるほど。

佐橋:ベーシックができていて、それこそ福岡でもご一緒した今剛さんとか松原正樹さんのかっこいいギターが入っいるところに「ちょっと一色加えて欲しいんだよね」って言われて。アコースティックギターとエレキギター両方持っていったら、「生ギターも弾けるんだ。ちょっと何かやってみて」みたいな感じでセッションが始まって、1日目2曲ぐらいやったらそっからまた呼んでもらえて。

亀田:気に入られたんだよ。一発合格だ!

佐橋:それがご縁で、大村さんの他の方の作品とかも呼んでいただけるようになったんです。そんなご縁があったので、このコンピレーションアルバム、それから先日の福岡でのトリビュートライブの音楽監督の話が来たとき、「俺一緒にこのイベントをやりたい人がいるんですよ」って言って、亀ちゃんの名前を出して。なぜ亀ちゃんに声をかけたかったかっていうと、大村さんが福岡から編曲家として東京に出てくるきっかけになった下成佐登子さんというシンガーソングライターがいらっしゃったんですね。彼女は何枚も大村さんと一緒に作品作りをされていて、大村さんのお仕事でコーラスとか仮歌を歌ったり、そういうとこで下成さんと知り合ったんですよ。で、その下成佐登子さんの旦那さんが亀田誠治なんです。

亀田:そうなんです。今回指名された中で、僕は大村さんにお会いしたことがないんです。なぜかというと、僕は25歳のときまでアマチュアで、アマチュア時代が長く、生前の大村さんにお会いすることなくプロになってしまったんです。僕はベースプレイ以外にもアレンジとかプロデュースみたいなことをするんですが、僕が20歳の頃に学校をさぼって入った喫茶店で有線か何かで音楽が流れてきたんです。今までに聞いたことがない、むちゃくちゃモダンな J-POP がかかっていて。大澤誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」ってDJが言った瞬間に、この音楽はすごいと思って即、貸しレコード屋に行って、それをレンタルしたら編曲・大村雅朗って。プロのミュージシャンになりたいと漠然と思っていたんだけど、どうしていいのかもわからなくて。この編曲・大村雅朗って書いてあるのを見て編曲家になりたいと思ったんです。サウンド全体を手がける仕事、その道を自分が極めたいって。初めてアレンジに興味がわいて、サウンドをデザインしたい、いい音で録りたい、すごいものを作りたいというきっかけを大村さんの楽曲が与えてくれた。そんな僕がアレンジャーを目指そうというきっかけになった曲を聞いてください。





佐橋:今回大村さんのライブをやるにあたって、僕たちがとにかくアレンジャー編曲家の大村さんをちゃんとリスペクトしようって話して。それが本当にうまくいった。この機会にそのときのバンドメンバーを紹介しちゃった方がいいですよね。ドラマーは当時の大村雅朗サウンドに欠かせない今も現役バリバリの山木秀夫さん。そしてギター僕ともう1人ギターは、当時もよく大村さんセッションにファーストコールで参加していた今剛さん。それから僕と亀ちゃんの作品でいつもキーボードプレイヤーとして活躍してくれる斎藤有太くん。あともう1人、大村雅朗さんを看取ったシンセプログラマーの石川鉄男くん。それからサックスを始めマルチ管楽器プレーヤーの山本拓夫くん。

亀田:まあ、スーパーバンドだね。

佐橋:所縁のバンド。その中で大村さんきっかけで編曲の仕事をやりたいと思った亀ちゃんだけが、なぜか大村さんと出会ってなくて共演してないんだけど、大村さんの音は亀ちゃんが一番詳しいんじゃないかって。そこがまた良かったんだよ。このバンドのキャスティングが良かったのは、そこもあるかなと思ってます。



佐橋:この曲を聞くと久米宏さんと黒柳徹子さんの顔が浮かんでしょうがないのは僕だけ?

