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betcover!!がついに明かす飛躍の理由、驚異の創作術、海外からの眼差し

Rolling Stone Japan / 2023年2月17日 18時0分

betcover!!の柳瀬二郎(Photo by Riku Hoshika)

betcover!!の首謀者、柳瀬二郎との数年ぶりとなるインタビューが実現。作詞作曲における信条と底知れぬ音楽的ルーツ、シーンを震撼させた4thアルバム『卵』の制作秘話、国内外から熱視線を集めるカルトバンドの現在地をたっぷり語ってもらった。

本物というのは面構えから違う。柳瀬二郎と初めて会ったときの鋭い眼光は今でも忘れられない。彼が2019年にメジャーデビュー作『中学生』を発表したとき、ダークでありながら遊び心を感じさせる音像、切迫感に満ちながらもドリーミーな詩世界にたちまち魅了された筆者は、柳瀬の作る音楽が何もかもひっくり返すのではないかと期待した。そこから少し時間はかかったが、betcover!!は孤高のロックバンドとして、今の時代に珍しいアウトローとして、唯一無二のポジションを築きつつある。

2020年の2ndアルバム『告白』を最後にcutting edge(avex傘下のレーベル)を離れた柳瀬は、DIYで音楽活動を再スタートさせることを決意。新しい仲間との出会いもあり、betcover!!は当初のソロプロジェクトから5人編成のバンドへと拡張される。翌年発表の3rd『時間』は、極端に振り切ったアンサンブルを鳴らす起死回生の一作となり、国内のみならず海外でも絶賛され、これまでを大きく上回る評価と手応えをもたらした。その後も勢いは止まることを知らず、昨年12月に届けられた4th『卵』は、米最大手の音楽コミュニティ「Rate Your Music」の2022年年間ベストアルバムで、ケンドリック・ラマーなどを退けて(!)日本人アーティスト最上位となる13位にランクイン。さらに、圧倒的なまでの怪演でライブバンドとしてもその名を轟かせており、今年2月に渋谷WWW Xで開催されたワンマン「画鋲」東京公演のチケットは即日完売となった。

このように快進撃を続けてきたbetcover!!だが、『時間』以降はインタビューの掲載が途絶えていたため、その動きはずっと謎に包まれていた。このまま一ファンとして行く末を見守ることもできただろうが、彼らが誰よりもユニークな音楽を作っている確信があるのに、声一つかけずにメディアの仕事を続けるなんて嘘にも程がある。覚悟を決めてインタビューを打診すると、実にあっさりOKの返事をいただき、柳瀬が指定してくれた喫茶店で落ち合うことになった。そして、「音楽の話がしたい」という彼と2時間以上も話し込んだ結果、16000字という大ボリュームのQ&Aになったが、アーティストとしての哲学と信条、創作のノウハウから影響元に至るまで、濃密なエピソードがいくつも明かされている。柳瀬が『卵』でめざしたサウンドと同じように、自分としても目先のインパクトだけを狙うのではなく、長く参照されそうな記事を作りたかった。

betcover!!はこのあと2月〜4月に初の全国ツアーも控えている。今の5人が放つ凄まじさを、ぜひとも自分の目で耳で確かめてほしい(詳細は記事末尾にて)。


Photo by Riku Hoshika

失われたエロスと想像力を求めて

―過去のインタビューも読み返してきましたが、柳瀬二郎は昔から尖ってたなと。

柳瀬:普通に喋ってると音楽の話にならなくて。10代の頃とか気合いが入りまくってたから悪口をかなり言ってましたよね。もう怖くて読めない(苦笑)。自分に自信がなかったのもあるし、周りのことをすごく気にしてたんですよ。もともと神経質なところがあるので、いろいろ全部気になっちゃう。その頃に比べると、今はムカつかなくなりましたね。自分のことに集中できるようになりました。

―2019年頃はあらゆるインタビューで、自分の音楽がシティポップと括られたことへの不満をぶち撒けていたけど、今はそんな誤解をされることもなくなったんじゃないですか。

柳瀬:なくなりましたね。でも、「〜っぽい」とかは永遠に言われ続けるので。僕たちのことをわかってくれているコメントは嬉しいですよ。でも、中には「そうじゃないんだけどな」っていう意見もある。前作の『時間』を出したとき、「ゆらゆら帝国っぽい」とめちゃくちゃ言われて。まったく意識してなかったのに。

―よく見かけるかもしれない。

柳瀬:ゆらゆら帝国はすごく好きだけど、「ゆらゆら帝国っぽい」と言われるとそうかな?って。ただもちろん、聴く人によって聴こえ方は違いますからね。海外の人からはキング・クルールっぽいと言われてるし、そこもまた文化の違いで面白いなって。

―でも実際、ゆらゆら帝国がそうであったように、柳瀬くんも音楽やそれ以外のカルチャーを深く掘り下げてきたはずで。その話でいうと、昨年末の珍走隊はすごく面白かった。

柳瀬:あの日は凄かったですね(笑)。

―betcover!!の5人だけでなく、マネージャーやMVを手がけてきた映画監督の達上空也さんなどもステージに出てきて、カバーや自作曲を披露するという。去年が2回目ですよね。

柳瀬:「なんかふざけたことやろうよ」ってバンドで話して。それぞれのメンバーに「日程を決めるからステージで歌いなよ」って。しかもカバーで。あれは毎年やりたいですね。

この投稿をInstagramで見る 柳瀬二郎/betcover!!(@betcover_yanase)がシェアした投稿
―個人的に印象深かったのは、ギターの日高理樹さんが「柳瀬くんに教えてもらった曲」と紹介してカバーした……。

