エヴリシング・バット・ザ・ガールが語る再始動の経緯「インスピレーションは新しい音楽」
Rolling Stone Japan / 2023年4月20日 17時45分
もうこのふたりは一緒に音楽を作ることはないはずだった。ベン・ワットは2014年に31年ぶりとなったソロ第2作『Hendra』をリリースした際にその可能性はないと話してくれたし、Twitterでもういちど活動を再開しないのかというメンションに対してベンはキレた感じで返信していたりもした。
しかし、COVID-19がふたりを取り巻く環境だけでなく、音楽に対する思いも変える。再び互いを意識しながら音楽を作り始め、ラスト・アルバムと認識されていた1999年リリースの『Temperamental』の”次”があることを2022年11月に発表。24年ぶりに届けられた11作目『FUSE』で、ふたりは音楽シーンの最前線に帰ってきた。このアルバムに過去の自分たちの音楽に対するノスタルジーや、EBTGという名前にすがった振る舞いは一切ない。新作のリミックスにも参加しているフォー・テット、フレッド・アゲイン、インディア・ジョーダンたちの楽曲と並んでも違和感なくシームレスに流れていくような、紛う方なき2023年のアルバムである。ベンとトレイシー・ソーンに再始動に至った経緯、そして新作の制作について話を聞いた。
─まず、この再始動はどちらから、どんな思いで切り出したのでしょうか? ベンは復活についてずっと否定的な態度を取っていましたが、これはCOVID-19によるロックダウンがもたらした良い方の作用だったのでしょうか。
ベン:そうだね。パンデミックはとても重要だったと思う。僕は、自分のアルバム作りに取りかかろうとしていたんだけれど、すべてがストップしてしまったんだ。日本で計画していたショーも、パンデミックで中断しなければならなくなってしまった。それに、僕の体調もよくなかったしね。だから、家での生活も結構複雑だったんだ。そしてパンデミックが終わり、生活が正常に戻った時、僕たちは互いに顔を見合わせて考えたんだよ。「また以前のやり方に戻るのか、それとも何か違うことをする時が来たのかもしれないのか。ってね。そしたらトレイシーが、再び一緒に仕事をしてみてはどうかと言ったんだ。僕は、正直まだ確信が持てていなかった。でも、彼女がそれを持ちかけてきてから、今がその時なんだとだんだん思うようになって。僕たちはもう若くないんだし、今でなければいつなんだ? まさに今がその時なんだ、と思うようになったんだよ。このタイミングでやるのが自然なことなんじゃないかってね。
─なるほど。では、これまでじわじわと再開を考えていたのではなく、パンデミック後に初めて考えはじめたわけですね?
ベン:そう。つまり、ロックダウン中に曲を作ったわけではないんだ。すべて後から作ったんだよ。だから、出来たスピードは早かったんだ。曲作りをはじめたのは去年の3月。5月にはすでにボーカルをレコーディングしていたしね。そして、10月にはもうアルバムは完成していたんだ。
─トレイシーは2011年にThe xxの「Night Time」をカバーしていますね。この曲でベンはギターとコーラスで参加しています。この曲はEBTGからのThe xxへの返答とも言えるカバーであると同時に、EBTGの9年ぶりのシングルとも言えたのではないでしょうか。ベンは考えていなかったようにですが、トレイシーはこの時点でEBTGの再始動を試していたのではないかと勘ぐってしまったのですが。
トレイシー:いや、それはなかった。というのも、私たちはふたりともそれぞれのプロジェクトですごく忙しかったから。毎年本当に忙しくて、EBTGのことを考えてる時間はあまりなかったんです。いつもどちらかが他のプロジェクトに没頭していたから、そのことを話題にすることもなかったし。でもパンデミックがあって、立ち止まることを余儀なくされ、余裕ができたんです。
ベン:これまで僕たちが一緒にやったプロジェクトは、すべてトレイシーのプロジェクトだったし、僕はセッション・ミュージシャンとして参加しているだけだからね。そのたびにEBTGを意識していたり、再始動を試していたわけじゃないんだ。
─この再始動を全世界に告げるのは、まるで24年間別居していた夫婦がよりを戻したことを世間に公表するような照れくささや気まずさがあったんじゃないでしょうか?
