U2やボウイを撮った写真家が語る、アーティストの「神話」彩るビジュアルの役割
Rolling Stone Japan / 2023年2月25日 9時45分
ヒプノシスのメンバーのひとりである「ポー」ことオーブリー・パウエル。アントン・コービン監督のドキュメンタリー映画『Squaring the Circle (The Story of Hipgnosis)』のワンシーンより。(COURTESY OF SUNDANCE INSTITUTE)
英国出身の「ポー」ことオーブリー・パウエルとストーム・ソーガソンは、牛のジャケットでお馴染みのピンク・フロイドのアルバム『原子心母』(1970年)に代表されるコンセプチュアルなアルバムジャケットを手がけた先駆者的存在である。後にスロッビング・グリッスルを結成するアーティストのピーター・クリストファーソンとともにふたりが立ち上げたグラフィックデザインチーム「ヒプノシス」は、1960年代後半から1970年代にかけて一目で彼らの作品とわかる、とびきりぶっ飛んだ斬新な作品を世に送り出したことで知られる。
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ピンク・フロイドのアルバム『狂気』(1973年)を象徴するプリズムのアートワークはヒプノシスによるものだ。脱獄犯に扮したポール・マッカートニーたちにライトが当たる瞬間を捉えたポール・マッカートニー&ウィングスのアルバム『Band on the Run』(1973年)もヒプノシスの作品。亜麻色の髪の子供たちが異教徒的な原始のいけにえの儀式に向かおうとしているかのようなレッド・ツェッペリンのアルバム『聖なる館』(1973年)もそうだ。この傑作アートワークは、英国のSF作家アーサー・C・クラークの長編小説『幼少期の終わり』にオマージュを捧げるという当初のコンセプトが頓挫した後に生まれたものだ。
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アントン・コービン監督のドキュメンタリー映画『Squaring the Circle (The Story of Hipgnosis)』は、パウエルとソーガソンの功績とともにジャケットのアートワーク制作と切っても切れない、観る人の正気度を試すようなバックストーリーやふたりのパートナーシップを支え続けた愛憎関係を掘り下げながら、ヒプノシスの隆盛と衰退を描いた作品だ。オランダ生まれのフォトグラファーとして数々のアーティスト(ジョイ・ディヴィジョン、デヴィッド・ボウイ、メタリカ、U2などを被写体とした作品もぜひご覧いただきたい)をカメラに収めてきたコービン監督は、インタビューやエピソード、アーカイブ映像などを紡ぎ合わせて、はみ出し者のふたりのグラフィックデザイナーから見た世界をオーディエンスに提示する。
1月19日から29日にかけて米国ユタ州で開催されたサンダンス映画祭で『Squaring the Circle (The Story of Hipgnosis)』(米国での劇場公開は今春予定、日本では未定)が上映される直前、ローリングストーン誌はコービン監督にインタビューを行った。本作を手がけた理由やアルバムジャケットの衰退とともに私たちが失ったもの、ヒプノシスの作品がいまも監督にインスピレーションを与え続ける理由などを語ってもらった。
ーアルバムジャケットのデザイナーとしてヒプノシスをはじめて意識したのは、いつのことですか? 『狂気』のジャケットは有名ですが、それが誰の作品であるかを知っている人はあまりいませんよね。
私が写真を撮りはじめたのは、音楽という世界に近づきたかったからなんだ。その頃は、音楽雑誌に使ってもらえるような写真を撮りたいと思っていた。やがて、レコードのスリーブの写真も任されるようになった。当時はまだ、ファインアート・フォトグラフィー(芸術写真)というものは存在しなかった。たしか1960年代にロバート・フランクがベルリンで大規模な展覧会を開催したと記憶しているが、それはあくまで例外的なことだ。芸術学校に入学しようとしても、写真だけでは入れてもらえない。他のこともできないといけなかった。
だが、1970年に私はすでにレコードのスリーブに目をつけていた。そのため、初期の頃からヒプノシスのことは知っている。最初に見たジャケットが何だったかは覚えていない。『狂気』ではないことは確かだが、もしかしたら『原子心母』だったかもしれない。『原子心母』のジャケットはいま見ても最高だ。ジャケットに牛だけをのせるという大胆な発想がたまらないね。
ージャケットにはバンド名さえのっていません。ただ牛だけが写っているだけですね。
そうなんだ。当初からジャケットにはピンク・フロイドの名前はなかった。本作の劇中に登場するサンセット大通りの広告板を思い出してほしい。ビンク・フロイドは、広告板からもバンド名を外してほしいと言っていた。本来は、牛だけの広告になるはずだったんだ。
ー牛の写真を使って、牛が表紙のアルバムのプロモーションを行う。考えてみると、理にかなっているように思えますが。
アメリカ人はわかりやすいものが好きだ。残念なことにね。ヨーロッパの人は、いろんな解釈に対してもっとオープンだ。
ーどの段階でオーブリー・パウエルとストーム・ソーガソン、そしてヒプノシスに関するドキュメンタリーをつくろうと思ったのですか?