柳瀬:「のりもの博物館」ですよね、あれは最高だった。小さい頃にVHSで観た、乗り物を紹介する子供向けビデオのオープニングテーマがめちゃくちゃ攻めてて。

『卵』をレコーディングする前に、新潟で合宿をしたんですよ。別に何をするわけでもないけど、新潟の曾祖父さんの家が空き家になってるので、日本酒を呑む会をずっとしてたんです。そこで「最近いい曲ある?」という話になって、「のりもの博物館」のテーマを教えたら、理樹さんがすごく感動しちゃって。子供向けビデオの曲にしては(声が)ハスキーすぎるし、ウィスパーボイスで、音程がちょっとズレるところも最高なんですよ。”のりものに乗っていたら/いつの間にか小さな夢を/たくさん見たの”っていう歌詞もよくて。

―betcover!!の歌詞にも通じるものがありますね。あのときの柳瀬くんは嬉しそうだった。

柳瀬:ぶちアガりましたね。ちょっと泣きそうになったくらい。



―あとは、井上陽水のカバー率が高かった気がします。

柳瀬:たしかに。「また陽水じゃん」となってましたね。みんな好きなんじゃないですか。

―バンド内で聴かせ合っているわけではない?

柳瀬:全然。(どの曲をカバーするか)当日まで秘密なので。「お前が一番気持ち込められる曲を選んでこいや!」って。



―柳瀬くんも大好きだと思うけど、どこに魅力を感じますか。

柳瀬:エロい。僕は耽美系が好きなんですよ。井上陽水は耽美ではないけど、メロウじゃないですか。メロディや歌詞にも憧れますし。

―そう言われてみると、betcover!!の音楽も「エロさ」を大事にしていますよね。今回の『卵』は特に。

柳瀬:そうですね。



―「エロさ」が大事だと思う理由は?

柳瀬:僕の好きなものには絶対に入っている要素だから。音楽以外でもそう。エロティシズムというのは表現として欠かせない部分だと思うんですよ。人間になくてはならないものの一つ。でも、最近はそこがクリーンになってきているじゃないですか。

―猥雑さが失われているというか、「見せない方がいい」みたいな。

柳瀬:そういう風潮がありますよね。ただ、日本っていう僕らの土地柄には、エロっていうのは昔から大きなジャンルとしてあるわけだし、文化の発展にも大きな影響を与えてきたわけじゃないですか。エロとして描かれるものに宿る、作者のエネルギーって半端ないなって感じることがあって。表現としての強さがすごい。それに日本のエロって、海外のエロとはまた違った何かがあるというか。うまく説明できないけど……。

―日本独自に発展してきたところがありますよね、和エロ文化というか。

柳瀬:これはどこかで見かけた話ですけど、エロって一番尖った表現ができるコンテンツなんですよね。なぜかというと、エロはおまけでいい。例えばエロ漫画もそうで、エロを扱ってさえいれば何をやってもいいという自由さがある。そういうところが面白いなって。ただ、音楽は直接的にエロを持ち込むことができないので、「音楽におけるエロってなんだろう?」って考えるんです。だから『卵』も含めて、僕にとって最近の大きなキーワードがエロで、そこを指摘してもらえるのは嬉しいですね。

それに最近は、音楽以外のところで「内にあるエロ」を見かける機会が増えたような気がして。例えば、『チェンソーマン』とか僕も好きなんですけど、作者の性癖を凝縮させたものが表現に顕れている感じがしますよね。そういうものが世の中に受け入れられるんだなと。

―そこが妄想というファンタジーの良さでもあるわけで。

柳瀬:そうそう。妄想は縛られない方がいいと思うんですよね。



―『卵』の参考曲を集めたプレイリスト(詳しくは後述)に、小椋佳「思い込み」が入ってましたよね。70年代の歌謡曲で、”何よりまして 自由なものは/心の中の ものおもい”という歌い出し。

柳瀬:あれは本当にいい曲。あの辺の音楽が好きなんですけど、だからといって古い音楽が好きというわけではなくて。それよりは、失われたものを求めている感覚というか。別に今でもあればいいんですよ、あるならそれを聴くだろうし。まあ、海外ではひょっとしたら何人かいるのかもしれないけど……。

―日本では絶滅危惧種ですよね。だから、自分で作るしかないと。

柳瀬:そうですね、僕は和エロが好きなので。和エロの後継者としてやっていきたい(笑)。

5人が集い、生まれ変わるまでの過程

―珍走隊の話に戻ると、昔は「同世代にロクな奴がいない」と話していたけど、今は仲間に恵まれているなと思ったんですよね。現在の5人編成になってから、betcover!!はすっかり生まれ変わった感じがするというか。

柳瀬:そうだと思います。特に理樹さんと安田さん(Romantic:Key)、新しく入った2人の個性がすごくて。キャラもそうだしプレイ的にも。僕からメンバーに「好きなように音を出して」と言い始めたのも5人になってからなので、その影響もあるのかなと。

―今は自分からこうして、ああしてとは言わない?

柳瀬:デモの段階で完全に作り込んでいるんですよ。MTRでギターやピアノ、他の楽器も全部打ち込んで。そこから「このフレーズは弾けるようにしてきて、ここは自由に弾いて」というふうに伝えていて。だから、イントロとかフックになるところ以外は、全員ライブごとに演奏が違うんです。それがバンドサウンドっていうことなのかなって気づいたんですよね。これまでは「こういうフレーズでこういうふうに弾いてください」と全部決めてたけど、今は人に任せるのがいいなって。

―即興ができるようになって、バンドをやることが面白くなったというか。

柳瀬:そうですね、コードさえ合っていればいいでしょって。バンドでデモを再現しても面白くないし、音楽的にも発展がないというか。とはいえ、5人になったばかりの頃は大変でしたね。曲をプレイするにあたって各々の共有ができていない状態だったので、みんな本当にバラバラだった。今は僕のフィーリングというか、こういう景色をやりたいっていうニュアンスをなんとなくわかってくれているので、自由にやれているところはありますね。

この投稿をInstagramで見る betcover!!(@betcover_official)がシェアした投稿 左からRomantic、吉田隼人、日高理樹、岩方禄郎、柳瀬二郎

―日高さんが加入したのは……。

柳瀬:2020年の夏だったと思います。

―安田さんはその少し前、『告白』のレコーディングから参加していますよね。それまで岩方禄郎さん(Dr)、吉田隼人さん(Ba)と3人でやってたライブも、その頃から4人編成になって。

柳瀬:4人でのライブは2本くらいしかやってないんですよね。あの頃にはすでに理樹さんとも話をしていたけど、ライブが決まっていてリハーサルの時間がなかったので。



―2人が参加することになった経緯は?