亀田:「ザ・ベストテン」ね。

佐橋:そうそう(笑)。

亀田:この頃、大村さんが手掛けた楽曲がチャートを席巻していたね。

佐橋:何よりやっぱ松田聖子さん。

亀田:あとはばんばひろふみさんの「SACHIKO」、岸田智史さんの「きみの朝」、みんな同じ頃だもん。

佐橋:テレビからお茶の間にモダンな音楽が流れ始めてきた頃ってイメージがあって。洋楽一辺倒だった僕らにとっても、おおっと思うようなサウンドがテレビから聞こえてたよね。

亀田:そのワクワクするサウンドが、本当に十中八九大村さんのアレンジだった。八神純子さんはピアノを弾きながら。かっこよかった。歌がすばらしいのはもちろんなんだけど、アーティストの新しい形みたいなものが当時感じられてね。

佐橋:そう、ピアノの弾き語りをする女性シンガーソングライターはその前からいたけど、あんなファンキーなピアノ弾きながら歌う人いなかったよね。

亀田:ちょっとだけネタバレになりますけど、今回のライブで、「みずいろの雨」のサンバホイッスルを吹いてもらったんですよね。初めねちょっと八神さん、嫌がってなかった?

佐橋:リハーサルのときはこっちもちょっと言いづらくて、リハーサルが終わっちゃったんだよ。亀ちゃんがずっとサンバホイッスルふいて欲しくない? ってみんなに言ってて。

亀田:僕のロビー活動が功を奏しまして、福岡の本番で「八神さん、めちゃくちゃ大きなネックレスされてるなと思ったら、サンバホイッスルだった!」って。

佐橋:八神さんが「やっぱちょっと吹こうかな」って。やっぱり八神さんの代表曲を歌われた瞬間、本当に亡くなった大村さんの顔も浮かんじゃうし、この2人そうやって音楽作ってきたんだろうななんてことを想像するだけでちょっとジーンときちゃったりもしましたね。

亀田:会場がどんと沸いたもんね、「みずいろの雨」で。





佐橋:この名曲が収録された『1234』というアルバムは僕も全面的に参加してるんですが、ギターは松原正樹さん。大村作品で今剛さんと並んでたくさん弾いてらっしゃる名人でしたけれども、このアルバムは松っつぁんと僕が主に。

亀田:ツインギター?

佐橋:同時にはやってないんだけど、この2人が全曲弾いているんですね。「Rain」で僕はリズムトラックの録音には呼ばれなかったんで。ダビングで行ったら、プログラマーの石川鉄男くんと大村さんがいて、この曲なんだけど、どう考えても隙間がないのよ。

亀田:もうギターを弾く余地がないと。

佐橋:そう松原さんの素晴らしい演奏が確か2本ぐらい入っていた。これどうしたらいいの?って言ったら、今で言うところのグルーヴがもう1個欲しいと。松っつぁんのノリだから、違うノリで弾いてくれるギタリストのリズムギターが欲しいと。ついでにオブリとかソロみたいなものをいっぺんに弾いて欲しいと。要するに一筆書きしてほしいと。

亀田:ほーーー!

佐橋:今だったら、例えばヒップホップの人だったら、一つのドラムループに対してもう1個違うループを入れてグルーヴを作ったりする。そういうことを大村さんはやろうとしていて。違うキャラクターが入ることによって揺らぎが生まれることを僕はちょっとよく理解しなかった。後でエンジニアの伊東俊郎さんと大村さんが一生懸命編集して、同じ左チャンネルでも途中まで松原さんなんだけど、急に俺になったりみたいな編集に出来上がってんの。

亀田:すごい! モンタージュだ!

