1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 音楽

ハリー・スタイルズ来日公演を総括、時代を代表するスターが作り上げた幸福な空間

Rolling Stone Japan / 2023年4月13日 17時30分

ハリー・スタイルズ来日公演のライブ写真(2023年3月25日)(Photo by Lloyd Wakefield)

ハリー・スタイルズ(Harry Styles)の来日公演が3月24日・25日に有明アリーナで開催された。音楽ライター・ノイ村による2日目のレポートをお届けする。

昨年公開された映画「ドント・ウォーリー・ダーリン」の劇中でハリー・スタイルズ演じるジャックが披露した、あまりにも不格好で不自然で違和感のあるダンス。物語の構造が示すように、自らをある種の規範に当てはめ、”あるべき姿”を無理やり受け入れようとした結果があの姿なのだとすれば、3月24日・25日に有明アリーナで開催された約5年ぶりとなる来日公演における自由でのびのびとしたハリーのパフォーマンスは、まさにその対極にあるものだったと言えるのではないだろうか。自らが愛してやまない音楽を追求し、それをただ模倣するだけではなく、見事に自分らしく表現しきってみせた今の彼は、まさに現代における理想的なポップ/ロックスターといっても過言ではないだろう。

25日、会場に足を踏み入れると、ステージの後ろの席までびっしりと埋め尽くした観客とその熱気に圧倒される。過去にハリーが着用した衣装を再現する人も少なくなく、メッセージを書き込んだお手製のボードは数え切れないほどだ。今回の来日公演がこれまでの中でも最大規模であることを踏まえると、いかにハリーが「ワン・ダイレクションのメンバー」という肩書きに頼ることなく、自身のソロ活動によって支持を集めてきたのかを改めて実感する。また、会場にはクイーンやデヴィッド・ボウイといった自身のルーツを辿るかのようなBGMが流れており、その中には、グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーを授賞するに至った最新作『Harry's House』のタイトルの由来でもある、細野晴臣『HOSONO HOUSE』から「僕はちょっと」も含まれていた。様々なロック・レジェンドと並んで細野の楽曲が流れていたのは、どこか不思議な感覚もありつつ、単純に嬉しい出来事であった。


来日公演のライブ写真(2023年3月24日)Photo by Lloyd Wakefield

開演予定時刻を少し過ぎた頃、カラフルなブロックを積み上げたようなシンプルなステージセットにバンドメンバーが集合し、ステージの背景に用意されたスクリーンにザ・ビートルズの『イエロー・サブマリン』を彷彿とさせるようなサイケデリックなアニメーションが映し出される。その構図は『Harry's House』の1曲目を飾る「Music For a Sushi Restaurant」のイントロとともに宇宙から地球、地球から一軒の家へと拡大していき、やがて部屋の中で沸騰するヤカンが覚醒へと導いていく。あらゆる世界がカラフルに輝きを放つとともに、ハリー・スタイルズ本人も颯爽とステージに登場。凄まじい熱狂とともに、「Love On Tour」の世界へのトリップが幕を開けた。『HOSONO HOUSE』が細野の自宅で制作されたように、この旅もあくまでハリーの自宅の中で繰り広げられているのだ。

この日のハリーは青く輝くスパンコールのジャケットを身に纏った、まさにスターと呼ぶに相応しい装いで、まずは何よりそのオーラに圧倒されてしまう。指先から腰の動きに至るまでスムーズでキレのある動きや、マイクの持ち方や視線の動きなど、その一つひとつが美しく、想像以上に「目の前にハリー・スタイルズがいる」という体験そのものの強烈さに驚かされる。「Music For a Sushi Restaurant」はライブのオープニングを飾る上でも完璧な楽曲で、リラックスしたムードから「Know I love you, babe」という言葉とともにファンク・パーティーへと突入する多幸感が、生のバンド演奏とハリーの快活で音楽そのものを全身で楽しんでいるかのようなパフォーマンスによって何倍にも増幅されて会場を包み込んでいく。そのスケール感は続く「Golden」のアメリカ西海岸的な雄大なロック・サウンドとともにゆったりと拡大していき、アンセミックな「Adore You」でいったんのピークを迎えた。