柳瀬:安田さんは向こうから声をかけてくれたんですよね。フェスで一緒だったときにライブを観てくれたみたいで。爆弾ジョニーでのプレイしか知らなかったから「合うのかな?」と思ったけど、実際やってみるとすごく良くて。理樹さんはエイベックスにいた頃のマネージャーが紹介してくれて、僕から連絡しました。見た目が怖いなって思いながら(笑)。

―日高さんと安田さんが加わってから、ビジュアルもヤクザの軍団みたいになって。

柳瀬:僕も理樹さんも任侠好きなので。ただ好きなだけで中身は伴ってない(笑)。そういうわけで、『時間』を作る頃には5人編成になってたんですけど、あの頃はまだそんなに固まってなかったんです。レコーディングの時もかなり擦り合わせしましたし。

―『告白』から『時間』にかけて、音楽的に凄まじい飛躍を遂げたように感じましたが、当事者としてはどうでしょうか。

柳瀬:『告白』は失敗作ですよね。制作中もかなり迷走していたんです。他人の目を気にしちゃって、メジャーらしいことをやろうと思って、それで失敗しちゃって。だから、次はアホみたいなことをやろうと思って『時間』を作ったんです。でも『告白』の時点で、『時間』の曲は半分くらいできてたんですよ。未だに『告白』の曲もライブでやったりしますし、曲自体はそんなに大差ないのかなと。ただ、表現の仕方はだいぶ違いますよね。



―『時間』のほうが焦点が定まってるというか、何がやりたいのか明確ですよね。

柳瀬:そうそう。ただ、『告白』の頃は自分が何をやりたいのか、あえて定めたくなかったんですよ。一点集中して完成に向かうと、(可能性が)どんどん狭まっていくじゃないですか。先のことを考えるとビビるというか。でも、「そういうことじゃねえだろう!」と思って。目の前のことに集中して、今できる全力をやろう、出し切れるまで出そうっていうマインドに変化していったんです。僕の好きなミュージシャンもきっとそうしてきたんだろうし、だからカッコいいんだろうなって。今は明日なき戦いでいこうと思ってます。

やりたいのは「音楽」よりも「ムード」

―『時間』を出したときは、POPEYEのコラムがほぼ唯一のメディア露出でしたよね。「売れて金のあるやつが、高い楽器つかってゴミみたいな曲を歌うなよ」と書いているのを見て、やっぱり只者じゃないと思いました。

柳瀬:あれはジョークだったんです、なんか面白いことを書こうかなって(笑)。

―殺伐としていたわけではない?

柳瀬:内心思うときはありますけどね、「立派な機材を使ってんのにこれかよ」みたいな。僕は憂歌団が大好きなんですけど、内田勘太郎さんがずっと使ってるのは、ボーカルの木村充揮さんが1万円くらいで買い与えたギター(Chaki P-1)なんです。それを何十年も使っていて、「365日、弦を鳴らしてるからいい楽器になるんだよ」みたいに言っていて、絶対そっちの方がかっこいいじゃんって。あとは、そういうふうに書いてしまえば自分も逃げられなくなるので。

―「ゴミみたいな曲」を歌うわけにはいかなくなったと。

柳瀬:そうそう。もっとも僕としては、他人よりも自分に対して一番辛辣なつもりですけどね。自分が書く曲や歌詞は常にクソだと思ってますし。そもそも僕が目指してるような詩って、本来なら頭が良くないとできないと思うんですよ。でも自分には学がないので、どこか諦めているところもあって……詩の書き方もPOPEYEのコラムみたいな感じですし。

―ノートに殴り書きみたいな?

柳瀬:(白目を剥いて)家で「うぉー!」って考えて、出てきた言葉を意味もないまま書いていくみたいな。「壁」(『卵』収録)の”看護婦になりたかった”という出だしも、頭を絞って歌詞を考えているうちに「これだ!」って(笑)。

―深い意味はない?

柳瀬:ないですね。ないこともないですけど。



―「壁」の歌詞で描きたかったことが、もしあるとすれば?

柳瀬:なんですかね。僕の詩にメッセージ性はまったくないので。

―それは以前から一貫して言ってきたことですよね。

柳瀬:「社会に適合できてない人間が発するメッセージって何?」と思ってますから(笑)。ミュージシャンがよく「寄り添う」「助けになりたい」とか言ってますけど、なれるわけないし、なろうとしてなるもんじゃないだろうって。「壁」は特に何もないかも。そういう意味性みたいなことから一番外れている曲ですね。

―もっとシュールなものであると。

柳瀬:そうそう。ただ、テーマはありました。南米の貧しい女の子が高級セダンに乗って、ハイウェイをぶっ放すみたいな。曲を作るときは、そういうイメージがいつも先にあって、(最終的に)それ以上になればいいなって。

―言葉が単体でもつ意味よりも、音と組み合わさることで生まれるムードが大事?

柳瀬:そうですね。ムードっていうのは最近強く意識していて、これはエロの話とも近い気がします。


Photo by Riku Hoshika

―柳瀬くんが言う「ムード」っていうのはどういうこと?

