藤井 風、MFS、なとり…日本発バイラルヒットから広がるグローバル進出の可能性
Rolling Stone Japan / 2023年2月2日 18時0分
2022年、「死ぬのがいいわ」の海外でのヒットをきっかけに、藤井 風が日本のアーティストとして初めてSpotifyの月間リスナー数1000万人を突破するという快挙を達成した。そして、MFSの「BOW」、なとりの「Overdose」といったニューカマーによる楽曲が多くの海外リスナーに受け入れられた。Spotifiy Japanの芦澤紀子氏に話を伺い、2022年の日本のアーティストのグローバルな活躍をひも解くことで、バイラルから広がるグローバル進出の可能性に迫った。
Spotifyが発表した「2022年に海外で最も再生された国内アーティストの楽曲」で1位を獲得した「死ぬのがいいわ」。2020年5月にリリースされた藤井 風の1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』に収録されたアルバム曲が、発売から2年が経ったタイミングで世界中でバイラルしたきっかけは、タイのリスナーがTikTokでアニメ『呪術廻戦』のキャラクター・狗巻棘のシーンの投稿に本楽曲を使用したことだったことは周知の通り。昨今の”推し活ブーム”が楽曲の力を後押しした形だ。
@pxst.c4q_qz
最初の顕著な動きとしては、2022年7月30日にタイでバイラルチャートの1位を獲得。そこから9月にかけ、一気に右肩上がりのスパイクが続いた。8月12日にはベトナム、8月21日にはシンガポール、8月末にはカザフスタンとUAEとインドネシアとカナダとエジプト、9月頭にはマレーシア、フランス、フィリピン他で1位となる。9月6日にグローバル最高4位を取った時点ではヨーロッパ各国で軒並みトップ5に入るまでに。火が付く前のデイリー再生数は1万5000回程度だったが、2カ月弱で150万回再生まで伸びた。つまり、約100倍ということだ。
「死ぬのがいいわ」が一過性のバズではない証として、本稿を執筆している2023年1月末の現時点で未だにデイリー140万回再生を保っているというデータがある。また、「死ぬのがいいわ」がきっかけで、藤井 風の他の楽曲を聴くリスナーが増え、先述した通り、藤井 風は日本人アーティストとして初めて月間リスナー数が1000万人を突破し、その後も伸び続けている。
例えば、2023年1月に入って「まつり」の再生回数が右肩上がりで伸び、1月末時点でデイリー再生数が2022年12月と比較して3倍にも膨れ上がった。国別チャートでは、1位がタイ、2位がアメリカ、3位が日本、4位がインドネシア、5位がフィリピンとなっており、直近1カ月間の再生数の海外シェアは9割近くだ。
@soundtiss タイのインフルエンサーが投稿したTikTok動画。同国ではジョニー・デップのヒゲフィルター機能を使って、「まつり」に合わせて踊る動画がバズっている。
芦澤氏はここまで藤井 風の楽曲が広がった理由として、「元々グローバルスタンダードな素晴らしい音楽を展開していた藤井 風をようやく世界が発見した」と指摘する。「『死ぬのがいいわ』はメロディや詞の乗せ方に歌謡曲っぽさがあり、そこにYaffleによるトラップぽいサウンドが加わる。シティポップが世界的に受けたことにも通じる、日本独特のノスタルジーを呼び起こすような感覚が海外のリスナーに新鮮に響いた」(芦澤氏)
MFS、なとり…国際的バズの背景とは?