全身で音像に浸る中で改めて気付かされたのは、充実したバンドメンバーによる演奏はもちろんだが、何よりもハリーの歌声がこのスケール感をコントロールする上での重要な役目を持っているということだ。彼の近作の特徴でもある、輪郭を強調しすぎないような、そっと寄り添うような歌声は包容力のある演奏にしっかりと馴染んでおり、まるで身体に染み込んでいくかのような感覚に陥る。特に「Adore You」では原曲が現代のポップ・ソングのマナーに則った、一つひとつの音をしっかりと棲み分けたタイトで緊張感のある仕上がりであるのに対して、今回のパフォーマンスではグッとテンポを落としてグルーヴにじっくりと浸らせる演奏となっており、ハリー自身もより低音域に重点を置いて歌い上げることで、バンド全体で心地良い質感を作り上げていたのが極めて印象的だった。同楽曲がリリースされた当時のパフォーマンスではあくまで原曲を再現する方向で演奏されていたことを踏まえると、『Harry's House』の制作を経て、目指す表現の方向性に変化が生じたということなのだろう。

この感覚は続く『Harry's House』の楽曲群でより顕著に表れる。「Keep Driving」のゆったりとしたフォークで心地良いムードを作り上げた上で披露された「Daylight」は個人的にもライブでのパフォーマンスに期待していた楽曲の一つで、後半に訪れるサイケデリックな轟音パートがどのように鳴り響くのかを楽しみにしていたのだが、確かに轟音ではありつつも、鼓膜を突き刺すような攻撃性は皆無で、あくまで大きくも優しい音像で包み込むような仕上がりになっていたことに強く驚かされた。『Harry's House』という作品がこれまでのキャリアの中でも親密さや心地良さに重きを置いた作風であることはリリース当時から感じていたが、それを実際のパフォーマンスでここまで見事に作り上げてしまうあたりに、ハリー・スタイルズのミュージシャンとしての凄みと、この数年での大幅な成長を改めて実感する。このような表現力の進化は続けて披露された「Woman」のようなソロ初期の重厚なロック・サウンドにも更に説得力を与えており、昨年、世界中に現代のロックスターとしての印象を与えるきっかけとなったコーチェラ・フェスティバルでのパフォーマンスの時よりも更に強靭なものとなっているように感じられた。

観客との親密なコミュニケーション

このような親密さや心地良いムードというのは、ミュージシャンとしての表現力はもちろんだが、何よりもハリー・スタイルズ本人の人間性による部分が大きいのだろう。本編中盤には「Matilda」、「Little Freak」を披露するアコースティック・パート的な場面が用意されたのだが、イヤモニの位置を調整しながら丁寧に歌い上げる一方で、こまめに観客に手を振ったり、花道を歩き回って客席に近づいたりと、ハリーのファンサービス精神がこれでもかと発揮されていたのが印象的だった。アコースティックパートを終えても、壮大なサウンドスケープと(本人を含め)思わず飛び跳ねてしまう軽快なメロディのコントラストが楽しい「Satellite」やスムースなファンク・ポップと掛け合いで魅了する「Cinema」など、演奏自体のスケールは大きい一方で、ハリーとの距離はずっと近いままという絶妙なバランス感覚が保たれ続けていた。

観客とのコミュニケーションといえば、ワールド・ツアーではその土地の文化に触れ、学ぶことで知られているハリー(例えば、ニュージーランド公演ではマオリの伝統的な歌である「Tūtira Mai Ngā Iwi」を披露している)だが、この日は多くの場面で日本語を披露。ワン・ダイレクション時代からお馴染みの「頑張りまーす!!」はここぞというキメのシーンで使われ、熱狂をさらに盛り上げる鉄板の台詞となったようだ。冒頭で言及したメッセージボードに関しても、一つでも多くのボードを見ようと頑張る場面があり、結果として某有名ラーメン店をオススメされたハリーがラーメン屋での注文の仕方を再現してくれたりと、パフォーマンス以外の面においても大いに観客を魅了してくれた。また、パフォーマンス中にも日本の国旗を掲げてくれる場面があったのだが、ただの日の丸ではなく両端にレインボーフラッグを取り入れたデザインとなっていたこと、その光景に大きな歓声が上がっていたことをしっかりと記しておきたい。

この投稿をInstagramで見る @harrystylesがシェアした投稿

そんなハリーと観客の心地良い関係性が続く中で、後半に待ち受けるパーティー・パートが盛り上がらないはずもなく、ファンク成分を大幅に強化した「Treat People With Kindness」はこの日でサポート期間のフィナーレを迎えたThe Pocket Queenによる絶妙なドラミングも相まって、さながら会場まるごとディスコの世界に飛び込んだかのような熱狂の渦に。さらに究極のファンサービスとも言える「What Makes You Beautiful」も投下され、壮大な大合唱とともにパーティーはこの日最大のピークを迎えたかのように見えた。