柳瀬:詩とか歌詞の意味っていう以上に、その曲を聴いたうえで何を感じるかが大事だと思っていて。それって歌詞と曲がハマらない限り生まれないものだと思うんですよ。「壁」についても、適当な言葉が並んでいるようだけど、何でもいいわけじゃなく、「これしかない!」っていうような言葉がハマる感覚があって。それがムードを形成していると思うんです。そんなふうに曲単位の小さなムードがあり、アルバムという大きなムードがあり、僕自身やバンドというさらに大きなムードがある、みたいな。

―なるほど、面白い。

柳瀬:そういう意味で、『時間』のときは曲単位だったけど、『卵』についてはアルバム単位でムードを作ることができた。前作に比べてパンチはないと思うけど、『卵』では本来ずっとやりたかったことができたんですよね。前作を作ったときに、まだやれるなって思うところがあって。一曲ずつにパワーを込めすぎたっていうか。評判はよかったけど、あれは自分が一番やりたいことではないので。

僕は映画的というか、流れのあるものが好きなので、今回やっとスタートラインに立つことができた気がして、すごく嬉しかったんです。音像についても、前作は「ハプニングを起こそう」っていう感じのものだったけど、今はもっとシンプルに作れるようになった。だから、僕は今回のアルバムの方が音楽的だと思いますけど、逆説的に言えば、前作の方が音楽的であるという見方をする人もいるでしょうね。

―それはサウンドの凝り方という点で?

柳瀬:そう。あとは一曲ずつ音楽として作っていたという点で。でも、自分がやりたいのは音楽っていうよりもムードなんですよ。もともと僕は、小さい頃から映画監督になりたかった。絵を描くのも好きだったし、実は音楽なんて一番関係ないと思ってたんです。なぜかというと目に見えないから。ストーリーを伝える視覚的な力が弱い。それに、音楽は時間の流れとともに聴くものだけど、絵は(見れば)一発ですよね。映画も時間の流れとともに鑑賞するものだけど、その(視覚的な)一発がずっと続いているわけじゃないですか。音楽だと情報が少ない。映画は総合芸術で目も耳も使えるけど、音楽は耳しか使えない。すごく難しいな、どうすればいいんだろうと思って、今はずっとムードの研究をしています。

音響ハウスでの挑戦、ジャック・ブレルに憧れて

―『卵』は『時間』の延長線上にあるアルバムで、音像も近いといえば近い。その一方で、『時間』では『中学生』の頃にも通じるギミック的な音作りも見受けられたのに対し、『卵』はもっとオーセンティックな作風をめざしている、というのが自分の解釈でした。

柳瀬:そうですね。一発の衝撃よりも、ずっと聴けるものの方がいいなって。シンプルでオーセンティックというか、単純な音楽のなかにも表現の幅はたくさんある。特にダイナミクスとオーケストレーション。僕はクラシック音楽も好きなんですけど、音の積み方というか。今はそっちのほうが大事ですね。



―となると、演奏と録音がすごく大事になってきますね。

柳瀬:そうなんですよ。今はダイナミクスを生み出すために頑張っているところです。ドラムの音のニュアンスとか、もしくは歌い方にしても。(突き詰めると)ロックミュージック的な話ではなくなってくるけど、そういうのこそ音楽的なんじゃないかって思うので。

―『卵』のプレスリリースで「音響ハウス(1974年に設立された銀座の老舗スタジオ)で一発録り」というのが強調されていましたが、ここまでの話とも繋がってきそうですね。

柳瀬:『時間』の頃は新しいメンバーが入ってすぐだったから、プレイの釣り合いも取れてなかったところを、音響面を工夫することでフォローしていたんです。でも今回は、ライブの回数も積み重ねてきたので、各々のプレイで聴かせることに挑戦しようと。

音響ハウスはエンジニアの池田(洋)さんが薦めてくれて。ネバヤン(never young beach)で以前使ったのがよかったみたいです。ブースがとても広くて、本当に響きが良かった。今回ドラムの音は、ほとんど上に立てるマイクで録りました。アンビ(エンス)のマイクを2本立てたら、空間でドラムが鳴っているダイナミクスが録れると思って。1曲目の「母船」以外は、ほぼこの録り方。大きいスタジオじゃないとできないやり方でしたね。演奏のニュアンスが露骨に伝わるぶん、難しさもありましたけど。

音響ハウスのInstagramに「ヴィンテージ機材を始め様々な持ち込み機材、いろいろな実験・試行錯誤があり、和気藹々としながらもクリエイティブな現場になりました」と書いてありましたが、そうだったんですか?

柳瀬:めっちゃ持ち込みました。全然使わなかったけど、持ってるやつを全部かき集めましたね。ほかにも、幼稚園のブラスバンド用のおもちゃみたいなドラムを使ったりしながら試行錯誤したりとか。音響ハウスは3日間しか使えなかったので、1日目はほぼ音作りをして、2日目でほとんど録り終えました。大体の曲は2テイク以内。一発録りする場合、3回目とかになるとヌルくなっちゃうから。


Photo by Riku Hoshika

―そもそも一発録りにこだわる理由は?

柳瀬:一番は経済的な余裕がなかったからですが、そういう経済的事情を発生させるために、音響ハウスを選んだっていうのもあります。

―逃げ場をなくしたかった?

柳瀬:はい。今回は「できることを減らす」っていうのもテーマで。池田さんのスタジオを使えば、プラグインも揃ってるし何でもできるけど、何でもできる時代だからこそ、あえて不自由な環境で作る方が面白そうだと思って。できることを制限して、その中で何ができるか。昔はそうだったわけじゃないですか。それがカッコ良さにも繋がっていたわけで。

―betcover!!の曲は変拍子も多いから一発録りは大変そうだけど、そこは根性?