「死ぬのがいいわ」の世界的バズが起きた後、世界45の国と地域でバイラルチャートインし、グローバルチャートとアメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、フランス、オーストリアで1位を獲得するという偉業を達成したのがMFSの「BOW」だ。「死ぬのがいいわ」同様、リリースは2020年。MFSの1stシングルとしてリリースされ、ヒップホップ好きを中心に支持された楽曲だ。
「BOW」は2022年10月5日から再生数生数が急上昇し、10月16日にはグローバルバイラルチャートで1位を獲得。きっかけはe-sportsでもおなじみの「オーバーウォッチ」の新作ゲーム「オーバーウォッチ2」に「BOW」が使用されたこと。日本出身の忍術を使う巫女という設定のキャラクター・KIRIKOのテーマソングとして、KIRIKOを紹介する動画の戦闘シーンで「BOW」が流れることから火が付き、バイラルヒットとなった。バズる前の再生回数と比べると、2000倍もの再生数を記録。大阪を拠点にインディペンデントな活動をしていたラッパー・MFSの楽曲がゲームがきっかけで瞬く間に世界中に拡散されるという初めての事例となった。
「『BOW』がゲームの世界観に合っていたということと、曲自体のポテンシャルがあったことの相乗効果だと思っています」(芦澤氏)
「BOW」がグローバルバイラルチャート1位を獲得した10月16日に同チャートで4位に入ったのがなとりの「Overdose」だ。リリースは2022年の9月7日で、2年前の楽曲に光が当たった形の「死ぬのがいいわ」と「BOW」と違い、リリース直後からスパイクし、ベトナム、韓国、シンガポール、タイ、マレーシアというアジア圏で10月16日から23日にかけて次々にバイラルチャート1位を獲得。
なとりは2021年にTikTokを楽曲発表の場に音楽活動を開始したシンガーソングライターで、ボカロやローファイヒップホップの影響を受けた楽曲のショート動画をTikTokに投稿し、中でも反応が良かった「Overdose」を初のデジタルシングルとしてフル尺でリリースしたという流れがある。
@siritoriyowai_
芦澤氏は、「繰り返し聴きたくなるような楽曲の中毒性があったということと、コロナ禍で”SNSを作品発表の場として活動を始めるシンガーソングライター”が増えたことがバズの原因」と分析。
TikTokに投稿された楽曲動画を見たユーザーが、「歌ってみた」「踊ってみた」「リミックスしてみた」といったDIY動画を投稿する動きが加速しているが、それに「Overdose」の中毒性がハマった。日本のアニメソングやシティポップをカバーする歌唱動画で人気のインドネシア出身のYouTuber・レイニッチも「Overdose」をカバーする等、アジアを中心にしたUGC(ユーザーの手によって制作・生成されたコンテンツ)の数が非常に多かったという。
「動画投稿サイトなどでのUGC投稿をきっかけに、ストリーミングで原曲をフルサイズで聴くという流れが生まれ、さらにこれがリスナーの共感を得てソーシャルメディアなどで共有されると、Spotifyのバイラルチャートで急上昇を始めます。『Overdose』の成功はその顕著な例だと思います。この動きは、人口が多くて平均年齢が低く、SNSでバズった曲がストリーミングに波及しやすいインドネシアをはじめ、アジアで特に起きやすい。例えば、シティポップブームの象徴である松原みきの『真夜中のドア』がグローバルのバイラルチャートで2週間以上1位を取った時も、東南アジアの動画投稿サイトを中心にUGCが急激に増え、ストリーミングに波及し、バイラルチャートでそのトレンドが顕在化したという流れがありました」(芦澤氏)
「Overdose」の例に漏れず、最近は自分が発見したものを拡散したり、友達とシェアしたり、そういったオーガニックな力によって再生数が伸びる傾向が目立つという。リスナーのポジティブな反応は、Spotifyのアルゴリズムにも影響を与え、レコメンデーションの頻度が広がることによってリスナーベースの伸びが加速していくという現象も生み出す。その動きは、Spotifyが展開する国内新進アーティストのサポートプログラム「RADAR:Early Noise」に、なとりと共に2023年に選出されたDURDN(ダーダン)の楽曲が海外に広がったケースにも当てはまる。2022年、DURDNの月間リスナー数は50万人を突破(2023年1月末現在は80万人超)。その時点で、海外のリスナー数は日本のリスナー数の倍近かったという。
