永瀬正敏が語る、信じる道を歩き続けてきた男の美学
Rolling Stone Japan / 2023年3月31日 19時0分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。日本を代表する俳優、永瀬正敏のルーツにあるパンクの原体験、そして役者としての力量がクロスオーバーした映画『GOLDFISH』。亜無亜危異のギタリスト、藤沼伸一が自身のすべてをモチーフにしたという本作で、永瀬は何を感じたのか?
「ジム(・ジャームッシュ)は撮影の合間に、映画に出演している俳優さんと『コーヒー&シガレッツ』を撮っていて、それを上映はしていなかったんです。ジムはそのビデオを、メッセージもつけて僕の誕生日にプレゼントしてくれました。”これはよっぽどのやつにしか見せねえぞ!”と思ってたんですけど、いつの間にか上映されてDVDも出た(笑)。でも、もらったビデオは今でも宝物です」
このコーナーのタイトルがジャームッシュの映画のタイトルから来ていることを知った永瀬正敏は、そんな逸話を教えてくれながら煙草を一服。永瀬の口から吐き出された煙がゆらゆらとたなびくと、まるで映画のワンシーンを見ているようだ。それくらい永瀬と煙草は絵になる。永瀬にとって煙草の魅力はどんなところなのだろう。
「なんかリズムのような気がするんですよね、精神状態の。昔、映画を撮影している時にフィルム・チェンジというフィルムを交換する時間があったんです。カメラに光やゴミが入るとまずいので、ベテランのカメラマンでも20分くらいかかる。その間、休憩になるんで喫煙所に行って共演者の方や監督と話をするんですけど、その時間が最高なんです。『ちょっと一本ちょうだい』っていう一言から始まる何かがある。最近、撮影がデジタルになったので、その時間がなくなっちゃったのが残念ですね」
束の間、緊張感から解放されて微笑みをかわす人々の姿が浮かんでくるようだ。喫煙所は仲間たちと囲む焚き火のような場所なのかもしれない。以前、ある若手俳優がインタビューで、憧れていた永瀬と話を交わしたくて喫煙所に行くのが楽しみだった、と語っていたことを思い出した。
永瀬が初めて煙草を吸ってみたのは、バンドを結成した頃。「煙草は20歳になるまで吸っちゃダメですけど、その時は煙草を吸っている先輩に憧れてたんです。だからカッコつけてただけで味なんて全然わからなかった」と振り返る。そのバンドで学園祭に出場したが、同級生で歌手になりたい女の子がいて、一曲だけその子をステージに立たせてやろうとザ・ヴィーナスの「キッスは目にして!」をカバー。ボーカルだった永瀬はコーラスにまわった。学校の卒業アルバムにバンドの写真が掲載されたが、バンドの中心には女の子がいて永瀬はいちばん端。「僕、ボーカルだったんですけどね」と永瀬は笑った。
学校を息苦しく感じていた永瀬にとって、音楽との出会いが救いだった。バンドをやっている先輩からもらったミックステープを聴いていて、永瀬はいろんなアーティストを知った。
「クラッシュとかイギー(・ポップ)とかRCサクセションとか、テープにはいろんな曲が入っていて、それを聴いてがっつり掴まれたんです。僕はバイクに乗って学校の廊下を走るような不良じゃなかったけど、屋上で煙草を吸ってヒットナンバーを聴く気持ちはよくわかった。音楽にはすごく助けてもらいましたね」
RCの「トランジスタ・ラジオ」みたいな青春を送っていた永瀬が、日本の伝説的なパンク・バンド、亜無亜危異をモデルにした映画『GOLDFISH』に出演することになった。80年代に社会現象を起こしたガンズというパンク・バンドのメンバーが、30年ぶりに再会して再び音楽を始める、という物語だ。監督を務めるのは亜無亜危異のギタリスト、藤沼伸一で、永瀬が演じる主人公のイチは藤沼をモデルにしている。話が来た時、永瀬はどう思ったのだろう。
「亜無亜危異は僕が中学生の頃にデビューしたんですけど、ある種のカリスマ性を持ったバンドでした。同級生や先輩たちがペタンコのカバンに亜無亜危異のステッカーを貼っていたのを覚えてます。13~15歳の頃って子供でも大人でもない難しい時期じゃないですか。そういう子供達に衝撃を与えたバンドだと思うんですよね。そんなバンドをモチーフにした映画で、しかも藤沼さんが監督をすると聞いて、これは腹をくくらないとダメだなって思いました。ヘタするとギターで殴られるんじゃないかって(笑)」
藤沼は初対面で、子供の頃に衝撃を受けた亜無亜危異のメンバーともなれば緊張するのは仕方ないが、一緒に仕事をしてみて、どんな印象を持ったのか。
©2023 GOLDFISH製作委員会
「とても温和な方で、僕と同じ目線に立ってくれるような気がしました。亜無亜危異のメンバーにも会わせてくれたんですけど、みんな良い人たちなんですよね。僕はこれまで、イギーとかジョー(・ストラマー)とか、たくさんの本物に会ってきました。彼らはみんな繊細で優しかった。パンクスは何でも壊そうとする人たちだと思われがちですけど、理不尽なものを壊せと言ってるのであって暴力的な人たちじゃない。藤沼さんもそういう本物の一人でした」
