16歳のトランス女性刺殺事件、追悼集会で怒りと悲しみが噴出 英
Rolling Stone Japan / 2023年3月10日 6時45分
16歳のトランスジェンダーの少女ブリアナ・ジャイさんが2023年2月11日、イングランド北西部チェシャー県クルチェス市内のウォリントン・パーク内で刺殺され、警察は15歳の若者2人を殺人容疑で逮捕した。トランスジェンダーの権利がかつてないほど危機にさらされている中、この痛ましい死をきっかけにイギリスでは怒りと悲しみが噴出している。
【写真を見る】湖の底で発見されたトランスジェンダー女性
16歳のロシェルさんは、イギリスのメディアが友人のブリアナ・ジャイさんを出生時の名前で呼ぶのを耳にし、泣き出した。トランスジェンダーだとカミングアウトした時に捨てた名前で彼女を呼ぶなんて、なぜメディアは失礼な態度を取るのだろう? ジャイさんにメッセージを送ろうと、ロシェルさんは携帯を手にした……が、それが無理なことを思い出した。16歳のTikTokユーザーが殺害されて、まだ1週間も経っていなかったのだ。「彼女と電話するのはセラピーのようなものでした」とローリングストーン誌に語るドイツ人のティーンエイジャーは、生前のジャイさんから送られたTikTokを見せてくれた。すらっとした赤毛の女性が丸メガネと学校の制服姿で、Current Joysの歌に合わせて「ああ、私はまだ子どもなの……」と口パクしている。
いまや世界的に知られる存在となったジャイさんだが――イギリスで行われた追悼集会は事実上トランスジェンダーの権利を訴える集会と化した――実際の彼女は、ネットを中心に知り合った友人から愛され、実生活では自分らしさを隠そうとしなかったがためにいじめを受けていた若者だった。ロシェルさんはジャイさんを「姉妹のような存在」と言う。大のゲーム好きで――それもロブロックスとマインクラフト――好きな色は「間違いなくピンクね」。すでに削除された彼女のTikTokアカウントでも、よくピンクを着ていたから間違いない(ロシェルさんはジャイさんと直接会ったことはないが、彼女の写真を保存していた)。ミニスカートとメイクが大好きだった。やはりネット友だったロンドンのヴィヴィアンさんが言うには、歯に衣着せぬ鋭いユーモアのセンスの持ち主で、決して自分を恥じることがなかった。「トランスジェンダーであることを誇りにしていました」とヴィヴィアンさんはローリングストーン誌に語った。「そのことをとても大事にしていました。超がつくほどのフェミニストで、すごく美人で、世間からどう思われるかなんてちっとも気にしていませんでした」。
「ようするに、彼女はごく普通の16歳の女の子だったんです」と、別の友人のケンジーさん(20歳)も言う。「たくさんの可能性を秘めていたのに、あんな目に遭うなんて」。
ジャイさんの死に、イギリスはもちろん海外も衝撃を受け、困惑した。彼女は2月11日、イングランドのチェシャーの公園で刃物に刺されて死んでいるのを発見された。15歳の若者2人が逮捕され、殺人容疑で起訴された。リアン・ギャラガー検事は事件について、「極めて残酷で、痛ましい死」と表現した。2人の若者は7月に公判を迎える予定だが、当面はジャイさんが殺された理由をめぐって疑問が飛び交っている。
当初警察は事件が憎悪犯罪ではないとの見方を報道陣に伝えていたため、事態は混乱した。発言はのちに撤回されたものの、すでにダメージは大きかった――トランスコミュニティは傷つき、困惑した。「警察はブリアナがいじめられていた過去を調べて、状況を確認してから、ヘイトクライムかどうかしっかり把握するべきでした」とケンジーさんは言う。ローリングストーン誌が取材した友人は3人とも、いじめを受けていたことをジャイさんから聞いていたそうだ。「私の中では(憎悪犯罪だったと)感じています――コミュニティの他のみんなも同じように感じています」。
イギリスのメディアによるジャイさんの死の取り上げ方も、トランスコミュニティを安心させてはくれなかった。タイムズ紙はジャイさんを10代の女性として報道したが、後に出生時の名前で記事を改訂し、「数カ月間女性として生活していた」と記載した。一方テレグラフ紙は、元警察官でFair Copという団体を創設したハリー・ミラー氏(反トランスジェンダー的な発言をしていた過去がある)にインタビューした。同氏は事件について、憎悪犯罪でないなら「痛ましい青年の死亡事件として扱うべきだ」と意見した。Fair Copという団体は、「治安活動から政治を除外することを目的とする、性別に厳密な弁護士・警察官・作家・専門家の集団」を自称している。