実際、ポー(オーブリー・パウエル)が私の家のドアをノックしたんだ。いまから数年前のことだが、私に会いにアムステルダムまで来てくれた。ヒプノシスの歴史を描いたドキュメンタリーをつくってくれないかと言われた。その場では即答できなかった。だが、ポーの話を聞き、彼らが手がけたアルバムジャケットの作品集を見ているうちにやってもいいという気持ちになった。ポーは、自分のストーリーを売り込むことに長けた優秀なセールスマンだ(笑)。熱意にもあふれている。
ドキュメンタリーに取り掛かるや否や、新型コロナが世界を襲った。インタビューをするのが不可能になってしまった。劇中に登場するアーティストのほとんどは80歳近いからね。当然、彼らはインタビューに対してかなり慎重だった。「ダメです、自宅でのインタビューは行えません。あなたの自宅でのインタビューもナシです。ご理解ください」と断られてしまった(笑)。最終的には、希望していたアーティストはほとんどインタビューすることができた。10ccのケヴィン・ゴドレイにインタビューできなかったのが心残りだけど。グレアム(・グールドマン)よりは、私の方が少しだけケヴィンのことを知っているからね。何はともあれ、こうして完成までこぎつけた。
サンダンス映画祭でのアントン・コービン監督、2023年1月20日米国ユタ州パークシティにて。PRESLEY ANN/GETTY IMAGES
1970年代当時は、アルバムジャケットの限界というものが存在しなかった
ーインタビュー映像は、監督の写真と似ています。サイドから撮られた厳格な白黒のポートレート写真のようですね。
みんな年老いた力強い顔ばかりだからね。こうした撮り方を唯一拒んだのがポール・マッカートニーだった。ポールのインタビュー映像が他のとは少し違うことに気づいてもらえると思う。これがその理由なんだ。
ーソーガソンは2013年に他界しました。生前は、会う機会はありましたか?
なかった。だから私は、このドキュメンタリーが主観的になりすぎることを懸念していた。デザインというよりも、ポーの視点を拠りどころとすることが多かったから。ストームのアーカイブ映像や過去のインタビューにおいても、ポーが現在の視点から私たちを導いているような印象が拭えないんだ。だからこそ、ストームについていろんな意見や印象を持っている人をたくさん登場させるようにした。彼らのおかげで、ストームの人物像のようなものが浮かび上がってきた。
ー具体的には、どんな人でしたか?
正真正銘の面倒なやつ(笑)。そして天才。面倒な天才。素晴らしいアイデアは、すべてストームから生まれた。実際、映画を観た人は好印象を抱くと思う。ストームと確執を抱えていたロジャー・ウォーターズでさえ——亡くなる前にふたりは仲直りしたのだが——「ストームのことがずっと大好きだった」と言っていた。ストームは周りの人を苛立たせたけど、彼らはストームを深く愛していた。ピーター・ガブリエルもそのひとりだ。彼らは、ストームのこうした性格がその天才性と表裏一体であることに気づいていたんだ。
ーヒプノシスのレガシーやジャケット制作についてパウエルと話したことで、こうしたジャケットのアートワークとご自身の関係性、そしてアルバムの楽曲との関係性はどのように変化しましたか?
そうだな……情報があまりに多いと、なかには消えてしまう魅力もある。自分なりの解釈はあるけれど、それはあくまで理想化されている。人は知識を得ることで夢を失う。だが私は、それを受け入れることにしている。実際私たちは、これらのアルバムがつくられた背景や”本当の意味”が何かを知ることで、別の視点からこうしたものを見ているのかもしれない。それでも私は、いまでもこれらのアルバムが大好きだ。アートワークもそうだ。ヒプノシスのストーリーを知ったいまも、彼らのアティテュードを愛していることに変わりはない。彼らは自分の直感を信じていた。当時はクレイジーな時代だった。1970年代当時は、独創性という意味でも金銭面でも、アルバムジャケットの限界というものが存在しなかった。
ー当時は、ロックスターのアルバムジャケットをデザインすれば、ロックスターのような生活ができたわけですね。
残念だが、私はそうした生活を手に入れるには、はじめるのが遅すぎた(笑)。でも、1970年代後半には、いくつかのレコードのスリーブを手がけた。ほとんどがオランダのアーティストのものだが。
ー劇中では、パウエルとソーガソンの関係性が描かれています。それは友情のようにも感じられます。その一方で、それぞれがまったく別の性格の持ち主だったこともわかります。ヒプノシスは、ふたりの個性が生み出すほどよい独創的な摩擦に支えられていたのでしょうか? ヒプノシスがこれほど長く活動できた理由もそこにあるのでは?
ポーとストームはまったく違う性格の持ち主だったが、ふたりともきわめて野心的だった。ヒプノシスがビジネスとして成功した背景には、ふたりの野心があったと思っている。どちらもやる気に満ちていた。私の印象としては、ポーの方は大金持ちになるといつも意気込んでいたのに対し、ストームの方はポーよりも金に無頓着だった。当時のポーの生活には、いささか犯罪的な要素があった……。思うに、ポーは時おりそうした要素を強調していた気がする。「1960年代のロンドンは無法地帯だった」とポーは言っていたから、ひょっとしたらポーもその一員だったのかもしれない。
ー劇中でノエル・ギャラガーが引用した「レコードは貧乏人のアートコレクション」という言葉は最高ですね。
あれは名言だ!
ー名言すぎるあまり、ノエル本人も自分の言葉だと思い込んでいるようです。
あまりに素晴らしいから、そう思うのもわかる。(笑)
ジャケットのアートワークは、アーティストとリスナーの重要なファーストコンタクト
ーアルバムジャケットに対する考え方や音楽の消費方法は昔と変わりましたが、それによって何が失われたのでしょう?
実際、いまは少し復活してきているんじゃないかな。でも、あなたの言うこともよくわかる。確かに、ひとつの芸術作品としてのアルバムジャケットの重要性は失われてしまった。いまでは誰もCDに興味がないのも不思議だ。いまの音楽はストリーミングかレコードの2択になっている。でも、ジャケットの重要性という概念は……。
要するに、ピーター・サヴィル(ファクトリー・レコードの共同創業者およびアートディレクター)に出演してほしかった理由は、まさにそこにあるんだ。私は、ピーターがジョイ・ディヴィジョンのアルバム、特に『Unknown Pleasures』(1979年)のジャケットでやったことと、ヒプノシスが『狂気』でやったことを比較したかった。個人的には、両者はある意味とても似ていると思う。確かにピーターはヒプノシスのことを毛嫌いしていたけど。ヒプノシスのアートワークではなく、彼らと一緒に仕事をするバンドのことを嫌っていたんだ。
ーパンクロッカーの中には、メッセージ入りの自作Tシャツを着る人もいたようですね。そこに書かれていたのは……。
「ピンク・フロイドなんて大嫌い」だ。そのとおり。パンクは過去のバンドとその作品を徹底して拒絶した。それでも、ジェイミー・リードが手がけたセックス・ピストルズのアルバム(『勝手にしやがれ!』)を見てほしい。こんなところにもヒプノシスの影響が見られるじゃないか。そうしたシンプルさが最高なんだ。でも私は、若者ぶった鼻持ちならない老人だから……何とも言えないな(笑)。
ーピンク・フロイドのようなバンドとヒプノシスの関係性は監督にとって馴染み深いものだと思います。デペッシュ・モードと仕事をするようになってからどれくらいですか?
デペッシュ・モードとは1986年から仕事をしているから、37年だ。U2とは40年になる。
ーこのドキュメンタリーを手がけたことで、何十年にもわたるアーティストたちとのコラボレーションについて改めて思ったことはありますか? U2やデペッシュ・モードのようなアーティストの神話の形成においてビジュアルアーティストが果たす重要な役割を考え直すようなことは?
(長い沈黙)バンドの写真やアルバムジャケットというものは、その作品を買う人が最初に触れるバンドの音楽の解釈だということに改めて気づかされた。ジャケットのアートワークは、アーティストとリスナーの重要なファーストコンタクトなんだ。私は、音楽を聴く時は必ずグラフィカルなつながりはないかと探している。最終的には、つながりがなさそうなものでもつながっていることがある。これはとてもヒプノシスらしいことだと思う。昔のバンドだからこう、新しいバンドだからこう、ということはないんだ。
3月にリリースされるデペッシュ・モードのニューアルバム(『Memento Mori』)のスリーブの写真を撮ったんだ。あと、3月にリリースされるU2のニューアルバム(『Songs of Surrender』)の写真も撮った。だから、いまでもこうした世界に携われていると言えるかもしれない。でも、それが当然だとは思っていない。「あのバンドが新作を出すらしい。もちろん、私がアートワークを手がけることになるだろう」のようなことは思っていない。コラボレーターとしてのポジションを自分の力で手に入れたいからこそ、一生懸命努力しなければいけない。
ー今回のドキュメンタリーに関してはどうですか?
いままで自分がしてきたことにより一層感謝するようになった。ひょっとしたら、自分の今後の働き方も変わるかもしれない。1983年にMVの仕事をはじめた当時、MVは自分の写真に大きな影響を与えた。その影響は、とてつもなく大きかった。でも、それに気づくのに10年かかった。
ーどのような影響でしたか?
静止したものやポーズをとったものに焦点を置く代わりに、動きの感覚を取り入れるようになった。小道具を使って、カメラの前できていることをアレンジするようになった。興味深いことに、私の初期のMVはどれも写真のように見える。当時の私は、写真というマインドセットに固執していたんだ! その後、映像作品を手がけるようになったことで、写真を撮る時もそれまでとは違うアプローチをとるようになった。このドキュメンタリーが今後の私の作品にどのような影響を与えるかはわからないが、何か変化があることを期待している。変わり続けるためにも、私にはこの仕事が必要だから。
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