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マッドリブとMFドゥームの歴史的名曲「Accordion」が生まれるまで

Rolling Stone Japan / 2023年4月25日 18時15分

マッドリブ(写真左)とMFドゥームのコラボレーション・アルバム『Madvillainy』は、発表から約20年を経た現在でも、世界中のオーディエンスに愛され続けている(Photo by EDD WESTMACOTT/AVALON/GETTY IMAGES; PETER KRAMER/GETTY IMAGES; XINZHENG/GETTY IMAGES)

マッドリブとMFドゥームによる伝説的ユニット、マッドヴィレインが残した傑作『Madvillainy』は2004年にStones Throw Recordsからリリースされた。ドゥームのリリックとマッドリブのプロダクションが高次元で結びついた同作は、ヒップホップの世界にとどまらず、あらゆる世代の音楽ファンを魅了し続けている。Bloomsbury Publishingの長寿人気シリーズ、33 1/3 series of music booksの新作としてこの春に刊行された『Madvillainy 33 1/3』で、著者のウィル・ハグルは同作の制作に携わった人々のインタビューを軸として、マッドヴィレインの物語を紐解いていく。同書からの抜粋となる本記事では、熱心なファンによって完成前の『Madvillainy』がオンライン上でリークされるという事態を経て、同作の中でも最も人気の高い曲のひとつが生み出されるまでを描く。

【写真を見る】『Madvillainy 33 1/3』の表紙写真

アルバム発売の数カ月前にサイバースペース上にリークされるという事態によって、マッドリブとMFドゥームが同作を作り直す必要に駆られなければ、「Accordion」は生まれなかったかもしれない。それは音楽史にとって大きな損失だったと明言できるほど、同曲のインパクトは大きかった。イントロに続くこの「Accordion」以上に、『Madvillainy』の幕開けにふさわしい曲はない。ミステリアスでリスナーを催眠術にかけるかのようなトーンは、不吉でありながらも魅惑的なアルバムの世界観を象徴している。



そのループは『Madvillainy』によって無数のリスナーの脳に刻み込まれることになったが、デイダラスことアルフレッド・ダーリントンがそのメロディとリズムを考えついたのは、1996年か1997年にUSCでピアノの授業を受けていた頃だった。それはダーリントンがデイダラスとして2002年に発表したデビューアルバム、『Invention』収録の「Experience」で初めて世に出ることになる。



「あのレコードのコンセプトは、サンプルとアコースティック楽器のトーンを、両者の区別がつかないほど自然なやり方で組み合わせることだった」とデイダラスは語る。「『Experience』は、楽器の生演奏だけで作った数少ない曲のひとつなんだ」

「Experience」でデイダラスが弾いているのは、Magnus 391 Electric Chord Organだ。Magnus 391 Electric Chord Organは、今時のビートメイカーがラップトップのDAWでMIDIデータの入力に使う小ぶりなUSBキーボードのように見えるが、実際にはより大きく重さもあり、1950年代と60年代に登場して以来グランドピアノの代用品として使用されていた。アコーディオンと同じく、その楽器の機構にはファンが採用されている。鍵盤を押すことで風がリードに送られる仕組みで、ハーモニカのようなトーンを奏でることができる。

そんな「Experience」のフレーズをサンプリングして、マッドヴィレイン「Accordion」は生まれた。マッドリブがループしたそのセクションは、デイダラスによるパフォーマンスの一発録りではない。なぜなら、あのフレーズを弾くには両手では足りず、もう2本の腕が必要だからだ。デイダラスは交錯する2つのセクションを、プロトゥールズ上でレイヤーさせている。バックグラウンドのコーラスはデイダラス本人によるものであり、サックスを吹いているのはローカルのジャズ界隈で名を馳せていたベン・ワンデルだ。


サンプリングの魔術師、マッドリブ

「Experience」を聴いて、ヒップホップ史に残るクラシックなビートとなる可能性を見出すプロデューサーは多くないだろう。アコーディオン(あるいはエレクトリック・コード・オルガン)のざらついた音色は、ジャズとソウルを基調にした滑らかなプロダクションと相性がいいとは言えない(伝説的フォトグラファーのB+は筆者の前で、アコーディオンは古臭いイメージとは裏腹に「シンセサイザーの始祖」なのだと力説していたが)。絡み合うメロディが聞き手の意識を内側へと向かわせる同曲は、打楽器の追加の必要性を感じさせない。