トレイシー:これまで以上にプレッシャーがかかるんじゃないか、とベンは思っていたみたい。20数年ぶりともなるとね。前作と同じくらい良いものを作れるか、というのが不安の最大のポイントでした。あの頃は私たちのキャリアの最高潮だったし、音楽を再びふたりで世に送り出すなら、それなりのものを作りたいと強く思っていたから。だから、始めた当初は前回の次となる作品を作っていないふりをしたんです(笑)。ただ、「よし、音楽を作ろう」という気持ちだけで臨みました。その出来がもし良くなかったら、出さなければいいだけだよねって。クリエイティブでいることだけを意識して、曲作りを始めました。失敗したければ失敗できる。もしそうなら、それを誰も聴かなければいいだけだって。
「インスピレーションは新しい音楽」
─アルバム全体のイメージやビジョンがあらかじめあっての制作のスタートだったんでしょうか。
ベン:最初の頃は不安で、長い間別々に仕事をしてきたから、いったいどうやればいいのかわからなかったんだ。でも、一度作業を始めると、どうやればいいのかがすぐに蘇ってきた。あれは興味深かったね。昔からの直感というか、ミニマリズム、感傷的すぎたりノスタルジックすぎたり、ロマンチックすぎたりしない、感情に正直である、といった音楽上での共通の考えが蘇ってきたんだ。そういったことは、僕らふたりが音楽において信じていること。作業を再開したとたん、僕たちは自然にその感覚を感じ、取り戻したんだよ。僕たちの間には、音楽における共通の言語が存在するんだ。
トレイシー:長い間レコーディングをしていなかったから、すごく新鮮に感じられました。「これが最初のアルバムなんだ」とさえ思えるくらい、新しいバンドのプロジェクトをやっているような感覚になることもあった。つまり、「興奮」という感覚。何でも可能なんだって気がしたんです。昨年リリースしたアルバムに続く作品を作らなきゃとか、レコード会社が何を期待しているとか、ヒットシングル的な曲を作らなきゃとか、そんなことはまったく考えなくてよかった。とにかくすべてが真新しいという感覚だったんです。
ベン:そうだね。それに僕らは、前作以降に僕たちの周りに出てきたすべての音楽のアイディアに対してとてもオープンだった。制作技術やレコードの作り方の進歩、オートチューンやピッチチェンジの登場、そういったものを今回は取り入れたし、ボーカルに手を加えることが多くなったと思う。ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャンのようなアーティスト聴けばわかるけど、彼らは常に声を使っておもしろいことをしている。で、今回はトレイシーでそれを試してみたんだ。もちろんトレイシーの声は軸があって、まるで神聖な楽器のような存在ではあるんだけれど、それをいじることもできるかもしれないと思った。音色を変えたり、自動演奏にしたり、演出で何かおもしろいことができるんじゃないかと考えたんだ。
Photo by Edward Bishop
─たしかに、この作品は、1982年の「Night And Day」から現在までの道のりと時間が自然と楽曲に注がれ、ノスタルジックなものではなく、ミュージック・シーンのフロントラインに立つにふさわしいアップトゥデートな音楽になっていると感じました。ここ数年の新しい音楽からの影響はありましたか?