柳瀬:根性ですね。未だにめっちゃミスりますよ。7拍子のところとか、ライブでいつも誰かしらミスってる(笑)。僕は吹奏楽部上がりなんですけど、吹奏楽とかクラシック、映画音楽の曲だと6/8(拍子)から7/8、4/4にいって5/8みたいなのが普通に出てきますから。ただ、プログレとかマスロックみたいな意識は全然なくて、僕としては普通にやりたいんですよ。「変拍子かっこいい」とは思われたくないんですよね。昔から変拍子を使ってますけど、クレイジーとか中2病マインドでやってるわけじゃない。今回も7拍子を使った曲がありますけど、いかに7拍子感をなくせるかに労力を費やしました。「これは7拍子じゃない!」と思い込んで……。

―「気づくな!」と。

柳瀬:でもバレちゃう(笑)。なるべくバレないようにやってます。

―そういう意味では、先ほど「映画監督になりたかった」という発言もあったし「映画音楽が好き」というのは以前にも聞いてましたが、『卵』はそちら側により近づいたような印象も受けます。

柳瀬:そうですね、近づけていたらいいなって。映画音楽もいろいろあって、僕が一番影響を受けているのはピエロ・ピッチオーニ、ピエロ・ウミリアーニ、あとはセルジュ・ゲンスブール。大野雄二も大好きで、最近は『犬神家の一族』をまた観返して、サントラをずっと聴いています。僕にとって映画音楽の道標ですね。バンドミュージックで、たまに歌も入るけど、どうしてこんなにも情景的なんだろうって。「映画的」っていうよりは「情景描写的」という方が近いですね。いかにその情景を浮かばせる音楽が作れるか。





―うんうん。

柳瀬:そういえば最近、フランスのメディアによるインタビューに答えたんですけど、「ジャック・ブレルのフィーリングを感じた」と言ってもらえて、本当に嬉しかったです。彼を初めて知った時は鳥肌が立ちましたね。ジャック・ブレルみたいなアーティストを探してきたけど、ずっと見つけられなかったので。汗をかきながらガッドギターを鳴らし、歌はポエトリーに近いんだけどメロディの強さがあって、しかも詩人でもある。まさに僕の求めていた存在でした。

彼のことはコメディ映画(2007年のフランス映画『TAXi④』)で知りました。ベルギー人に対しての拷問で、ジャック・ブレルのレコードを早回しでかけるっていう内容。ジャック・ブレルはベルギーの人だから、「これはベルギーに対する冒涜だ!」みたいなシーンがあって(笑)。それを2〜3年くらい前に観たのがきっかけですね。そういう出会いもあったから、僕は演劇的なものに惹かれるというか。ポップミュージックというよりも、表現としての音楽をバンドミュージックで突き詰めていきたい。それが目標ですね。



「超人」と『卵』に隠されたストーリー

―『卵』のハイライトである、2曲目の「超人」がどうしてああいう曲になったのか。さっきの「情景描写的」「演劇的」という話で説明されたような気がしますね。

柳瀬:あの曲を作るときに思っていたことがあって。僕は川が好きなんですけど、上流や下流があって、緩やかになるところもあれば、速くなるところもある。そういう自然の流れがあるわけですよね。人間の一日の生活でも「速さ」って違うじゃないですか、それは人生においても言えることで。今くらいの年齢からそういうことを突き詰めようとすれば、50歳くらいになった時にはいい曲が書けるんじゃないか……そこを目指してやってますね。



―「超人」は9分の長尺曲で、ここまでの長さは『中学生』のタイトル曲と「ゆめみちゃった」以来だけど、以前の長い曲とは趣が異なるというか。

柳瀬:全然違いますね。あの頃は中2病っぽい発想でしたけど、今は全くそれがない。タイトル曲の「卵」が8分半、最後の「葵」も6分半だけど、そうなったのは日本語の制約もありますね。言葉数を詰めるとラップやポエトリーになってしまうから、(それを避けると)どうしても長くなる傾向はあると思う。ただ「超人」に関しては、曲のほとんどを占めている歌詞は”やめて”だから、最初の2分くらいで……。

―それ以外の歌詞を全て歌っている。

柳瀬:そうなんですよ。「超人」は作っている段階で構成が決まっていて。デモの段階では6分だったけど、ライブでやってたら「足りねえ」と思って。今でもライブでは、みんなの気分で終わるんです。「来た!」ってなったら終わる。

―昨年末、渋谷WWWのカウントダウン・パーティーで演奏したときは長かったような。

柳瀬:あの時はなかなか到達しなかったんですよ。いつもドラムと目配せして長さを決めてるんですけど、「もっと行けるぞ」って。あの日はよかった気がする。

―最高でした。

柳瀬:「超人」はいいときと悪いときがあって。全然よくない時もあるし、僕のパワー不足を感じるときもある。”やめて”の一言だけなのも難しくて。ジャック・ブレルはやっぱり半端ないんですよ(笑)。でも、あの曲がアルバムの頂点になっているので。

―2曲目にして。

柳瀬:最初は1曲目だったんですが、なぜか忘れたけど2曲目になって。『卵』では大きい波が一つあって、そこからは何も起こらないみたいなことがやりたかったんです。普通は徐々に盛り上がって、落ち着いて、みたいなのが交互に訪れるものだと思うけど、それよりも衝撃が一つあったあとは、静かに終わるようなのがいいなって。

あの曲のMVを録るときも、これまでは内容の相談とかしてきたけど、今回は勝手にやってくれって。僕の中ではっきりした情景があったので、あなた(監督の達上空也)が思う情景をそのままやってくれればいいっていう感じで、ノータッチでした。

―柳瀬くんの中にあった情景はどういうもの?