ある時どこかでそのレコードに針を落としたマッドリブは、まるで異なることを考えた。筋金入りのレコードディガーであるマッドリブはマイナーなジャズのレコードを好むが、「Accordion」はサンプリングによってあらゆるジャンルと時代の音楽を生まれ変わらせる彼の並外れた嗅覚を物語っている。マッドリブは同じく『Invention』に収録されている「Playing Parties」のリミックスを正式に発表している。デイダラスは彼がアルバムの別のトラックをサンプリングしていたことを把握していなかったが、それがビート・コンダクタのやり方だ。アルバムを聴く時は必ず、彼はターンテーブルにサンプラーをつなぎ、最高の瞬間を捉えようと終始目を光らせている。



古い世代のアーティストに欠落しがちな柔軟な感性を持ち合わせたデイダラスは、シンプルな素材の追加によって原曲のメロディを生まれ変わらせたマッドリブの手腕を認めている。「ドラムとベースを追加するというシンプルなやり方で、楽曲を劇的に生まれ変わらせた」とデイダラスは話す。「自分でもサンプリングで曲を作るから、その化学反応のようなプロセスは理解している。他人にとっては何の意味も持たないものを、特別な何かへと変形させるんだ。マッドリブはそのプロセスを知り尽くした、まさにサンプリングの魔術師だ」

大半のヒップホッププロデューサーは、アコーディオン風のサウンドをビートに転用しようとは考えもしないだろう。同様に、ほとんどのラッパーはそのビートにラップを乗せようとはしないだろうし、最も印象的なラインのひとつでその楽器に言及し、曲のタイトルにしようと考えたりはしないはずだ。

「対比こそが『Accordion』の魅力だと思う。アコーディオンという楽器は、ヒップホップのビートやライム、そして文脈とは結びつかない。フィットしないんだ。でもMFドゥームは、あらゆるものを自分の世界観に反映させてしまう」

ドゥームは冒頭のリリックのラインで、自分に残された時間が限られていることを自認する。それは彼が生きていた頃から既にアイコニックだったが、彼が逝去したことでより大きな意味を持つことになった。

「驚くべきことに、彼は自分が病気だってことを既に知っていたんだ。あのライムがそれを証明している」『Madvillainy』のジャケットとなったドゥームの写真を撮ったフォトグラファー、エリック・コールマンはそう話す。「あれは彼の叫びだったんだ。『俺は病に冒されている。死が忍び寄ってくる』。信じられないけど、彼はすべてを明かしていたんだ。僕らが理解できていなかっただけでね」

自身の作品がドゥームとマッドリブのアルバムに使われると知った時の興奮を、デイダラスは今でも覚えているという。

「あの曲のことを初めて知ったのは、サンプルの使用許可を求められた時だった」とデイダラスは話す。「ふたつ返事で了承した、口約束という形でね。歴史に残る名盤の一部になる機会を与えられたわけだから、アーティストとしてこれ以上に名誉なことはないよ。私はあのレコードに心酔しているんだ。自分が参加していなかったとしても、それは絶対に変わらない。たとえ脚注程度だとしても、そんなアルバムに自分の名前がクレジットされていることをすごく誇りに思ってる。あれがきっかけで、本来なら自分とは無縁の世界に足を踏み入れることができた。だからすごく感謝しているんだ」

口約束という形だったがゆえに、デイダラスが「Accordion」の報酬を受け取ったのは随分後になってからだった(後年にドレイクやトリッピー・レッド等が同曲のビートを使った時に発生した控えめなキャッシュを除く)。デイダラス自身を含む多くの人々は、アルバムが2004年のリリースと同時に予想外の成功を収めたことがその理由だと考えている。

「私を出し抜くこともできたはずだ」とデイダラスは話す。「私が一切の利益を放棄するという内容の契約書をあの時点で提示されていたとしても、私は署名していたと思う。あの曲がこれほど成功するなんて、当時は誰も予想していなかった。マッドリブは素晴らしい才能の持ち主で、私は彼のことを心から尊敬している。ドゥームは言わずもがなだ。しかし、あのプロジェクトが始まった時点で、彼らは経済的に豊かではなかった。ブラックアメリカンの表現たるアンダーグラウンドのヒップホップはシーンの隅に追いやられたままで、彼らはその住人だった」


MFドゥームの才能

レーベルのStones Throwは異なる見解を示している。「デイダラスのサンプルは、アルバムのリリース前の時点で使用許可を得ていた。本人が話している通り、口約束という形でね」。レーベルのゼネラルマネージャーを務めるジェイソン・マグワイアはそう話している。「当時デイダラスは、発生した覚えはないけど、映画やテレビでの楽曲使用料の大きなパーセンテージのほか、マッドヴィレインの印税の一部を受け取るという条件で合意していた。それから何年も経って、私たちとデイダラス双方の弁護士は互いの合意に基づいて正式に契約を交わし、デイダラスには本来支払われるべき報酬が支払われ、楽曲の出版権の3分の1が譲渡された」

後年に起きた権利関係の問題にもかかわらず、デイダラスは『Madvillainy』に参加したことを今も誇りに思っている。「あの作品に参加したことは、私にとって多くのメリットがあった」とデイダラスは話す。「あのアルバムは数えきれないほどの人々に愛されている、その事実に鳥肌が立つんだ。リサイクルショップやレコード店でディグっている時に、あのレコードの新品同様の盤やテストプレスを目にするたびに、夢を見ているかのような気分になる。素晴らしいことだよ。その喜びは、これからも決して色褪せることはないだろう」

Stones Throwの創設者であるピーナッツ・バター・ウルフことクリス・マナクは、個人的な見解についてこう語っている。「デイダラスとはマッドリブがサンプリングしたことをきっかけに知り合って、それ以来良い関係を築くことができている。あのサンプルがロサンゼルスのエクスペリメンタルシーンで活動するコンテンポラリーなアーティストによるものだと知って、僕はすぐに連絡を取った。デイダラスをはじめ、あのレコードにフィーチャーされているすべてのアーティストには心から感謝している。そして誰よりも、あのアルバムを作り上げたマッドリブとドゥームの2人に」

デイダラスは「Accordion」のレコーディングで実際にアコーディオンを弾いたわけではないものの、あの曲とその楽器を結びつけない人はいないだろう。マッドヴィレインのヴィジュアルアプローチは、そのコンセプトを一層強固にした。

「マッドヴィレインのいくつかのショーで、私は実際にアコーディオンを弾いた」。マッドヴィレインとジェイリブのジョイントツアーにおける、El Reyでのロサンゼルス公演とGreat American Music Hallでのサンフランシスコ公演に出演したデイダラスはそう話す。「私の役目はアコーディオンを弾くことだけだった。トコトコとステージに出ていって、淡々とあのメロディを弾いたよ」



視線を下にむけ、くたびれた髪を垂らし、遠ざかったり近づいたりする中世の道化師を思わせるデイダラスがアコーディオンを弾く姿は、「Accordion」のミュージックビデオを観たことがある人にとっては馴染み深いはずだ。モノクロのそのクリップでは、MFドゥームがカメラに向かってラップしている。彼が立っている細い廊下は、Stones Throwのオフィスの一角だ。彼の背後では1人の女性ダンサーが、体をくねらせながら楽曲の独自解釈に基づく振り付けを披露している。そしてようやく登場するデイダラスは、物憂げなリズムに合わせて鍵盤に乗せた指を押したり離したりしている。

同曲のミュージックビデオは、文字通り土壇場で制作されることになったという。数多くのプロジェクトを手がけているフィルムメーカー兼フォトグラファーのアンドリュー・グラ(2年後にリリースされたJ・ディラの『Donuts』のジャケットとなった写真を撮影)はデイダラスに電話をかけ、現場に来れるかと尋ねた。グラは『Madvillainy』の最終曲「Rhinestone Cowboy」のビデオの撮影を終えたばかりだったが、出演したダンサーのスケジュールは終日抑えてあった。

「(グラは)『(ダンサーを)丸一日ブッキングしてるんだけど、予定していたビデオの撮影は終わったんだ。時間が余ってるから『Accordion』のビデオも撮ろうと思ってさ』みたいな軽いノリだった」。デイダラスは笑ってそう話す。

所有していたアコーディオンを持参したデイダラスは、約20分間で数テイクをこなした。デイダラスにもダンサーにも、グラは具体的な指示を一切出さなかった。ラップするドゥームの背後で、2人はフリースタイルで演じた。結果として出来上がったそのミュージックビデオは、同じくシンプルだが事前に練った計画に沿って複数のロケーションで撮影された「Rhinestone Cowboy」のビデオとは趣が異なる。

「あの時、パフォーマーとしてのドゥームの才能に改めて驚嘆させられた。マイクを握って言葉を発した瞬間に、彼はアイコンと化していた」とデイダラスは話す。「私もせめて髪をとかしておけばよかったよ」



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