ベン:それは本当に様々。一番早いのは、Spotifyで僕らが公開しているプレイリストを見てもらうことかな(笑)。2~3週間ごとに、自分たちが新たに発見した音楽をいつもシェアしているんだ。僕たちは、とにかく新しい音楽に興味があるんだよ。通りすがりに何かおもしろいものが流れていたら、それをShazamするしね(笑)。その音楽のことが知りたいんだ。そして、それを自分たちの音楽の中でどうやって使えるかを常に考えている。どうすれば自分たちの音楽に取り入れることができるかってね。
トレイシー:ベンのプレイリストは、我が家のサウンドトラックみたいなもの(笑)。ここで好きなアーティストを3人挙げるよりも、そのプレイリストを見た方が、私たちがいつも聴いている音楽の概要がよくわかるはずです。それらの音楽からは、明らかにインスピレーションを受けていますね。
ベン:一番の影響は、やっぱりボーカルだと思う。今回のボーカルでは、前回はなかったようなテクニックを結構使っているからね。あと、曲の構造も普段の僕たちのやり方とは違っていると思う。以前は、ヴァース、コーラス、ヴァース、コーラス、ブリッジ、アウトロという極めて一般的な方法で曲を作ることが多かった。でも、今回のレコードでは、4つのコードでひとつのムードが作られ、それがゆっくりと進化していくんだ。これは、クラブ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージック全般のプロダクションが、最後に何かが解決するようなものではなく、宙吊りな感じであることに関係してるんじゃないかと思う。音楽で旅をするというよりも、音楽で何かにぶらさがって漂う感じ。わかるかな(笑)? 今回の音楽のあり方には、そういう面が反映されているように感じるね。
文中で言及されているプレイリスト「Ben Watt's SpinCycle」
─自分たちの過去作からの影響についてはいかがでしょう? 再結成までの24年間、もしくはアルバム制作期間に振り返ったりして、新たに何か発見するようなことはありましたか。
トレイシー:振り返ることはありませんでした。何かに取り組み始めたら、今やっていることに集中することが大切だと思うんです。そのプロジェクトに対する信念を持ち続けなければならないし、それを維持するためには、作っている作品以外に気を取られて自分を見失わないようにしないといけないから。
ベン:足かせはいらないんだ。
トレイシー:そう。昔の曲や他の人の作品を意識しすぎてしまうのは足かせになってしまう。それよりも、今やっていることに自信をもたないと。
24年ぶりの共同作業を振り返って
─実際、先行トラック2曲はとても良い反応があったと思います。あなたたちふたりもほっとしたことだと思いますが、24年という時間の隔たりはあなたたちに何をもたらしましたか?
トレイシー:自由だと思います。時間が経っていたからこそ、今回はもっと自由に物事を考えられるようになっていたし。それに、すごくオープンでもありました。今回のアルバムでは、コラボレーションの仕方も自由だった。ひとりが半分の歌詞を書き、もうひとりがの頃半分を書いた曲もある。お互いがもたらす貢献にとてもオープンで、ふたりともできるだけ多くのアイディアを持ち込んだんです。
─「Nothing Left to Lose」を初めて聴いた際に連想されたのが『Temperamental』でした。そのときはダンス・ミュージックというエレメントは意識的なものであったと思いますが、たしかに『FUSE』はごく自然なアプローチというか、アコースティックであるべき、エレクトリックであるべき、という意識が介在しないアルバムだなと受け止めました。
ベン:僕もそう思う。このレコードは、とても自由な流れで作ったんだ。最高の音楽というものは、さっき話したように、足かせがなく、何にも邪魔されず、ただ自然に出てくる感情に応えようとすることで生まれるものだと思う。そして、作った後にそれを振り返ることで、自分が成し遂げたこのは何なのかを知ることができるんだ。
─トレイシーは再びベンが作ったトラックを歌うこと、ベンはトレイシーが歌うことを前提とした曲作りとなりました。お互いそうした創作は24年ぶりだったわけですが、いかがでしたか?
ベン:トレイシーの声を入れることで、音楽に対する考え方が変わるんだということを実感した。彼女の声のトーンは、僕の声とはまったく違うから。彼女の声を入れる場合、彼女の声がセンターになるんだよ。だから、そのためのスペースをもっと持たせるようにした。それは、僕の音楽ではやらないこと。だから、ソロのプロジェクトとはアプローチが変わったと思う。
トレイシー:ベンには、ただただ感謝するばかり。彼のアイディアは本当に素晴らしいんです。彼が作り出すコードのシークエンスは本当に美しい。私にはあんなことは出来ない。彼は曲を書くことができるし、自分のスタイルで曲を書く。私の曲を否定しているわけではないけれど、ベンと一緒にいると、自分に何ができて何ができないのかがよくわかるんです。メロディやコード配列をとっさに変えてくれる人が横にいるのは、とても素敵なことだと思う。
─アルバムの中で特に気に入っている曲はありますか?