柳瀬:(アルバム)全体のストーリーがあって、最初の大きな波がここで起きるような感じ。あまり言ってしまうと説明的になるのでアレですけど……今回は映画のカットアップみたいな考え方をしたんです。普通の曲順があるとして、最後のピークを最初に持ってきた。エスカレーターみたいにストーリーが循環していて、「超人」はエンディングで、最初にオチがわかってるという作りなんです。その方が面白いかなって。だから全曲ズレている。『卵』っていうタイトルも、始まりと終わりのどちらでもないみたいな感じで。


『卵』ジャケット写真

―『卵』のアートワークも、何かが始まるようにも、全てが終わってしまったあとのようにも見えますよね。だから自分も、最後の「葵」と1曲目の「母船」はストーリーが繋がってるのかなと思ったんです。「葵」の歌詞にあるような、かつて栄えたものが朽ち果てたあとの景色にも、”寂しい土地”にやってきた「母船」が降り立つ寸前のようにも見えるので。

柳瀬:そこはすごく大事にしました。あれはアマナイメージズで買った写真で、それを再撮影したものなんです。カラーコレクションはしたくなかったので、赤い照明に当てて撮ったんですけど、もともとは真緑でデジタルの、アマナによくありそうな写真なんですよ。そこにも一応意味があって、自分たちで撮り下ろすよりは、どこかの国に住んでいる、知らない誰かの目に映ってたもの、僕らも知らない記憶のなかにある情景みたいな感じにしたくて。

あのジャケットは内容ともすごくリンクしているんです。それこそゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラー(以下、GY!BE)みたいに情景を描くような音楽は、ジャケットも風景を用いたものが多くて、ロックバンドっぽくなかったりしますよね。レコーディングについてもそうですけど、今回一番大事だったのは、バンドの演奏者の存在を感じさせないこと。前作のジャケットは僕の顔でしたけど、『卵』は情景重視なので、人間を表に出したくなかった。

ちなみに最初の案は、実家に飾られているようなカレンダーでした。ただ、それだと循環の要素がわかりやすすぎるのと、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの2nd(『Ants From Up There』)とビジュアルが似てしまって。「これはダメだ」って(苦笑)。




―また歌詞の話になってしまうけど、「葵」は衰退していく今の日本を歌っているようにも聞こえたんですよね。”20年間の負債を/タンクローリーが踏み潰していくのがいい”という歌い出しからして、バブル崩壊後の「失われた20年」と、その現実に向き合ってこなかった自民党政権を連想させられるというか。

柳瀬:(歌詞は)さっきも話したように、実際の社会との関連は全くないですね。「失われた20年」とのダブルミーニング的な意味合いもあるっちゃありますけど、僕のなかではニアミスに近くて、そう見せかけてはいるけど全く関係ない。社会とかそういう話じゃなくて、アルバムの登場人物にとっての「20年」ですね。「俺とお前、ただそれだけ」みたいな。そういう退廃的なムードを一番大事にしているので。ただ、「社会にとっての20年」と解釈してもらっても別によくて。

―そこは受け取り手次第であると。

柳瀬:歌詞の説明をしてしまうのはもったいない気がするんですよね。せっかくそういうふうに解釈してもらったら、そこに広がりが生まれるので。その余白は大事にしたい。ちなみに、「葵」はアルバムの中でも独立した曲で。他の曲は時代感をなくしていく作業をしていて、どの時代か絶対にわからない言葉を選んで書いたんですけど、「葵」は”パソコン”とか”スタジアム”みたいに現在を感じさせる描写を含んでいる。だから、最初の9曲と最後の1曲は全く別物なんです。



―野暮を承知で続けると、今回のアルバムには戦争のムードもうっすら感じたんですよね。メランコリックな曲調もそうだし、”気づけば夕暮れ戦火の中”(「H」)みたいな描写もあったりするので。

柳瀬:僕はそこまで意識してなかったですし、自分が経験していないことだから、戦時中の物語を軽率に表現することはできないけど、今の時代のムードみたいなものも入っているとは思います。タモリも「新しい戦前」と言ってましたしね。空気感としては、現代ではないどこか……ファンタジーの部分が9割で、現実が1割。そこからまたファンタジーに還っていく。そういう構成のアルバムになっています。

『卵』の影響元「オリジナリティは信用していない」

―『卵』の音楽的な影響元についても聞かせてください。

柳瀬:サウンド面でいえば、バディ・リッチ「Nutville」と、さっきも話に出た小椋佳「思い込み」を混ぜた感じです。空間的な音の作り方が2作とも共通していたので。最近聴いたなかでもバディ・リッチのアルバム(1973年作『The Roar of '74』)は音がカッコよくて、こういう音像にしたいって思いましたね。




―「壁」みたいに、今までよりジャズを感じる曲が増えた気がします。

柳瀬:演奏的にできるようになった、といってもフェイクジャズなんですけど。ずっと速い曲がやりたかったので。それこそ「壁」は「Nutville」をかなり参考にしました。いつも1曲ごとの参考が10曲くらいあるんですけど……。

―10曲も!? 

柳瀬:詩を書くときや骨組みを作るときは(他の曲から)そんなに影響を受けないけど、そこからどういうふうに聴かせようって考える段階で、10曲くらいオールジャンルで曲を挙げて、混ぜ混ぜしていくような作り方をしていて。「壁」はバディ・リッチのほかに、町田町蔵が「アースビート伝説'85」に出演したときの「ボリス・ヴィアンの憤り」とかを意識しましたね。当初はポエトリーにするつもりだったんですけど、今の自分には無理でした。



―今回の『卵』もそうだし、アルバムが出るたびに参考曲のプレイリストを公開していますよね。

柳瀬:プレイリストを作りながら曲を作っているわけじゃないので、いつも忘れちゃうんですよ。覚えている曲だけあとから書き出して。



―すぐに納得できる曲もあれば、意外な曲もあって。RIP SLYMEの「熱帯夜」は?

柳瀬:あれは「イカと蛸のサンバ」ですね。陽気なテンションというかエロ要素で。あの曲は僕のなかの妄想で、RIP SLYMEとRIZEを勝手に掛け合わせた感じ。実をいうと、曲を作っているときはうろ覚えで、全部終わってから久しぶりに聴きました。「たしかこんな感じだったよな、灼熱でビキニ美女がいて、サンパウロっぽくて……」みたいな(笑)。

―(笑)ブラジルといえば、ジョルジ・ベンの曲も入っています。

柳瀬:あの曲、構成がヤバいですよね。ジョルジ・ベンやガル・コスタとか、暗いブラジル音楽はアルバム全体に影響を与えています。あと「イカと蛸のサンバ」に関しては、メキシコのイメージが強くて。『スーサイド・スクワッド』にエル・ディアブロっていう炎を操るミュータントが出てきて、家族と喧嘩になったとき体が燃えて、奥さんや子供を間違って殺してしまうくだりがあるんですけど、「それやりてえ」って。




―いろいろ幅広い(笑)。

柳瀬:そういう影響元はいっぱいありますね。僕は元ネタがないと絶対に嫌なんですよ。オリジナリティとか個性といわれるものを信用していない。それこそ他の若いミュージシャンはみんな賢くて、昨日聴いたものを瞬時にアウトプットできたりするけど、薄く感じる部分もあって。うわべだけをオシャレに切り取っているというか。「ちゃんと元ネタを掘り下げて、歴史を勉強しなさい」と言いたくなるときもあります。

フェイクが本物になる瞬間

―『卵』の影響元で、ファンが気になっているのはL'Arc〜en〜Cielの話じゃないですか。珍走隊でも「HONEY」をカバーしてましたよね。

珍走隊(betcover!!)によるラルク「HONEY」と聖飢魔II「蝋人形の館」のカバーが聴けたので、深夜に下北まで行った甲斐がありました。「川の流れのように」もやっと生で聴けた。 pic.twitter.com/BpBvfm3qFp — 小熊俊哉 (@kitikuma3) December 29, 2022
柳瀬:ラルクは中学生のとき、僕の周りですごく流行っていて、天邪鬼なので通ってこなかったんですけど、去年初めて「花葬」を聴いたら最高じゃんって。自分と近い部分もあるんだなと思いましたね。

―というと?

柳瀬:耽美的だし、ムードにおいて共通点を感じるんですよ。クラシック音楽やGY!BEにも通じるような感じ。それにマナーを徹底しているじゃないですか。表面だけを掬い取るのではなく、ジャンルの歴史や伝統を大事にしている。ハードコアとかもそうですけど、僕は様式美を感じる音楽が好きなので。あとは何より、ラルクはメロディがすごくいいですよね。




―「ばらばら」の歌唱法にはラルクっぽさを感じました。

柳瀬:そこは完全にパロディですね。耽美系の歌い方をめっちゃ真似て。様式の話とさっそく矛盾してますけど、たまにそういう軽薄なパロディがやりたくなるんです。

「ばらばら」はもともとピアノがメインで、デモではもっと遅い曲だったんですよ。「民衆を導く自由の女神」という吹奏楽曲のアレンジを真似て、裸のラリーズの「白い目覚め」とか「夜、暗殺者の夜」っぽい曲を、スピッツのようなポップさでやるつもりだったんですけど、「ここにラルクをぶっ込んでみよう!」みたいな感じでどんどん変わっていって(笑)。あとは『ユリ熊嵐』っていう超名作アニメと、そこで題材にされていた「三毛別羆事件」という、巨大なヒグマが北海道の集落を襲った事件も参照しています。


「ばらばら」デモ音源

―「H」については、早川義夫の同名曲もプレイリストに入っていました。

柳瀬:早川義夫はここ数年、一番影響を受けてる人ですね。自伝とかエッセイも読んでますし、人間的すぎるところがカッコよくて。「H」はフランスのインタビューで「宇宙的な曲ですか?」と聞かれて、そういう評価は初めてだったから嬉しかったです。ただ、海外の方には単語の意味が通じないから、自分の意図を伝えるのが難しかったですね。「『H』は日本語で『変態』という意味ですが、そういう曲ではなくて……」というよくわからない回答になっちゃって(笑)。




―早川義夫の「H」は明らかにエッチな曲ですけど、betcover!!の方はそういう曲ではないですよね。

柳瀬:タイトルは同じだけど、内容的にはあの曲と関係ないですね。詩の中にも”H”が出てきますけど、一応入れたくらいのテンションで。この曲もそうですけど僕は3拍子が好きで、一番作りやすいけどバンドサウンドに落とし込むのが難しい。ただ、自分がやりたいのはロックミュージックなので。

その話でいうと、タイトル曲の「卵」は最初、アンビエントにするつもりだったんですよ。実は「時間」という仮タイトルで、前作のラストトラックにしようかなと考えたんですけど、もったいないから次のアルバムに回すことにして。それで今回、どう仕上げるか考えた結果、椎名林檎の「茎」やサン・キル・ムーン(「Bens My Friend」)などが混ざった感じになりました。椎名林檎は中学生の頃によく聴いてたんです。オーケストラが入り出した頃の作品が最高で。




―初期の椎名林檎には、フェイクジャズの要素もありますよね。

柳瀬:たしかに。僕らの場合は、ブルースもフォークもロックも全部フェイクですけど(笑)。フレーミング・リップスのウェイン・コインが「自分たちがやってるのは全部フェイク、上手いこと騙せればいいんだよ」みたいなことを話していて、そうだよなって。


チリー・ゴンザレス『The Unspeakable Chilly Gonzales』より

―言ってそう(笑)。

柳瀬:チリー・ゴンザレスの音楽もフェイクじゃないですか。でも、フェイクが本物になる瞬間こそカッコいいと思うんですよ。彼の「Beans」という曲がすごく好きで(2011年のライブ作品『The Unspeakable Chilly Gonzales』収録)、「H」の”豆粒みたいな人生”という歌詞で引用したんですけど、コンサートホールでオーケストラも交えているのに、下手なラップでどうでもいいことを歌ってるんです。ただ韻を踏んでるだけで、詩のくだらなさと音楽の壮大さが交わるわけでもない。それなのに泣けるんですよね。この力って音楽にしかないものだなと思って。僕もそこを目指したいですね。

―それは「意味や答えではなく、ムードを描きたい」という今日の話とも繋がってくると。

柳瀬:そう、自分にとっては「Beans」みたいな表現が理想ですね。僕はなんだかんだ意味のありそうなことを書いちゃってるから、まだまだだな、言葉って難しいなって思います。

海外からの眼差し、全国ツアーに向けて

―そこまで日本語と誠実に向き合ってる人が、海外のリスナーから人気を集めているのも興味深い現象ですが、そのことはどう受け止めていますか?