物語はバンドのリーダー、アニマルが金に困ってイチにバンドの再結成を持ちかけるところから始まる。セッション・ミュージシャンとして暮らしていたイチは、困惑しながらも再びパンクに正面から向き合おうと決意。アニマルとイチは元メンバーに声をかけていくが、ギタリストのハルは酒に溺れてボロボロになっていた。そして、次第に浮かび上がっていくイチとハルの微妙な関係。そこにはハルのモデルになったマリと藤沼の関係が投影されている。
「僕は藤沼さんにマリさんのことを聞いたことはないんですけど、藤沼さんがマリさんのことを話している時と他のメンバーのことを話している時って、醸し出している空気みたいなものが違う気がするんです。どう違うのかは具体的に言えないんですけど、それを表現するのがイチを演じるうえでのポイントかなって思いました。この映画は亜無亜危異のことを描いているだけじゃない気がしていて、そう思う理由のひとつがイチとハルの関係なんですよね」
確かに本作で胸を打つのは、久し振りに再会した友達との関係だ。再会した瞬間に通じ合うものもあれば、通じ合えなくなってしまったこともある。子供の時のように無邪気な関係ではいられない。
「でも、再会できるだけ幸せなんですよ。僕は10代から20代の頭にかけて、ずっと一緒に過ごしてきた友達が突然いなくなってしまった。もう距離を縮められない。一緒に何かを共有できないもどかしさがある。だから、年代も関係性も違うけどイチとハルの関係はなんとなくわかる気がしました」
永瀬の突然いなくなった友人とは、88年に亡くなったヒルビリー・バップスの宮城宗典のことだろう。イチにはそうした永瀬の個人的な思いも反映されている。また、バンドが再結成する、いい大人が歳をとって出直す覚悟も、この映画から伝わってきた。カート・コバーンは自殺する時、「錆びつくよりも燃え尽きたほうがいい」というニール・ヤングの曲の一節を書き残したが、この映画は錆びついた後、どう生きるのか、という物語でもある。カートやシド・ヴィシャスのように一瞬の輝きを放って燃え尽きる者もいれば、イギーのように傷だらけになりながら生き続ける者もいる。
「40歳になった時、友達でドラマーの中村達也くんに『タトゥーを入れたいんだけど誰か紹介してよ』って頼んだんです。達也くんは身体中にタトゥーを入れているから、いい人を知ってるんじゃないかと思って。そしたらダメ!って。『イギーはひとつもタトゥーを入れてないけどカッコいいだろ』って言われたんです。僕の仕事のことを考えて止めてくれたんだと思うんですけど、話を聞いてなるほどなって思いました。イギーはタトゥーの代わりに身体中傷だらけ。タトゥーという形にとらわれないで、傷だらけになりながら音楽を続けていることのカッコよさってあるなって思いました。映画でアニマルが『今の俺たちの方がカッコいいじゃん!』って言いますけど、一瞬で燃え尽きるカッコよさと続けることのカッコよさ、その両方を感じられる人になりたいと思ってます」
そんな永瀬に俳優をやめたいこと思ったことはあるかと尋ねると「一度もない」と即答した。
「デビューして5年くらい仕事がない時があったんですけど、やめようとは思わなかった。ずっと映画を信じてたんですよね。金がなくても毎日映画を観てたし、また映画に出られるのを楽しみにしてた。自分には役者しかできませんからね」
煙草の煙の向こうに、信じる道を歩き続けてきた男の優しい眼差しがあった。日本を代表する俳優でありながら、10代の頃と変わらず映画をひたむきに愛し続ける永瀬もまた、”本物”の一人だ。
『GOLDFISH』
出演:永瀬正敏 北村有起哉 渋川清彦/町田康/有森也実
監督:藤沼伸一
3月31日(金)シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
永瀬正敏
相米慎二監督『ションベン・ライダー』(1983年)でデビュー。1990年にジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』に出演し、注目を集めた。山田洋次監督『息子』(1991年)では数々の演技賞に輝き、メジャーからインディーズまで作品の規模を選ばず活動。足立紳監督『雑魚どもよ、大志を抱け!』が公開中。
Styling = Yasuhiro Watanabe
Hair and Make-up = Katsuhiko Yuhmi (THYMON Inc.)
コート¥433,400、シャツ¥173,800、パンツ¥323,400(YOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモトプレスルーム/TEL: 03-5463-1500)、その他スタイリスト私物
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