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大切な何かを喪失することを考える、死別・喪失と向き合うために理解しておくべきこと

Rolling Stone Japan / 2023年3月16日 15時0分

Source of photo:Pixabay

音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第46回は、死別・喪失が人にどんな影響を与え、それにどのように対応すべきかについて産業カウンセラーの視点から伝える。

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2023年に入ってからアーティストの訃報が相次いでいます。身近な人との死別の場合はもちろんですが、大切な何かを喪失することは人の心身に多大な影響を与えます。そしてそれは一般的な人生ではそれほど頻繁に起きることではないために、ほとんどの人に心の備えがありません。そこで今回は、死別・喪失が人にどんな影響を与え、それにどのように対応すべきかを考えてみたいと思います。

死別・喪失に対する様々な身体的・心理的反応や症状はグリーフ(grief)と呼ばれ、日本語では「悲嘆」と訳されます。一般的に日本語で「悲嘆」というときは「かなしみなげくこと」の意味ですが、ここではもっと幅広い状態を表す言葉です。この悲嘆のあらわれ方は文化によっても違いますが、主に4つの反応があげられます。

まず「思慕」です。これは喪失対象をふとした時に思い出す反応で、その際に様々な感情が生じます。強い心的外傷を伴う体験があった場合には、突然鮮明にその記憶を思い出す「フラッシュバック」が起きることもあります。ときには、故人の気配を感じたり話しかけたりといった「ちらつき現象」が起きたり、故人について自分が知らない側面を追い求めるような「探索行動」を取ったりします。この「思慕」が悲嘆の中では最も長く続きます。

2つ目は「疎外感」です。これは、死別・喪失によって自分のまわりにいる人々の態度が変わったように感じたり、見捨てられたと思ったりする感情です。他に、周囲から置いてきぼりを食ったように感じたり、自分だけが他の人と折り合いが悪いように思ったりするということがあります。これらは、死別者・喪失者に対する社会のなんらかの偏見が原因となっている場合もあります。

3つ目は「うつ的不調」です。葬儀などの社会行事や法的手続きなどが終わり、身辺の整理もついた頃からうつ的症状があらわれはじめることもあります。具体的には、無気力、虚無感、感情の不安定さ、孤独感、漠然とした不安などがあり、睡眠不足や食欲の変化があったり、希死念慮が生じたりすることがあります。アメリカでの調査では死別直後の遺族で24%、7ヶ月で23%、13ヶ月で16%がうつ病の基準を満たしていて、死別後1年以内は自殺の危険性が上昇することがわかっています。「死別後だから調子が良くないのは当たり前だ」としてこれらの兆候を見過ごさないようにすることが大切です。

4つ目は「適応対処の努力」です。なんとか現実へ対処しようと、たとえば「死者の分まで頑張ろう」とか「新しい生活に向かって行こう」などと、自分自身を奮い立たせようとします。これは死別後の比較的早い段階からあらわれることがありますが、ときに「〜しなければならない」という思いが強くなりすぎて焦燥感が募り、かえって心身の重荷となってしまうことがあります。これら4つ以外にも、死別のケースによっては「どうして救うことができなかったのか」といった自責の念や、なぜ自分が生き残ったのかという「生存者罪悪感」、医療者に対する怒りなどが生じることもあります。



死別・喪失した人は、こうした悲しみに浸るような感情と、現実に適応しようとする感情との間を行ったり来たりして揺れ動きます。これらの悲嘆は死別・喪失した対象によっても変わってきますが、死別の場合は「何とか一区切りついた」となるまでに約4年半かかるという統計値があります。また、悲嘆自体は正常な反応なのですが、それが過剰になりすぎてしまうと「複雑性悲嘆」という状態になってしまい、何らかの精神疾患や身体疾患、社会不適応へと移行してしまうこともあります。

死別・喪失と向き合うためには、まず「落ち込んでしまうことは当然のことなのだ」と認識すること、それと同時に死別・喪失との向き合い方にはこれという正解はなく、ひとりひとり違って良いということ、焦らないこと、時には自分を赦し、人に頼ることが大切だということを理解することが大切です。この頼る対象には、身近な信頼できる人はもちろんですが、精神科・心療内科・カウンセラーなども含まれます。そして、無理に感情表出を我慢したり、逆に無理に感情を表出したりしないようにします。身体を休める、気持ちを言語化する、同じような体験をした人たちと繋がる、ということも有効です。

大きな悲嘆を抱えている人への支援は「グリーフケア」と呼ばれます。グリーフケアは欧米では一般的になっており、国家的な支援がある国もありますが、日本ではまだまだという状況です。グリーフケアの基本となるのは、相手の思いを尊重し、その思いに寄り添う姿勢です。つらい思いをしている人には、つい何か特別なことやアドバイスをしなければならないような気持ちになってしまいますが、向き合い方や感じ方、ペースはひとりひとり違いますので、安易なアドバイスや励ましは避けて、とにかくまずは「傾聴」することが大事です。その上で、現実生活での困難の解決や新たな人生設計の構築、必要ならば専門の相談機関や医療機関へ繋げるなどの支援にあたります。

何かを喪失したとき、それが元に戻ることがないなら、喪失する前の状態に戻ることは不可能です。そうするとできることは「違う、新しい目的地へ向かうこと」になります。どこへどのようにして、どのくらいの時間をかけて向かうのかはひとりひとり違います。それを当事者も周囲の人も理解し、ともに焦らずに歩んでいくようにします。喪失への適応は当事者本人の問題だけではなく、取り巻く社会の問題でもあり、心理的・社会的に何かを喪失した人が孤立しないような支援体制が求められます。また現代社会では「何かを得ること」にばかり意識が向きがちですが、何かを得るということは何かを失うということと裏表の関係でもあります。私たちはもっと「何かを喪失すること」について考える必要があるのかもしれません。

参照
『はじめて学ぶグリーフケア 第2版』宮林幸江・関本昭治著 日本看護協会出版会
『喪失学〜「ロス後」をどう生きるか?』坂口幸弘著 光文社新書
「家族と遺族のケア」大西秀樹/石田真弓 心身医Vol.54 No.1.2014


<書籍情報>



手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP:https://teshimamasahiko.com/

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