だが、それ以上に圧倒的な盛り上がりを記録したのは、観客に渡された某人気漫画のキャラクターを模した帽子を被りながら披露した『Harry's House』屈指のダンス・ナンバーである「Late Night Talking」だろう。(本人がどこまであのキャラクターを認知していたかは定かではないが)あれはまさにハリーの人間的な部分と、音楽面の両方における親しみやすさが高い次元で融合した瞬間だったと言えるのではないだろうか。この盛り上がりは言わずと知れた大ヒットシングル「Watermelon Sugar」で見事な大団円を迎え、スウィートな「Love of My Life」で会場いっぱいの大合唱とともに本編を美しく締めくくった。

アンコール、この日最大の大合唱

ソロデビュー曲「Sign of the Times」を皮切りに幕を開けたアンコールは、もはやこの日の成功を確信したハリーと観客によるウイニングランである。当時、「ワン・ダイレクションのメンバーによるソロ活動」としては意外にも思えた、デヴィッド・ボウイやクイーンからの影響を色濃く感じさせる正統派ロック・バラードである同楽曲は、年月や作品を重ねるごとに着実にその説得力を増していき、この日のパフォーマンスでは堂々たる歌声を響かせながら、観客が照らすたくさんのライトにも負けることのない壮絶な輝きを放っていた。

ダメ押しといわんばかりの満面の笑みでの「頑張りまーす!!」宣言から幕を開けた「As It Was」は、イントロのセリフが聞こえた時点で客席から嬉しい悲鳴が湧き上がるほどで、会場はこの日最大の大合唱とともに、ずっと待ちわびていた至高のポップ・アンセムが炸裂するこの時間を祝福し、周りを見渡せば、誰もがキャッチーなシンセサイザーのフレーズや軽快なドラムに合わせて楽しそうに踊っていた。a-ha「Take On Me」からの影響を彷彿とさせる同楽曲が2023年におけるトップクラスのアンセムとしてここまでの強度を誇っているのは、単なる80年代のリバイバルというよりも、情報量に圧倒される不安定な時代の中で、自然で暖かみのある質感に多くの人がどこか居心地の良さを感じたからなのだろう。それは他ならぬハリー本人にとってもきっと同様であり、彼がそこにある親密さや優しい手触りを徹底的に追求したことで、まさに部屋の中でリラックスしながら踊るような幸福な瞬間がここに生まれたのだ。それは誰もが認めるポップ・スターでありながらも、セレブリティとしての存在感や名声よりも「ただの音楽好きの青年」であることに重きを置いてきたハリーだからこそ実現できたものなのではないだろうか。


来日公演のライブ写真(2023年3月25日)Photo by Lloyd Wakefield

圧巻のパフォーマンスのラストを締め括ったのは、キャリア屈指のヘヴィなロックナンバーである「Kiwi」だ。前述のコーチェラ・フェスティバルでは自身の実力を証明するかのような鬼気迫る姿が印象的だった同楽曲だが、この日はもはやバンド全体が叩きつける壮絶なグルーヴに完全に酔いしれており、後半はもはやマイクすら手放して会場に集まった誰よりもロックンロールを楽しみながら、一方では観客に対して何度も「ありがとう」と口を動かしながら、言葉にならない興奮を全身で表現していた。まさにハリーらしいという他ない見事なクライマックスである。

それまでの生き方に縛られることなく、ただただ自分が好きな音楽、自分らしくいられる居場所を追求し、そうして生まれたものをファンと一緒に共有しながら楽しむ。それは、結果として現代を生きる上での極めて理想的な姿であり、だからこそハリー・スタイルズはこの時代を代表するスターとなったのだろう。この日のパフォーマンスはそれを証明するかのような美しい瞬間が何度も訪れており、終演後の会場では誰もが笑顔でその感想を語り合っていた。まるで奇跡とも思えるような、あまりにもポジティブで幸福な空間がそこにあったのだ。

この投稿をInstagramで見る @harrystylesがシェアした投稿


〈セットリスト〉
1.Music For a Sushi Restaurant
2.Golden
3.Adore You
4.Keep Driving
5.Daylight
6.Woman
7.Matilda
8.Little Freak
9.Satellite
10.Cinema
11.Treat People With Kindness
12.What Makes You Beautiful (One Direction)
13.Late Night Talking
14.Watermelon Sugar
15.Love of My Life

Encore:
1.Sign of the Times
2.As It Was
3.Kiwi

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください