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BIGYUKI、石若駿と探る「AI×即興」の可能性 新しい音楽イベント『Craft Alive』総括

Rolling Stone Japan / 2023年1月31日 19時0分

BIGYUKIと石若駿の共演

「即興音楽における人間とAIの共創」をテーマにした、Dentsu Craft Tokyo主催のイベント『Craft Alive』が昨年12月に代官山UNITで開催。BIGYUKI、石若駿らが出演し、AIとライブパフォーマンスを融合させた新しい音楽体験に挑んだ。当日の模様をジャズ評論家・柳樂光隆がレポート。



『Craft Alive』は「AI x Live Performance」を掲げたイベントだ。AIとのセッションは近年よく見かけるようになってきたが、今回の企画がユニークだったのはBIGYUKI、石若駿という日本を代表する2人の演奏家がAIと演奏するだけでなく、それぞれが異なるAIと共演したところにある。

石若は山口情報芸術センター[YCAM]とのコラボレーションによるパフォーマンス「Echoes for unknown egos」。AIは石若の演奏を学習し、それを実際にドラムを叩くという形で出力する。石若の目の前にもう一台のドラムセットが置かれていて、それぞれの太鼓やシンバルにはAIがコントロールする機械が備え付けられており、石若の打音そっくりにドラムを物理的に叩く(本当に似ている!)。石若の演奏に合わせて、彼の演奏を学習したAIが実際にドラムセットを鳴らす、いわば「自分自身との共演」というアイデアが根底にある。

さらに、このAIにはもう一つ興味深いレイヤーがある。石若駿のフレーズや音色の癖を学習させたAIだけでなく、石若が即興演奏を行う際の演奏の流れも別のAIに学習させることで、石若の演奏の癖を掴むだけでなく、インプロビゼーションの構成や展開の傾向をも掴もうとしているのだ。

AIは石若の演奏を聴き取りながら、彼の演奏に反応するようにドラムを叩く。目の前で物理的にドラムセットの音が鳴ること、そして、自分の即興演奏を学習したAIが”石若駿の即興演奏の抽象性”を演奏することで、石若自身のパフォーマンスも刺激される。石若の抽象的な演奏を学習したAIが発する、不意で不規則にも感じられる演奏は、お互いの調和を拒むように機能していた。つかず離れず、合っているような合ってないような感じでセッションは進む。ただし、それは形式としての「フリーインプロビゼーション」という観点では上手くハマっていたと思う。


石若駿


石若駿

一方で、BIGYUKIが共演した「Neutone」は、石若の「Echoes for unknown egos」と全く性質が異なるものだ。開発者であるQosmo代表・徳井直生はこのように説明している。

「『Neutone』はAIを使ったリアルタイムのオーディオ処理をするプラグインで、目玉は音色変換です。Netoneに入ってきた音色を何か別の音色にリアルタイムに変換できます。例えば、バイオリンの音を学習させれば、入ってきた音を何でもバイオリンに変換できます。ノイズが多い音が入ってくれば、その音の特徴を掴んでバイオリンの弦を擦るような音を出したりもできます。そういった細かいことを汲み取って音色変換をすることができます」


徳井直生は石若・BIGYUKIの前に出演、最新のリアルタイム音響合成AIを使って進化したAI DJパフォーマンス「AI Generative Live Set」を披露した

今回のイベントでは、「Neutone」にBIGYUKIの声を3時間ほど学習させ、BIGYUKIの声に変換されたサウンドがBIGYUKIの演奏と共演する形でセッションが行われた。また後半では、徳井の手がけたドラム・ジェネレーターが自動生成するビートとBIGYUKIの共演も行われた。

ここで面白かったのは、「Neutone」のサウンドや、ドラム・ジェネレーターが生成したビートが、BIGYUKIの生演奏とかなり調和が取れていたことだ。

「Neutone」から出る音はBIGYUKIの声を用いているから不思議と繋がりが感じられたし、BIGYUKIが普段からビート主体の音楽に取り組んでいることもあり、AIが生成したビートが放り込まれても、彼はごく自然にパフォーマンスを行っていた。


BIGYUKI


BIGYUKI

BIGYUKIが近年行っているソロ・パフォーマンスは、自分ひとりで全てを構築できる作家性をアピールする代わりに、他者が介在しないため、持ち前のフレキシブルな即興性を発揮しづらかった。そこに今回、AIという不確定要素が加わることで反応の速さが遺憾なく発揮され、明らかに音楽の在り方も変わり、本人ものびのびと演奏しているように映った。

そういう意味で、「Neutone」を交えたBIGYUKIの演奏は、確実に「ライブ」であり「セッション」だったと思う。ただし、それはソロでもデュオとも違う、一人と二人の間にある何かと言うべきものだった。


BIGYUKIのパフォーマンス中、「Neutone」の信号を受けてオーディオリアクティブなVJ演出を行うDentsu Craft Tokyoエンジニアチーム

「AIとのセッション」がもたらす可能性とは?

最後に、BIGYUKIとAIのセッションに石若が加わった。そこではこの日初めて、人間が2人になり、人間どうしの音楽的な反応や対話が発生していた。すると演奏を相手に合わせるにしても、外すにしても、そこには明確に2人の間にある種の”心の交流”のようなものが生まれていたのが感じられたし、その瞬間、ステージ上の2人だけでなく、オーディエンスの間にも明らかな安心感が生まれていた。2人の人間の即興演奏の応酬の中に”わかりあっている”感覚が誰の耳にもわかる状態で存在していたことで、演奏はスリリングなのに、どこか平穏さにも近いムードが会場に漂っていた。ラストの石若の参加は、それまでのAIと人間のセッションでのAIと人間の間の捉えどころのない関係性との違いを鮮やかに浮かび上がらせていた。

終演後の2人に話を聞いたところ、「AIとはまだ会話って感じではない」「でも繋がってる感じはある」といった感覚を抱いているようだった。BIGYUKIは「自分の分身だとは思わなかった」、石若は「自分の方からAIに合わせにいくのも違う気がする」とそれぞれ振り返っている。2人とも何かしらの繋がりは感じているが、その繋がり方にはまだ確信が持てていない。AIを突き放したいわけでもないが、自分の方から合わせて演奏することには不毛さを感じているようだ。

そして、彼らにAIが今後どうなっていくのが望ましいかという話を振ると、「それは生身の演奏者に置き換えればどういった行為なのか」「人間から見たらどんな意味がある行為なのか」みたいな話を、まだ考えがまとまらないうちから語り始めた。


BIGYUKIと石若駿の共演


BIGYUKIと石若駿の共演

AIみたいに何かしらの意志を持つかのように動く相手と共演すると、機械との共演とも、ただツールを使うのとも異なる不思議なフィーリングが生まれるのだろう。その「掴みどころのなさ」が言葉を喚起しているようにも映った。そして、そういう実態があるようでない存在と対峙したとき、向けどころのない意識を自分に向けるのかもしれないとも思った。AIはその場の演奏そのものを変えるというよりは、ミュージシャンが自身と向き合ったり、「何かと共に演奏すること」について考えるきっかけを与えるのかもしれない。自らの演奏の意味を言語化しようと饒舌に語り続ける彼らの姿は、当日のパフォーマンス並みに興味深いものだった。

ところで今回使われた「Neutone」には、もう一つ知っておくべきコンテクストがある。今回のイベントにおける裏テーマとも言えるかもしれない。

現在、AIは音楽の世界でも様々な実験が行われているが、まだ手軽に扱えるところまでは至っていない。利用するにしてもプログラミングの知識が必要だったり、敷居が高くなりがちだった。しかし、「Neutone」は多くのミュージシャンが制作やライブで用いているAbleton LiveやLogicなどのDAW上で使えるようになっていて、汎用性が高い作りになっている。つまり今回のイベントは、制作のインスピレーションとして、もしくは制作のためのツールとして、これからミュージシャンが気軽に使えるプラグインにしていくためのデモンストレションの場でもあった、ということだ。



また、「Neutone」は開発したものを発表して、それを使ってもらったら終わりではない。その開発キットはQosmoによりウェブ上で公開されていて、世界中の研究者やエンジニアが誰でもアップデートを加えることができるようになっている。誰かが新たなバージョンをアップロードすると、プラグインを立ち上げたとき即座に使えるようになっている。そこでミュージシャンが使用した際のフィードバックがまた共有され、それが改善や新たな機能の開発への呼び水にもなる。つまり、単なるプラグインというよりは、音声変換機能を有したAIという形のプラットフォームというほうが近く、Dentsu Craft Tokyoクリエイティブ・ディレクターの菅野薫は「AI研究者とアーティストが協働することで、新しい音楽の地平を切り開くことを目的としたコミュニティを作っている」と語っている。

そういった「Neutone」のコンセプトにおいて、前述したような「AIとセッションすると、その経験を言語化したくなる」というポイントは重要な意味を持つのかもしれない。AIがミュージシャンを刺激することで、ミュージシャンの演奏は変化し、その変化を言語化する。その言葉がAIを進化・変化させ、それがまたミュージシャンを刺激する。その終わりのないプロセスのすべてがAIとミュージシャンのセッションの一部なのだろう。つまり、このセッションをもっと大きな視点で考えると、それは音源制作やライブの現場のみならず、ミュージシャンの言葉によるフィードバックとそれに対応する研究者やエンジニアによるアップデートも含めた、長い時間をかけたセッションのようなものだと捉えた方が自然なのかもしれない。

今後、このプロジェクトがどう発展するのかはわからないが、BIGYUKIのパフォーマンスとそこから得られたフィードバックが「Neutone」をどう変えるのか、次の機会にBIGYUKIがどう対峙するのかを考えると、このあとのステップがとても楽しみだ。その頃には、石若駿とYCAMチームのAIもきっと進化しているに違いない。


左から石若駿、BIGYUKI、徳井直生

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