柳瀬:どこかのレビューで『卵』は尻すぼみ、つまり後半が退屈だと書かれていて。僕は今回、アルバムの前半は音楽的な部分で動きをもたせて、後半はそれを歌詞でやりたかったんですよね。そういう歌謡のマナーが伝わらない難しさがあるなと思いました。特に「葵」はAメロがあって、サビがあって、またAメロに戻ってくる。しかも曲が長いので、言葉がわからないと単調に感じるのかもしれない。「超人」が一番反響がありましたね。後半は”やめて”という単語しか使ってないし、音像的にも繋がりのある言葉だと思うから。

―なるほど。

柳瀬:『時間』が海外でウケたのは、音楽的だったからだと思うんです。僕は歌謡やフォークが好きで、人間の歌と声、音、詩っていうシンプルなものに惹かれるけど、そういう構成で今後もやっていくと海外での評価は薄まるのかもしれない。逆にかっこよければ、言葉の壁は意外となさそうな気もしますし。これから先はどうしようかなと。

―海外でライブしたり、どこかのレーベルから作品を出すことに興味はある?

柳瀬:ありますね。なんか……カッコいいじゃないですか(笑)。こういう日本語が全面に出ている音楽が海外で評価されるうえで、日本独特の仄暗い情念みたいなものは、一つ面白い要素としてあるのかなと。そういう意味でも、僕はムードと音楽的要素も含めた和エロでやっていきたくて。そこが海外の人に伝わったという意味でも、ジャック・ブレルを引用してもらえたのは嬉しかったです。

―日本でも以前よりすごく愛されている感じがします。SNSでもライブの現場でも。

柳瀬:そう、betcover!!のお客さんは最高なんですよ。僕みたいなひねくれた人間に響いているというか。やりたいことをやってるほうが上手くいくんだなと思いましたね。


2022年12月、京都METROで開催された「第四回共闘会議」のフルライブ映像

―このあと全国ツアーが始まるわけですが、対バンするNOT WONKとカネコアヤノさんとは、以前から仲良くしているみたいですね。

柳瀬:僕が一番好きな2組です。みんなで飲んだ次の日に、一緒に弾き語りライブをしたりして。NOT WONKは2年前くらいに加藤(修平)さんと弾き語りで一緒になって。人柄も好きだしカッコいいですよね。カネコさんとは去年知り合ったんですけど、このあいだの武道館ライブも食らいました。

―東京で共演する石橋英子さんとの繋がりは?

柳瀬:理樹さんはジム・オルークさんともよく演奏しているので、それもあって、この間初めてソロでご一緒させていただいた時にお願いしました。石橋さんは映画音楽の作曲もしているし、バンドサウンドで、歌も最高だし、海外でも評価されている。僕にとって理想的だし本当に尊敬しています。

―そして今は、さっそく次のアルバムを作っているところ?

柳瀬:そうですね。最近作り始めたばかりで、また来年出せたらいいなと思ってます。



『4th Album Release Oneman ”画鋲” in QUATTRO』
日時:2023年4月18日(火) OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京・渋谷CLUB QUATTRO
料金:ADV. ¥3,000 / U-20 ¥2,000 (各1D代別途)
出演:betcover!!
チケット詳細:https://eplus.jp/betcover0418/


『4th Album Release 対バン・ツアー』
2023年2月22日(水)神奈川・横浜 BuzzFront W/pioneer
2023年2月28日(火)京都 UrBANGUILD W/メシアと人人
2023年3月2日(木)広島 4.14 W/toiret status
2023年3月4日(土)山口 BAR印度洋 W/Ayato
2023年3月5日(日)福岡 Utero W/the perfect me
2023年3月7日(火)宮崎 LAZARUS W/ウツモトカナ、The Bimboes
2023年3月8日(水)鹿児島 SR HALL W/花想い
2023年3月10日(金)熊本 NAVARO W/Wendy York Stand
2023年3月12日(日)高松 TOONICE W/YELLOW MOTHER SHIPS
2023年3月14日(火)岡山 PEPPERLAND W/加治昇一郎
2023年3月15日(水)兵庫・神戸 VARIT W/みらん
2023年3月19日(日)北海道・札幌 SOUND CRUE W/CARTHIEFSCHOOL
2023年3月21日(火)北海道・苫小牧 ELLCUBE W/NOT WONK
2023年3月24日(金)宮城・仙台 LIVE HOUSE enn 2nd W/カネコアヤノ
2023年3月25日(土)福島・郡山 PEAK ACTION W/炎
2023年3月26日(日)新潟 GOLDEN PIGS BLACK STAGE W/E.scene
2023年3月30日(木)愛知・名古屋 CLUB ROCKNROLL W/Legeens
2023年4月1日(土)永野・伊那 GRAMHOUSE W/soccer.、Cavalier
2023年4月2日(日)大阪 ROCKTOWN W/そこに鳴る
2023年4月7日(金)東京・新代田 FEVER W/石橋英子
ツアー特設ページ:https://betcover.web.fc2.com/tour2023.html

betcover!!公式サイト:https://betcover.web.fc2.com/

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