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デヴィッド・ボウイの没入型ドキュメンタリー『ムーンエイジ・デイドリーム』が画期的な理由

Rolling Stone Japan / 2023年3月23日 18時15分

『ムーンエイジ・デイドリーム』のワンシーン(C)NEON PICTURES

デヴィッド・ボウイ財団唯一の公式認定ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』が3月24日(金)から公開される。ブレット・モーゲンが監督を務めた本作は、ロック史上最も華やかでグラマラスなロックスターの世界観を体験する没入型のエクスペリエンスであると同時に、真のパイオニアたるアーティストの知られざる側面を浮かび上がらせる。

『ムーンエイジ・デイドリーム』は、デヴィッド・ボウイについてのストレートなドキュメンタリー作品であってもおかしくなかった。しかし今時、ボウイのストレートな描写など誰も求めてはいない。ブレット・モーゲンが脚本と監督、編集を務めた本作は、シン・ホワイト・デュークの万華鏡のような内面世界へと誘う、極めてイノベイティブなマインドトリップだ。『くたばれ!ハリウッド』におけるハリウッドの大物ロバート・エヴァンスや、『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』でのカート・コバーンなど、モーゲンはこれまでも素顔が見えにくいアーティストの複雑な内面に切り込んできた。本作はそれにとどまらない、ロック史上最も華やかでグラマラスなロックスターの世界観を体験するかのような、まさに没入型のエクスペリエンスだ。本作に収録された当時の貴重なインタビュー映像のひとつで、ボウイは音楽面の感受性についてこう語っている。「何もかもはゴミであり、あらゆるゴミは美しい」。その言葉は、本作のアプローチを端的に表現していると言っていい。



それは音楽ドキュメンタリー作品としては画期的な手法だ。ナレーターやその他のいかなるガイド役も登場しない本作は、ボウイの映像やインタビュー、バージョン違いの楽曲の数々等で構成されるモンタージュを、モーゲンがその審美眼でリミックスしたものだ。彼はボウイの遺産管理財団の協力を得て、数十年分におよぶ無数のアーカイブ映像に目を通した。中にはレアなものもあるが、その大半はロックスターの誇大妄想を視覚化した有名なものだ。だが本作の核は、「自分はDJであり、プレイこそが本当の自分だ」というモーゲンのアプローチだ。

『ムーンエイジ・デイドリーム』はボウイの私生活にはほとんど触れていない。本作はあくまで、「僕はコレクターであり、パーソナリティを集めるのが好きらしい」といった発言を残した、世間が知るボウイのバイオグラフィーだからだ。本作では、彼の音楽的変遷を包括的に捉えようとはしていない(ティン・マシーンには一切触れられていない)。それでも、本作のためにトニー・ヴィスコンティが再ミックスした音源をファンの視点で組み合わせたブリコラージュは、ボウイの音楽の知られざる側面を浮かび上がらせている。

自身を無地のカンヴァスに喩え、大衆の欲望と畏怖を映し出す媒介として捉えていたボウイを描く上で、それは適切なアプローチだと言える。「アーティストとしての彼は、あくまで人々の空想が作り上げた架空の存在だ」。モーゲンは劇中でそう語っている。「そういう意味では、我々こそが偽預言者であり神である」。ボウイは大衆の想像力を刺激し、自分自身と他人に対する新たな視点を授けることがロックスターの使命だと信じていた。「私は時に、自分が感情を持った生物であることを証明する行動に出る。だが、それは演技に過ぎないんだ」

1973年に放送されたイギリスのトーク番組出演時の映像では、ホストのラッセル・ハーティはエレガントな服装に身を包んだ目前の実直な生物に親しみを持っているのがわかる。「スポットライトを浴びるようになる前、あなたは何をしていたのですか?」とハーティは訊ねる。「無名の人がそうであるように、ふと『神よ、私はもっと注目されるべき存在ではないのか』と問いかけたりしていたのでしょうか?」。ボウイは少年のように無邪気な笑顔を浮かべ、こう答えている。「神に何かを求めたことはない。すべては自分自身で決めたことだ」