佐橋:そうそうそう。すごいこと考えるな大村さんと思って。

亀田:レコーディングの中で大村さんは本当に新しい発明だったりチャレンジをいっぱいされている。佐橋さんも松原さんもスーパーギタリストとしてその当時名を馳せていたにもかかわらず掛け合わせによってね。

佐橋:僕らのコンビの中では「GLORY DAYS」って曲を選んでますけれども、千ちゃんの曲、亀ちゃんも選んでるよね。

亀田:大村雅朗さんのアレンジ作品を聞きまくっていた頃の教科書です。





亀田:「Rain」も入っている『1234』は88年でしょ? とにかくプロになりたくて大村雅朗というクレジットがあると、当時名前の読み方はわからなかったんだけど、全部聞いて、アレンジを全部覚えていた。

佐橋:千ちゃんのデビューアルバムは「大村憲司」さんだからね(笑)。

亀田:「大村雅」まで確認したら アレンジを浴びるというか暗記するみたいな。それぐらい『1234』も聴いていたし、「贅沢なペイン」の佐橋さんのディレイの乗ったギターがもうやばくて。

佐橋:あれはエンジニアの人が後からつけたんじゃないかな。バーっと弾いていたら、「もうちょっと違う音色にっていじっていいか?」って。そういう間柄になっていたから、「いいです! こっちは逆にすっぴんにしておきますね」って。それで気持ちよく弾きました。

亀田:めちゃくちゃディレイの効いたギターサウンドを堪能してくださいっていうのと、あと「贅沢なペイン」に関しては最後のエンディングに入った瞬間に転調するんだよ。GメジャーからEメジャーに転調する。もうそこで僕はね昇天。

佐橋:持ってかれちゃう

亀田:これがアレンジだ!と。

佐橋:僕すごく覚えているんだけど、千ちゃんはいつも歌詞のネタとかを書いた大学ノートをいつも持って歩いていて、それを見ながら大村さんとスタジオのロビーみたいなとこで打ち合わせしていた。だから、大村さんは本当に今で言ったらプロデューサーだよね。こういう歌にしたいんだって話をちゃんとせ千ちゃんから吸い上げてたんだよね。





佐橋:この聖子さんの曲は亀ちゃんが選んでくれた?

亀田:そう。この曲「雛菊の地平線」の作曲も大江千里さん。

佐橋:そうだ。千ちゃんの曲だ。

亀田:で、松本隆さんが作詞をされていて。これ『Strawberry Time』ってアルバムに入っていて。とにかくこの曲のイントロに痺れたの。名アレンジや名曲には名イントロがあるって言われがちだけど、それにしてもよくない?みたいな。

佐橋:なんでしょう、この語感全開になる感じ。

亀田:本当に、エレピの音一個にしても松原さんのギターだったり、自分がアレンジャーになりたいってアレンジ受験勉強をしながら、やっぱりセッションミュージシャンにどんどん惹かれていく。この名脇役の名演奏たちが、大村さんのサウンドを支えている。あと「雛菊の地平線」に関しては、聖子さんの歌の伸びが奇跡の歌声。

佐橋:確かにね。もしかしたらお茶の間の皆さんに大村雅朗をうまく説明するとしたら、松田聖子作品の松本隆さんの歌詞、希代の名作家たちの楽曲、そして大村雅朗さんの編曲っていう三つだよね柱は。

亀田:お茶の間って言葉を使われてましたけど、自分の記憶にある中で美しい音楽を一切裏切らずに、さらに高めてくれるみたいな貴重な経験を僕はこの「雛菊の地平線」に感じる。演奏、アレンジ、イントロも全部が奇跡みたいな。宝石!

佐橋:今日はずっと大村さんがサウンドメイキングに関わった曲を聞きながらお話させていただいてますけれども、大村雅朗さんは元々福岡県出身で、福岡でまず最初に活動されている。その時代からすごい編曲家がいるって噂が全国区になっていって上京されたわけですけれど、きっかけになったのは同じ九州出身の亀田誠治さんの奥様でいらっしゃいます下成佐登子さんというシンガーソングライターでありました。下成さんは大村さんと初めて音楽作りをした1人であります。

亀田:下成さんは宮崎県出身で、高校1年のときにヤマハのポピュラーソングコンテストに応募して九州大会まで行って。その時に大村さんたちとの縁ができた。

佐橋:大村さんは非常に下成さんの才能を買ってらしたので、彼女の作品を全国区にしたいという思いもあった。だから後から聞くと、その後八神さんのヒット曲とかにかかわるようになりますけれども、元々は下成さんだよね。