「(ジャイさんのことで)なぜわざわざ彼に質問したんでしょう?」。イギリスの調査団体Trans Safety Networkの研究員、マロリー・ムーア氏はローリングストーン誌にこう語った。「ミラー氏は2020年、トランスジェンダー追悼記念日の前日に、#SayYesToHate(憎悪は正義)という運動を立ち上げた人ですよ。先月も、反LGBTQ的なツィートで逮捕されたネオナチ活動家のジェームズ・ゴダール氏を擁護していました」と彼女は続けた。「ちなみに今回の記事では、初稿から最終稿まで、トランスジェンダーは1人もコメントを求められていません」。
「マスコミの取り上げ方には、ものすごく腹が立っています」とヴィヴィアンさんも言う。「出生時の名前を公表する必要なんてなかったのに。すごく失礼だと思います」 ローリングストーン誌はタイムズ紙とテレグラフ紙の記者にコメントを求めたが、返答は得られなかった。
ジャイさんの死とマスコミの報道に対する怒りは、イギリス国内外に痛みと傷を呼んだ――ちょうど同じころ、アメリカのメディアもトランスジェンダーから槍玉に挙がっていた。アメリカの場合、ニューヨークタイムズ紙が掲載したトランスジェンダー問題の記事について、ジャーナリストと有名人がそれぞれ公開書簡を同紙に送った。それをきっかけに、出版社、スタッフ、読者の間で今も議論が続いている。公開書簡が送られた翌日、ニューヨークタイムズ紙が「J.K.ローリング氏を擁護する」と題した論説記事を掲載すると、読者の怒りはさらに激化した――その少し前に、イギリス人作家はトランスジェンダーに対する意見がもとでナチス呼ばわりされたとして、俳優のJJウェルズを訴えると脅していたようだ。
イギリス人ジャーナリストでpodcast「What the Trans?」の司会者ミシェル・スノウ氏によれば、こうした痛みや怒りを背景に、ジャイさんを偲ぶ追悼集会は1週間足らずで50近くも企画されたという。2月8日、同氏も参加したロンドンの集会にはざっと見て数千人は集まったそうだ。「悲しみと怒りがない混ぜになっていました」と同氏は言う。「追悼集会であり、同時に抗議デモでもありました。大勢の人がブリアナ・ジェイさんの悲劇的な死を話題にしていましたが、意地悪なメディア環境や、政治家の悪意を指摘する人も大勢いました」。
スノウ氏に言わせると、こうした集会はトランスコミュニティが10年近く抱えていた、政府やプレスの扱いに対する怒りと失望感の現れだという。「ああいう報道にはさほど驚きません。私が2015年に今の活動を初めてからずっと、イギリスのメディアがトランス問題を報じる時はいつもあんな感じですから」と同氏は言い、podcastを始めたのは洋服の交換会を話題にするためで、「絶えず全国レベルの集団パニックを起こす」ためではない、と皮肉交じりに付け加えた。
一方ジャイさんの友人は、彼女の死を悼みつつ、自分の身の安全も案じている。「この数日は夜通し泣きっぱなしです。もう安心して家から出られません」とケンジーさん。「ブリーの死を聞いた時、すぐにママのところに向かって、『この先どうすればいいんだろう』と言ったのを覚えています。もうトランスジェンダーとして表に出ることは無理な気がします。本当に安全なのかしら?」 こう感じているのは彼女だけではない。トランスジェンダーの若者をサポートする慈善団体Mermaids U.K.の広報担当者いわく、1週間でホットラインへの相談電話が31%も増えたという。
ジャイさんはイギリス国内外でトランスジェンダーの若者の英雄的存在となったものの、友人たちはブリアナ・ジャイさんの本当の姿を騒動に埋もれさせたくないと感じている。ティーンエイジャーが興奮したときにありがちなように、彼女たちは思い出話を次々語ってくれた。ヴィヴィアンさんとジャイさんがFaceTimeで体操の練習をして、リンゴジュースを一気飲みし、大笑いした時のこと。TikTokでジャイさんの下手くそなバク転を見たロシェルさんが、涙が出るほど笑ったこと。アイスクリームを食べながら、トランスジェンダーとして生きる辛さをどれだけ語り合い、アドバイスを交換し合ったことだろう。いつの日か、いじめっ子のいない場所で対面する計画を立てながら。
15日の夜、ヴィヴィアンさんはマンチェスターの追悼集会で、電飾や祈りのキャンドルに囲まれながらスピーチした。ジャイさんのメイク術や誰もがうらやむ豊かな髪を振り返ると、観衆から笑いが起きた。集会でのトランスジェンダー擁護の演説や、「統計」、暴力や殺人についての話題には心を揺さぶられなかったとも白状した。「殺された人としてじゃなく、ブリアナをブリアナとして覚えていてほしいんです」と彼女は言う。「ごく普通の生活を送っていた10代の女の子として記憶に残してあげたい。彼女にはたくさんの夢がありました。とてもきれいで、面白い人でした。私は彼女の美しさやユーモアを覚えていたい。彼女は殺人の犠牲者としてじゃなく、ブリーという1人の人間として記憶されるべきです」。
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