「ボウイ役」を演じられる俳優は存在しない

『ムーンエイジ・デイドリーム』には、ボウイ史上最高のバンドを従えた1978年のStageツアーに代表される、息を呑むようなライブ映像が数多く見られる。そこにはスパイダー・フロム・マーズがバックバンドを務めた、70年代初頭のジギー・スターダスト期の映像も含まれる。ギタリストのミック・ロンソンの前で屈み、彼のギターにフェラチオをするかのような有名な場面だけを集めたシーンは爆笑を誘う。ボウイがオーディエンスに「Love Me Do」の合唱を促す一幕が見られる、圧倒的な「The Jean Genie」のジャムも見どころだ。


(c)2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


(c)2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

また本作には、1973年にBBCが放送したしたアラン・イエントブによるクラシックなドキュメンタリー『Cracked Actor』のユーモラスなシーンの数々も登場する。ハリウッドのリムジンの後部座席で大量のコカインを摂取し、全身を引きつらせるボウイの姿は『The Golden Girls』のルー・マクラナハンを彷彿させる。また70年代後半に制作されたインタビュー映像で、電子音を取り入れた実験的なベルリン三部作によって人気に翳りが出たのではないかというイエントブのコメントに対し、ボウイは愉快そうに笑いながらこう答えている。「何を分かりきったことを」

音楽とプライベートの両面においてボウイが最も低迷していた80年代後半の記録は、本作におけるハイライトのひとつだ。デニス・デイヴィスによる「Sound and Vision」のドラムトラックと「Absolute Beginners」のアカペラのミックスで幕を開ける、ボウイが金を稼ぐために陳腐な曲を書いていることを認める一連のしかめっ面のインタビューは痛ましいほどだ(「すまないが、私は清貧という概念を信じていないんだ」。鼻をフンと鳴らしながらそう話す姿には悲壮感さえ漂っている)。ティナ・ターナーと共演したペプシのCM。Glass Spidersツアーの記録。他に行き場がないと言わんばかりに、アジアのどこかにある深夜のショッピングモールで1人でエスカレーターに乗っているボウイ。ヴァンパイア役を演じた『ハンガー』での、「俺は若い、わかったか? 俺は若いんだ!」と主張するシーン。これらはすべて、完全に割り切ることで手にした80年代の成功に伴った閉塞感と虚無感を見事に表現している。

そしてそれは、本作において最もエモーショナルでパワフルな瞬間へと続く。「Word on a Wing」の静謐なピアノのメロディをバックに、通路に佇むボウイ。到着したエレベーターのドアが開くと同時に、「イマンと初めて会った時……」という彼のモノローグが始まる(このシーンを観て、筆者は号泣してしまった)。

その他のボウイの自伝映画と同様に、本作はイマンとの結婚を経た彼の90年代の音楽的変遷については触れていない。テクノを取り入れた1995年作「Hello Spaceboy」の印象的なイントロが流れる場面こそあるものの、『Earthling』『Heathen』『Reality』『The Last Day』等の過小評価されたアルバム群に収録されている、妻への愛を綴ったソウルフルな大人のラブソングへの言及も見られない(『Hours』を挙げなかったのは、「Thursdays Child」はボウイ史上屈指の名曲だと筆者が信じてやまないからだ)。

『ムーンエイジ・デイドリーム』の物語の大部分は、ボウイの表情に集約されている。リトル・リチャードのダンスやエリック・ドルフィーのサックスを研究している時と同じ熱量で、彼は鏡と向き合って自身の動作を確かめる。彼は常に、自分の顔がアップで映し出される場合に備えていた。誰もが目にしたことのある「アイス・ブルー」ターコイズのスーツに身を包んだ、「Life on Mars」のミュージックビデオ撮影時にポーズを取る姿も見られる。同ビデオの監督を務めたミック・ロックによると、ボウイがそのスーツを着たのは、生涯を通じてわずか数分間だったという。だがそれ以降、そのスーツは大衆が思い描く夢のような暮らしの一部となった。それはボウイという存在の何たるかを物語っている。『ムーンエイジ・デイドリーム』は、 ボウイの伝記映画が失敗する運命にある理由が、その役を演じられる俳優が存在しないからだということを教えてくれる。その黄金期がどのようなものだったのかを知るのは、その人生を実際に生きた者だけだ。

From Rolling Stone US.



『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
3月24日(金)IMAX® / Dolby Atmos 同時公開
(c)2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:パルコ ユニバーサル映画
公式サイト:https://dbmd.jp/



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