「海外で一番聴かれているDURDNの楽曲は『Vacation』というシティポップ味のある心地よいダンスポップです。歌詞は日本語と韓国語のミックス。言葉の意味を追求するというより、心地よい音楽として聴かれているのでしょう。『死ぬのがいいわ』がここまで広がったことにも繋がりますが、日常のサウンドトラックとしてストリーミングを楽しむというライフスタイルにDURDNもハマったんだと思います。プレイリストやアルゴリズムのおすすめなどでこの曲に出会ったリスナーが、ライブラリに保存したり、お気に入りにするといった能動的な動きをすると、アルゴエンジンがパフォーマンスが良かったと判断し、さらにおすすめにどんどん出していく。その結果、DURDNは世界に広がっていきました」(芦澤氏)
YOASOBIの海外人気からたどり着いた「仮説」
新たな日本発の楽曲が海外に広がっていった2022年。その中でも、YOASOBIの「夜に駆ける」は、2021年から2年連続で「海外で最も聴かれた国内アーティストの楽曲ランキング」TOP3にランクインするという強さを見せている。YOASOBIの楽曲の中でも、「怪物」と「祝福」は海外で強い人気を誇る日本のアニメ関連の楽曲だが、そうではない「夜に駆ける」がこれだけの期間、海外で支持され続けているのは画期的なことだ。YOASOBIのリスナーのシェアを見ると、日本は4割で海外が6割。海外で一番多いのはインドネシア、次いでアメリカ。フィリピンと台湾がそれに次ぐ。
「YOASOBIはミュージックビデオがアニメーションで作られることが多く、初期はアーティスト写真もイラストでした。そういった部分で、海外に一定数いる日本のポップカルチャー好きへの訴求力が高いのだと思っています」(芦澤氏)
海外でのYOASOBI人気を深掘りしていく中で、ひとつの仮説にたどり着いたと芦澤氏は続ける。
「日本人からするとシティポップ、アニメ、ローファイヒップホップは一見バラバラのカテゴリーに見えますが、海外から見るとすべて同じ地平にあるのではないかと思いました。例えば、レイニッチが日本のどの楽曲をカバーしているかというと、『真夜中のドア』、YOASOBI、LiSA、なとり等。彼女にとっては全部が日本のクールなポップカルチャーなんだと思います。シティポップのリリックビデオやユーザーによるプレイリストのカバーのアートワークに日本のアニメーションが使用される割合はとても高く、また遡れば80年代に放送されていたアニメ『シティーハンター』にシティポップの楽曲が多く使用される等、アニメとシティポップはその頃から交わっていました。例えば海外で人気の高いNujabesの楽曲が投稿されている動画にはアニメーションが使用されているケースが多い。それはNujabesがアニメ『サムライチャンプルー』のサントラを手掛けていたことともリンクしているのかもしれませんが、ローファイヒップホップとアニメの親和性も高いんです」(芦澤氏)
サウンドにどこか哀愁味があり、アニメとの親和性が高い──海外からすると新鮮に響く日本の楽曲を代表する存在としてYOASOBIが支持されているという。
「例えば”Hyperpop”という言葉はもともとSpotifyのプレイリスト名から生まれた言葉です。言葉が生まれたことによって、『この音楽は新しいムーブメントなんだ』と定義づけされ一気に盛り上がりました。シティポップとアニメとローファイヒップホップを繋ぐ、”J-POP”に変わる日本のポップカルチャーを括る新しいワードを生み出すことができれば、今は点になっている現象が面で捉えられ、K-POPのような一体となった盛り上がりが生まれる日がいつか来るのではないかと期待しています」(芦澤氏)
2022年は日本語曲である「死ぬのがいいわ」や「BOW」や「Overdose」のグローバルヒット、そしてYOASOBIの海外での支持がキープされ、日本の楽曲の火が沸々と燃え始めている状態。それが一斉に燃え広がったら、日本のポップカルチャーは一気に強い存在感を持つかもしれない、ということだ。
従来の海外デビューというと、洋楽を意識した音作りをするケースも珍しくなかったわけだが、その価値観も変わった。
「『死ぬのがいいわ』は日本語の曲で、藤井 風も日本語のアーティスト名。昔のロジックからしたら、『これでは海外デビューできない』という話になっていたと思いますが、もうそういう時代ではない。ストリーミングサービスで曲を配信する=世界に対して発信しているということ。その感覚で日本発の世界に届く音楽をSpotifyとして発信していけたらいいなと思っています」(芦澤氏)
2022年に起きた事例を経て、2023年はさらに日本発のグローバルなヒットが生まれる可能性がある。どこにいたとしても、世界中のリスナーと繋がり、グローバルな存在になり得るのだ。
【関連記事】Tani Yuuki、Ado、BE:FIRST…Spotifyランキングで振り返る2022年の音楽トレンド
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