トレイシー:私は、アルバムを曲単位では考えていないんです。全曲でひとつと思っているから。どの曲も、他の曲との関連性の中でより多くの意味を持つようになっています。アップテンポの曲は、ダウンテンポの次に来るからこそより強く聴こえる、みたいに。そういう意味でも、このアルバムは「文脈」が大切なんです。
ベン:そうだね。このアルバムの全体的な雰囲気は、すべての曲が他の曲に依存することで作られている。曲と曲との間に対話が存在しているんだよ。ある曲は自分の頭の中について、ある曲は頭の外の生活について、またある曲はクラブや共同生活について。でもそれらはすべて、それぞれの曲の力を十分に発揮するために、お互いを必要としていると思う。
─ユアン・ピアソンが1曲だけ参加していますね。トレイシーのソロでは、ベンの役割を果たしていたとも言うべきユアンですが、彼がもう少し参加しているものだと予想していました。
トレイシー:私たちが活動を再開した時は、大きな計画があったわけでもなく、すべて自分たちでやろうとしていました。だから、他に誰かに参加してもらおうとか、そういうことは考えてなかったんです。自分たちだけで演奏していただけだった。でも、ユアンが参加しているトラックに関しては、あのトラックに取り組んでいた時、私たちがちょっとアイディアを求めて彼に音源を送ったら、彼があれを乗せて返してくれたんです。その時点では、アルバム全体を作るのか、それとも1曲だけなのか、まだわかりませんでした。
80年代当時のエヴリシング・バット・ザ・ガール(Photo by Peter Noble/Redferns)
Photo by Edward Bishop
─おふたりの娘さんは『FUSE』を聴いて、どんな反応を見せましたか?
トレイシー:子供たちにとっては、私たちが一緒にレコードを作っているのを見るのは初めての経験でした。つまり、自分たちの親が昔このバンドにいたことは知っているけど、生で聴いたことはなくて、これまで外で私たちの音楽を聴いてきたというわけです。特に『Walking Wounded』や『Temperamental』のトラックを聴いてきたんじゃないでしょうか。パーティーでそういう音楽が流れたりして、ここ数年私たちのことを意識するようになっていったみたいです。私たちが新しいレコードを作ると言ったら、最初は不安がってましたね。どんな音になるんだろうって(笑)。
ベン:(自分たちが行く場所やパーティーで流れたりして)私たちに恥をかかせることになったらどうしようってね(笑)。
トレイシー:でもある時、娘のひとりがキッチンで「ママ、作ってる曲を聴かせてよ」って言ってきたんです。流したら、彼女の反応は、「これってまるで私の世代がクラブで聴くような音楽だね」でした(笑)。それを聴いて、思わず「イエス!」って思いました。
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『Temperamental』収録曲「Five Fathoms」
─最高のリアクションですね。ところでベンはロンドンの水辺の環境保護にも熱心に携わっていますね。どういう思いをもって活動に携わっているのでしょうか。
ベン:ロックダウンの間、あまり人と接することができなかった。で、子供の頃、僕はバードウォッチングに夢中だったんだけれど、ロックダウン中にその魅力を再発見して、長い散歩に出かけることが多くなったんだ。そして、そのうちよく行った場所のひとつがロンドンの僕たちの家の近くにある貯水池で、歴史的に鳥の生息地としてすごく有名な場所だったんだけれど、何十年もの間、当局からひどい状態で放置され、汚染されていたんだよ。そして、素晴らしい光景だったのに、どうしてこのようになってしまったのか、原因を突き止めたいと思うようになった。その活動を徐々に始めるようになっていったんだ。その中で、貯水池の水質や生息環境を改善しようとするもうひとりの運動家と出会い、今の場所に関わるようになった。そして、そこからチームを作り始め、ソーシャールメディアを使って状況を改善するために活動を始めたんだよ。その活動は、続けてもう2年になる。すごく楽しいよ。音楽とはまったく違うんだけどね。でも、違う意味でやりがいがあるんだ。
─その活動が音楽作りに影響したりすることはないんですね?
ベン:ないね。影響があるとすれば、レコード会社に、「午前中は環境保護活動があるから取材は午後からにして」って言って、取材の時間をずらしてもらうことくらいかな(笑)
─今後はベンの体調次第だと思いますが、ライブもやってみたいという考えは持っているのでしょうか。
トレイシー:今のところはその予定はありません。今はただ、レコードをリリースすることしか考えていないので。長い年月を経て再びレコードを作るという経験は、とても貴重なものでしたから。それはすごくユニークな経験でもありました。だから、今はそのことに集中しています。次のことを急いで考えるのではなく、今この瞬間に身を置いて、それを楽しんでいるところなんです。
エヴリシング・バット・ザ・ガール
『FUSE』
2023年4月21日リリース(配信・輸入盤CD/LP)
再生・購入:https://virginmusic.lnk.to/EBTG_NLTL
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