亀田:僕はアレンジ受験勉強で大村さんを聞いてたけど、僕の妻は受験勉強どころかもう現場で大村さんの指導を受けていた。そういう意味では下成さんの作った楽曲を音で具現化してくれるところを。

佐橋:下成さんは目の当たりにしてたってこと。

亀田:下成さんのデビュー曲の「秋の一日」はどちらかというとフォーク色が強くて、いわゆる昭和フォークというか、そういうアレンジも大村さんの手にかかるとやっぱり端正というか、うまく言えないけど四畳半の香りはしない。

佐橋:あははは。

亀田:本当に16歳の少女の純真な思いがアコースティックなフォーク調のサウンドになる。

佐橋:そこは本当に大村さんすごいよね。センスが抜群だよね。亀ちゃんがコンピのために選んだ楽曲の中にも下成さんの作品が1曲入ってますけれども。

亀田:「悲しみのアクトレス」という曲で、1980年、確か下成さんの3枚目のシングルなんですよ。本当に2年ぐらいの時の流れなんだけど、大村さんのアレンジがシティポップというか AOR 化してきている。

佐橋:モダンになっているんだ。

亀田:モダンになってるわけ。で、「秋の一日」はやっぱり大村さんとのコンビだったり、ポプコンで新人としてすごく注目されていたってことで、いろんなコンピに入ってたり、よく街とかで聞く機会があるんだけど、この「悲しみのアクトレス」っていい曲だぜって。推しでね。



悲しみのアクトレス / 下成佐登子

佐橋:おしゃれだね。

亀田:お洒落でしょ。

佐橋:印象的だったのは今回のスーパーバンドね、なんかくだらないバンド名を僕つけちゃいまして。

亀田:BTSについて説明してください。

佐橋:いわゆる大村さんの愛称って、僕らは年下だったんで大村さんって言ってましたけど、それこそ今回山木さんとか今さんは「バク」って言うじゃないすか? バクさんで、トリビュートセッションバンド= B・T・Sだなって、ある日気づいて。

亀田:あははは。

佐橋:でもこの名前で本当に告知しちゃっていいんですか?ってFM COCOLO の方からメールをいただいたんで、せめて中黒だけは入れてくださいって。B・T・Sって。いきなり福岡のコンサートのときに、「B・T・Sってバンド名らしいんですけど踊るんですか?」って八神さんに突っ込まれたので、「踊らない BTSです」としか言いようがなかったですけど。僕らの楽屋も和気あいあいとしてて、みんなで大村さんの話したりしてたんですけど、亀ちゃんの奥様下成佐登子さんも楽屋にいらして、誰かがぽろっと「あれ、佐登子ちゃん歌はないんだっけ?」って(笑)。そういう感じが良かったよね。

亀田:あははは。

佐橋:下成さんとお話したとき「私はもうやめてずいぶんなるんで、今回は大村さんのことを思い出してじっくり見させていただきます」っておっしゃってましたけど、もしそういう気持ちに奥様がなられたら、いつでもお手伝いさせてください。バンドの話とか佐登子ちゃんの話もそうですけど、僕らファミリーは福岡で結束が急速に強固なものとなりまして、なんと2月10日、大村雅朗トリビュートライブの in Osaka が決定しました。2023年2月10日(金)18時半開演でございますけど、ホールの中でも日本一言われてます、大阪の音楽の聖地大阪フェスティバルホールでやることに決定しました。ほぼ同じ出演者、そしてバンドメンバーがスケジュール OK だった。

亀田:大澤誉志幸さん、ばんばひろふみさん、槇原敬之さん、南佳孝さん、八神純子さん、渡辺美里さん。

佐橋:それから DJ・トラックメイカー砂原良徳くん、まりんも引き続き。

亀田:これ僕たち、バンドも、アーティストもみんな温まってますから、1回やって本番。

佐橋:だからぜひ会場にお越しいただければと思います。

亀田:あと約束するのは、大村さんのアレンジに忠実に。J-POP の一番キラキラ輝いてた時代にそのまま大村さんがいざなってくれますからね。

佐橋:先ほどから何度か話題に出てますけど、大村雅朗さんは素晴らしい希代の編曲家でありサウンドメーカーでありましたけれども、作曲家としても素晴らしいメロディーを残されてます。今日この番組最後に、皆さん聞いていただくなら、日本国民なら誰でもご存知の大村雅朗作曲編曲のこの曲ですかね。この曲も誰か歌うよね、2月10日。

亀田:歌ってやってもらわないと。

佐橋:もう脅してでも誰かに歌ってもらわないと(笑)。最後に松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」をお聞きください。本日お送りさせていただきましたのは、ギタリストの佐橋佳幸とベースの亀田誠治でした。2月10日大阪フェスティバルホールで皆さんお待ちしております。



田家:来年2月10日に大阪フェスティバルホールで行われる 「大村雅朗 25th Memorial Super Live 〜 tribute to Masaaki Omura 〜」の音楽監督佐橋佳幸さんと亀田誠治さんに大村雅朗さんについて語っていただきました。


左から、亀田誠治、佐橋佳幸





流れているのはこの番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。佐橋さんと亀田さん。佐橋さんが1961年生まれ、亀田さんが1964年生まれなんですね。場所も時代も違って、でも同じ音楽に接触していた。感じ方とか受け止め方がそれぞれ違っていた。でもこんなふうに同じ音楽に関わっていることがおわかりいただけたんではないかなと思ったりしております。

音楽をどう語り継ぐかは一つポイントがありまして、その時代にはわからなかったことが、時間が経っていろんな形で明らかになって、そのことが次の人たちに受け継がれていく。これが面白いところでしょうね。日本のポップミュージックはそういう段階に差し掛かっている。

先週も先々週も思ったんですけど、当時リアルタイムで、この曲が大村さんの編曲だと意識して聞いてなかったなと思う場面がたくさんありました。石川鉄男さんも当時そんなふうに思ってなかったとおっしゃっていたので、ちょっとほっとしたりもしたんですけど、やっぱり編曲家という表に出てこない存在がどれほど大きな役割を果たしていたのか。そのことを一番わかっているのがミュージシャンなんですよ。プレイする人。実際に自分が出している音がどんなふうに作られていて、どんなふうに楽譜に残されていて、そこにどういう指示がされていたのか。それは彼らがやっぱり一番体験している。そのすごさも素晴らしさも知っているわけで、編曲家の再評価がミュージシャン中心になって動いてきているのは極めて自然なことで、ありがたいことだなって改めて思ったりしています。メディアにいる人間、ジャーナリストとして呼ばれている人たちがやらなければいけないんですが、当時はそんなに聴いていなかったなと改めて自戒しながら、ミュージシャンの人たちに感謝しながら年末を迎えようとしております。ライブは2月の10日大阪フェスティバルホールです。


<イベント情報>



大村雅朗 25th Memorial Super Live ~tribute to Masaaki Omura~
2023年2月10日(金)フェスティバルホール(大阪府)
時間:開場 17:30 / 開演 18:30
出演:大澤誉志幸 / ばんばひろふみ / 槇原敬之 / 南佳孝 / 八神純子 / 渡辺美里 / B・T・S(Baku-san Tribute Session)BAND / 佐橋佳幸(音楽監督、g) / 亀田誠治(音楽監督、b) / 山木秀夫(ds) / 今剛(g) / 石川鉄男(Mp) / 斎藤有太(key) / 山本拓夫(sax) [ゲスト]松本隆(トークゲスト) [DJ]砂原良徳(GUEST DJ)

https://omuramasaaki-25th.jp/


<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp

「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
https://cocolo.jp/service/homepage/index/1210

OFFICIAL WEBSITE : https://cocolo.jp/
OFFICIAL Twitter :@fmcocolo765
OFFICIAL Facebook : @FMCOCOLO
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cocolo.jp/i/radiko

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